もしも赤司が疲れ目になったら   作:蛇遣い座

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「テツくんとミドリンの試合だよ!」

ウィンターカップ予選が始まった。現在の高校バスケット界で最も注目される大会。その火蓋がとうとう切られたのだった。インターハイで優勝、準優勝校は無条件で直接本選に出場できるため、僕達にとってはまだこれからだが。

 

「さて、今日は誠凛高校と秀徳高校の試合か……」

 

本日、東京代表を決める最終予選が行われていた。それを観戦するためにわざわざ東京まで出向いてきたのである。『キセキの世代』同士の対決はさすがに見ておかないとね。

 

『幻の六人目』黒子テツヤと『超長距離3Pシュート』を有する緑間真太郎。この二人がどこまで進化したのか、僕の眼でしっかりと見せてもらうよ。それに、新しく加入した誠凛のセンター。彼はたしか『無冠の五将』のひとり、木吉鉄平じゃないか。怪我で戦線離脱していたと聞いたが、復帰したようだ。

 

「さて、お手並み拝見といこうか」

 

会場の客席で僕はつぶやいた。そのとき、なぜだろう。後方から馴染みの声が聞こえてくる。

 

「もう!大ちゃんが遅いから、もう試合始まっちゃうじゃない!」

 

「うっせえな。間に合ったんだからいいだろーが!つーか、ひとりで来ればよかっただろ!」

 

「だって、テツくんとミドリンの試合だよ!絶対見ておいた方が……ってあれ?赤司君じゃない?」

 

おーい、と手を振るのは桐皇学園の桃井だった。横にはつまらなそうな顔の大輝が半眼で付き添っている。

 

「お、赤司か。わざわざ京都から来たのかよ」

 

「まあね。二人ともウィンターカップ本選に出てくるだろうからね。以前からどれだけ進化したのか見ておかなければ」

 

「そうよねー。まったく、大ちゃんも赤司君を見習わないと!今日も面倒だって駄々こねてさー。せっかく最近は昔みたいに練習するようになったっていうのに……」

 

「そうなのか?」

 

頬を膨らませる桃井に僕は質問を返す。

 

「うん。赤司君の試合が終わってから、大ちゃんが練習に出てくるようになったの」

 

「おい、いちいち報告してんじゃねーよ」

 

「もう、照れちゃって。あの試合が楽しかったみたい。ありがとね、赤司君」

 

僕としては、全然ありがたくないんだが。あまりにも隔絶した実力ゆえに、高校に入ってから大輝は一切の練習を放棄していた。好敵手を求めるために、強さを追求するのをやめていたのだ。その彼が停滞から脱したのならば――

 

 

――『キセキの世代』最強のスコアラーの才能が進化するということ

 

 

頭を抱えたい気分だった。外面だけは平静を保っていたが、内心では焦燥感が渦巻いていた。

 

「ねえ、大ちゃんはどっちが勝つと思う?テツ君?それともミドリン?」

 

「どっちが勝とうが関係ねーよ。どうせ、オレに勝てるのはオレだけだ」

 

「もう、つまんないなー。じゃあ、赤司君は?」

 

興味無さそうに言い放つ大輝に、呆れたように溜息を吐く桃井。まあ、大輝は相手によって戦術を変えるタイプじゃないしな。たしかに誰が相手だろうとやることは一緒か……。

 

「誠凛だろうな。僕の想定以上に火神大我の身体能力が上がっているようだ」

 

練習中の両チームの選手のスペックを眼で把握しながら答える。運動状態ではないので、もちろん『天帝の眼』は健在である。その眼で見たところ、春に戦ったときと比較して誠凛高校のエース、火神大我の身体能力が凄まじく伸びていた。特に跳躍力の上昇が著しい。

 

「おそらく超長距離3Pの弾数制限を増やすためだろう。真太郎の方も全体的に身体能力が底上げされているが、それでも今の彼を前にしてシュートを撃つのは至難だろう」

 

そう言って、僕は小さく首を左右に振った。

 

「ならばテツヤがいる以上、点数の取り合い、攻撃力において秀徳が不利だろう」

 

