ダンジョンで運命を切り拓くことはできるだろうか 作:八重 桜
「やった、ついにやったぞ!」
14歳の少年――シン・アスカはひたすらに走っていた。脇目も振らず時には通行人に接触しかけ、師匠につけられた特訓の成果からギリギリでかわし走っていく。行きかう人々からの視線を感じるが今のシンにとっては些末事であった。
『迷宮都市』オラリオ。
この世界で唯一のダンジョンを有するこの街に、夢を抱き訪れる人間は多い。
その夢は地位であったり、名誉であったり、あるいは金であったり女であったり、その姿は人によって様々で、それぞれがそれぞれの夢をもって神の家族となり、冒険者となり――あるいは、志半ばにして命を落としていく。
その数は決して少ないものではない。生き残ることができても大成するとは限らない。
それでもオラリオを目指し、冒険者になりたいという若者が後を絶たないのは、多くの偉業をなして羨望を集める、数少ない成功者がいるからだ。自分もあんな風になってみたいと思う人間を、誰が止めることができるだろうか。
そしてオラリオに住むものならば冒険者になるという夢は十中八九抱くものである。外部の人間よりも冒険者を見る機会に恵まれる住人達はその姿に憧れることも多い。同時にその厳しい現実を知ることも多いが年頃の少年ともなれば純粋な憧れからその夢へと進むことを止められる者はいないのだ。
シンも当然のごとく冒険者を夢見ていたが、家族から反対されていた。元冒険者であり現在は鍛冶師の父と元サポーターで酒場の店員だった母。そして大切に想い守ると決めている妹のマユ。全員から一度は反対されたものの昨夜ついに最後の一人から承諾を経て晴れて冒険者への道を進めることが決まったのだ
とにかく世話になっている人々に報告がしたくてシンはひた走っていた。そして目的地であった『豊穣の女主人亭』が見えてくる。ここは母の元勤め先であり家族ぐるみの付き合いがある酒場である。シン自身もここで手伝いをして小遣いをもらったりと関わりが深く、もう一つの家のように思っていた。そしてここにはいの一番に報告したい相手がいるのだ。
はやる気持ちを抑えきれずに扉を勢いよく開け放つとシンは声高らかに叫んだ。
「リューさん、やったよ!僕―――」
「扉は静かに開けろと教えたはずですよシン」
シンはスパーンとリュー・リオンに顎を掌底で撃ち抜かれ空中で一回転し他あと床に顔面から落ちていった。
「っ~~~~~~!!」
あまりの痛さに悶絶し声も出ない様子を見て周囲からは『相変わらず恐ろしいニャ』『そうですか?仲が良くていいと思いますけど』などと聞こえてくるがそれを気にしている余裕はシンにはない。ただひたすらに痛む顔を押さえ痛みと声を我慢していた。
「落ち着きがないというのはダンジョンに潜ったときに致命傷になりかねない。常日頃周囲を意識しろと教えたはずです」
「いくらなんでも…出合い頭に顎を打たれるとは思わないと思うん…ですが」
未だに痛みで蹲っているシンに説教を始めたリューに対して非難するもから一瞥をもらっただけで黙り込んでしまう。二人の間に明確な上下関係があることがそこからは見て取れた。
リューはシンにとっての師匠である。初めて会ったのは店員のシル・フローヴァとともに力尽き倒れていた彼女を助けた時だった。しばらくして回復し『豊穣の女主人亭』で働き出した彼女に『礼がしたいのですが、何か私にできることはありませんか?』と尋ねられシンは彼女に自分を鍛えてほしいと頼んだ。最初は渋っていたリューも自分から言い出した手前拒否できず、何よりもまっすぐな目で訴えかけてくるシンに根負けしある程度の戦闘訓練と心構えを教える程度には師弟関係を続けてきていたのである。
「まあいいでしょう、それで私に何を聞かせたかったんですか」
「そうだ!僕、冒険者になれるんだよ!!」
「・・・それはよかったですね。あなたの夢がようやく現実になる日が来たということです。」
「おおー、おめでとうニャー!!」
「よかったですね、シン君」
「ありがとう、頑張るよ!」
店内に歓声が響く。祝福の言葉を口々に送られ時には叩かれたり抱きしめられたりもする。シンにとってここにいる面々は姉のような存在ばかりだ。そんな人々から祝福されれば嬉しくないはずがなかった。そんな中店の主人であるミアが笑顔を浮かべてシンの前に立った。
