もしも赤司が疲れ目になったら   作:蛇遣い座

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「オレの眼には見えてるッスよ」

後半戦、第3Q開始のブザーが鳴った。インターバルの間の作戦会議では、監督の口から作戦続行の知らせが出ている。事前の展開予測があまりにも正確なために、変更点がなかったのだ。昨日、想定していたパターンのひとつで、ここからも進めていくことになる。つまりは、涼太以外のマッチアップで勝負を仕掛けるという作戦だ。

 

まあ、桃井の未来予測によれば僕達は敗北するのだが。残念だが、制限時間が2分残っている涼太の最後の追い込みで逆転されるという見込みだ。僕の方でも手を打ってはいるが、成功するかは神のみぞ知るというところか……。

 

「おおおっ!また黄瀬が仕掛けた!」

 

怒号のような歓声が湧き起こる。日本でも有数の広さを誇る東京体育館。最大収容人数10000人の会場に、轟音が響き渡った。ボールをついた音とは思えないほどの異様な威力のドリブル。洛山高校のドリブラー、葉山小太郎の固有のドリブル。

 

「……くっそ!またオレのドリブルを……!?」

 

だが、その荒技を披露したのは――『キセキの世代』黄瀬涼太。

 

『無冠の五将』の技までもを模倣(コピー)した涼太を止めるのは容易ではない。全国でもトップクラスの実力を有する小太郎と玄人の二人を、あろうことか正面から突破するほど。全力のディフェンスを破られ、二人は悔しげに呻く。

 

「だが、総合力は僕達の方が上だ」

 

涼太の周辺を避けるように、パスコースを調整してのゲームメイク。インサイド全てを守備範囲とする紫原のような芸当は、さすがに涼太でも不可能。小太郎のみが逆サイドに移動し、反対側から攻め込む逆アイソレーションの形だ。

 

「コートを狭く使わなくちゃいけないから不利な陣形ではあるけれど……ねっ!」

 

「よっしゃ、ナイス!」

 

僕から玲央、永吉へと繋がったパス。小刻みにショートパスを繰り返し、こちらも得点を重ねていく。これは新たに習得した『変性意識(トランス)状態』のバリエーション。仲間達の呼吸や思考を読み取り、チームをひとつの生き物として認識することで可能となるパス回しだ。

 

「まるで正反対の展開だな」

 

「隔絶した個の力で単独突破する海常と、チームの総合力で相手の隙を突く洛山。ここまでほぼ互角か」

 

そんな観客の声が耳に届いた。だが、実際にはわずかにこちらが不利。なぜなら、オフェンスの際の得点力の確実性で劣っているからだ。

 

 

 

たしかに、洛山の個々の戦力は海常を上回っていた。涼太の守備範囲外から仕掛けていけば、7割近くのシュート成功率を出すことができる。だが、残念ながら絶対ではない。

 

互いに全国上位の実力を持つ高校同士。レギュラー陣の能力に地区予選ほどの圧倒的な差は存在しないのだ。だが、涼太はうちのダブルチームを相手に、8割以上の得点率をコンスタントに叩き出していた。

 

「またパスかよ!あと一歩のところで!」

 

「悪いッスね。さすがに赤司っちのとこのディフェンス、堅すぎッスから」

 

切り返しのタイミングを読みきった小太郎だが、寸前でパスに切り替えた涼太にスティールを回避される。

 

桃井の未来予測も加味した洛山のダブルチームはまぎれもなく全国屈指。だが、それで追い詰めたと思えばパスで逃げられてしまう。小太郎が苦々しげに口元を歪めた。

 

「ある意味では大輝よりも厄介だな。これではトリプルチームにもできない」

 

一対一の純粋な実力においては大輝の方が上だろう。だが、1on1のみに固執せず、危なくなればパスという選択肢も取れる涼太の方が苛立たしい。

 

 

 

 

 

第3Qも半ばを過ぎ、じりじりと彼我の得点差は開いていった。

 

――だが、そう簡単には終わせない

 

「入った――『変性意識(トランス)状態』」

 

