OVER TIME   作:アサルトゲーマー

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Pressure

 古今東西、様々な道徳があるが、あらゆる道徳に共通することは、人命こそが最も優先すべきものということである。であるが故に、多数の人命が危機にある時は、少数の人命の損耗をためらってはならない。

 

 ためらってはならない。

 

 途惑うな。

 

 見捨てろ。

 

 

 寛容といたわりの精神は、本文書開封時点においては、美徳ではない。

 

 美徳ではない。

 

 価値はない。

 

 忘れろ。

 

 

 

 

 覚悟せよ。あなたの双肩には、

 

 

 

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 夏の風が吹き抜ける巡ヶ丘学院高等学校。生ぬるい風と生魚のような匂いが学園生活部を潜り抜けて廊下へと抜けていく。

 朝のあくびをしていて生魚の匂いを思い切り吸った胡桃はうえっと息を吐き出して机に突っ伏した。ゴンという音と共に髪の毛が机の上に散る。

 

「もーくるみちゃん!朝から居眠りなんてだめだよー!」

 

 同じく部室にいた由紀はそんな胡桃を窘めた。胡桃は机に頭を付けたままくるりと由紀の方を向き、「あつい、くさい」と言ったまま再び動かなくなる。再び風が吹いて生ぬるい風と共に生魚の匂いが部室を通った。流石の由紀も「うっ」と声を漏らして自分の鼻を押さえる。

 

「なあゆき」

「なあに、くるみちゃん」

 

 由紀は鼻を塞いでいるので鼻声だ。

 

「暑いのと生臭いの、どっちがいい?」

「どっちもやだよー!」

 

 窓を閉めれば匂いはやってこないが部室が熱くなる。逆にこのままだと匂いに鼻をやられてしまう。ジレンマというやつだ。

 匂いがパッと消えるアイテムでもあればなぁ…と胡桃がつぶやいた瞬間であった。

 

「先生にいい考えがあるわ!」

 

 じゃーん、と。効果音が出そうなほど綺麗な笑顔で慈が部室に現れた。手にはイクラ程度の小さい粒が入った容器が握られている。

 

「消臭剤を見つけたの!これなら匂いも気にならなくなるわ」

 

 それは置いておくタイプの消臭剤だった。ラベルには「消臭ぢから」と書かれている。胡桃は胸を張る慈と手に握る消臭剤を交互に見て、再び机に突っ伏した。

 

「めぐねえ…気持ちは嬉しいんだけどさ、それ密室用だから…」

「えっ!?ええ~~~~っ!」

 

 笑顔から一転、泣きそうになる慈。助けを求めるように由紀を見るも、由紀の視線は窓の外を向いていた。

 突っ伏しながらそれを見ていた胡桃は可笑しかったのかクスクスと笑い始め、慈は顔を真っ赤にして「笑わないでー!」と両腕をブンブン振る。

 

「何か聞こえたような…?」

 

 一方で。

 由紀の呟きは生ぬるい風に攫われて誰にも届くことなく消えた。

 

 

 

 

「あ!りーさんおはよう!」

 

 消臭剤騒ぎが一段落着いた頃、部室に悠里がやってきた。眠気が抜けないのか目を擦りながら「おはよう、ゆきちゃん」と笑顔で返す。

 

「今度はりーさんが寝坊かー。次はゆき辺りか?」

「そっそそそんなことないもん!」

 

 胡桃が悠里をからかうように指摘し、飛び火を喰らった由紀は否定しきれずあわあわしている。いつものようなやり取りを見た後悠里はクスリと笑い、朝食を作ろうとまな板に向かおうとしていた。

 

「あ、りーさん」

 

 胡桃が悠里を呼び止める。

 

「今日はめぐねえが作ってくれたぞ」

 

 振り返って机の上を見れば切干大根と味噌汁があった。味噌汁の中には玉ねぎと椎茸が見える。

 悠里の記憶では味噌も椎茸も切干大根も無かったはずだ。

 

「これって…」

「家庭科室で見つけてきたの。どう?先生だってやれば出来るんですからね」

 

 フンス!と鼻息が聞こえそうなほど胸を張る慈。その姿を見て笑いそうになったが、悠里は昨日の事を思い出して顔を伏せた。それを見た慈は悠里が大根嫌いなのだと勘違いして「好き嫌いはダメですよ」と優しく叱りつける。

 由紀も慈の隣で「切干大根さんはおいしいんだぞー?」と腰に手を当てて主張している。

 

