幻想の果てに   作:らすこーす

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6 纏う糸 弐

 冬の訪れを感じさせる冷たい風が肌を撫でるように吹いている。風はそのまま体を通り過ぎ、枯葉を噴き上げながら空の彼方へ消えていった。

 巧は木枯らしに耐えながら市場へと歩いていた。少し前に買った灰色のコートと黒のマフラーで寒さをしのぐ。懐には永琳から渡されたお金と購入内容が記載されたメモが入っている。

 巧は反射的にさむっ、と呟いた。防寒具を着てるとはいえ寒いもんは寒い。足早に市場へと向かう。

 

 この町で一番活気がある場所はと聞かれると、誰しもがそこだと答えるだろう。八意家から徒歩三十分ほどの距離にあるそれは、この町の市場である。九割方の店がそこに集結していると言っても過言ではなく、食材や本等の雑貨、武器や服などは全てそこで揃う。勿論、飲食店も数多くある。三ヶ月前に巧が乱闘騒ぎを起こしたのもこの一画であった。

 こう聞けばぜひとも一度は行ってみたくなるような場所であるのだが、巧は市場が苦手であった。

 

(あそこ人がうじゃうじゃいるから嫌なんだよなー)

 

 そうなのである。現代で言うショッピングモールのような立ち位置にある市場に周囲に住む人々が訪れないわけも無く、毎日のように大勢の人が押し寄せている。高い建物から通りを見渡せば見えるのは人、人、人。まるで蟻の軍隊のようである。その中に進んで入りたいと思うのはあまりいないだろう。

 その道中、少しずつ人の往来が増えていく中、閑静な住宅街を抜け出そうとした時にそれは起きた。

 不気味な寒気が巧を襲った。

 

(なんだ、これ?)

 

 ぞわりとしたそれは肌を波打つように広がっていく。波紋は頭の先から指先までを確かな感触で全身を伝う。

 近くに何かがいる。巧は本能的にそれを悟った。今までの人生の中で‘人の気配’というものを感じた経験は幾度もあった。後ろから視線を感じるだとか、そういうものだ。それは言ってしまえば『気のせい』であり、気配を感じて実際に人がいるかいないかなどまちまちでとても不確定な現象なのだ。

 

 しかし今回は違う。気のせいなどではない。何かがそこにいるのかがはっきり分かるのだ。巧は少し先にある広場を見た。そこには数人の子供たちが楽しそうに遊んでいる。そんなのどかな光景とは裏腹に、まるでセンサーに引っかかったかのように何の気配をそこから感じていた。

 

(感じたことの無い、気持ち悪い感覚だ。何が起こってる?)

 

 広場は見た通りに子供達の遊び場となっていて、正方形の敷地にはまるで外壁のようにたくさんの樹木がそびえ立っている。それらに見守られる様に彼らはボールを蹴って遊んでいた。その中の少年が「あっ!」と叫んだ。見れば彼が蹴ったボールが明後日の方向へ飛んで行き、ボールはそのまま草むらへと入り込んでしまっていた。少年は友人らに謝りながら、木々が見下ろすその場所へと走った。そしてそこは不運にも、巧の感じる気配の居場所だった。

 

 

  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

「あれ、どこいったんだろ?」

 

 ボールを探して草むらへと入ったものの、肝心のそれがなかなか見つからずにいた。

 どうしよう……。あれは友達の物なのに。少年は見つからなかった後のことを考え不安に思いながらも懸命に探した。後方からたびたび来る友人らの催促の声が聞こえるたび焦りが増し、集中力が落ちていく。

 結局、草の隙間も木の根元も地面のありとあらゆる場所を探してもボールは見つからなかった。他人の持ち物を失くしたことで怒られる未来を想像し、少年は涙を零した。

 

「ここに飛んでったはずなのに……、あっ」

 

 ふと見上げたら、高くそびえ立つ木に引っ掛かっているボールを発見した。少年は思わずガッツポーズをとり、早速取ろうと登り始めた。字面に転がっていったはずの物が何故そんなところにあるのか疑問を持たずに。

 その時、少年の足に何かが絡み付いた。

 

「え?」

 