「え?」

 

 

――僕の手が笠松のボールを弾いていた。

 

 

海常の主将PG、笠松から呆気に取られたような声が漏れた。何が起きたのか分からないのだろう。ボールをついていたはずの手元に思わず視線を戻した。

 

「隙だらけだよ」

 

一瞬の意識の隙を突いた僕のスティールからの速攻。突然の反撃に対応する間もなくレイアップが決められた。

 

「これが黄瀬の言ってた……『天帝の眼』かよ…!?」

 

悔しげに拳を握り締める主将の笠松。だけど、気が早すぎるよ。――本当に悔しがるのはここからだっていうのに。

 

「なっ……これは……時間が飛ばされたみてーな」

 

「意識の隙を突かせてもらったよ」

 

虚を突かれた笠松は、ドライブに反応できずに為す術なく抜き去られる。気が付いたときにはすでに一歩踏み込まれ、対応が間に合わなかっただろう。慌てて下がろうとするも、すでに僕の姿は彼の視界内には存在しない。

 

「何が起こっ……」

 

『キセキの世代』すら圧倒する僕の能力を前に、凡俗のプレイヤーなど相手にならない。たった今あしらった笠松のことなど頭から抜け落ちていた。ドリブル突破によるゴール下への侵入(ペネトレイト)。そのままシュート体勢に入り、左足で跳びあがった。

 

「これで終わりだ」

 

慌ててカバーに駆け寄ってくる相手センター。それを視界の端に留めながら、僕は意識を切り替えてコート全体へと広げていく。鋭敏な聴覚が仲間達の居場所やこれからの未来の動作を教えてくれる。

 

「させないっ!」

 

ブロックに跳ばれる瞬間、脳内は最速で回転を続けていた。シュートは無理。この状況で最適のパスコースは――

 

「おっし!ナイスパスだぜ!」

 

――永吉へのノールックパス。

 

相手の防御網を掻い潜って、永吉へとパスが渡った。そのままノーマークのゴール下でシュートを入れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

ハイタッチを返しながら、僕はまた意識を切り替えた。笠松の視界が幻視される。

 

「チッ……やってくれるな。だが、もう油断はしねー」

 

海常のターン。笠松はボール運びの段階から、最大限に集中力を高めてきた。先ほどの失態を取り戻そうという構えだ。こちらの一挙手一投足に至るまで、鋭い瞳で窺っている。最速の反応でこちらのスティールだけは防ごうという覚悟。だが――

 

そうじゃない、と僕は内心でつぶやいた。

 

「油断だとか集中だとか、その程度で無くせるものではないんだよ。人間である以上、必ずどこかに隙はできる」

 

急速な進化によって隙を消していった大輝であっても、完全に隙を無くすことはできなかったのだ。目の前の凡俗な一選手がそれをできるはずもない。ワンフェイクを入れると、それにピクリと反応を見せる笠松。意識が僕をかわすことに向いた一瞬。

 

 

――その一瞬を僕は逃さない。

 

 

「なっ……何でだよ」

 

意識の隙を突かれ、唖然とした表情の笠松の横を走り抜ける。ボールを弾き飛ばし、相手コートに転がっていくそれを追った。海常のベンチから驚愕の声が上がる。そんな悲鳴を背に僕は再びのワンマン速攻を決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

ここから試合の流れは洛山ペースに傾いていく。絶対の確率で勝利できる『変性意識(トランス)状態』。オフェンスにおいては、単独でペネトレイトからのパス回し。ディフェンスにおいては、PGを封じることによる攻撃リズムの乱れ。

 

それらによって、最終第4Qの現在、僕達は海常高校に見事逆転を果たしていた。

 

「とはいえ、ここからが本当の勝負――」

 

事前に算出した桃井の展開予測を思い出す。残り時間2分38秒時点において、総得点にわずかな誤差はあるものの、洛山の5点リードという結果は――予測とまったくズレていない。

 

「だとするとそろそろ……」

 

