幻想の果てに   作:らすこーす

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13 照と蓮 ①

 ざっざっざっ。がらがらがら。

 

 荒れた地面を進む音が一つ、二つ、三つと続く。

 

 ざっざっざっ。がらがらがら。

 

 夜が支配する世界で、先の見えない道をランタンの光を頼りに進んでいく。蝋燭を光源としたそれは、風対策にガラスで覆われているはずが何せ所々壊れているせいか風が入りやすくなっている。そのせいで通常よりも慎重に扱わざるを得ない。

 一体今がいつなのか正確な時間は分からない。この世界には時計はあっても、懐中時計のように小型化された物が存在しないのだ。それでもある程度は確かめることができる。星や月の位置の変化を見て、夜明けまでどれぐらいあるかを予想するのだ。

 

「夜明けまで、あと小一時間ってとこか……」

 

 黒のコートを纏った男が夜空を見てそう呟いた。その様子にはいつもの陽気さは欠けて、しかし何かを心待ちにしているようにも見えた。

 

 男――犬斗は暗い夜道を十人の部下を引き連れて歩いていた。小型の馬車とそれを引っ張る馬二頭と共に。部下達は全員彼の腹心の部下と言っていい者達で実力もある。犬斗を含めた四人はどこか疲労している様子だった。彼らが纏う部隊の象徴でもある黒コートは各人所々破れており、血の跡がある。

 

「隊長ー。この後どうするんでしたっけ?」

「ああ? お前話聞いてたか?」

「だってめちゃくちゃ痛いし疲れてたし。馬鹿見てえなあの攻撃をなんとか凌ぎきったんですよ? ちょっとぐらい大目に見てくださいよお」

「この山を越えれば麓に町があります。そこで一旦仕切り直してから王都に向かうんですよ」

「なるほどねえ。じゃ、もうちょいがんばりますか」

 

 口の軽そうな青年に几帳面そうな男が答えた。後の一人は無口な男で当たり前のように会話には参加しない。犬斗はそんな彼らを無視してひたすら歩み続ける。

 

 数時間前、八意永琳の放った霊力の奔流を犬斗は必死に防いだ。自身の霊力で作った即席の盾を使いながら、何人もの部下を犠牲にして。そうして傷を負いながらもなんとか生き残ったのだ。

 その場にいた十数名の部隊員達は彼を含めて四人しか生きていなかった。他は全員光に飲まれ跡形もなく消え去ったのだ。残ったのは見るも無残なほど破壊された八意家一帯とその中心にいた永琳だけで、彼女は気を失った状態で倒れていた。

 犬斗はすぐさま彼女を回収し、その場を離れた。そして拠点に戻り待機させていた部下達による一先ずの治療を終え、起きない永琳を拘束して町を出たのであった。

 

 月姫から受けた命令は結果的に成功した。負傷しており尚且つ霊力の扱いもろくに知らないあの男に、あの光は防げまい。後は王都に戻り報酬を貰い、馬車に積んだ女が今の彼の目的だった。

 

「それにしてもあの女、一体何なんですかねえ? 並の術氏でもあんだけの力の持ち主はいないっすよ」

「さてね。でもどうやら今までは一般人として暮らしていたようだし、力の使い方もよく分かっていないように見えます。現に暴走していましたしね。今はぐっすり眠っていますよ」

「何の夢見てるんだろうねえ?」

「さあ……。幸せな夢じゃないですか?」

 

 後ろの二人の会話を聞きながら犬斗は思う。ふと後ろの荷台を振り返っても何の様子の変化もない。彼の言う通り、まだ夢の中にいるのだろう。

 

(精々良い夢を見てるんだな……。それがお前の最期の夢になる)

 

 暗い思惑を抱いた男達は闇の中を歩いていく。

 

 ざっざっざっ。がらがらがら。

 

 暗い男達に囚われた永琳。彼女は今、過去にいた。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 永琳の生まれは常世の国の中心である王都であった。そこで国を治める月姫の名を連ねる蓬莱山一族の一人として生を受けた。

 始まりは王都。そして彼女の母の名は、蓬莱山(てる)。一族特有の銀髪を持ち、また類稀なる量の霊力を宿した女性だった。そして比較的美形の生まれやすい一族の中でも、「奇跡」と称されるほどの美貌の持ち主でもあった。

 

 王都――国を築いた神が最初にこの星に降り立った場所と言われている。神はここで人を作り、国を築き、そして月へ帰ったという。その中心にある城が『月下城』と名付けられたのはその所以だ。

 早朝、月光の如く白を強調するその建物の中に彼女はいた。

 当時九歳の八意照である。

 

「何してるの権蔵(ごんぞう)。早く行かないと祝祭終わっちゃうよー?」

 

 幼い彼女は広い廊下を進みつつも後ろを気にしている。体の奥底から突き上げるような興奮を抑えつつも、その足はわたわたと落ち着かない様子だ。

 権蔵と呼ばれた老人の男はそんな彼女をせっせと追いかけていた。照を世話する執事である彼の黒を基調とした制服に汗が染みていく。

 