「ふーん。でも、そうか……練習試合ではあの選手目立ってなかったもんね。じゃあ、あの特性を知らないのかー」

 

僕の分析に、しかし桃井はニヤニヤと思わせぶりな笑みを浮かべた。

 

「テツ君には悪いけど、でも私は秀徳が勝つと思うよ」

 

「なぜだ?」

 

「たぶん、見れば分かるよ。ほら、もうすぐ始まるみたいだし」

 

 

 

 

 

 

 

両校が整列し、試合が開始された。

 

へえ、真太郎も最初から本気のようだ。かつて誠凛に敗戦したという話を聞いたが、それゆえに執念染みた気迫が感じられる。

 

「先制点、決めさせてもらう」

 

ジャンプボールを制したのは秀徳、緑間真太郎。ボールを手にしたのはセンターサークル付近だったが、この男には関係ない。躊躇い無くシュートモーションに入る。真太郎の3Pシュートの射程距離はコート全域。だが、そのシュートは――

 

「んなタメの長いの撃たすかよっ!」

 

 

――常人離れした火神の跳躍によってブロックされた

 

 

打点の高い真太郎のシュートだが、あっさりとコート外へとボールを弾き飛ばされる。その光景を見て、僕は驚きに目を見開いた。

 

「これは……眼で読み取ってはいたが……何て跳躍力だ……」

 

「どうも赤司君との練習試合がきっかけみたいよ。あれ以降、火神君の実力の伸びは並外れてるわ」

 

呆然とつぶやく僕に、桃井が言葉を返した。

 

「完全に才能が開花したわね。彼の『超跳躍(スーパージャンプ)』の最高高度は、もしかしたらムッ君にも匹敵するかもしれない」

 

 

 

 

 

 

 

その後も火神のブロックは続いた。ひたすらマークを外し、シュートを撃とうとする真太郎。だが、そのことごとくを火神はブロックしていた。

 

ゴクリと知らず唾を呑む。半年前とはまるで別人。跳躍力だけではなく、筋力や速度においても明らかに以前とは一線を画している。

 

「まさに真太郎にとっては天敵だな。あの『超跳躍』の前にはどんなシュートもブロックされる」

 

この前半戦、真太郎の打ったシュートの数は15本。その全てが火神によってブロックされていた。もちろん真太郎も無策ではない。スクリーンなどで、少なくとも一瞬のフリー状態を作り出してはいる。だが、それでも追いついて止めることができるのは――

 

「へえ、良い反応速度してんじゃねーか。まるで野性の獣みてーだな。アイツも身に着けてたのか」

 

――タネは凄まじいまでの反応の早さ。

 

全感覚器官を最大限に鋭敏にした自然体の構え。そこからの『超反応+超跳躍』こそが火神の神懸かり的なブロックの秘密である。予測にも近い『野性』と呼ばれる類の能力。『キセキの世代』最強スコアラー、青峰大輝の専売特許だと思っていたが、他にもこの能力を持つ高校生がいたなんて……

 

覚醒した火神の守備範囲は常人のそれを遥かに超えている。第2Qを終えて、前半戦は完全に彼の独壇場だった。得点は43-37で誠凛リードで後半を迎えることになる。

 

「真太郎の得点がゼロにも関わらず、ここまで競れるとはね。たしかに秀徳のPGは天敵のようだ。ここまでテツヤが完全に封じられている」

 

桃井の予想した通り、相手の高尾というPGにテツヤの『視線誘導(ミスディレクション)』が封殺されていた。そのタネはおそらく異様に広い視野であろう。変幻自在のパスワークが使えなかったのが、あまり広がっていない点差の原因だ。

 

「秀徳はミドリンが囮になって、上手く周りが機能してる。逆に、誠凛はテツ君が封じられて機能できていないわね。まあ、それでも優勢に進められているのは、新たに加入したセンター、木吉さんの安定感のおかげかな?」

 

「だが、火神の『超跳躍』も真太郎の『超長距離3P』も、身体に掛かる負担が大きい。どちらかの力が尽きればそこで形成は逆転する以上、勝敗はまだまだ分からない」

 

まさか火神がここまで飛躍的に実力を伸ばしているとは……。この二人の対決の勝者が、そのままチームとしての勝敗を決めるだろう。

 