涼太のあの能力が発動されるはず。海常はこの劣勢にもかかわらず、終盤になるにつれてさらに意気高揚しているようだ。

 

「お前ら!残り時間から考えても、ここは絶対決めるぞ!」

 

永吉が得点を決め、相手ボールからのリスタート。森山からハーフライン付近の涼太へとパスが渡る。ゾクリ、と僕の背筋に寒気が走った。これは来たか――

 

「止めろ!撃たせるな!」

 

シュートモーションに入る直前、僕は反射的に叫んでいた。その指示に反応して小太郎が必死の形相でブロックに跳ぶ。

 

「あっちゃー。3Pで決まれば一番楽だったんスけど……。だけど――」

 

 

――オレの『完全無欠の模倣(パーフェクトコピー)』は誰だろうと止められない

 

 

恐るべき反応速度でシュートからドライブへと動作を切り替える。残像すら見えるほどの敏捷性。これは青峰大輝の模倣(コピー)か……!

 

「早すぎだろっ……!」

 

さらに緩急を最大限に利用したチェンジオブペースでダブルチームを抜き去った。洛山の誇るダブルチームすら、まるで歯牙にもかけない。そのままゴールまでの最短距離を高速のドリブルで突き進む。そして、そのままフリースローラインで踏み切った――

 

「た、高いっ!」

 

 

――まさかこれは、火神大我のレーンアップ!?

 

 

厳密には火神よりも跳躍力そのものは低い。だが、助走距離を長く取り、ダッシュの速度を上げることで火神の『超跳躍(スーパージャンプ)』を再現している。

 

「らあっ!」

 

ガツンと、強烈なダンクが叩き込まれた。強い……。序盤に一度体験してはいたが、勝負所の『キセキの世代』の追い込み。涼太め……かつてないほどに超越的な雰囲気を出すじゃないか。

 

 

――ここからの未来予測ではこの2分間、僕達はただの一度もゴールを奪えずに敗北する。

 

 

「桃井の予知など、打ち崩して見せるさ」

 

洛山の反撃のターン。攻め方は変わらない。涼太以外のポジションから攻める。というよりも他の方法などない。とにかく時間をいっぱいに使ってのハーフコート勝負。そして、最後にパスを玲央に回しての3P。

 

「くっ……相変わらず人間離れしたカバーの早さね」

 

「今のオレの守備範囲は3Pラインの外側も含まれるッスよ」

 

超人的な反射神経と跳躍力によるブロック。SGという前掛りなポジションゆえに玲央の位置まで届くのだ。マークを外して撃ったはずのシュートは堅固な防壁に叩き落とされる。

 

「カウンターだっ!」

 

反撃の速攻は神速。スリーだけは阻止したものの、大輝の敏捷性(アジリティ)と『型のない(フォームレス)シュート』によって危なげなく得点を決められた。その間、わずか8秒。先ほどの遅攻で稼いだ時間をあっさりと取り戻された。やはり時間で逃げ切るのは不可能か……

 

「だとすればこちらも得点を取るしかない……!」

 

――『変性意識(トランス)状態』

 

「っち……またかよ!」

 

笠松の意識の隙を突いたドライブで、最速でペネトレイトする。強引にレイアップの体勢で跳び上がった。どうにか涼太のカバーが入る前に――

 

「遅いッス」

 

気がついたら僕の目の前に鉄壁の城塞が築かれていた。予想はしていたが、さすがにセンターよりも早くブロックに跳べるとはな……。

 

「だが、僕には最適なパスコースが見える」

 

ブロックに跳んでいる以上、ここからの連続カバーは不可能だ。意識はすでに笠松からコート全体へと切り替えてある。どこにパスを出す。現在地と仲間達の行動予測から考えて――

 

「玲央、任せた」

 

「その動き、オレの眼には見えてるッスよ」

 

 

――僕のバックパスは、涼太の手によって弾かれた

 

 

やられた。僕の『天帝の眼』による未来予測か……!