 自身の足に突然訪れた不快感に驚く少年。目線を下にやれば、足首に白い糸が巻き付いているのが見えた。しかも大量の糸が何重にも重なっているのか、太さは小さい子供の腕ほどまであった。かなりの力で引っ張られているようで、足が全く動かない。糸は上へと続いており、その先は木の葉に隠れて見えなかった。

 

 そして糸が引きずり込むように引っ張られ始めた。登っていた木にしがみつくも効果は無く、少年の体は呆気なく宙へ放り出される。逆さになった体が上へと吊り上げられていき、地面に手を伸ばすもその距離は急速に離れていく。

 不安も恐怖も感じる暇は無かった。瞬く間の状況の変化に少年の知覚は追い付けずにいたのだ。

 

「待てこら!」

 

 その瞬間、突然の叫びと共に彼の手を掴んだものがいた。

 

「今助ける!」

 

 駆けつけたのは巧だった。不審な気配を感じた場所にやって来た彼は謎の糸に吊り下げられていた少年を発見し、助けに向かったのである。

 上へ引っ張り上げられる少年を見て、巧はかなりの勢いで飛び上がった。幸運にも少年を腕を掴むが、それでも上にいる何かの力が緩むことは無かった。少年もろとも引き上げられるが、巧はすぐ側の木の幹に両足でしがみついた。歯を食い縛りながら彼を引っ張る巧だが、木がみしみしと音を立てており、根ごと引きずり出されるのは時間の問題であった。

 

 そして遂には新たに出現した糸が巧の左腕を取った。強く巻きつかれ激痛が走るが、巧は耐えた。

 こんな姿も現さない訳の分からない奴なんかにやられてたまるか!

 巧の心中は痛みと怒りに満たされる。

 彼は痛みを訴える腕を無視し、その手で糸を掴んだ。そして無謀にも強引に引き千切ろうとした。

 

「うおおおおお!!」

 

 その瞬間、巧の叫びに共鳴するように淡い光が彼の腕を包んだ。光は巧が力を込めれば込めるほど強くなり、糸を溶かす様に消し去った。

 糸が消えた瞬間、少年を捕えていた物の力も衰えた。巧はしがみついていた幹を蹴り糸に飛び移った。腕に纏う光は先と同様に糸を消し去り、自由を取り戻した二人はそのまま地面へ落下していく。しかしなんとか少年を抱えた巧は彼の下敷きになる形で落ちた。

 

「いっ……たくないな。おい、大丈夫か?」

「……」

 

 少年は巧の上に呆然とした表情で乗っかったままだ。巧はすぐに上を見上げると、一瞬であったが赤い目のようなものが消えるのを捉えた。どうもあれが正体不明の敵らしい。

 巧は黙ったままの少年を連れてその場を離れた。木に覆われた草むらを出たところで巧は少年と向き合う。

 

「怪我はあるか?」

「……」

 

 見たところ外傷は無い。自分で歩いたので意識はあるはずだが、沈黙を貫く彼にどうしたもんかと頭を悩ます。

 

「黙ってちゃ分からんぞ」

「……う」

「う?」

「うわああああああああん!!!」

「!?」

 

 少年は突然泣き出した。あんな目に遭ったのだから無理も無い話ではあるが、如何せん突然すぎた。まさにぎゃん泣きである。

 そして慌てる巧の耳に新たな声が響いた。

 

「あっ! いたよ、あそこだ!」

「ほんとだ、おばちゃん!」

「ミキオオオオオオオオオオ!!!」

「うわっ」

 

 何を思う間も無く巧は突き飛ばされた。派手な尻餅をつき、周りを見渡すと少年と遊んでいた集団と数人の大人がいた。子供達は少年の周りに集まり各々何かを言っている。

 巧を突き飛ばした張本人は泣き叫ぶ少年を抱き締めている。悪い意味で大変ふくよかな体型が特徴的な女だ。その側には精悍な顔つきの逞しい男が立っている。非対称的な二人が一体誰なのかは、見れば大体予想はついた。

 

「えーと、その子の親御さんですか?」

 

 巧がそう聞くと、全員が一斉に彼の方を向いた。タイミングもピッタリな完璧な動作に少しびびった巧であった。

 

「あんた! うちの子に一体何をしたの!?」

「あいつがこれほど泣くなんて初めてだぞ! どういうことだ!?」

 

