東京吸血種   作:天兎フウ

2 / 6
 

まだ一話しか投稿していないのにお気に入りや感想が予想以上に多くて驚いています。皆さん、ありがとうございます!

サブタイトルは『ぎぜん』です。




欺善

 

 

 

 両親を喰べたユエは今まで住んでいた家を出て、様々な場所を転々としながら、時々襲い掛かって来る喰種を返り討ちにして少しずつ力を付けていた。

 そんなことを3年近く繰り返しているうちにCCGに目を付けられ、ユエは上等捜査官二人が率いるチームを一人で全滅させたということもあって、S級レートに認定されていた。

 人間を襲う際に血を好み月夜に行動することから、仮称『吸血鬼』という名で性別から赫子のタイプ、拠点など、ほぼ全てが分からない謎に包まれた喰種として結構有名になっている。

 そんなある日、がユエが11歳の誕生日になる直前の日のことだった。

 

 ユエは昨日から三区に来ていて探索の為に珍しく早朝に外を歩いていた。何が珍しいかといえば、ユエが早朝に外を歩いていること、というか起きてること自体が中々ないことだったりするのだ。

 理由としてはユエがハーフであるとはいえ吸血鬼だからである。そう言われて真っ先に思い浮かぶのは恐らく日光によって灰になることだろう。しかし、ユエは神によって吸血鬼の弱点がなくなっている為にそれはあり得ない。ならば何故か、それは弱点ではなく吸血鬼の長所が仇になったからだ。仇になったのは吸血鬼が夜行性であること。この特性せいによってユエは夜の間は気が高ぶりあまり眠れない。それに加えて、活動するのは夜の方が安全なので、ユエは日が上ってからの午前中は基本的に寝ているというわけだ。

 そんなわけで少し寝不足で怠い身体に鞭を打って三区の様々な場所を探索をする。ただ探索するだけではなく、細い路地裏などを重点的に歩き回り、万が一に備えて鳩対策の逃走経路などを頭の中で組み立てておくことも重要だ。これによって鳩から逃げられる確率が格段に上がる。ちなみにこれはユエの実体験である。

 

 しかし、そんな風にうろうろしていたのがいけなかったのか、先ほどから誰かがつけてきていることをユエは察知していた。一度、人混みの中に入ってさり気無く確認したのだが、普通の恰好をした男だったので、多分鳩ではないだろうと判断した。そうすると一番可能性があるのは喰種なのだが、後をつけられる理由が分からない。随分と歩き回っているのにまだ出てこないので恐らくユエが人気のない場所に入るのを待っているのだろう。このままではらちが明かないと考えたユエは誘いに乗って敢えて人気のない裏路地に入った。

 すると後ろをつけていた男が猛スピードでユエに殴りかかってくる。当然、こうなることを予想をしていたユエは後ろを見ずに気配で相手を察知して横に避ける。

 

「なっ!?」

 

 男はまさか避けられるとは思っていなかったのか、空振りをした勢いで態勢を崩した。態勢を崩しユエと位置が入れ替わるように前に出た男の背中を、そこそこ力を込めて蹴飛ばしてやると、突っ込んで来た勢いも合わさり面白いくらいに吹き飛んでいく。

 

「ねぇ、貴方、喰種かしら?」

 

 ユエはうつ伏せに倒れている男に喰種だと確信していながら、戯れに問い掛ける。

 随分と前に分かったことだが、喰種にとってユエは美味しそうな匂いがするらしい。喰種は同種を美味しいとは感じないのだが、どうも半喰種は違うらしく、寧ろ普通の人間よりも美味しそうに見えるようなのだ。ユエの見た目が現実離れたレベルで美しかったのも災いしたのだろう。その所為で治安の悪い場所に行くと大抵喰種に襲われることが何度もあった。まあ、そういう目的で襲ってくる奴ほど弱いことが多いのだが。というか、精神年齢はともかく身体はまだ11歳なので、ユエを襲う奴はまごうことなき変態である。

 とにかくそんなことがあるので、ユエは毎回注意していて、3区も治安が悪いのは知ってはいた。だが、まさか早朝から襲われるとは思っていなかったのだ。

 そんなことを考えている間に倒れていた男は立ち上がっていた。まあ、わざと待ってあげていたのだが。待っていた理由は男の実力が自分には遠く及ばないと判断した上で、男の勘違いを正す為。