 

 

 

 

 

 

 

涼太の速攻により、会場中のボルテージは最高潮に達していた。この地鳴りのような完成は、もはや怒号のごとく選手達の肌を叩く。『キセキの世代』の人智を超えた追い込みに熱狂する観客達。

 

「うおおおおっ!あと1点でオレ達の逆転だ!」

 

「ぜってー止めるぞ!」

 

それに呼応して、海常の選手達も限界までテンションを高めているようだ。残り時間1分と少し。ここで決められないようならば、涼太の暴虐の前に為す術なく逆転されるだけだろう。もはや洛山に後は無い。僕の策が成るかどうかもこのラストターンに掛かっている。桃井にすら話せなかった策が――

 

「さてと、ここが天下分け目――天王山だ」

 

当然のように笠松の横を抜き去り、いつもの得意パターンに持ち込む。ペネトレイトからのレイアップ。先ほど止められたそれを、もう一度繰り返した。

 

相手センターは動かない。涼太がカバーできると確信しているからだ。事実、超人的な反射神経によって涼太は一瞬にして僕との距離を詰めていた。互いの視線が交錯する。

 

「終わりッスよ、赤司っち」

 

「決着をつけよう、涼太」

 

「その表情、何を企んでいるのか知らないッスけど。オレの『完全無欠の模倣(パーフェクトコピー)』の前には全てが……」

 

涼太の言葉が止まる。寸前、苦悶の形に歪んだ表情が見えた気がした。

 

 

――涼太はブロックに跳べなかった。

 

 

無情にも、山なりに放ったシュートがネットを軽く揺らした。それを確認して僕は、自陣へと戻っていく。とても振り返る気にはなれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

試合終了のブザーが鳴った。仲間達の歓声と、わずかに漏れる観客の落胆の溜息を耳に入れながら、僕は体育館の天井を振り仰いだ。試合は83-80で洛山の勝利で幕を閉じた。作戦通りだが、僕の心は晴れない。

 

――足の負傷の悪化による途中退場。

 

それが今回の唯一の勝算だった。『完全無欠の模倣(パーフェクトコピー』は本来の涼太にはできないほどの高次元な能力を再現させる。だが。それは肉体に通常とは比べ物にならないほどの負荷を掛けてしまうのだ。その負荷に、負傷している涼太の足は耐えられない。

 

いや、耐えられないようにしたのだ。今回、徹底して3Pシュートを撃たせなかったのも、涼太から離れたところで勝負しようとしたのも、これが理由。大輝のドリブルと敦の全範囲ディフェンス。足首に負担の掛かる、異様に緩急をつけたドリブルと超人的な反射による跳躍。怪我した足首を悪化させるためだけの選択をさせ続けたからだ。

 

桃井にも伝えなかった策だが、今日の練習中も『天帝の眼』によって足首の状態を隅々まで見極めていた。どれだけの負荷で涼太の足首は使えなくなるのかを。これはかつての仲間に対する策では決して無い。

 

「だが勝利するためならば仕方ない」

 

基本的に僕はこういった作戦を好まない。それはスポーツマンシップがどうこうという聞こえの良い理由などでは決してなく。実力では勝てないという敗北宣言に等しいと思っているからだ。正攻法で叩き潰すからこそ自信に、次に繋がると思っているからだ。

 

だからこそ、今回の作戦は監督以外には伝えていなかった。仲間達は涼太が負傷していたことすら知らないだろう。そうでなくてはならない。卑怯な手を使ったという事実。そういった敗北感や負い目のようなものは、後々まで響いてくるからだ。洛山高校は高校最強チームであり、王道をひた走っている。その誇りを汚してはならない。

 

周囲を見回すと、仲間達はホッと安堵の表情を浮かべてベンチへと戻るところだった。それに対して僕は自信に満ちた口調で虚言を弄する。

 

「あれほどの埒外な涼太のプレイ。当然と言えば当然か。身体に負担が掛かるタイプのものだったようだね。そこを読み違えたのだろう」

 

そこまで追い詰めたお前達の勝利だ、と。自身の限界を見誤って自滅したのだと。仲間達にそう告げた。

 

僕が破滅させたのだと、悟られないように。


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