「そうかい、そうかい。ようやくあの頑固娘から許しを得たんだね」
「ミアおばさん!ありがとう、おばさんからも説得してくれたんだろ?」
「私はちょいと話をしただけさ。あんたが頑張ったからこそだよ」
そういってシンの頭を多少乱暴に撫でまわす。シンも笑顔でそれを受ける。シンにとってミアはもう一人の母のような存在でこうして褒められるのがシンにとってとても幸せなことだと思っていた。そして師であるリューも喜んでくれていると思いそちらを向くとリューは何かをこらえるように苦い表情をしていた。
「リューさん・・・?」
シンは当然のようにリューが喜んでくれると思っていた。今まで訓練をつけてくれていたのはリューで、どうすれば冒険者になれるかという相談を一番下のもリューだった。『あなたはいつか立派な冒険者になれるでしょう』そういって自分を励ましてくれていた彼女がどうしてそんな表情をしているのかシンには理解できなかった。
「シン、こちらへ」
「はっはい…」
すでに室内は静かになっていた。ただならぬ様子のリューとそれに気づき挙動不審になり手と足が同時に出ているシンを全員が見ていた。
「シン、冒険者の心構えは教えてきたつもりです。その危険性はあなたも理解してくれたと思っています」
「はい、志半ばで死んでもおかしくない。それを誰かのせいにしてもいけないと」
「あなたには家族がいます。あなたが死んだらとても悲しむでしょう、それでも冒険者になろうと?」
「それが僕の夢で、目指すべき道です。そのために師匠にいろいろなことを教わってきました。家族もそれをわかってくれました」
言葉を交わすうちに双方に変化が出てきた。リューは何かを諦め同時に誇らしげな顔に。
シンはまっすぐとリューを見て真摯に言葉を返す。二人は言葉よりも視線でお互いの言いたいことを理解していた。やがてリューは懐から一本のナイフを差し出した。華美な装飾はないが一目で高い品質のものであることが見て取れるものである。
「これって・・・」
「私からの祝いの品です。かつて使っていたものですが手入れはしてあるので安心してください。おめでとうシン、あなたを育てれて誇りに思います」
「っありがとうございます!僕、頑張ります」
シンは涙眼になっているのを隠すように頭を下げた。
それを見て店中から拍手が起きる。店内は再びお祝いムードに包まれていた。
ところが――
「お兄ちゃんここでしょ!?」
「げっマユ!?」
バンと勢いよく戸を開けて入ってきたのはシンの妹マユ・アスカであった。マユは極度のお兄ちゃん子、つまりブラコンであり基本的に兄について回ることのおい少女である。置いて行かれたのが腹に据えかねているのか、かなりご立腹の様子であった。
「もう、どうせ冒険者になれるって喜んでみんなに言ったんでしょう!?マユはまだ認めてないんだからね!」
「いや、マユ昨日はちゃんと納得してくれただろう?」
「すぐにじゃないよ、お兄ちゃんが15歳になったらだからまだ先の話だよ」
「いやでも昨日はそんなこと…」
「興奮して聞いてなかっただけでしょ」
「うぐっ」
マユの勢いに押されシンは次第に後ずさっていく。アスカ家で最後まで反対していたのはマユだった。兄が大好きなマユは彼が危険な目に合うのを看過できずずっと反対していたのだ。だが次第に悲しげな姿を見せる兄に興ふ――かわいそうになり15歳になったらという条件で許したのであった。それを忘れていたシンは反論できず押されて今まで正面にいたリューにぶつかってしまい後ろを向いて、
「ひっ」
息をのんだ。訓練の時にもほとんど見ないような冷たい目をしたリューがそこにはいた。店員たちはそそくさと離れていき、マユも異変を感じそれについていく。
「シン…嘘をついたのですか・・・?」
「いや、許しが出たのは本当で…ただ今すぐではないだけで…」
「…少し甘やかしすぎたようですね。こっちへ来なさい教育します」
「いや、リューさん落ち着い――」
「来なさい」
「はい」
引きずられようにつれていかれるシンを見て店には笑い声が響きだした。マユもつられて笑い、シンとリューにも笑顔が浮かんでいた。幸福な時間がここにあることを感じながらシン・アスカは冒険者となる夢が叶うことに想いをはせていた。
それはシン・アスカが地獄に落ちる10時間前の最後の幸せな時間だった。
シン、家族、オープニング・・・うっ頭が・・・
というわけで次回鬱予定です。