ちくわの磯辺揚げ
時はしばし遡る。
福音事件が終息した直後のことであった。
「たばねーーーーーーーーーーーー!!」
ドタバタと騒がしい足音が廊下に響き、分厚い扉越しにも部屋の中まで聞こえてくる。まー、気にする必要はないか。
刹那にドッカンと部屋の金属製自動扉が内側へ爆発した。因みにこの自動扉はスライド式であって毎度火薬を炸裂させるような開け方はしない。まー、気にする必要はないか。
扉はガランガランと部屋の中を暴れまわり、元々放棄された機械部品を更に撒き散らしながら転がった。がっちゃんがっちゃん部品が水滴の如く飛び上がってまた落ちる、跳ねる。まー、気にする必要はないか。
もくもくと壊した反動で煙が立ち込める中、扉を壊した張本人の姿があらわになった。
「たばねーーーーーーーーーーーー!!」
それは少女。否、幼女。齢2桁にも届かぬであろう、小さな女の子。
ショートカットの黒髪に、真っ赤な瞳。頭のてっぺんの大きな赤いリボンが揺れて、その後を追うようにリボンの根本から伸びた3対の赤い帯が宙を泳ぐ。
「きいてないきいてないきいてないきいてないきいてないきいてないきいてない!! きいてないぞーーーーーーーーーーーー!!」
彼女はガラクタの砂漠を踏み越え、ガラクタの谷を飛び越え、ガラクタの山を乗り越え、ついに到達し叫んだ。この部屋の主に。耳元で。
「まったくきいてないのだ!! なんなのだあれは!! しぬかとおもったではないか!!」
捲し立てるように、しかし少々舌足らずな言葉でガミガミくどくどと彼女は言う。
「さいしょにいってたのとちがうではないか!!」
「違わないでしょー。結局落とされたとこに変わりはないわけだし」
ここでようやく部屋の主、篠ノ之束は耳栓を取ってから仰向けの体勢のまま耳を傾ける。決して視線は空中に浮かぶ投影ディスプレイから離さず、タイピングの指も止めず。
「ちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうーーーーーーーーーーーー!!」
しかし、キーン、と耳鳴りがしそうな程の声量に束はたまらず手を止め顔をしかめて耳を塞ぐ。鬱陶しいので黙ってほしいのだが、少女は束の態度も露知らずで口を止めることはない。
「せつめいだ!! せつめいをようきゅうする!!」
「……確かに『君』には『彼女』と闘ってそれ相応の結果を出してもらおうとは思ったよ? それでも束さんはイレギュラーまでは想定してなかった。それだけ」
「それだけでたばねはわしにしぬおもいをさせたというのかーーーー!?」
ガー!! と少女が吠えた。そして束は「なんでこんな子になったんだろ……」と若干の後悔を滲ませた口調でぼそっと呟く。いや、自分に責任はないはずだ。彼女の育成は全部その所有者の責任なのであって、束は一切関与していない。
「まーいいじゃないの。束さんが介入してなかったら今頃マジモンの凍結処理されて一生倉庫の奥だった訳だし」
「うっ、むぅ……いや、だまされんぞ!!」
「騙してねぇよ誤魔化しだよ。てか凍結されると困るのこっち」
ただでさえ数作れずに微妙な数で製造停止したんだから勘弁してほしい。500の大台を地味に目指していただけにちょっとやるせないのだ。
「たばねっ、わしはまだきさまのくちからしゃざいすらきいてないのだぞ!! なにかいったらどうなのだ!?」
「言う権利はあっても行使する気は全く無いね」
「むきぃーーーーーーーーーーーー!!」
少女が苛々に負けてゴロゴロとガラクタの海をのたうち回る。部品ががちゃがちゃと跳ねて小さなナットが1つ束の耳にカツンと小気味のいい音を立てて当たった。
「……………………くーちゃん」
「こちらに」
ついに、と言えば良いのか。束が名を呼べば彼女のすぐ横にドレスを纏った少女が立っていた。まるで最初からそこへいたように、今まで見えていなかっただけのように。
「あれ、どうにかしといてもらえるかな」
「承知しました。いつも通りで?」
「いつもので」
くーちゃんと呼ばれた少女――クロエ・クロニクルは浅く会釈をした後にくるりと向きを変え、ガラクタの山に頭から突っ込んでじたばたと部屋を荒らす少女へ静かに歩み寄った。
「よいしょ」
「ぬ?」
うち上げられた魚のように跳ねる足を無理矢理捕まえ引き上げる。クロエの身長は低いが、少女はそれよりも更に低い。クロエがめいいっぱい、しかし軽々と持ち上げれば逆さになった彼女と同じ視線になった。
「大人しくしていただけますか? 束様はお仕事でご多忙の身ですので」
「じゃあきさまがわしのあいてをしてくれるのか?」
「それは無理なご相談かと。私にも私の都合があります」
「わしにもわしのつごうがあるのだ!!」
「貴方の都合は他人を巻き込むものでしょう。ましてや束様の邪魔になるようなことは見過ごせません」