「照様~、そんなに急がなくても祭りは終わりませんぞ。少しはこの爺を労わって下され~」

「そんなのいいから、早くっ」

 

 この日は毎年行われる建国記念日の祝祭。王都ではあちこちがお祭り騒ぎとなり、より多くの人々が賑わう日である。多種多様な出店から目を引くような出し物の数々、そして蓬莱山一族による派手な凱旋も祝祭の目玉的催しとなっている。

 本来ならばこの日彼女は一族の一員として数ある催しに参加するはずなのだが、ある理由によってその任から除外されている。よってこの日は一人の参加者として祭りを楽しむのが近年の(つね)となっていた。勿論執事である権蔵と共に。

 

 蓬莱山一族を象徴する城のワンピースを身に纏った少女は、早く早くと権蔵を急かす。そんな彼女に対して、彼はやれやれとした表情であった。この活発な少女は『天真爛漫』という言葉がよく似合う。

 権蔵は子宝に恵まれた今代の月姫夫婦の子供達と違って、先代の一人娘である照が一番子供らしく純粋に育っているのではないかと思う。これには彼女が他からやっかみを受けていることが原因であるが、それでも良き成長を遂げていると思うのだ。

 だだっ広い廊下に差す陽光の中で笑う彼女の姿は、まさに心が洗われるようだった。

 

 

「うわ~。今年もすごい人だね、権蔵!」

「そうですなあ。この日は国が最も栄える日ですから。でも照様、楽しみだからって一人で勝手に動いてはなりませんぞ。迷子になってしまったら大変ですからな」

「分かってるよ。権蔵は相変わらずうるさい」

 

 権蔵の心配を他所に照は目の前の人だかりに夢中だった。真剣に聞いている様子は無く、権蔵ははあ、と溜息をつく。まあ、いつものことなのだが。

 二人は人目につかぬように城を出て、今は町の大通りに来ていた。ここはかなり広く作られており、王都の主要道路だ。また凱旋順路に指定されている道である。数階建ての建物が続くこの道には多くの店が立ち並んでいて、今日はどの店も稼ぎ時だと言わんばかりにあちこちから呼び込みの声や客を出迎える声が聞こえてくる。

 

 今の照は肩にかかる程度まで伸びた髪を隠すようにフード付きの上着を着ていた。それに合わせて権蔵もいつもの制服から一般人の服装に着替えていた。二人が一族の関係者だと悟らせないようにだ。一度知られてしまえば騒ぎは免れない。そして彼女は民衆からは歓迎されない立場にあり、もし存在がバレれば何が起こるのか分からない。これだけは絶対に避けなければならないのだ。

 権蔵は改めて決意を胸に、好奇心旺盛な彼女がどこかへ行ってしまわないようにしっかりと手を繋いで街中を歩く。一見して二人を見ると、仲良しの祖父と孫にしか見えなかった。

 

 いろいろな店を回り、権蔵にせがんで買ってもらった飴玉を舐めながら照達は大通りを進んでいく。

 

「今日は前になかった店もあっておもしろいね」

「民達も毎年試行錯誤を繰り返しております。同じことをいつまでもやるのはおもしろくないですからなあ」

「そうだね。あっ、見て権蔵。あそこで何かやってるよ。あれは何?」

 

 そう言って照が指さした先には、ある雑貨屋の前に何やら人だかりができていた。少なくない数の人が集団を作っているため、ただでさえ混雑している道の中で二人は立ち往生を余儀なくされた。そこからは何人かの怒号が聞こえてくるなど、ざわめきは祭りの活気とはまた違った雰囲気を纏っている。

 よく覗いてみると、大柄な男が一人のひ弱そうな男に青筋を立てながら詰め寄っている。周りから聞こえてくる話を繋ぎ合わせてみると、あの弱そうな男が盗みを働こうとしたらしい。大方祭りの喧騒に乗っかろうとしたのだろう。毎年このような輩は現れるものである。

 

「あれは……。嘆かわしい。喧嘩です。照様、巻き込まれないうちに離れましょう」

「う、うん」

 

 権蔵は囁くように照に告げた。彼女は戸惑いながらも頷く。無理もない。あれほどあからさまな争いというものを見るのは初めてなのだから。

 権蔵は照の手を引きながら半場強引に人込みを搔き分けるように歩みを進めた。しかしそれは結果的に彼女の運命を大きく左右する決断となった。

 

 二人がちょうど店と対面するような位置まで進んだ時、突然騒ぎが大きくなった。盗人の男が逃げ出したのである。男は恐怖に引きつった顔で人込みの中に紛れ込もうと必死だ。力づくで人を押しのけていく様子はその体つきからは想像できないほど。所謂火事場の馬鹿力というやつなのだろうか。

 犯人を追いかけて大柄の店主も駆け出した。店には他の従業員が残っているので営業に心配はいらないようだ。加えて見物人の何人かも彼に加わり走り出したのは驚きである。己の正義感に従ったのか、はたまた店主の知り合い故なのかは分からないが、とにかく状況は一度に何人もの男達が混雑した道の中に走り出したのである。