「そうね。次からの作戦次第だけど、どうかしら?誠凛はテツ君はベンチに戻すかもね。っと、休憩時間終わっちゃう。大ちゃん、私の荷物見ててね」

 

「あん?どこ行くんだよ、便所か?」

 

「バカっ!デリカシーなさすぎ!」

 

頬を膨らませて桃井は席を立った。そんな大輝の姿を呆れた風に眺める。この辺りは中学時代から変わってないな。

 

 

 

桃井の姿が見えなくなるのを見計らったように、大輝が小さく口を開いた。

 

「なあ、赤司。……目が見えないってマジか?」

 

「……桃井に聞いたのか?」

 

「その反応……やっぱりそうなのかよ」

 

一拍だけ考えて、僕は頷いた。そもそも隠す必要は無いものだし。知られたら格好悪いというだけの理由なので、あっさりと認める。大輝の表情がわずかに曇った。

 

「とはいえ、普段は問題なく使えるよ。ただ、運動状態になると見えなくなるだけさ。どうも、『天帝の眼』の取得する情報量を脳が処理しきれないそうだね」

 

それによって編み出されたのが、視覚ではなく聴覚によって情報を認識するスタイルだ。聴覚から取得できる情報量は、視覚に比べて圧倒的に少ない。いくら鋭敏に聴覚を働かせようとも同じこと。しかし、知覚が制限されることで、逆に脳の容量を相手の心理分析や行動予測に割くことができていた。

 

――それが僕の新たなスタイル『変性意識(トランス)状態』

 

「だがよ、前回の試合は何なんだよ。眼の見えないヤツの動きじゃなかったぜ。あんな1on1を眼を使わずにやったってのか?」

 

「ああ、それか……。もちろん企業秘密だよ。大輝とはウィンターカップで戦うだろうからね。そんなネタばらしはできないさ」

 

「もしも眼を使わずにここまでできるようになったんなら、さすがは赤司と言うしかねーな。あんなプレイができるなんて嘘みてーな話だが。中学時代の『キセキの世代』と呼ばれた頃の全盛期のお前と遜色ない強さだったぜ」

 

だが、と大輝は続けた。

 

「――それでも中学の頃のお前自身を超えてはいない」

 

核心を突かれた気分だった。ドスンと胸を殴られたかのような。

 

「たしかに強い。だが、中学時代のお前以上の圧力を感じねえ」

 

「……言ってくれるね」

 

挑発ではなく本心。おそらくはそれが素直な感想なのだろう。自分でもわかっている。新たに身に付けたスタイルは、あくまでも『天帝の眼』の代替能力。かつての僕に近付くためのものだった。しかし、それでは現在こそが全盛期である『キセキの世代』の連中には及ばないだろう。

 

「つっても、この間の練習試合はひさしぶりに楽しめたぜ。あそこまで完封されたのは何年振りだったかな。オレも今回の大会のために、お前ともう一度やるために、珍しく練習をしてきたんだからよ」

 

――オレと当たるまでにレベルを上げとけよ

 

傲岸不遜に、それでいて期待の篭った目で、僕に言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

結局、試合は誠凛の勝利で幕を閉じた。火神が終始、真太郎のシュートをブロックし続けることで、秀徳の攻撃を封じたのだ。いまだ興奮冷めやらぬ会場の中で、僕は両校の戦力を分析する。

 

「真太郎もスクリーンを利用したり、囮になってパスを回したりもしたが、それでも火神のマークを引き剥がすことはできなかったか」

 

野生の獣のごとき『超反応』と人類の常識を超えた『超跳躍』。その合わせ技によるブロックは、まさに真太郎の天敵であった。桃井も予想外といった風に驚きの表情を浮かべている。

 

「まさか、火神君がここまで進化しているなんて……。私の成長予測を遥かに超えているわ」

 

「はっ!期待してなかったが、アイツも結構できそうじゃねーか。ウィンターカップでの楽しみが増えたぜ」

 

悩ましげな桃井と対照的に、大輝は獰猛な笑みを浮かべていた。

 

