もしも赤司が疲れ目になったら   作:蛇遣い座

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「データ分析能力と合わさってこそ」

私、桃井さつきは桐皇学園バスケット部のマネージャーなの。備品の整備から相手チームの分析まで、選手のみんなが練習と試合にだけ集中できるようにするのが仕事よ。そして、今日は部員のみんなが頑張ってきた集大成、ウィンターカップ当日。

 

「青峰の野郎、どこ行きやがった!開会式終わったからってサボりかよ!」

 

「ああ……そういや、いつの間にかおらんな。いつものことやけど。桃井、スマンけど、ちょっと探してきてくれへん?」

 

主将の今吉さんに頼まれて、大ちゃんを探しにいくことになった。そう、悲しいけどこれも私の仕事なのよね。まったく、大ちゃんったらすぐにいなくなっちゃうんだから。

 

とはいえ、心当たりなんてないし、私は会場の周りを探してみることにした。連絡を取ろうにも電話に出ないし。何やってんだろ。しばらく探し回ったけど、よく考えたら一人じゃ無理ということで、メールをしてテツ君に手伝ってもらうことにした。あ、テツ君っていうのは、マイラブリー天使のことね。

 

「ええと。テツ君の話だと、ここら辺のはずなんだけど……。って、ああ!いた!」

 

階段の踊り場のところに、手すりにもたれ掛かる大ちゃんの姿を見つけた。大声で呼びかけると、少し驚いた風な顔でこっちを振り向く。

 

「……さつきか。どうしたんだよ、わざわざ」

 

「もう!急にいなくなったりするから探したんだよ!早く戻らないと……え?何で、みんなここにいるの?」

 

いま気付いたけど、ここには帝光中学のみんなが集合していた。『キセキの世代』とまで呼ばれた帝光中バスケ部のレギュラー陣が、思い思いの様子で時間を潰している。

 

「やっぱり来たじゃん。峰ちんのお守り」

 

「うっせーな、紫原。別に呼んでねーよ」

 

お菓子を食べながらのムッ君に大ちゃんが苛立った様子で返す。

 

「あれ?ひさしぶりッスね、桃っち」

 

「そうだね。ええと、きーちゃん。何でみんな集まってるの?」

 

私の質問に、きーちゃんは携帯を見せることで答える。

 

「赤司の招集なのだよ。まったく、自分で呼び出しておいて遅れるなど……」

 

なぜかハサミを手にしながら、ミドリンは溜息を吐いた。

 

「溜息を吐きたいのはこっちッスよ。てか、危ないからハサミをむき出しで持ち歩くの、やめてくんないッスか?」

 

「馬鹿め。ラッキーアイテムを持たずにいられるわけがないだろう」

 

というか、私は招集のメールもらってないんだけど……。胸に寂しさを感じながら、隣に目を向けると――そこにはテツ君がいた。

 

「おひさしぶりです。桃井さん」

 

「きゃああああ!テツくん!ひさしぶり~!」

 

興奮状態で抱きつく私に、テツ君はいつもの困ったような表情を見せた。もう、そういう顔もかわいいなぁ。他のみんなはいつものことか、と呆れた様子だけど、私はまったく気にならない。テツ君成分を今のうちに補充しておかないと。

 

「すまない。待たせたね」

 

降ってきた声に、私達は階段の上層へと顔を上げた。

 

――階段の上から赤司君が降りてきた

 

 

高校最強たる洛山高校。そのジャージを羽織る彼からは、形容しがたい畏敬の雰囲気が滲み出ていた。存在感が並外れているとでも言うのかな。帝光中学史上、最強と呼ばれるみんなだけど、その主将に相応しいカリスマ性を発している。突出した才能をもつ『キセキの世代』を率いることは、おそらく彼以外には不可能だったはず。そう確信できるほどだった。

 

本当に威風堂々という言葉がよく似合う。高校に入ってからも何度も会っているけど、この帝王の風格は凄まじいものがあるわね。

 

「また会えて嬉しいよ。こうやって全員揃うことができたのは実に、感慨深いね」

 

ひとりひとりに視線を向け、再会の挨拶をする赤司君。

 

「……桃井も来ていたのか。大輝に伝えておけば、キミも来てくれると思っていたよ」

 