 少年の両親が口を開いた。中から飛び出てきたのは強烈で猛烈な叫びだった。

 

「いやいや俺は何もしてませんよ!」

「嘘をつけ! お前以外に一体誰がいる!」

「だから俺じゃないんですって! まず話を聞いて下さい!」

 

 必死で否定する巧に少年の父親は獰猛に攻め立てる。

 

「あんなに優しいミキオが、顔を真っ赤にして! 涙ぽろぽろで! 鼻水だらだらなんだぞ! お前が何かしたか以外に考えられん!」

 

 まあ状況的にはそりゃそうか。

 ついそう思ってしまった巧。

 すると相手の増援が現れた。少年と共に遊んでいた集団だった。その中の一人が父親の元へ駆け寄った。

 

「おっちゃん。俺あいつがミキオと一緒に林から出てくるの見たぜ!」

(そこでいらんこと言うんじゃねえよおお!)

「なぁぁぁにぃぃぃ!? じゃあやっぱりお前がミキオを泣かしたんだな!」

「ちょ、ちょ。一旦落ち着きましょう! 冷静に! 冷静に!」

「うるさい! こうなったら警備隊に突き出してやる。誰か呼んできてくれ、ここに誘拐犯がいるってな!」

 

 あまりの責め立てように巧の堪忍袋も膨張し続け今にも張り裂けそうになっていたが、誘拐犯扱いによって爆発した。

 

「誰が誘拐犯だこのくそデブ専が!」

「誰がデブ専だ! (うち)の妻はぽっちゃり系だああああ!!」

 

 巧はちらっと少年の母親に目を移した。

 奥さん、そこは照れる場面じゃないですよ。

 

 

  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

「私は夕飯の買い物に行ってきてとは言ったけど、犯罪を犯してきてとは言ってないわよ」

「だから誤解だっての」

 

 物騒な男達に囲まれながら椅子に座る巧に、知り合いとして呼ばれた永琳が呆れた口調でそう言った。

 

 時刻は既に五時を過ぎており、町は鮮やかな夕暮れに染まっている。

 現在巧は町に幾つかある警備隊の待機所にて拘束されていた。それも大変不名誉なことに児童誘拐犯及び連続失踪事件の容疑者としてだ。

 あの騒動の後、苛烈に騒ぐ保護者達によって無理矢理連行された巧は待機所で送り込まれ、今度は屈強な警備隊員と言い争う目になったのだった。巧を事件の犯人だと言う大勢の証言とここで犯人を捕らえれば自分達にかなりの報酬と名誉が与えられると考えた警備隊員は、彼を一方的に犯人だと決めつけた。巧は次第に言い返す気力も無くなり、途中から八意永琳を呼べとの一言しか言わなくなった。全く言質を取れず痺れを切らした警備隊員はしぶしぶ永琳へ連絡を取ったというわけだった。

 

「蒼威さんはほとほと騒ぎが好きなようね」

「別に好き好んでやってるわけじゃねえよ!」

「で、何があったの?」

 

 そこで巧は林での出来事を話した。ただし一部を除いて。

 

「隊員さん、張り切っているところ申し訳ないんだけどこの人は犯人じゃないわ。だから拘束を解いてあげてくれないかしら?」

「しかし八意先生。この男を犯人だとする証言が多くありまして……」

「それがそちらの方たち? 貴方達はどうしてこの人が犯罪者だなんて分かったのかしら?」

「だってそいつは泣いてる(うち)の子の前にいたんだぞ。どう考えても怪しいじゃねえか!」

「そうだそうだ!」

 

 同じく待機所の入り口に詰め寄せていた保護者達は思い思いの言葉を叫んでいた。巧は聞き飽きたのか、面倒くさそうに壁を見ている。

 

「そもそもそいつは身元も分からないような奴なんだろ? 例の事件もそいつの仕業じゃねえのか?」

「なんだと?」

 

 せっかく収まった巧の堪忍袋が再び爆発しそうになる。

 あまりの暴論に永琳が怒りを通り越して呆れていると、巧の元へ駆け寄る者がいた。その者は巧に声を掛けた。

 

「あの、助けてくれてありがとう」

「お前は……」

 

