目が見えず耳も聞こえず体も動かず、ただ意識と痛覚だけがハッキリしてるなんて悪夢みたいですよね。
少女、圭は太郎丸を抱えて、震えながら足音が過ぎるのを待っていた。
二回目の放送を終えてからすぐに足を抉った男たちが駅にやってきたのだ。
「あー畜生。どこ行ったんだよ」
「マジでイラつくぜ!出てこいクソ!」
ドカドカと足音を立てながら二人組が自販機横のゴミ箱や死体を蹴り飛ばしている。その発言内容から、圭は自分を探しているのだと判断した。そして現状の拙さに気が付く。ここは袋小路、逃げ場など無い。
圭は駅長室にあるたった一つの机の下に潜り込んで、ただひたすら見つからないように祈る。ただ、現実とは非情なもので。
「あん?血が落ちてんぞ」
圭の背筋に悪寒が駆け上った。視線は自然に左足へと向き、そこは制服のリボンで縛られてなお出血し続けている自らの足。
気取られた。圭はそう判断し、しかし現状を打破しえる物が何もない事に歯噛みをする。
「出てこい、オラ。今すぐ出てくんのなら殺しゃしねえよ」
出られる訳がない。出たらこいつらのオモチャにされて、その後は?考えるだけでもおぞましいと、圭はギュッと目を閉じた。
そしてしびれを切らした男が喚き散らす。
「出てこいオラァ!」
それと同時に破裂音が響いた。圭の足を抉った、憎い音だ。太郎丸が唸り声を上げるが、圭がそっとその口に蓋をする。
もうだめだと圭は絶望に苛まれる。心臓は痛い程に高鳴り、頭の中は走馬灯のようにいろんな人の顔が浮かんでは消える。
親兄弟、尊敬している先生、クラスメイト、ショッピングモールで想いを寄せていたリーダー、そして親友の美紀。
「ごめんね、美紀……」
その時である。誰かが叫ぶ音と共に連続した破裂音。そして断末魔。男が駅長室にぶつかって、ガラスを突き破ったまま動かなくなった。
何が起こったのか判らない圭はそっと頭を机から出す。そして惨状を目の当たりにし、自分にとって好機が訪れたと理解した。
「今の内に逃げなきゃ…痛っ」
しかし圭は足を怪我している。とっさのことでバランスを崩した彼女は倒れ込み、それでも出口に向かって這って行った。
そして半ば程に差し掛かったところでもう一人の男の声が響く。
「おおっと、動くんじゃあないぜ!」
その声につられて外を見ると、髪をツインテールの形に束ねた少女を盾にした男の背中が見えた。圭からは見えないが、銃を持った誰かと対峙しているのだろう。
圭は考える。自分の現状と相手の現状。圭を襲った男は謎の人物と敵対している。そしてツインテールの少女は謎の人物にとって大切な仲間か何か。
このタイミングだ、ひょっとしたらこの謎の人物と少女が私を助けに来たのではないか?おあつらえ向きに圭のすぐ傍には散弾銃が落ちている。
今ここから見えるのは男の背中と少女の足だけだ。万が一外したところで少女には致命傷たりえないし、散弾なら間違っても貫通することはない。相手の注意を引くことも出来るだろう。撃つことのメリットは沢山ある。このまま男の背後を抜けていくリスクを考えると答えは自ずと一つに絞られ
た。
そう、撃てばいい。圭は思い至り、散弾銃を男の背中に向けた。
そこまで至って彼女は自分の心を自覚する。
圭はひたすらに自らの足を抉った男達が恐ろしく、そして憎かったのだ。
そう。恐ろしいのなら。憎いのなら。
殺してしまえばいい。
■■■
目の前の男の頭が弾けた。突然のことではあったが、私は男が何者かに撃たれたことを理解した。
「くるみさん!」
真っ先にくるみさんの身の安全を優先し、力の抜けた男を突き飛ばしてくるみさんを庇うように抱え込む。
そして銃声のした方に銃を向ければ…そこには散弾銃を取り落して、地面にへたり込んでいる足を怪我した少女。
「あ、は…」
少女は笑いたいのか、叫びたいのか。顔を複雑に歪めながら呆けていた。思わずくるみさんと顔を合わせたが、彼女は苦い顔をしているだけで何一つ言葉を発しない。
「くるみさん、ここで居てね」
