もしも赤司が疲れ目になったら   作:蛇遣い座

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「眠れ、歴戦の王よ」

秀徳高校との対決は、前半とはまったく逆の試合展開に突入していた。

 

「うおっ!また赤司がやったぞ!」

 

僕の目の前で驚きに顔を引き攣らせる真太郎。一瞬の隙を突き、相手の手からボールを払いのけてのワンマン速攻。そのままレイアップを決める。数え切れないほどに繰り返された僕のスティールに場内に歓声が上がった。

 

 

 

 

 

前半で20点近くのビハインドを付けられた洛山高校だったが、現在は最終第4Qの中盤。なんと同点に追いつくことに成功していた。

 

そして、再び秀徳ボール。PGの高尾がボールを運んでくる。マンマークでつく僕のディフェンスを前に、真太郎は忌々しげな声を漏らす。

 

「……未来をも見通す『天帝の眼』。まさか、敵に回すとここまで厄介な代物だったとは思わなかったのだよ」

 

守備陣形は開始時から一貫してボックスワン。前半はとにかく真太郎にボールを回さないことを主眼に置いていた。まあ、それでも彼のマークを外す技術や、高さによる身長差によって3Pを打たれ放題だったが。しかし、現在はあえてマークをわざと外させ、真太郎にボールが回るようにしていた。

 

「くっそ、さすがにカットインの隙なんてないかよ……」

 

「ふふっ……言っておくけど、インサイドは鉄壁よ。ロングシュートとパスならご自由にどうぞ」

 

全国最強である洛山のゾーンディフェンス。パスとシュートの選択肢を捨てて深く守った彼らを抜くのは至難の業だ。インサイドでのポストプレイにおいても、相手は『無冠の五将』根武谷永吉。キッチリと相手Cを完封していた。秀徳には真太郎以外のシューターはいない。なまじ『キセキの世代』が優秀すぎたために、他に3Pシュートに特化する需要がなかったのだ。

 

「先輩達が外から打ったとしても確率が低すぎる……やっぱ、真ちゃんに回さざるを得ないのかよ」

 

最終的には、苦渋の決断で高尾はエースにボールを回すしかなかった。インサイドでの勝負はあまりにも不利。ゾーンを破るには遠距離からの攻撃がセオリーというのも、前半に大量得点を取ったエースへの信頼というのもある。あえてボールを回す隙を作れば、そこにボールを集めざるを得ないだろう。

 

「……赤司、今度こそ!」

 

真太郎の身長は190cmを超える。シュート体勢に入りさえすれすれば僕の高さでは止めるのは不可能となるのだ。さらに、タメの長い『超長距離(スーパーロングレンジ)3Pシュート』は封印し、通常のクイックで打てる3Pのみに限定している。さらに、真太郎はシュートだけでなくドリブル突破も可能な高い技術(スキル)も有している。しかし、それでも――

 

「くっ……モーションにすら入れんとは…」

 

 

――一瞬の意識の隙を突いて、僕の手は真太郎の腕からボールを弾いていた

 

 

「僕の前では無防備も同然だよ」

 

そのままドリブルでのワンマン速攻。と思いきや、さすがにこれだけ同じパターンが続けば戻りも早くなるか。全力で走る高尾が僕の前に立ちはだかった。

 

「させねえよっ!」

 

ここで決められれば、秀徳としてはあれだけあった点差をひっくり返されたことになる。絶対に死守したいところだろう。僕の手からボールを奪おうと、鬼気迫る表情で止めに来る。だが、僕は冷静にボールを横に投げた。

 

「征ちゃん、ありがと」

 

後ろから追いついた玲央にボールが渡る。これで二対一。一瞬、高尾の顔に迷いが浮かんだ。その間に玲央はワンツーで僕にパスを戻す。玲央を止めるために走りかけた身体は、重心が完全にブレてしまっていた。瞬時にドリブルで高尾を抜き去る。

 

「これで逆転だ」

 

「オレを忘れるなよ!」

 