 予想通りをユエを見た男は赤黒い目を見開いた。それは自分の左の白目部分が黒く染まっているのが見えたからだろうと想像通りの反応を示した相手から理解する。

 

「せ、隻眼の喰種!? 」

 

 驚愕を露にしている男にユエはキレイな笑顔で微笑んだ。

 

「私、お腹が減ってない限り誰かを襲うことは滅多にしないのだけれど、襲い掛かって来た相手は容赦をしないことにしているの。だから――――死んでくれる?」

 

 その言葉をトリガーにしてユエの中でバケモノが目を覚ます。同時にユエの肩付近から細い枝のようなものが皮膚を突き破って飛び出した。飛び出したのは喰種の武器である赫子だ。その中でもユエの赫子は羽赫と呼ばれるものに分類されていた。しかし、その翼のような羽赫は異形、もしくは異常と言うべきものだった。

 通常、羽赫とはRc細胞を放射することで高い俊敏性能を得る赫子だ。しかし、ユエの羽赫は対の枝のような部分に七色の結晶がいくつもぶら下がっているという羽赫とは思えない不思議な形をしている。実際、この羽はRc細胞の放射をしていないので、俊敏性の代わりに高い持久力を持っていて、枝の部分は尾赫と同じような形状をしている。唯一、羽赫らしいところは枝に付いている結晶を飛ばして遠距離攻撃ができることだろうか。

 そんなユエの異常な赫子に男は警戒心を剥き出しにして肩甲骨の辺りから赫子を発現した。どうやら男の赫子は甲赫のようだ。

 赫子には相性というものがあり、尾赫は鱗赫に強く、鱗赫は甲赫に、甲赫は羽赫に、そして羽赫は尾赫に強いというのが常識だ。なので赫子の相性的に普通は男の方が有利なのだが、生憎、ユエの羽赫は通常とは違い明確な弱点が存在しない。それでも上げるとしたら、甲赫の固さがないことか。

 ユエ自身も少しずるいとは思うのだが、わざわざ手加減する理由にはならないのでさっさと終わらせることにする。

 

 ユエが自分の赫子を一度上下に動かすと結晶どうしがぶつかり、シャランと涼やかな音を鳴らす。それが戦闘開始の合図となった。

 ユエが結晶を飛ばして攻撃すると、男は甲赫を盾にしながら接近してきて赫子を剣のように使って攻撃してくる。だが、甲赫はその固さ故に速度がないので、ユエは軽々と躱すと羽赫を振い、枝のような部分によって赫子のない方の男の腕を切断する。

 

「ぐっ!」

「貴方、弱すぎてつまらないわ」

 

 一旦距離を取り、腕を抑えて苦悶の表情を浮かべる男に対し、ユエは嘲笑を浮かべる。

 すると男は今の戦闘で敵わないと悟ったようで、背を向けて必死に走り出した。まあ、判断としては間違ってはいない。が、残念ながらユエは襲い掛かってきた敵を逃がすことはするつもりはなかった。必死に走っている男の前の地面が突然盛り上がり、その腹を貫通する。

 

「残念、私の羽赫は一対だけじゃないのよね」

 

 そう、言葉にした通りユエの羽赫は一対だけではなく最大三対まで出すことができる。今回はそのうちの一対を戦闘中に地面に潜り込ませ、隙を見て腹を貫通させた。尾赫や鱗赫の喰種がよく使う手段なのだが、ユエの赫子は羽赫なので常識に囚われている相手にはとても有効な策となるのだ。なので、ユエは戦闘時に様子見の一手も兼ねて、この手段を用いることが多かった。

 ユエは男から赫子を引き抜くと、反抗されたら面倒なので念のためにと羽赫の宝石を飛ばして男の頭を貫き確実にしとめる。男が息絶えたのを確認するとユエの中のバケモノが引いていくのが分かった。それから先ほどの戦闘を思い返し、小さくため息を吐く。自分がバケモノだと認めたときから、どうも戦闘になると破壊衝動に近いものが沸き起こり、自制が利かなくなってしまいがちなのだ。殺しに容赦がなくなることは助かるのだが、衝動が収まった後の感覚にはどうも慣れることができない。

 

「まったく、難儀なものね……」

 

