幻想の果てに   作:らすこーす

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今回は回想だと言ったな。あれは嘘だ。
そしていつもよりかなり短いです、ごめんなさい。


12 八意輝彦という男

 自分の人生を振り返ると、常に誰かの助けであろうとしていたと思う。

 人の助けになることはその人の人生に幸福をもたらすことで、それはとても素晴らしいことだと考えているからだ。そして誰かの笑顔は自分の笑顔に繋がり、皆の幸福を生む。それを信条に八意輝彦は薬師として、医術という職でそれを為そうとしていた。

 少年だった頃からおよそ二十余年間に渡り従事してきた仕事に彼は誇りを持ち結果を出してきた。

 

 彼が薬師を志したのはまだ五、六歳だった時だった。家庭は何ら特別でもなく、父親は医療関係の仕事で家族を養い、母親は夫と一人息子を家で温かく見守っていた。

 当時の輝彦は同年代の子供達のように外で遊ぶことはあまりせず、専ら本を読むことが多かった。本と言ってもそれは学術書などではなく、年相応の絵本だったが。様々な物語の中で特に彼が好んだのは、勇者と呼ばれる男が人々を助け悪を打ち倒すといった勧善懲悪の物語だった。彼は絵本の中で多くの人々を救い、大きな感謝と称賛に包まれる彼らに憧れた。そして彼らのようになるべく真似を始めた。当然の流れだった。

 しかし幼いながらも自身の運動に関しての適性の無さに気が付いていた輝彦は、その事実に打ちひしがれながらも憧れを忘れることはしなかった。

 

 そんなある日、彼の住む町を盗賊が襲った。

 十人程度の小規模な集団だったが、夜中の奇襲だったこともあり簡単に攻められ多くの被害を受けた。何人もの人が殺され、簡素な建物は破壊された。

 運良く襲撃地から離れた場所に住んでいた八意一家。当時輝彦は町全体に轟音を響かせる鐘の音に起こされた。襲撃に気づいた誰かが緊急の知らせとして町にある大きな鐘を鳴らしたのだ。緊張を孕んだ金属音はすぐさま全住民に伝わり、輝彦は焦る両親に連れられ家を飛び出した。

 当時の彼は何が起こったのかさっぱり理解していなかったが、両親の様子からとてつもなく嫌な空気を感じていたことは今でも覚えている。

 

 事態はすぐに鎮圧された。町の自警団がすぐに出動し、盗賊達を制圧したのである。残念ながら襲撃を受けた範囲は狭いながらも無視できない規模の損失が出ており、負傷者や死人も多くいた。

 翌日には早くも町の復興が図られた。多くの人が走り回る中、負傷した人々の治療の仕事を受け、輝彦の父も早々に現場へ向かった。そこで彼はいつも着ている上着を家に忘れてしまいう。真っ白で清潔さに溢れた物だ。それに気づいた輝彦は急ぎ彼を追った。

 被害区画に入ることで彼は様々なものを見た。破壊された建物の多くが火によって焼かれており、炭の黒さが見慣れた光景が破壊された姿を見るのは、幼くも優しい少年の心には辛いものがあった。

 父の元にはほどなくして着き、無事に忘れ物を届けることができた。そこで見た汗水流して働く父親の姿は普段家で目にする穏やかな姿とは違い、命を救う男――戦士――としての父だった。見慣れない父に妙な気恥ずかしさを覚えると同時に、胸が熱くなるような憧れを感じた瞬間であった。そして彼が心を決めた瞬間でもある。

 自分も誰かの助けになる人になりたい、と。

 

 それから十数年、父から継いだ医療技術とひたむきな心で輝彦は多くの人をその手で救ってきた。血が繋がっていないとはいえかけがえのない娘もでき、ようやく彼女を任せれそうな青年にも出会えた。出自とそれまでの経験故気難しいところがある彼女だが、彼のことは受け入れているようで父としては嬉しく思っている(本人の自覚があるのかは疑わしいが)。

 

 そんな自分の最期が、まさか人を傷つけようとして終るだなんて、何かの皮肉のようにしか思えない。

 

 輝彦はもぞもぞと体を動かす。もはや痛みは感じない。

 永琳の放った霊力の嵐は八意家一帯を巻き込んだ。物理的な破壊力を持ったそれは緑の木々を薙ぎ倒し、石造りの家を倒壊させた。輝彦は建物が壁となり、内部へ吹き飛ばされるだけという比較的軽傷で済んだが、他の者達がどうなったかは知る由もない。

 とはいえ既に瀕死の重傷を負っている彼には致命的なダメージに違いなかった。

 

 吹き飛んだ壁、塵や草木や壊れた家具で散らばった床。八意家は先ほどまで人が住んでいたとは思えないほど荒れた家と化した。輝彦のすぐ側には同じように吹き飛ばされた巧が倒れていた。どういう風に飛ばされたかなどどうでもいい。輝彦には、彼がここにいて、自分がここにいる。それが奇跡のように思えて仕方がなかった。

 

 痛みを感じないほど感覚が鈍った全身。朦朧とした意識の中で動けているのかどうかも分からないまま彼は動いた。まるで死にかけの虫が最期に何かを為そうとするかのように、必死にもがいた。

 指先が何かに当たったことを輝彦は僅かに感じ取れた。透明なビンだった。中は透き通った緑の液体が保存されており、永琳が作った薬であることは一目見て分かる。それを掴むほどの力もない彼は、繰り返すように何度も手を当てることで、徐々に物を移動させた。栓をされた丸いビンはコロコロと転がっていき、巧の体にぶつかり静止した。

 

(これで……いい。あとは、運だ……)

 

 急速に胸が、心が冷えていくような感じがした。まるで命の熱が消え去るが如く。近づく足音にも気づかないほど感覚は死んでいる。

 聞けば輝彦の最期は無残と言えるものかもしれない。しかし彼の死に顔は悲観に暮れたものではなかった。彼は言うだろう。自分の人生は確かに幸福であったと。そして最後は、一末の希望を残せたのだから。

 彼は確信していた。かつて読んだ絵本の勇者のように、巧が永琳を救い出すことを。自分には進めなかった道を、彼が往くことを。

 

(たく、み、くん。えいりんを……たの、ん……だ……)

 

 ゆっくりと目を閉じる。

 闇の中で彼が最期に見たのは、美しい銀髪の女性の姿だった。

 

(てる……)

 

 八意輝彦は眠るように息絶えた。

 

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