へえ、戻りが早いな。高尾が抜かれたわずかな時間で戻りきったのか。しかし、ゴール前にいるのは真太郎のみ。一対一だ。

 

――全身全霊で真太郎の心を感じ取る

 

ここまで僕は基本的にパス回しのみに専念していた。それは『無冠の五将』の攻撃力が高いこともあったが、一対一での突破に不安があったことも大きい。『天帝の眼』があればアンクルブレイクで単独突破も可能だっただろうが。普段ならばここで味方の到着を待つ。しかし、『変性意識(トランス)状態』の今の僕ならば別の選択肢もある。

 

 

「見せてやろう。『すべてを支配する』僕のドリブルを――」

 

 

「来い!」

 

この試合、最大限の集中力で僕を迎え撃とうとする真太郎。しかし、無駄なことだ。身体を左右に振ってフェイクを入れ、直後にわずかに速度を緩めた。そして、完全に意識を合わせ、その意識の間隙にドライブを仕掛ける。

 

「させるかっ……!」

 

 

――しかし、棒立ちの真太郎は僕にあっさりと抜き去られた

 

 

「なっ……!?み、見えているのに……身体が、動かないだと!?」

 

驚愕に目を見開いたまま、真太郎は一歩も動けない。

 

相手の五感に共感し、相手の意識に同調する『変性意識(トランス)状態』――

 

これをオフェンスに転用したのが、いまのドライブだ。

 

生物である以上、どんな人間もタイミングに支配されている。例えば視覚について。まばたきの間には全ての視覚情報は遮断されるし、視線の向きによって得られる情報量はまるで変わってくる。

 

意識において、それはより顕著に現れる。何も無いところで躓くという経験は誰にでもあるだろう。たとえ視覚で捉えていても、認識できていないという状態。感覚器官が取得した膨大な情報を処理しきれないのだ。つまり、相手の意識の隙を突くことができたなら、それは相手の肉体の隙を突いたのと同義。

 

「隙だらけだよ」

 

呼吸の間隙、視線の動き、意識の濃淡。それらを感じ取る『変性意識(トランス)状態』に死角は無い。

 

「これが……赤司の実力……」

 

――これにて勝負は決した。

 

呆然と見送るしかない真太郎を横目に、僕の口元には小さな笑みが浮かんでいた。さすがは『キセキの世代』緑間真太郎と『古豪』秀徳高校。見事な戦力だった。ここまでギリギリの試合にしてくれたことに感謝と敬意を表するよ。しかし、これで終わりだ。全てを決定付けるレイアップがゴールネットを揺らした。

 

「眠れ、歴戦の王よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

試合は僕達、洛山高校の勝利に終わった。秀徳高校の人々はすでに帰途につき、体育館にはすでに僕ひとり。他の連中は学園祭の運営や見学に戻っている。しかし僕だけは、先ほどの試合の余韻に浸るわけではないが、何となくコートに残っていた。

 

真太郎を完封した以上、僕の新たなスタイルの実戦投入も成功と言えるだろう。『天帝の眼』を失った代わりに得た新たなスタイル――『変性意識(トランス)』

 

相手の意識を感じ取り、同調することで心の隙を突く。その威力は『天帝の眼』にも決して劣るものではない。まあ、発動条件もシビアだし弱点も多いが……。

 

それでも『キセキの世代』を倒せたという事実は大きい。それもテツヤのように相性の問題ではなく、正面から堂々と。これは仲間達にとってもそうだが、僕にとっても大きな自信となった。かつて大輝に敗れたときにこのスタイルを修得していたならば、勝敗は変わっていたかもしれない。だから――

 

「WC(ウィンターカップ)では勝たせてもらうよ、桃井――」

 

「あれ?気付いてたんだ」

 

視線をどこにも向けずにつぶやいた言葉に、背後から返答が帰ってくる。僕の耳には先ほどからかすかな呼吸音が届いていた。振り向くと、そこには元帝光中マネージャー、桃井さつきが壁にもたれるように佇んでいる。

