――どうして、こうなってしまったのだろう。
覚悟していたこととはいえ、女はそう思わずにはいられなかった。心に絶望と後悔が渦を巻く。
上を見上げる様にして倒れている彼女はどうにかして起き上がろうとするが、体は予想以上に重く、まるで全身が地面に縫い付けられているようだった。指先は常に焼かれているような感覚がし、すぐにでも引き千切りたい衝動に駆られる。わずかに首を動かし己の手を見てみると、赤黒く彩られていた。血だ。生の証。生きとし生けるものならばどれにも備わっている命そのものだ。しかし、今の彼女には死の象徴としか感じられなかった。
傷は深い。夥しい量の血が地面に広がっていく中、女は自分の体から命が零れ落ちていくのを感じていた。助かる見込みはもう無い。残された時間は極僅かだ。このままじっと死を待つことこそが唯一の道なのか。しかしこのまま朽ちていくのは、天が許しても己自身が許せない。犬死のような真似だけは決して許容できるものでは、ない。
か細い唸り声を上げながら、満身創痍の体を無理矢理奮い立たせる。全身に走る鋭い痛みに悶えながら、女はゆっくりと起き上がった。
目に映る光景は、まさに惨烈の一言に尽きた。戦場のあちこちから炎が上がっており、多くの敵味方がその中で血みどろの戦いを繰り広げている。それは戦場全体を猛火が包んでいるようで、まるで生き地獄だった。一人、また一人と命が消えていき、亡骸だけが後に残る。最初は生者しかいなかったこの場も、今や死者の数が遥かに上回っている。それを示す様に女の周りには屍の山が連なっていた。その中には知った顔も見受けられ、彼女は意識して見ないようにした。
地表の様子とは正反対である空では、綺麗な星々が煌めいている。青い星が見下ろす先で、女は力を振り絞り、立つ。その結果ボタボタと血が零れるが今更気にしてもどうしようもない。自分にはやるべきことがあるのだ。
「う……ぐぅ……」
全く情けない姿だ、と女は思った。この戦争で味方を率いる立場である自分が、まさかこんな無様な醜態をさらすとは。加えて多くの仲間が死ぬ羽目になった。この戦いはこちらの圧倒的な力量差による敗北だ。全てはあの男の力量を見誤ったせいだろう。鬼神の如き強さには、己一人ではとてもではないが太刀打ちできない。こちらの精鋭が束になってもその勝利は危ういものだろう。
その時、ここから決して遠くない所で激しい火柱が立った。ふらつく頭を押さえながら、目を凝らす。そこには二つの人影が見えた。どちらも見知った顔で、片方は女性、もう片方は刀を構えた男性だった。女性は自身と同じく満身創痍で額からの流血が酷く目立つ。対して男の方は一見して傷一つ無いようだった。全身真っ白な服装に赤い血が目立ち、所々破れてはいるが何故かその下の素肌には何の傷も無かった。それもそうだろう。あの男の能力を考えれば当然の帰結である。
二人は互いに向き合うようにして立っていた。女性が今にも噛み殺しそうな視線を向けているのに対し、男は平然とした表情でそれを受け止めている。
どちらも動かぬ状況を動かしたのは女性の方だった。血に染まった緑髪を振り乱しながら拳を握りしめ、女性は駆ける。その雄叫びは、何物をも恐怖させる雄々しさと強者としてのプライドが込められていた。けれども、その動きにいつもの精彩さは無く、ひどく弱弱しく映った。女は彼女の未来を想像し、涙した。
女性の拳が男に届くことは無かった。彼女の死力を尽くした攻撃を男はいなし、彼女の胸に刀を突き刺した。無慈悲な一撃は彼女の命を摘み取る。大量の血反吐を吐き、男を恨めしそうに睨みながら、女性は倒れた。
殺し合いは男の勝利に終わった。男は刃に滴る血を払い、敗者の頭部を踏み潰す。詰るように、しつこく、何度も、何度も。
男は終始無感動な顔だった。その視線は、次なる獲物を探している。
こうなっては一刻の猶予も無い。あの男に見つかる前に成し遂げなければ。
女は全身に走る痛みに耐えながら、息を整える。焦ってはいけない。慣れ親しんだ力とはいえ、焦ってしまえばどんな事態が起こるか分からない。落ち着け、落ち着け。奴はまだこちらに気付いてはいない。深呼吸、深呼吸。
「――ふぅー」
女は何度も息を吐く。最初は乱れがちだったそれも、徐々に穏やかに、緩やかに、一定になっていった。そうして極限状態での集中が高まっていく。
すると女の周囲が、彼女を包み込むかのように歪み始めた。そうして現れたのは、ひたすらに真っ暗な空間だった。どの角度から明かりを照らしてもその先を窺い知ることはできない。遠くから見れば、視界に映る風景の一部分にまるで隙間が空いたようだった。
一体その中に何があるのか。どこに繋がっているのか。それは彼女しか知らない。唯一つだけ分かるのは、その暗闇から夥しい数の不気味な目がこちらを覗いていることだけだった。
女は痛む足を奮い立たせ、隙間の中へと進んだ。僅かな距離がもどかしい。しかし不運にも、その場に向かって駆ける影があった。
「うがっ」
突然女の視界が回った。次いで全身に軽くない衝撃が走り痛みに悶える。目を開くと視界には地面が映っていた。どうやら倒れたらしい。腕に力を込め、ぷるぷると震えながら起き上がろうとすると、目の前に気配を感じると同時に頭部に新たな衝撃が来た。
「無様な姿だな、八雲紫。あれだけ息巻いていた貴様だったが、どうやら私を殺すには程遠かったらしい」
気配の正体はあの男だった。男は女――八雲紫の頭部を足でぐりぐりと踏みにじりながらそう言った。
「つ、く……よ……み……」
月夜見と呼ばれた男は、まるで道端の虫けらを見るかのような目で紫を見つめている。
「……あの男に絆された奴はなぜこうもあきらめが悪いのか。全く以て解せん」
そう言って月夜見は刀を抜き、紫の首筋に刃を当てた。剣先は今にも彼女の命を刈り取らんと光っている。
「
鮮血が迸る。
閲覧ありがとうございます。変に気負わずのんびりやって行こうと思います。
とりあえず処女作の扱いをどうすればいいのか目下検討中。