「あ、違うの。大根が嫌いなんじゃなくって、少し嫌な夢を思い出しちゃって」

 

 悠里は嘘を付いてこの場をしのぐことにした。それを聞いた由紀はうーんと考える素振りをして、ポンと手を打った。

 

「そうなの?じゃあ元気が出る様に歌をうたおー!」

 

 嘘を真に受けた由紀が部室にあったラジカセのスイッチを入れる。カチリと小気味の良い音が響くものの、しかしウンともスンとも動く気配はない。

 その傍に慈が歩み寄り、「ゆきさん、コンセントが外れているわよ」とこっそり耳打ちした。

 

「は!忘れてた!」

 

 由紀はラジカセをその場に置いて「とりゃ!」と気合を入れながらプラグをコンセントに差し込む。その瞬間学校中に響き渡るような爆音でラジカセがノイズを歌いだした。

 

「ぎゃああああ!うるっせえええ!」

 

 そして一番割を食ったのはラジカセの正面にいた胡桃であった。胡桃は音量調節ツマミをグイと捻り自身の耳の保安を図る。しかしつまんだのはラジオの周波数調整ツマミ。グリッと回された瞬間ノイズは小さくなったが、代わりに声が聞こえてきた。

 

『……すけてください!………足を……て、動けないんで…!』

 

 助けを求める悲鳴のような少女の声に全員の意識がラジカセに集まった。 

 

『巡ヶ丘駅……長室に……こめられて………怪我が酷……歩けな……!』

 

 なおも放送は続く。

 

『誰か助けて!…………………』

 

 そして叫ぶように助けを求めたのを最後に、ラジカセは再びノイズを歌いだした。

 全員の視線が彷徨い、ラジオを止めた慈の手に視線が集った。

 

「めぐねえ、どうする?」

 

 胡桃が、顧問である慈に問いかける。慈は悩むような素振りを見せた後、真っ直ぐ胡桃を見つめた。

 

「助けに、行きます」

 

 そっか、と胡桃は返事をした後、愛用のシャベルを持って立ちあがった。それを見て慈は慌てる。

 

「くるみさん!」

「ちょっと待った。めぐねえはさっきの人をどうやって助けるつもりなんだ?」

「えっと、それは…」

「いくらなんでも、誰かを背負った状態じゃあいつらから逃げるのは難しいだろ?だから人手が必要なんじゃないかなって」

 

 言いよどむ慈。確かに胡桃の言う事は正論ではあるが、生徒を危険な場所に連れて行くのは気が進まない。

 

「大丈夫だよめぐねえ。自分くらい守れるし、足手まといなんかならないからさ」

 

 胡桃は真っ直ぐ慈を見ながら右手を差し出した。慈は胡桃を見ながらその手を両手で取る。

 

「じゃあ約束して?必ず無事に学校に戻るって」

「ああ、約束する」

 

 そして胡桃は振り向き、心配そうにしている由紀と悠里に向けてこう言った。

 

「ま、心配すんなって。めぐねえだって最近は頼りになるし、ひょっとしたら学園生活部の部員が増えるかもしれないんだぜ?もし増えたらさ、今度こそ歌でも歌おうな」

 

 それも、りーさんがとびっきり元気になるヤツをさ。

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 

 そうだ、私の双肩にはいくつもの命が掛かっている。

 ゆきさん、くるみさん、ゆうりさん。そして見知らぬ誰か。

 それはあまりに少なくて、私にはあまりに重たい。

 それでいいのだ。重たい内は必死でいられる。罪の意識から逃れ続ける事が出来る。

 

 もし。もしだ。

 

 この体に感じる重みが軽くなった時。私は私でいられるのだろうか。

 

 今はただ────恐ろしい。

 




来週?のデッドライジング・リデンプションは


「な…なによこれ。こんな事って…」

 信頼していた教師の凶行の跡を見つける悠里。

「なんでだよ!なんであんな事が平気でできるんだよ!」

 あまりにも厳しい現実に涙を流す胡桃。

「めぐねえとくるみちゃん、無事に帰ってくるよね」

 仲間の無事の帰還を祈る由紀。

「ううっ、ぐすっ。痛いよ、太郎丸…」

 そして助けを求める少女。
 はたして罪に追われる教師はその小さな両手ですべてを掬い上げることが出来るのか。


 デッドライジング・リデンプションの次回をお楽しみに。





※次の話からデッドラ感マシマシです
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