 そう一人ごちて頭を横に振る。とそこで倒れ伏した男の死体のことを思い出した。男の腹と頭から大量の血が流れ出てくのに気が付き考えを打ち切ると少し慌てて男に近づく。早く喰べないと血が失われてしまう為だ。吸血鬼のハーフであるユエにとってはグールのものであろうと血液は最高の食糧になる。この点は吸血鬼でよっかたと思えるユエだった。

 周囲に人気がないことを確認したユエは男の亡骸の前に立つと手を合わせる。

 

「それじゃあ、いただきます」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 思わぬ事態もあったが無事に探索も終わり、裏の関係で情報収集していた時だ。一つ気になる情報が耳に入った。その情報とは三区のCCGの特等捜査官が一体のグールに殺害されたというものだ。

 特等捜査官といえば一人でSレートのグールを倒すことができるほどの実力を持っている。そんな相手に一人で勝つことができるとしたら、それは最低でもSレート級の実力を持っていることになる。事実、集めた情報によれば特等を殺害したグールは仮称Xとされ、S級レートとして認定されたらしい。

 そんなグールがいるなら一度調べた方がいいかもしれないと考えたユエは特等捜査官の殺害現場を確認しに行っく。しかし、現場はCCGのガードが堅いこともあって詳しくは調べられず、結局集めた情報以上の成果は何も得ることができなかった。無駄足に終わったことで少し精神的な疲労感を覚えて少し休憩しようと廃墟のビルに入ったときだった。

 

 ふと、空気に混じる不思議な匂いを感じて立ち止まる。ユエが感じた匂いはとても美味しそうな大量の血の匂い。しかしそれは人間のものだけではなくグールの匂いも混じっていた。人間を襲ったグールがいるのだろうかと考え、ユエはいつ襲われてもいいように気配に気を配りながら目を閉じて嗅覚を鋭敏にさせる。

 そうしてユエは自分が勘違いしていたことに気が付く。確かに人間を襲った者がいるのは確かだ。しかし、その襲った者の匂いが今までに嗅いだことのない不思議な匂いだった。それはまるで人間とグールが入り混じったようなもので、とても香ばしく今までで一番食欲をそそる美味しそうな匂い。

 そこまで感じたところでユエは匂いの元に向かって歩き出していた。今のユエには危険だとか罠とかそういった考えは浮かんでも、歩みを止める自制心は残っていなかった。そうして匂いをたどり着いた場所で見たのは大量の血が乾いて赤黒く染まる床と、その中央で腹部を抑えて倒れているユエとそう歳が離れていなさそうな少女。

 少女は意識を保つのがやっとなのか、よく見ると腹部の傷は赫包にまで届いているように思える。少女は今になってユエのことに気が付いたようで視界に入ったユエを見て目を見開き、身体が動かないにも関わらず敵意を剥き出しにして()()()()()()()()()()()()()でユエを睨みつける。それを見てユエは自分の中の衝動が波が引くように収まっていくのを感じた。

 ユエは自分を睨みつけている少女の直ぐ傍、手を伸ばせばお互いに触れられるほどの距離まで近づく。ユエの突然の行動に固まる少女に対してユエは敵意がないことを示すかのように優しく微笑みかけると、年齢に似合わぬ何処か妖艶に感じられる仕草で服をずらし、肩を露出させた。

 

「いいわ、食べて」

 

 突然のことに戸惑う少女にもう一度安心させるように笑うと、少女は恐る恐る肩に歯を突き立て、そしてユエが未だに優しく笑っているのを見ると意を決したように一気に肩を噛み切った。ユエはその痛みに一瞬声を上げそうになるが必死に抑えて、笑顔を全く崩さない。それを機に、少女はユエの肉を貪り喰らい始めた。

 ユエは痛みを堪えながら何故自分がこんな行動に出たかを考える。実はこれはユエが意図的にやったことではなく、少女の目を見た瞬間に衝動的に行っていたのだ。まず突然食欲が収まった理由、これは分かる。少女の目が自分と似ていたからだ。この世界に絶望していながらも強く生きようとしている。しかし、どこかで死んでしまっても仕方がないと諦めを感じている、そんな目だ。だが、何時もの自分はそれだけでは誰かを助けるようなことはしないことをユエは理解していた。そんな目をしているのは自分だけではなく世界中にいるし、それをいちいち助けることなどできないということをユエ自身が分かっているからだ。では何故か、じっくりと考えて、そしてやっとその理由に思い至る。