その視線が私のところに止まると、さも想定通りといった風に赤司君は言葉を続けた。

 

最近、赤司君と話す機会が多かったから分かるんだけど。実際、完璧超人ではないって知っているから分かるけど。

 

それ、たぶん嘘だよね。

 

私のこと忘れてたでしょ。ジト目で非難するように見つめるけど、まったく効果は無いみたい。この辺りの赤司君の図太さは、中学時代の私には想像もつかなかったところだけど。

 

 

 

 

 

 

 

みんなとの再会を済ませた私は、他のチームの偵察のために観客席へ向かっていた。

 

年末に行われる最後の決戦、ウィンターカップ。7日間のトーナメントで行われる試合数は、全部で50試合ある。そのうち、一回戦は初日と二日目で行われる。桐皇学園の初戦は明日。みんなは練習のために帰ってしまったが、私は偵察のためにビデオを片手に会場を歩いていた。

 

今回のウィンターカップは、『キセキの世代』の対決が見られるということで、初日から会場は満員だった。私には実感が湧かないけど、その気になれば世界すら動かせると言われる『キセキの世代』の注目度は高いみたい。実際、みんなに比べれば、去年まで全国で名を轟かせていた実力者も雑魚同然だもん。はっきり言って大人と子供。だからこそ、注意すべきは『キセキの世代』のいる学校のみ。そして、今回の偵察の目的は――

 

――洛山高校vs大仁多学園

 

「全国常連の栃木県の強豪。去年のインターハイでは4位だったわね。赤司君は一体どうするのかな?」

 

キョロキョロと辺りを見回すと、大きな声を上げて手を振った。

 

「テツく~ん!一緒に試合見よう!」

 

「……桃井さん。見学に来てたんですか」

 

私に気付いて隣の席を空けてくれるテツ君。幸せを噛み締めながらテツ君の隣に座る。

 

「げっ……桐皇学園の桃井かよ。何でこんなとこに……」

 

「もう。失礼だなあ、火神君。誠凛とは決勝まで当たらないんだし、休戦ってことでさ」

 

嫌そうな顔をする火神君。っていうか、私だってテツ君と二人きりがよかったわよ。ただ、誠凛は全員でこの試合を観戦するみたい。残念だけど、他の部員達とも一緒するしかないわね。せっかくの最前列だし。しっかりと情報収集させてもらうわ。気を取り直して、テツ君の隣で三脚とビデオの設置を始める。

 

「なあ、対戦相手の大仁多高校ってのはどんなところなんだ?調べてあんだろ?」

 

「ん?そうね、かなり強いよ。去年の全国4位だし。特に7番の小林圭介選手。身長188cm、長身でパスもできて点も取れる、全国でも屈指のPGよ」

 

「赤司の野郎のマッチアップがソイツか。どうなんだ、黒子。アイツが負けると思うか?」

 

「いいえ」

 

火神君の問いに、テツ君は考えることなく首を振った。

 

「赤司君が負けるとは思えません。たとえ、相手が誰であろうと。あの練習試合以降、会ったことはありませんが、それでも彼が負ける姿は想像もできませんね」

 

珍しく饒舌に話すテツ君。……でもそうか。テツ君の才能を見出したのは赤司君だもんね。その能力への信頼感は相当高いはず。まあ、知らないだろうけど、練習試合ではしょっちゅう負けてるんだけどね。

 

「あっ、出てきたわね。高校最強、洛山高校の選手達が」

 

やっぱり、個々の能力値はトップクラスに高そう。『天帝の眼』を利用した赤司君の選手育成によって、おそらくチームとしての総合力は群を抜いているはず。

 

とはいえ、主将であり司令塔でもある赤司君にはいくつかの弱点がある。その辺りを克服できているのか。しっかりと分析させてもらうわよ。

 

 

 

 

 

 

 

――前半が終わって、スコアは洛山の12点リード。

 

「……おい、こんなもんなのか?」

 

火神君が訝しげにつぶやいた。それもそのはず。『キセキの世代』と呼ばれる彼らは、誰もが埒外の能力を保持している。しかし、赤司君はここまで通常のプレイしかしていないのだ。必要なところにパスを入れるだけ。だけど、その光景に私は驚きを隠せなかった。

 

「すごい……何てパスの精度……」

 