「わしにがいがあったというにそれをなかったことにするというのか!? ならんっ、ならんぞ!! これはみをもってはんせいすべきじあんなのだ!! みずにながしてよいものではだんじてない!!」
「…………でしたら私が代わりになりましょう」
「それではいみがない!!」
「いえ、意味はあります」
そっとクロエは言って、初めてまぶたを開けた。覗くのは本来普通の人間であれば白目である部分が黒く染まった眼。
「――――貴方を黙らせることができる」
すなわち、クロエ・クロニクルは人間にあらず。
「ぉ、あ……?」
少女の瞳孔が開く。ぐにゃりと歪む視界。ずるりと空間に飲み込まれる。奥からどろりと溢れ出す真っ黒な泥。光のない景色。
――――幻影。
気付けば少女は気を失ってだらりと腕を投げ出してクロエに釣り下げられた状態に。
「では、失礼致します」
「ん~。あとヨロシク」
少女を持ったままクロエは部屋を出て行く。少女と違い、クロエの歩みは実に静かだった。ガラクタの上だと言うに物音1つ立てず、質量がないかのように立ち去ってしまった。
「綻び多いなぁ」
ボソリ、と。既にわかりきっている現実を確かめる意味で呟いた独り言。
計画にズレが生じたのはいつだろうか。少なくとも10年前までは順調だった、はずだ。いや、思い込みは仮設の綻びを無視してしまう。
じゃあいつだ。10年よりも前。ISが出るよりも前の話。嗚呼、やっぱりそうだ。そうに違いない。
「やっぱり“天災”は束さん1人じゃ務まらないのかー」
タイピングの作業を終え、ディスプレイを弾くようにスライド。ソレは空中を走り壁に当たって砕けるようなエフェクトを出し、消える。
「いや、誰かしら存在するとは予想していたさ。だって明らかに束さんだけじゃ役割が回しきれない。本気出しても精々1割弱。パワーバランスが明らかに足りてなさすぎた。かと言って表面上で感知できたのは0ってのは一体どういうことだろうね。まさか束さんのおつむが足りてないとでも?」
――――否。
「違うね。それも思い込みだ。“天災”は思い込みではなく事実、現実、運命。うん、やっぱりそうだ。じゃなきゃISはない。ああそうだ、そう言えばちーちゃんがいたじゃん。いや、あれは“天災”……? うん、“天災”だ、紛れもない“天災”だ。でもダメだね、やっぱりダメだ。既に使い潰されてる。束さんももう9割使い切った」
どうする?
「――――――――失礼致します」
また気付けば、さっきまで少女をどこかに連れて行っていたはずのクロエがいた。
「なにさくーちゃん。いま考え事の途中だったんだけど」
「申し訳ありません。緊急を要する案件だったもので」
それは思考を中断させるだけの価値があるものというのか。そう問うまでもなく、束は視線を天井に固定したまま無言で耳を傾けた。
「お届け物です。差出人は、高宮司信」
「中身、読んで」
「『兎さんへ。いい天気だから招待状送ってみた。色々おもてなしするから来てね。この手紙を所持してる間は無条件で参加オッケーだから。しのぶちゃんより』。以上です」
「それだけ?」
「もう一枚、便箋で追記があります。『篠ノ之博士へ。ご来場、お待ちしています。高宮家一同』」
「
全て理解した。そういうことだった訳だ。イレギュラーは、存外に近い場所にあった。
クロエから手紙を受け取った束はさっと目を通し、日付と時間を確認してから「うん」と1つ頷いてそれを胸元に挟んでようやく起き上がる。帰ってきてから初めて体を起こした。体内の血が流れ落ちて、脳に傾いていた情報が全身に浸透する。
「くーちゃんはお留守番だ。あのうるさいの、使えるように教育してあげてね。これ、束さんからの宿題。期限は1ヶ月。言うこと聞かないようだったら凍結するって脅していいよ」
「直接凍結するのはナシ、ということでしょうか」
「本当に手に負えなくなったら無理矢理オッケー。時間はロスするけど計算範囲内だし。それにこの先そのロスを帳消ししておつりがくるかもしれないし」
「そうでしたか。任されました。プランもこちらで全て組ませていただきます」
「好き勝手しっちゃっていいよ。束さんの愛娘はちょっとやそっと潰れる程ヤワじゃないからね」
「なんかわしのいないところではなしがすすんでるきがするぞ」
「……再起動した?」
「なんかできたぞ。たやすいものだな」
「……はぁぁ。くーちゃん、あと任せた」
「束様、それはいくらか酷な物では……?」
「アーアーキコエナイナータバネサントッパツテキナンチョウニナッチャッタモンダカラダレカサンノコエナンテキコエナイナー」
「のけものにされるとはなっとくいかんのだ」
今日も『
とてもうるさい
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重要なことなのでもう一度。
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