 その結果、当たり前のように大通りは混乱に陥った。人と人が混ざり合い、物を落とした者もいれば、圧力に負けてこけてしまう者もいた。そして照と権蔵のように人の大波に押されはぐれてしまう者も。

 

「きゃああ!」

「て、照様!?」

 

 人波に押され繋いでいた手は離れてしまった。権蔵は必死に照を追いかけようとするが人の圧力には勝てなかった。照は少女故に体格は小さく華奢だ。不幸にもそれが追い打ちとなった。混乱している大人の目線では子供は映り難く、照は無造作に押され叩かれながら流されていく。

 

(痛いっ、痛いよ!)

 

 子供の体には大きな打撃を受けながら必死に流れから出ようとする。しかし上手くいかない。激しい衝撃の中、照はフードだけは解けないないように必死だった。こんな民衆の中で己の髪を曝け出すことの意味を、幼いながらも知っているからだ。

 

(誰か! 助けて!)

 

 救いを求めるように伸ばされた手。しかし誰もそれに気づかず、小さな手は群衆に掻き消されそうだった。

 突然、照は己を掴む温もりを感じた。

 次の瞬間、勢い良く引っ張られ、照は地面に倒れこんだ。

 

「痛ったい……」

 

 何が起こったのか分からないが、自身を襲う波の消失に、彼女は人込みから脱出できたことを理解した。けれども当然ながら痛みは残る。痛みに耐えながら起き上がろうとする彼女は、側にいる気配に気づいた。

 

「大丈夫か?」

 

 そこにいたのは自分より少し背の高い同い年ぐらいの少年だった。

 自身とは対照的な漆黒の髪は年頃の少年らしい髪形に整えられている。服装からして庶民の子であることは明白だった。

 彼は痛みに震える照の肩を支えるように起き上がらせ、路地へと連れて行く。と言っても十メートルほど奥に入っただけだが。

 

「どこが痛い?」

 

 少年は建物の壁に背を預けるように照を座らせ、そう聞いた。

 

「えっと、腕と足……」

「あー……、ちょっと痣ができてるな。血も出てる。歩けるか?」

「何とか……」

 

 初めて話す人――しかも同年代の男の子だ。普段関わりがあるといえば、一族とそれに仕える者達だけ。男と言えば執事の権蔵しかよく知らず、しかも子供同士遊ぶこともなく、むしろ煙たがられる自分だ。突然初めてまともに話す男の子に対して照は珍しく緊張し、言葉数も少なくなっていた。

 

「祝祭の日は人がわんさかいるんだから、勝手に大通りには出るなって家族に言われただろー? 君、ちょっと危なかったぞ」

「でも私は、権蔵と一緒で……」

「ごんぞう?」

「私のしつ、じゃなかった。おじいちゃん! さっきまで普通に歩いてたのにいきなり大騒ぎが起きてぐちゃぐちゃになっちゃってはぐれちゃった……」」

「ふーん。じいちゃんと来てたんだ。でも今から探すにはなあ」

 

 少年は視線を横にやる。照もそれに続いて見てみると、大通りは依然と混雑したままだった。これでは人一人探そうにも探せない。

 

「どうしよう……」

 

 普段全く出歩かない町の地理なんて、九歳の子供が把握しているはずもない。道は全て権蔵任せ。これでは月下城に帰ろうにも帰れない。

 照は急に胸が締め付けられるような不安に襲われた。独りとは、なんて心細いものだろうか。

 そんな彼女を見かねて、少年が言った。

 

「とりあえずさ、怪我してるしまずは手当てしよう。俺んちこの近くだから行くぞ」

「え? で、でも」

「怪我してるんだからでももくそもないだろ? 君のじいちゃんも君が怪我してんの見たら驚くぞー。大丈夫! 絶対会えるって!」

 

 少年は笑ってそう言って、照の手を掴み歩き出した。彼女は呆気にとられていた。

 後から思い返すとなんて根拠の無い発言なんだろうか、と失笑してしまうが、それでもこの時の照にはとても頼りがいのある言葉だったのには間違いない。

 自分の同じぐらいの背丈の少年の後姿は、権蔵や他の大人たちと比べると格段に小さく非力だ。しかし何故かこの人なら大丈夫だと信じさせてしまうような、そんな力があった。

 

「あ、あの」

「何?」

「あなたの、名前は?」

「俺? 俺は(れん)ていうんだ。君は?」

「私は、照。照っていうの!」

「そっか。よろしくな、照」

「うん! 蓮!」

 

 照は蓮に手を引かれながら路地裏の奥へと進んでいった。

 

 照と蓮。出会ってしまったこの二人。

 彼らを結ぶ運命の糸は真っ赤に染まり、両者を巻き込み破滅の道へと誘う。しかしそれでも二人は一つになるかのように惹かれあう。それが血に濡れた赤だとも知らずに。

 

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