 

 ――――そういえば明日は私の誕生日だったな。

 

 ただそれだけのこと、けれどそれはユエの中でストンと収まったように感じた。

 その時、いつの間にかユエの肉を食べるのをやめて顔をじっと見つめる少女の姿に気が付いた。

 

「……どうして助けた?」

 

 どうして、か。ユエは少女の問いに対して自嘲気に笑う。ただ両親の死んだ日に誰かに死んでほしくない、そんな自分勝手で責任感の欠片すらもない理由。しかもユエは助けたとはいえ警戒を怠ってはいなかったので、もし少女が妙な動きをしたら赫子を出せるようにしていた。それで素直に感謝されるのは少し気まずいし、それを目の前の少女に告げるのも少し躊躇われた。

 

「明日が私の誕生日だからよ」

 

 なのでユエは適当にはぐらかすことにした。当然、意味の分からないセリフを言われた少女は頭上に疑問符を浮かべる。

 

「それに、同類を初めて見たから放っておけなかったの」

 

 すかさず本当ではないが嘘でもないそれらしい理由を告げる。少女はユエの片側だけ発現した赫眼に目を見開く。そして少女は納得したように頷いた。それを見たユエも少女が納得してくれたのを理解して話題を変える。

 

「そういえば自己紹介がまだだったわね。私はユエよ。貴女の名前は?」

「……私はエト、さっきは助けてくれてありがとう」

 

 とはいえ、少女―――エトが見かけ上の言葉にここまで素直な態度で付き合ってくれることに、ユエの中に少しだけ罪悪感が沸き起こってくる。

 最初に向けてきた敵意がまるで嘘のようだ。

 それだけエトにとっては、命の恩人でもあるユエという同族が珍しく、仲間意識を持てる存在だということだろう。いや、もしかしたらエトにとってはユエという個人のみに仲間意識を持ったのかもしれない。ユエと同じく、エトもユエが自分と似た目をしていることに気が付いていたのだから。

 

「別にいいわよ。さっきも言ったけど、同類(・・)のことが気になったの」

 

 だからだろうか? ユエは先ほどと同じ理由、しかし今度は完全な本心を口にした。ただ、ユエの言う同類が隻眼のことを言っているだけではないことは明らかだった。エトもそれを理解した上で何も言わない。何故ならエト自身も同じ考えだから。

 二人はお互いに同類であることに興味を持ちながらも、同類である根源については一切触れない。それは二人の考えが一致していたから。即ち、

 

『人に愛されるもっとも簡単で効率的な方法は「その人の傷を見抜いて、そっと寄り添うこと」でもそれは弱みに付け込んでいるだけであり、現実の逃避でしかない。ましてや同族がするのは「傷のなめ合い」でしかない』

 

 このように思っていたからに他ならない。特にユエは意識してやったことではないとはいえ、この方法で両親にほだされたのだから、この思いは人一倍強かった。

 要するに二人は不思議なほど波長が合っていて、一時間もしない内に友達どころか親友と呼べるまでの関係になっていたということだ。

 

 そうこうしている内にいつの間にか時間が経っていて、外はすっかりと日が沈んで月が夜闇を照らしていた。二人はいつの間にか夜になっていたことに気が付き、こんなに話していたのかと顔を見合わせて苦笑する。

 

「ねえ、エト。身体はもう大丈夫?」

「うん。ちょっとお腹が空いてるけど赫子を出せるくらいには回復した」

「そう、それなら誰か(エモノ)を狩りに行きましょうか。さすがにもう一度食べられたいとは思わないし」

「えー、ユエ、美味しかったからまた食べたかったのにな」

「笑えない冗談はやめて」

 

 そう言ってユエは立ち上がり、歩き出す。その後に続いてエトも立ち上がり、ユエに付いていく。なんだか話しの終わらせ方が急だった気がするのだが、それは気の所為だ。決してエトの言葉が冗談に聞こえなくて打ち切ったわけではない。ただ、エトに早く傷を治してもらいたくて急いでいただけだ。