 

「わざわざ京都まで偵察とはご苦労だな」

 

「まあね、やっぱり赤司くんとミドリンの試合は直接見ておかないとね」

 

「まったく……他校の練習試合の情報なんてどこから手に入れてくるのやら」

 

当然のように話す桃井に、僕はやれやれと小さく頭を振る。

 

「ひとりで来たのかい?大輝は一緒じゃないのか?」

 

「大ちゃんは遠くて面倒だからパスだって。女の子をひとりで行かせるなんて信じらんない。なんか、実際に勝負するときのお楽しみにしておきたいみたい」

 

「で、どうかな。試合を見た感想は。大輝の期待には沿えそうかな?」

 

謙遜するように軽く肩を竦めて見せる。桃井は感嘆の篭った笑みを浮かべた。

 

「うん、本当に驚いた。インターハイで普通にプレイしていたときもそうだったけど、今日の試合は桁違いよ。『キセキの世代』主将、かつての赤司くんの姿を彷彿とさせたわ」

 

祭りもそろそろ終わりの時刻だ。夕焼けのオレンジが体育館に差し込む。中学時代を思い出す桃井の顔にわずかなノスタルジーが浮かんだ。

 

「でも、一体どうなってるの?今日の試合、後半の赤司くんの実力は明らかに踏み越えていた。まるで『天帝の眼』に匹敵するかのような……」

 

「眼がまた見えるようになった、とは思っていないのか?」

 

かすかに寂しげな顔で桃井は首を振った。

 

「見えてない、でしょ。今日の試合も含めて、高校に入ってから赤司くんの決めたシュートは、フリースローを除けば、ほとんどがゴール下でのレイアップのみ。パスを主体にしているせいで気付かれにくいけど、ミドルシュートの成功率が極端に低いのよ」

 

まあ、僕のことを調べれば分かることか。

 

 

――いまだ『天帝の眼』が使用不可であることくらいは

 

 

だが、桃井の分析力は侮れない。どこまでこちらの弱点を見抜かれたのか、それは確認しておきたいな。

 

「視力の著しい低下は決して治ってはいない。だからおそらく、視覚以外の感覚でそれを補っているんじゃない?たとえば聴覚とか、第六感とか……」

 

僕はそれには答えずに、視線で桃井に続きを促した。

 

「……すごいよ。本当にすごい。私はもう、赤司くんが選手としてやっていくのは無理だって思ってた。だけど、いまや中学時代の、全盛期の力を取り戻しつつあるみたい。それがどれだけ大変かなんて、私には想像もつかないよ」

 

「別に大それた事をやった訳ではないさ。バスケットは目でやるものじゃないからね。他の部分を鍛えただけだよ」

 

「……そう。だからこそ、テツ君とは最悪の相性になったわけね。相手の視覚を操る『視線誘導(ミスディレクション)』が赤司君には通用するはずもない、か」

 

……すでにテツヤからも以前の試合の情報を得ていたのか。他校の情報収集能力においては、僕達の遥か先を行っているようだ。当然、それらのチームに対する情報分析と未来予測も進んでいるだろう。

 

「よく調べている。どうかな、参考までに教えてくれないか?次の冬に行われるウィンターカップ。一体どこが優勝するのかを」

 

「いいけど、先に赤司君から教えてよ。どこが優勝すると思ってるの?」

 

一転してニヤニヤと試すようにこちらを見つめる桃井に、僕は考えることなく答える。

 

「言うまでもないよ。洛山に決まっている。僕が負けるなどありえないよ」

 

「ふふっ……そう言うと思った。まあ、私も同じことを考えてたけどね。赤司君には悪いけど、優勝するのは私達の方よ」

 

同じく絶対の自信を持って答える桃井。呼吸や心拍には一切の揺れがない。いまの僕の試合を見て、それでも確実に勝てると思っているのだ。

 