「そこまで驚くことか?いや、たしかにドンピシャのタイミングだけどよー」

 

呆然した私の口から賞賛の声が漏れる。火神君には分からないでしょうね。この凄さが。視覚が制限されている彼にとって最も困難なのは、一対一よりもむしろパス回しなのよ。中学時代の、広大な視野を有していた頃を彷彿とさせる正確無比なパス。いえ、どころか中学時代を超えているかも……。まるで仲間達と心を完璧に合わせているかのような――

 

「ここまで精度を高めてくるなんて……とても眼が見えないなんて思えない…」

 

「えっ?」

 

「あっ……しまった」

 

思わず口を突いて出た言葉に、テツ君達が驚いたようにこちらを振り向く。

 

「どういうことですか、桃井さん?」

 

「あ、ええと……その…」

 

ごめんね、赤司君。でも、テツ君のつぶらな瞳には逆らえないの!

 

 

 

 

 

 

 

結局、全部話してしまった。

 

「そんな……赤司君が…」

 

珍しく狼狽した感情を表に出すテツ君。

 

「ってか、おい。嘘だろ?眼が見えないであのプレイしてるってのかよ」

 

「そう。火神君の言いたいこともよく分かるけど」

 

本当に常識離れしてるからね、赤司君は。大ちゃんは、中学時代に及ばないなんてキツイこと言ってたけど、でもこんな短期間でここまで力を取り戻すなんてそれこそ奇跡よ。本当に奇跡みたいな天才性。それほどまでに、視覚を失うというデメリットはスポーツ選手にとっては重大なハンデなの。

 

「おそらく視覚の代替として聴覚を利用しているのよ。加えて、これまでに『天帝の眼』で見てきた膨大な生体反応、心理分析のパターンによる経験則。それによって『天帝の眼』と同等の未来予測を可能としている」

 

「それであのパス精度かよ。正直、信じられねーが」

 

「赤司君の本領発揮はまだこれからよ。ほら、始まった――」

 

――相手のエースPG、小林からの手からボールが弾き飛ばされた。

 

あまりにも自然に赤司君がスティールに成功する。見ているこちらが寒気を覚えるほどに、時が止まったと錯覚するほどに、相手はまったく反応できていなかった。

 

「赤司君のスティール!?」

 

「なんつータイミング。さっきまでと動きがまるで違うぜ」

 

人間ならば必ず現れる肉体と意識の隙。刹那ほどのタイミングを、赤司君は逃さない。

 

――変性意識(トランス)状態

 

こうなれば、あとは赤司君の独壇場。ミドリンですら圧倒されたあの状態には、誰も対応することはできない。

 

「桃井さん……赤司君は……『天帝の眼』を使用せずに、あのプレイを?」

 

「そう。あれが赤司君の編み出した新たなスタイル。他人の全てが見える眼を失った代わりに、少ない情報で相手の動作を予測する計算能力を磨いたのね」

 

「信じられません……中学時代と比較しても、何の遜色もないプレイだなんて」

 

呆然と目の前の光景を眺めるテツ君たち。そういえば、誠凛との対戦時にはあのモードはなかったのよね。

 

「赤司のマッチアップ相手、アイツかなりできるぜ。見るだけでわかる。だってのに、あんな簡単にやられちまうのかよ」

 

「そうね。彼は全国でも屈指の選手よ。『無冠の五将』にも匹敵できるかもしれないほどに。だけど、――変性意識(トランス)状態には関係ない」

 

たしかに大仁多高校はインターハイ元4位の強豪校よ。たぶん、インターハイ予選のときの誠凛高校と同じくらいのチーム力があると思う。だけど、赤司君を相手にするには隙が多すぎた。

 

「勝負はついたわね」

 

 

 

 

 

 

 

結局、試合は洛山高校の圧勝だった。終了の礼と共に、選手達は控え室へと戻っていく。それを眺めながら、私はビデオの撮影を止め、背もたれに寄りかかって伸びをした。

 

「ふぅー。やっぱり赤司君が順当に勝ったわね」

 

とはいえ、今回の勝利は洛山高校の総合力の勝利でもあるわね。たしかに赤司君の能力は凡百の選手を超越しているけれど、特筆すべきは『無冠の五将』の三人の実力の高さ。洛山高校をワンマンチームと見ると痛い目に遭いそうね。赤司君が全開モードに入れない前半戦を、上手く仲間を生かすことでゲームメイクできていたし。

