もしも赤司が疲れ目になったら   作:蛇遣い座

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「今のオレは誰にも止められない」

――洛山高校vs海常高校

 

ウィンターカップ二回戦。そこで、今大会初となる『キセキの世代』同士の対決が行われようとしていた。

 

「こうやって実際に戦うのは初めてッスね。楽しみにしてたんスよ」

 

「そうか。スリルのある試合を僕も期待しているよ」

 

軽く手を上げて涼太がこちらに挨拶する。試合開始の整列をしながら、すねるように口を尖らせた。

 

「にしても、ショックっスよ~。黒子っちに聞いたんスけど、どうもオレ以外の全員と練習試合やったみたいじゃないスか。ひとりだけ仲間外れなんてさ」

 

「その必要はなかった、というだけのことだよ。お前の埒外の才能であろうとも、僕の眼には全てが見えているのだから」

 

「ははっ、ずいぶんと余裕ッスね。だけど、赤司っちの眼だろうと、今のオレなら模倣することができる。悪いけど、無敗記録はここで終わりにしてもらうッスよ」

 

「無駄なことだ。お前達を従えていたのが誰だと思っている。それは矛盾だよ。全てに勝つ僕の模倣など不可能だ」

 

虚勢を張って威厳をもって答えた。そう、全てに勝っている。少なくとも公式戦では、と心の中で弁解をしながら。

 

 

 

 

 

 

 

――試合開始のボールが高く上げられた。

 

「先攻は海常!黄瀬がボールを取ったぞ!」

 

満員の観客から歓声が上がる。ボールの弾かれた先は海常のエース。青のユニフォームに身を包んだ涼太にボールが渡った。

 

開始直後の速攻。だが、狙いすましたように僕は一歩だけ横にずれる。速攻を掛ける涼太の前に立ちはだかった。一瞬、両チームの選手すべてに緊張が走った。『キセキの世代』の正面衝突。

 

――この勝負を制した方が、序盤戦の流れを掴むだろうと。

 

「行くっスよ、赤司っち!」

 

「想定通りだ」

 

「ここで勝負を決めてやるッス……なっ!?」

 

 

――僕の手が、涼太のボールを弾き飛ばしていた

 

 

完全に虚を突かれた涼太の目が大きく見開かれる。意識の隙間を縫うように突き出された掌。彼にしてみれば、気付いたら弾かれていたというのが正確な感想だろう。そのボールを奪い取り、逆にこちらからカウンターの速攻を仕掛ける。

 

「こ、これが……『天帝の眼』ッスか」

 

開始からたった数秒間の攻防。自身が運動状態に入る前のわずかな時間。そんな限定条件付きの『天帝の眼』が発動された。相手の呼吸や脈拍、筋肉の動きに至るまで、仔細にすべてを見抜くこの眼には――一瞬先の未来が見える。

 

単独速攻で無人のコートを突っ切る。

 

「おおおっ!先制点は洛山かっ!」

 

これで試合の流れを奪い取る。レイアップを決めようとして、しかし自分の真上に誰かの腕が伸びているのが見えた。僕の手から放たれたボールは、――背後から叩き落とされた。超高高度のブロック。高層ビルを前にしたかのような圧倒的な迫力に、思わず戦慄する。

 

「なっ……涼太!?」

 

高い……いや、それよりも早すぎる。僕の顔が驚愕に引き攣った。眼が見えなかろうが、僕のドリブル突破の速度は並ではない。だが、それにあっさりと追いついた上に、あれほどの跳躍を加えるなんて……。超人的な反射神経と常識外の高さ。

 

「これは、まるで敦を相手にしたような……しまった!お前達、全員で涼太を止めろ!」

 

すぐさま直感した。焦りとともに大声で仲間達に呼びかける。

 

ブロックしてこぼれたボールを拾い、洛山コートへと疾走する涼太。小太郎がカバーのためにディフェンスに入るが、それを涼太は速度の緩急、チェンジオブペースで軽々と翻弄して抜き去った。遠目ですら追えないほどの加速と減速の速度差。