 だから、ユエは後ろから聞こえた「冗談じゃないのに……」というエトの声は聞こえていなかった…………ことにした。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 九月に入り、夏の猛暑が少し収まってきた頃、真夜中の気温は半袖一枚で過ごすにはちょうどいい気温になっている。それの為、人々は夏の寝苦しさを忘れて深い眠りについていて、時計の針が午前三時を回った頃には三区全体が眠りに落ちたように静かだった。

 

「ぐぁっ!」

 

 そんな静かな三区の狭い路地裏に男の声が響き、ドサリと何か重たいものが倒れた音がする。

 雲に隠れていた月が顔を出し、薄い光が路地裏を照らす。そうして見えてきたのは背中から大量の血を流して倒れ伏す男だった。

 

「さすがX、強いわね」

 

 そんな路地裏の状況に似つかわしくない呑気な声が響く。路地裏の影から出てきたのは二人の少女、一人は緑の髪が特徴的で年齢の割に小柄な少女、もう一人は月明かりが反射する煌びやかな金髪をなびかせて大人な雰囲気を漂わせている少女だった。

 ただ、その二人の少女の姿は異常、いや、異形というべきか。緑の髪の少女は肩の辺りからゆらゆらと波打つ羽のようなものが出ていて、金髪の少女は同じく肩の辺りから枝に宝石が付いたような不思議な翼を持っていた。そして二人の目は緑髪の少女が右、金髪の少女が左の片側が赤黒く染まっていた。

 そう、エトとユエの二人だ。この二人、一応エトの方が年上のはずなのだが、小柄なエトと大人っぽいユエでは完全に同年代に見えた。

 

「X?」

「あら、知らなかったの? エトって特等を殺したグールよね」

「気づいてたんだ」

「匂いがしたから」

 

 ユエが特等が殺害された現場を見にに行った時にした匂いがエトからしたのだ。それがただの匂いだったらユエも気が付けなかっただろうが、現場に残っていた匂いは血の匂いだった。吸血鬼の能力により血の匂いが簡単に判別できるユエにとって大量の血の匂いを嗅ぎ分けるなど造作もないことだった。

 

「エト、貴女特等捜査官を殺害したからXと命名されてS級レートに認定されたのよ」

「へぇ、じゃあユエのレートは?」

 

 エトは自分のレートなのに興味を示さずユエのレートを聞いてくる。レートが付いているグールはごく少数なのだが、エトはユエにレートが付いているのは当然といった様子だった。

 

「S級レートで吸血鬼、なんて呼ばれてるわね」

「吸血鬼、か」

 

 エトはユエのレートには何も言わずに吸血鬼という名称についてだけを考えているようだった。どうやらエトの中はユエがS級レートなのは当然のようだ。

 しばらく考え込んでいたエトだが、ふと顔を上げると何かに気が付いたようで、少しだけ慌てながら口を開いた。

 

「あ、時間が経つと不味くなっちゃう。食べてい?」

「もちろんいいわ。……それにしてもどれだけお腹が空いていたのよ」

 

 鼻腔をくすぐる香ばしい血の匂いに食欲がそそられるが、何とか我慢してエトに譲った。ユエは許可をもらって無我夢中で獲物に喰らいつくエトを見てユエは呆れを含ませた声音で呟く。

 ユエが言っているのは女性のグールは食事を見られるのが嫌いなのにエトはそれが気にならないほど夢中で食事をしているということだったのだが、エトにはそんな意識はなかったようで言葉のままの意味で捉えた。

 

「ユエを食べちゃいたいくらい」

「…………」

 

 ユエは沈黙を持ってエトの言葉を全力で聞かなかったことにする。エトも今は食事の方が優先なのか、無視したユエに何も言わずに食事を再開した。二人の間に沈黙が落ち、路地裏にはエトが食事をする音だけが響く。

 それから三十分以上経った頃、食事が終わったエトは立ち上がりユエに身体を向けたところでユエの様子が少しおかしなことに気が付いた。

 

「ユエ、どうしたの?」

「…………」

 

 エトが尋ねてもユエは何も答えない。よく見ると、ユエは何かを堪えるように顔を俯かせて強く拳を握っている。

 

「ユエ――――ッ!?」

 

 何の反応も返さないユエを不思議に思い肩に手を置いた瞬間、突然ユエが動いた。エトは何が起きたか分からず混乱するが、しばらくして自分が空を見ていることに気が付きユエに押し倒されたのだと理解した。