そっとくるみさんから離れ、そして散弾を打ち込まれた男を見る。彼は哀れにも気絶も即死も出来ず全身をぴくぴくと震わせながら言葉にならないうめき声をあげていた。その手から拳銃を外した後、私は少女の前にしゃがみ込む。
「あなたが、ラジオの人?」
少女はビクリと肩を振るわせた後、私の顔を恐る恐ると見上げてきた。その目には涙が溜まっていてとても痛ましい。その顔がいつか見た鏡の中の自分と重なり、思わず抱き寄せた。
「大丈夫、あなたを傷つける人はもう居ないわ」
それは自分にも言い聞かせる言葉。ガチガチに強張っていた体はやがて弛緩していき、ぐったりと体を寄せてくる。見れば、彼女はそのまま気絶してしまったようだった。
「めぐねえ、奴らが集まってきた」
くるみさんの言葉で意識を周りに向ける。数は少ないものの、確かにゾンビが集まり出している。この場に留まるのは危険だ。
私は一旦少女から離れて背負ったシャベルをくるみさんに手渡し、少女を横抱きにして立ち上がってその場から離れた。
駅構内は幸いながらゾンビが少なく、特に苦も無く脱出することはできた。
外に人影はなく、私たちは一息つく。
「くるみさん、怪我はない?」
「あ、ああ。めぐねえ…さっきはその、助かったよ。ありがとう」
「いいのよ。だって先生ですもの」
ニッコリと。出来る限りの笑顔をくるみさんに向ける。でもうまく笑えてなかったようで、くるみさんは引きつった顔をしていた。
「めぐねえは…平気なのか?」
「ええ、見ての通りよ」
「ちがうよ」
くるみさんの問いに疑問を覚える。怪我らしい怪我なんてしていないのに問いかける理由は判っているけど、それでも判らない振りをする。
「めぐねえ、人、撃っただろ?」
人を撃った。撃たなければ私たちの誰かが、もしかしたら全員が殺されてるかもしれないのだ。仕方なかった。だがそれでもドロドロとした鬱屈とした感情は胸にこびり付いたまま。
途端に恐ろしくなった。あの時抑え込んでいた恐怖が今になってぶり返してきたのだ。呼吸が乱れて、胸が苦しい。
それでも生徒に弱い所は見せたくない私は、精一杯の虚勢を張ろうと口を開いた。
「ぐ……」
「めぐねえ?」
しかし口から出たのは小さな嗚咽。くるみさんが心配して私の顔を覗き込んでくる。
やめて。私の弱い部分を見ないで。こんな所を見られてしまっては失望されてしまう。
「見ないで」
「めぐねえ」
やめて。私の情けない姿を見ないで。貴女たちに見捨てられることが、私にとっては何よりも恐ろしい。
だから……!
「みないで!」
「めぐねえっ!」
その場から逃げ出そうとしたら、くるみさんに後ろから抱きしめられた。その手を振り払おうにも、抱いた少女が居るせいで何もできない。
「大丈夫だよ、めぐねえ」
振り返るとくるみさんと目が合った。
だめだ。このままでは私は甘えてしまう。一度甘えてしまえば私は二度と立ち直れない。
覆水盆に返らず、落花枝に返らず、破鏡再び照らさず。私の心は自覚できる程に不安定なのだ。ひとたび止まってしまえば、もう動けない。
だから私は強がりを言う。
「私は平気よ。だって……」
先生ですもの。
そう言うとくるみさんは目に見えてしかめ面になった。私が今に及んで惚け続けることに苛立ちを覚えたのだろう。
くるみさんが頭を振って、息を吸って。そしてなぜか犬の鳴き声が聞こえてきた。
「犬?」
私とくるみさんが同時に鳴き声がした方を向く。そこには私たちを襲った男たちのハンヴィーと、その上でワンワンと吠える薄茶色い毛色の犬がいた。
■■■
リーダー。
ん?なんだ?
もう薬が有りません。そろそろ補充しないと…。
そういえば抗生物質切らしてたっけな。じゃあ次の補充の時は薬局に行ってみるよ。
はい、ありがとうございます。
……ねえ、直希さんの友達の事だけど。
圭がどうかしましたか?
いやさ、今でも悩んでるんだ。本当に一人で行かせても良かったのかなって。
…………。
ゴメン。話すような事じゃなかったね。じゃあ今日はもう寝よう。
はい、おやすみなさい。
おやすみ。
息の詰まるようなシリアス回はこれにて休憩。次回からはほのぼの回に移行します。