「ずいぶん自信があるようだね。だけど、ウィンターカップまであと2ヶ月。それだけあれば十分だ。僕自身の育成計画はすでに立ててあるよ」

 

「ふーん」

 

後ろで手を組み、気のない表情で声を漏らす桃井。だが、これはハッタリではない。『読心術(コールドリーディング)』による長い読み込み時間さえどうにかすれば、『変性意識(トランス)状態』の僕ならばかつての仲間達とだって渡り合えるはずだ。そのためには――

 

 

「『キセキの世代』のみんなと実際に試合をするって言うんでしょ?」

 

 

唐突に口にされた桃井の言葉に僕は声を失った。息を呑み、呆気に取られた表情のまま彼女に視線を向ける。

 

なぜ、それを知っている……?

 

怪訝な顔に気付いたのか、苦笑しながら桃井が説明する。

 

「さっきのミドリンとの試合。前半の2Qはやられっ放しだったじゃない。後半になって急に人が変わったみたいに強くなったけど、じゃあ前半は何だったの?余裕を見せていた?」

 

違うよね、と首を振った。

 

「それがあの能力に必要な前提条件だったから、でしょ?クセを見抜いたのか、集中力を高めていたのか、それとも別の何かなのか知らないけど。あの埒外なまでに高精度な先読み能力は、発動までに一定の時間が掛かるんじゃない?」

 

「さてね。ただ単にハンデをつけていただけかもしれないよ」

 

はぐらかせはしないだろう。完全に僕のスタイルについて推測を立てられているらしい。本当に敵に回すと恐ろしい女だ。

 

「その弱点を克服するには、事前に一度戦っておくことが必要。つまり、先に観察しておくことで、発動に掛かる時間を短縮することができるって推測したわ。今回、ミドリンの高校と練習試合を組んだのだってそういうことでしょ?本当、テツ君とは正反対の特性ね」

 

まるで探偵に追い詰められる犯人のような気分だ。

 

相手が初見であればあるほど効果が高くなるテツヤの『視線誘導(ミスディレクション)』。それに対して、僕の『変性意識(トランス)』は相手が既知であればあるほど効果が出るのが早くなる。なので、これからウィンターカップまでは他の『キセキの世代』と練習試合をしようという計画だったのだ。

 

――それを看破されてしまっては、大輝の桐皇学園とは試合を組むことはできないだろう。

 

苦々しい思いで唇を軽く噛んだ。むざむざ敵に塩を送るはずもない。大輝の心を感じるのは大会で当たるまでは無理か……。正直、あの攻撃力を前に前半を捨てなければならないというのは、かなり厳しいが。

 

「でも、いいわよ。監督の方には私から練習試合を頼んでみるよ」

 

「え?」

 

「いい加減、大ちゃんのモチベーションの低下が見過ごせないレベルだし。練習試合でもいいから、赤司君が相手をしてあげて」

 

呆気に取られたように声を上げる僕に、桃井は溜息を吐く。やれやれと首を横に振る彼女の顔には諦めたような表情が浮かんでいた。あの問題児はずいぶんと心配をかけているようだ。だが、それは僕にとっては好都合。一度でも事前に戦っておけば、次回の試合では『読心(コールドリーディング)』に必要な時間はおそらく半分ほどに短縮されるはずだ。

 

「それは助かる。よろしく頼むよ」

 

「ううん。こちらこそ」

 

内心の喜びを隠して礼を言った。桃井、キミは僕を甘く見過ぎだ。みすみす隠しておくべき情報をこちらに開示してくれるのだから。しかし、それは間違いだと彼女の表情を見て即座に悟った。冷たい瞳で見透かすようにこちらに視線が向けられる。

 

「だって、結局同じことだもん。能力発動までの時間がどうこうって問題じゃないよ」

 

分かりきった問題を眺めるかのような、そんな無機質な瞳。つまらなそうに、少しだけ悲しそうに、彼女はつぶやいた。

 

 

 

――赤司君のスタイルには致命的な欠点があるんだから


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