「それにしてもテツ君……使わなかったのね、例の新技を」

 

「新技?」

 

ポツリとつぶやかれた言葉に疑問の声を上げる。

 

「ん?ああ、さつきの言ってた『消えるドライブ』ってやつか。テツが生み出した新技の。ネタバレされちゃ面白くないしな。温存されてよかったぜ」

 

詳しくは教えてもらえなかったが、どうやら大輝の話ではテツヤも中学時代から進化を遂げているようだ。やはり、かつての僕を超えない限りは、現在の『キセキの世代』には勝てないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

ウィンターカップ本選が近付き、洛山高校バスケ部も最後の調整を終えたところだった。明日には東京の本選会場へと発つことになっている。体育館では練習後のミーティングにて、とうとう監督からトーナメントの対戦表が発表された。

 

「これがウィンターカップの組み合わせだ。各校の詳しい情報は後日、ビデオで見せることになるだろう。だが、どこが相手であろうと油断は一切するな。7日間のトーナメント戦ではあるが、体力の温存など考える必要はない。一戦一戦全力でいけ!以上だ」

 

これにて最後の練習が終わった。あとは休息を取って本番に臨むだけ。やるべきことはやった。仲間達に心を合わせる『変性意識(トランス)状態』のバリエーションは何とか完成させることができたからね。視線を渡された紙に落とす。しかし、この組み合わせは……

 

「なあなあ!この組み合わせ、どう思う?」

 

「そうねえ。とりあえず初戦は楽勝ね。聞いたことない高校だし。で、決勝はというと、間違いなく桐皇よね。インターハイ優勝と準優勝だから正反対のブロックに配置されてるし」

 

楽しげに組み合わせ表を眺める小太郎に、玲央が答える。僕達の洛山高校は第1ブロックで、桐皇学園が第4ブロック。敗戦を喫したこのチームには苦手意識があるが、しかし、ここに勝たない限り優勝はないだろう。

 

「第3ブロックには秀徳だな。止める可能性があるとすればこの辺りか……」

 

他の有象無象では『キセキの世代』の相手にはならないだろう。これは油断や驕りではなく、厳然たる事実だった。秀徳ならば1on1専用モードの『変性意識(トランス)状態』ならば倒したことがある。だが、楽観的な予測は禁物。決勝は桐皇学園と考えた方がよいだろうな。

 

「へえ、誠凛と陽泉は第2ブロックかよ。インターハイも含めて二度、陽泉とは対戦してるが、まだ紫原とはやったことがねえからな。今度こそ勝負できそうだぜ」

 

「私としては誠凛に勝ち残って欲しいものだけどね。なにせ、『幻の六人目』黒子テツヤ、だったかしら。彼の能力は征ちゃんに通用しないみたいだし。そちらの方が勝率よさそうだもの」

 

「それはどうかな。僕としては敦の陽泉に頑張ってもらいたいけどね」

 

火神大我の潜在能力は『キセキの世代』に匹敵する。前回の試合を見た限り、更なる覚醒が近い気がするのだ。僕は誠凛高校に未知数の怖さを感じていた。だが、そんな先のことよりも――

 

「これはマズイな……」

 

他の連中に聞こえないように、苦渋に満ちた表情で小さくつぶやいた。これまで僕達は『キセキの世代』を擁するチームと練習試合を繰り返してきたが、ひとつだけ対戦をしていない高校がある。それは偶然ではなく、あえて僕が監督に進言して対戦を避けていたのだ。その理由は単純明快。

 

 

――当時の僕達では絶対に勝ち目がなかったからだ

 

 

正直に言えば、ここだけは他の高校に倒して欲しかった。他力本願どころか、無条件降伏に近いこんな内心は誰にも教えられなかったが。仲間達の技術を模倣(コピー)させないことによる、消極的な攻撃。相手の戦力を増強させないことを考えての練習試合回避だったが、そう簡単には行かないようだ。

 

「洛山高校の2回戦の相手は――海常高校」

 

擁する『キセキの世代』は、文字通りのオールラウンダー。無数の技を模倣(コピー)してきた男。『変性意識(トランス)状態』を無効化する天敵。

 

 

――黄瀬涼太である


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