 

「くっそ、なんつーキレだよ」

 

唇を噛み締め、愕然とした表情で呻く小太郎。だが、速度を緩めた一瞬で玲央と永吉が戻ってきた。『無冠の五将』の二人によるダブルチーム。ここで止める、と不退転の決意で『キセキの世代』へと挑む。

 

「させないわっ!」

 

「無駄ッスよ。今のオレは誰にも止められない」

 

僕の育成によって、現在の彼らのDF力は全国でも屈指のレベルである。その二人のダブルチームは、どんな高校のエース級の選手であろうと阻む鉄壁だ。それに対して涼太は左右に身体を振り、高速で突っ込んでいく。その瞳には未来が映っていた。

 

 

――アンクルブレイク

 

 

「んな、マジかよ……これはアイツの」

 

直前に涼太が行った切り返しのクロスオーバーは、玲央と永吉の体勢を同時に崩す。自重を支えきれずに、二人はバランスを崩され尻餅を着かされた。『無冠の五将』の二人掛かりですら子供扱い。あまりにも実力が他と隔絶している。やはり、これは――

 

 

――完全無欠の模倣(パーフェクトコピー)

 

 

「うおおおおっ!先制点は黄瀬のダンクだっ!」

 

豪快なダンクがリングにぶち込まれた。振り向いた涼太からは、僕ですら圧されるほどの凄みが発せられている。

 

「まさか序盤から使ってくるとは……。予想を外してくれるね」

 

つぶやきながら、冷静に状況を把握してリスタート。速攻はせずに、じっくりとハーフコートの勝負に持ち込もう。現在の涼太の完成度は人智を超えている。とにかく涼太のマークする相手にボールを回さないこと。それのみに専念する。まず間違いなく僕の『天帝の眼』でスティールされるだろうからな。

 

「ならばインサイドの勝負だ。永吉、頼むぞ」

 

「よっしゃ!ナイスパス……ぬおっ!」

 

ハイポストにボールを送り、永吉が相手を押し込みながらターンする。そのままゴール下でシュート体勢に入るが――

 

「ぬおっ!テメエ、早すぎだろーが!」

 

――紫原のごとき圧巻のブロックによって、ボールを叩き落とされる。

 

何という威圧感と迫力。3Pライン以内すべてが守備範囲という紫原のデタラメぶりを完全に模倣していた。

 

「赤司っちの眼だろうと、反応すらさせないッスよ」

 

こちらの攻撃を防いでのカウンター。それに対して僕は即座に呼吸を合わせて進路を塞ぐ。呼吸合わせによる先読みディフェンス。だがそれは、大輝の敏捷性(アジリティ)の前には無意味だった。

 

「ぐっ……速過ぎる…!?」

 

大輝の得意技であるチェンジオブペース。さらにトリッキーなドリブルによって完全にタイミングを外され、為す術なく抜き去られた。まるで相手にならない……。

 

――『キセキの世代』の全ての技を使える今の涼太は、まさに無敵だ

 

 

 

 

 

 

 

それから3分間、涼太は独壇場という言葉も生ぬるいほどに洛山コートを蹂躙した。得点は0-10という惨憺たる有様である。

 

開始と同時に仕掛けられた猛攻は、序盤にしてここまでの点差をつけてしまった。予定通りに涼太のマークを避けて攻撃をしていたにもかかわらず、たった一点すら奪えなかったというのも痛い。攻撃力にのみ注視していたが、この守備力も桁違いだった。常識外の守備範囲を誇る紫原敦の能力は、あらゆるインサイドの攻撃を遮断してしまった。

 

まさか、時間制限のある『完全無欠の模倣(パーフェクトコピー)』をこの段階で使ってくるとはね。予想外の事態だよ。さすがに限界まで使うことはなかったが、それでも制限時間が2分も残っているというのは脅威である。

 

「主導権はもらったッスよ」

 