 巧が助けた少年だった。彼は一時話せないほど号泣していたので両親が家に帰していたのだが、今は冷静さを取り戻したようだった。

 突然現れた我が子に両親は慌てふためく。

 

「ミキオ! 何で来たんだ? 危ないから家にいろって言っただろ!」

「だって父ちゃん! この人は何も悪くないんだよ。俺を助けてくれた人なんだよ!」

「ミキオ……」

「父ちゃん達酷すぎるよ! さっきから聞いてれば何でそんな根拠も無いことばっか言うの? 最低だよ!」

「……」

 

 少年の叫びに大人達は黙り込んでいる。彼の叫びが彼らの心に響いたのかどうかは分からないが、ある程度の効果はあったようだ。

 巧が心の中で、いいぞー、もっとガツンといけ! と思っていたのはここだけの話である。

 しばしの沈黙の後、少年の母親が申し訳なさそうに前に出た。

 

「ごめんなさい……、少し頭に血が登っていたみたいです……」

 

 母親は申し訳なさそうに頭を下げた。それに釣られたのか、他の人も同様に謝罪の言葉を述べ始めた。子供の力というものは凄い。改めて思った巧だった。警備隊員を見るとばつの悪そうな顔をしており、少しは罪悪感というものはあったようだ。目先の手柄に釣られたのか、それも無駄に終わったが。

 少年は巧の方へ振り返って言った。

 

「兄ちゃん、もしあいつを捕まえるなら、俺にもなんか手伝えることがあったら言ってくれよな!」

「あ、ああ」

 

 永琳は巧を横目で見た。彼は仕方ないといった表情で肩をすくめた。

 

(全く……)

 

 彼女は全員の耳に通る声で言った。

 

「落ち着いたところで、もう一度事件の概要を聞きましょうか」

 

 

  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 夜は更け、時計の針は既に午後八時を少し過ぎたところに位置している。巧と永琳の二人は待機所での集まりから帰宅途中である。その道中、巧が買えなかった夕飯の材料を購入するのも忘れない。

 あれから助けた少年からの熱い証言から巧の容疑は無事に晴れ、改めて事情を警備隊に話したところで解散となったのだった。隊員によるとこれからさらに町の警戒を強め、妖怪退治の専門家を雇う方針で話を進めていくという。

 

「結局あいつはなんだったんだろうな」

 

 巧の呟きに永琳が答える。

 

「十中八九穢者(あいじゃ)ね、しかも、話を聞くに恐らく蜘蛛」

「蜘蛛か。厄介だな」

「……その言い方、まさかとは思うけど、貴方この件どうにかするつもり?」

「まあな」

 

 しれっと答える巧。そんな彼に永琳は何を言っているんだこいつは、とでも言いたげな呆れた表情を見せる。

 

「なんだよ」

「あのね、穢者っていうのはそこらの人間が束になっても敵わない相手なのよ? 有効な手段を持ってない貴方には到底無理な話……」

 

 そこで永琳の話に被せる様に巧は言った。

 

「いや、それがあるみたいなんだよな」

「……どういうこと?」

 

 訝しげな顔の永琳。

 

「待機所じゃ面倒なことになると思って言わなかったんだけど、奴の糸に捕まった時何度もちぎろうとしたけどかなり固くて無理だったんだ。でも突然俺の手を光が包んでさ、それで同じことをしたら簡単にいったんだ。今回はそれで助かったようなもんだ」

「光……、なるほど。蒼威さん、貴方って本当に不思議な人よね」

「は?」

 

 何かがはっきりしたのか、永琳は巧の手を指差しながら言った。

 巧は永琳の指と自身の手を交互に見る。

 

「その穢者の糸を容易く引きちぎった光、恐らく霊力」

「はあ? 霊力?」

「そう。穢者に対して最も有効な力よ。奴らとは対極にある存在。極めれば世界をも掌握できる力……貴方が使ったのはそういうもの。驚いた?」

「驚いたも何も、あんまり現実味が無いというか……」

「そう。詳しい話は後でしてあげるわ。道すがらするような話じゃないし、まずは(うち)に帰って」

「晩飯だな」

 

 永琳は淡い笑みを浮かべ、ずれたマフラーを直した。

 夜の風に耐えながら、二人は歩く。

 その後ろ姿を見つめる視線に気づくことも無く。

 

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