 

「桃井さん。どう思いましたか?今の試合を見て……」

 

「そうね。誠凛高校にとっては、というかテツ君にとっては最悪の相性よね」

 

私の言葉にテツ君は頷いた。

 

「実際、半年くらい前に練習試合をして惨敗したんでしょ?あ、ごめんね。ひどいこと言っちゃって」

 

「……いえ、その通りですから。赤司君には、ボクの全てが通じませんでした。ミスディレクションという技術そのものが――」

 

嫌なことを思い出したのか、テツ君の表情が曇る。

 

マズ、失敗しちゃった。あの試合はテツ君にとってトラウマものだったのに……。

 

「ま、まあ。視線誘導(ミスディレクション)に特化したテツ君にとって、視覚に頼らないことに特化した赤司君は天敵だしね。っていうか、眼が見えないからそもそも使いようがないし。だからさ、仕方ないよ」

 

慌てふためきながら、何とか慰めの言葉を送ろうとしたけど、むしろ逆効果かも。何か傷口に塩を塗っちゃってない?

 

「それにほら。たぶん赤司君は次の二回戦で負けちゃうし。そしたら当たらないじゃない」

 

あたふたと両手をブンブンと振り回しながらフォローしようと試みた。そんなことをしている私に――

 

 

――背後から、威厳に満ち溢れた声が飛んできた。

 

 

「ほう、それは聞き捨てならないね」

 

振り向くと、そこには試合を終えたばかりの赤司君が佇んでいた。

 

「あ、赤司君!?あれ、控え室に戻ったんじゃ……」

 

「次はこのコートで涼太の試合だからね。実際に観ないわけにはいかないさ」

 

「そ、そうなんだ……」

 

「それにしても、ずいぶんと口が軽いみたいじゃないか。僕の眼がどうとか……。内緒と言っていたのは嘘だったのかな?」

 

思わず目を逸らす。赤司君の病状を話しちゃったのを怒ってるみたい。責めるような視線で見下ろしてくる。赤司君の迫力でそれやられるとすごい恐いんだよね……。

 

「ごめんね。つい……。あとで埋め合わせはするからさ」

 

「いや、ならば今してもらおう」

 

テツ君とは反対側の私の隣の席に腰をおろした。その手には同じくビデオが握られている。誠凛高校のみんなは緊張した面持ちでこちらに視線を向けていた。

 

「桃井、これから僕に付き合ってもらう」

 

一瞬の空白が場を支配した。そして――

 

 

「ええええええっ!あ、赤司君!何言ってるのー!?」

 

 

え、何これ?告白されたの?こんなところで?いや、でも私にはテツ君がいるし。でも、赤司君ってお金持ちみたいだし。ううん、ダメよ。

 

「おい、何を勘違いしているんだ。次の試合の対策に付き合ってもらうという話だよ」

 

頭痛を抑えるように、片手で頭に手を当てて赤司君が嘆息した。呆れたように首を左右に小さく振る。

 

「え?試合の対策……?」

 

「海常高校の未来予測データを作ってくれ、ということだ」

 

うわー。すっごい恥ずかしい。顔がすごく熱くなってるのが分かる。ああ、そうね。赤司君にとって、きーちゃんの能力はまさに天敵だもんね。

 

「海常高校の対戦相手は福田総合学園。灰崎の進学した高校だ。彼ならば、涼太のデータを測る基準くらいにはなるだろう」

 

「灰崎君が出てるの……!?」

 

「まあ、そこはどうでもいい。灰崎と涼太では天才性において、隔絶した差がある。僕達の二回戦の相手は涼太で間違いない。だからこそ、その対策に付き合ってほしい」

 

テツ君のためとはいえ、赤司君の情報をしゃべっちゃったのは私だし。今回は休戦ってことで手伝ってもいいかな。

 

「いいよ。次の試合だけは、赤司君についてあげる」

 

「助かるよ。僕の眼によるデータ収集能力は、――データ分析能力と合わさってこそ真価を発揮できるからね」

 

こうして、私と赤司君による幻の期間限定タッグが成立したのだった。


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