 普段はこのような失態は起こさないのだが、エトがそれだけユエに心を開いている証拠か。ここで赫子を出して反撃するのだが、敵意や殺気を感じられなかったこともあって身体を起こそうとする。が、突如エトの身体に重みが加わり動きが止まる。何が起きたか確認しようと顔を上げたところで僅か数センチの距離にユエの顔があることに気が付いた。

 

「ユ……エ……?」

 

 吐息が掛かる距離で見つめ合いながらエトは思わず戸惑いの声を上げた。それはユエがまるで熱に浮かされているかのようだったから。

 エトの視界いっぱいに映るユエの顔は赤く紅潮していて、荒く熱い吐息がエトの顔に当り思わず身を攀じる。しかしユエはそんなことは気にも留めず、何かが込められた熱い視線でエトを見つめている。その真紅の瞳も左側が赫眼になっている上に、何故か両目共に瞳孔が猫のように縦に裂けていた。

 

「エト……食べていい?」

「……え?」

 

 突然のユエの発言にエトは思わず間の抜けた声を漏らした。

 

(ああ、ヤバイ。止まれないかも)

 

 ユエはそんなエトの様子を見ながら、霧がかかった思考で考える。最初にエトに対して感じた飢えが、再び襲いかかってきたのだ。飢えと言ってもただの空腹ではない。何かを心が求めているような、そんな狂おしく堪えがたい飢えだった。

 昨日はいろいろとあった上に食事をしたばかりだったので、一度衝動を抑え込んだ後は何も感じなかったのだが、ユエは戦闘によって高揚していたところにエトの食事の匂いが加わり、既に理性が飛びかけていた。

 

「私も………」

「え?」

「私もユエを食べたい」

 

 いつものユエなら冗談と言って流すところなのだが、飢えによって理性が飛びかけている今のユエにとって、エトの願いは「その程度か」としか感じられなかった。

 

「良いわ。だから食べてもいい?」

「うん。それじゃあ食べるよ」

 

 

『イタダキマス』

 

 

 そして、二人は同時にお互いの首筋に喰らいついた。

 エトは無我夢中でユエの肉を喰らい千切り、ユエは鋭い犬歯を突き立ててエトの肉を抉りながら血液を吸い続ける。

 

「はむ……んく…ぁ……うむ…ん……」

「…んちゅ……ぅぁ……んむ…ぁ……」

 

 くちゃくちゃ、ぐちゅぐちゅ、とお互いの肉を喰らう粘着質な音が響き渡る。エトとユエは喰らい合っている間、激痛を味わっているはずなのだが、今の二人には痛みさえも届いていなかった。

 喰らった血と肉は、口に入った瞬間に味が分からなくなる程の快楽の洪水が全身を駆け巡る。それはまるで禁断の果実を口に入れたようで、友を喰らうという背徳感、そしてそれを上回る圧倒的快楽にユエとエトは泥沼のように嵌りこんでしまう。二人はさらなる快楽を求めて、よりいっそう絡み合い、お互いを喰らい続けた。

 

 

 

 

 




 


以下、本文解説的なもの



【ユエの変心】
・二話目にしてユエは白カネキさんバリに変心しています。
ですが安心してください。ユエはラスボス系主人公にするつもりですから、『へんしん』はまだ残っています(白目)

【吸血鬼】
・ユエは上等殺害以外にもいろいろとやっているのでSレートになってます。
CCGが得ている情報は遠距離攻撃可能なことから恐らく羽赫だということと、ユエの着けているマスクだけです。ちなみにユエのマスクは未だに考え中。

【赫子】
・ユエの赫子はフランちゃんの羽です。付け根の位置から、羽赫にするか鱗赫にするか迷ったのですが、羽ということで一応羽赫に分類しました。……本当に羽赫と言えるかは微妙ですが。

【エト】
・エトについては謎が多すぎて迂闊にユエと合わせることができないので、唯一単体で動いていた特等殺害で絡ませました。怪我についてはかなり無理がありますが、あくまで二次創作ということで寛大な処置をお願いします。
きっと特等は不屈の篠原さんみたいな人で、エトは油断した隙を突かれてしまったのでしょう。

【喰らい愛】
・R18(意味深)
ユエとエトの歪んだ関係を書いたつもりだったのですが…………

どうしてこうなった




▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。