勝ち誇ったようにこちらに人さし指を向ける涼太。これが海常高校の作戦なのだろう。開幕に大差を付けることで相手に動揺を与えるという。だが――

 

「ん?意外と落ち着いてるッスね」

 

不思議そうに首を傾げる涼太。それに構わず僕はゆったりとドリブルでボールを運んでいく。仲間達に心を合わせ、完全なタイミングでハイポストにパス。それを受け取った永吉は、そのまま相手センターを押し込むようにゴール下で得点を決めた。ひどく落ち着いた、練習通りの決まりきった流れ。

 

「予想外ではあったが、想定外だったわけではないよ」

 

何事もないといった風に、平静を保って涼太に言い放つ。

 

可能性が低いと思っていただけで、序盤からの『完全無欠の模倣(パーフェクトコピー)』使用は、昨日の桃井との未来予測で想定されてはいた。そのパターンも事前に仲間達には伝えてあったため、向こうの狙いであろう僕達の動揺はない。

 

「まあ、だからといって。この点差が軽くなるわけでもないがな」

 

相手に悟られないように小さく溜息を吐く。しかし、焦って無理に点差を縮めようとするのは逆効果。普段のリズムを崩すだけだ。ここはあえて平常通りのパターンでの正攻法。もちろん、仕掛けるのは涼太から離れたところからだ。

 

「チッ……セオリー通りとはいえ、やってくれんじゃねーか」

 

射抜くような鋭い視線を向ける海常の主将、笠松。確かに面白くはないだろう。涼太以外なら誰でも勝てると。自分たちが舐められているということなのだから。涼太の対応範囲外から確実に決める作戦は、じりじりと少しずつ点差を縮めていった。

 

「残念、私がフリーよ」

 

マークを外した玲央はパスを受け、即座にシュート。超反応なしの涼太では、さすがにコート全範囲を抑えることは不可能。クイックで放たれたボールはリングを通り抜けた。

 

「やはり涼太以外の選手ならば、こちらの方が上のようだな」

 

だが、ここで涼太の能力が牙をむく。

 

「これはレオ姉の……!?」

 

先ほど玲央が放ったものと全く同じシュートモーション。当然のように決められた3Pに、小太郎は目を見開いた。技を模倣された玲央も、衝撃を受けたように顔を青ざめさせる。

 

「こんなに簡単に私のシュートを模倣(コピー)されるなんて……」

 

 

――これが黄瀬涼太の模倣(コピー)

 

 

モーションだけでなく、呼吸やリズムまで全てが同一。これでは僕の呼吸合わせは通用しない。思わず小さく舌打ちした。

 

「って、今度はオレのドリブルかよっ!?」

 

コート上に響く轟音。強烈にボールを床に叩きつける特徴的なドリブルは、まさに小太郎のもの。右から左への高速のクロスオーバーでインサイドへ侵入し、そのままジャンプシュートを決めた。

 

「よしっ!」

 

さすがは『キセキの世代』黄瀬涼太。たとえ『完全無欠の模倣(パーフェクトコピー)』がなくとも、その能力値と特殊技能は卓越している。『無冠の五将』の技までも模倣(コピー)した涼太は、鍛え上げられた洛山のダブルチームでも止めるのが困難な域にまで達していた。

第2Q終了のブザーが鳴る。前半の結果は洛山高校の4点ビハインド。桃井との試合予測のパターンのひとつ。序盤での涼太の『完全無欠の模倣』使用時の得点予測通りに進んでいた。

「やはり桃井のデータ分析の精度は見事なものだな」

だが、悲しいかな。事前のデータ分析による試合展開予測について、桃井はこう話していた。

 

僕の眼による情報収集と、それを利用した桃井の情報分析。その合わせ技による未来予測の精度はもはや予知にも等しい。だからこそ難しい。彼女の悲しげな言葉が脳裏に残響する。

 

 

――試合結果の予測は78-86。洛山高校の敗北よ。


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