東京吸血種   作:天兎フウ

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ちょっと遅めのメリークリスマス!
長らくお待たせしました。
前回の更新から約二ヶ月半と随分間が空いてしまい申し訳ありません。ただ、タグにもあるようにこれからもこんな感じの亀更新になると思うのでご了承ください。

実は今回の話し、ほんの一周間前までは二千文字程度しか書いていませんでした。
この一週間で一気に書き上げられたのは、喰種の最新刊の発売や雑誌でのゾクゾクする展開、そして評価バーが真っ赤に染まっていたことが重なり、めちゃくちゃモチベーションが上がったことが要因だったりします。

評価をくださった皆様にはこの場でお礼をさせていただきます。本当にありがとうございます。評価バーの色を見たときは思わずリロードを押して二度見をしてしまいました(笑)

今回は約九千文字と中々長くなっています。あと主人公が主人公してないので一応注意です。
サブタイトルは『きょうしゅう』。




協襲

 

 

 

 風が吹きすさび、ユエの髪が靡く。そよぐ黄金の滝が月明かりに照らされ、より一層美しさを増す。

 そのまま一枚の画になるような幻想的な雰囲気の中、ユエは画の情調に似つかわしい哀愁を帯びた表情で夜空を見上げていた。

 

「ふぅ……」

 

 どこか複雑な熱を孕んだ息は宙で冷めて白く染まり、強風に攫われ星空に溶けた。そんな風景を見ながら、ユエは前世に思いを馳せる。

 例え世界が違っても、夜空の光景は変わらない。星の位置は変わらずに同じ輝きを放ち続ける。

 変わったのは自分の身体。前世と変わらぬ汚染された大気は、鋭い嗅覚でむせかえる程の排気ガスの匂いが包み込む。失われた夜空の光も嘘のように明るく輝き、天を流れる光の河がこの目にしっかり見えていた。

 そんな中でもただ一つ、夜闇を背景に輝く満月だけは、変わらず夜を照らし出す。しかし、ユエにとってはそれさえも、力を与える源となる。

 世界は違うというのに、何故こんなにも変わらないのだろう。自分だけが知っている世界の形。せめてこの夜空が全く別のものならば……

 そんな感傷に浸っている自分に気付き自嘲する。別に前世に未練があるわけでもないのに何を今更考えているのか。気を取り直したユエはゆっくり視線を下ろし、眼下に広がる街を見据えた。

 

「ねえ、エト。貴女はこの景色を見てどう思う?」

 

 視線は固定したまま、いつの間にか隣に現れた気配を感じてユエは問いかける。

 赤黒いローブを着たエトは問いかけに対してフードを下ろし街を眺める。

 遮るものが何もない高所から見る三百六十度のパノラマは、静かな街を照らす街灯の明かりや、カーテンを透過して部屋から漏れる明かりが、深夜にもかかわらず街を明るくしていた。

 

「……別に何とも」

 

 星空の明るさを対価に、明るく煌めき美しさを感じさせる夜景。そんな情景をエトは、無感動に、無感情に、無価値に、何も写さない赤黒い右目で無意味に見つめて無表情で答えた。

 

「そう……」

 

 赤黒い左目で街を見下ろすユエは、エトと同じような、しかしどこか悲しみを帯びたような表情で呟くと小さく身体を震わせる。

 それがどんな意味を持っているのか、それは本人以外が知ることなどできなかった。

 

「……頃合いね」

「そうだね。……壊しに行こう」

「えぇ、――ぃ――行きましょう」

 

 ザワリと、強く吹き付けた風がユエの声を攫った。だが、エトはその言葉を確認することは無い。彼女にとっては最後の一言で十分だったのだから。

 睨み付けるのは目の前の建物、CCG支部二区。

 エトが深くフードを被り直し、ユエは何処からか取り出した黒い蝙蝠を模した仮面を被る。

 次の瞬間、二人は夜景の中に身を投げ出した。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 時刻は間もなく午前二時を回ろうかとする頃。外はまさしく夜の帳が降り、草木も眠る丑三つ時。

 しかしそんな時間にも関わらずCCG二区支部は大混乱の極みにあった。

「何だ! 何が起きている!?」「喰種の襲撃だ!」「落ち着け、状況を確認しろ!」「戦闘準備だ!」「駄目です! 前線と連絡がつきません!!」「カメラも全て破壊されています!」「クインケを出せ!!」「録画映像が残ってだろう! 確認しろ!!」「は、はい! 再生します!」「通信機を忘れるな!?」「映ったぞ!!」「三班は足止めに向かえ!」「了解!」「敵は……二体!?」「嘘だろ!?」「第三班行くぞ!!」「赫子のタイプは!?」「四班からの連絡によると二体とも羽赫だと思われるとのことです!」「六班との連絡が途絶えました!?」「予想レートは!?」「Sは確実かと!」「侵入を止められません! 早く増援を!?」「該当する喰種がいないかデータベースから調べろ!」「急げ!!」

 

「落ち着け――――!!」

 

 大きな声が室内に響き渡り、喧噪がピタリと収まる。その場にいる全員の視線を一手に受けたのは、このCCG二区支部においての最高責任者の沢森裕也特等。

 沢森は全員が自分の話しを聞く状態になったことを確認すると局員たちを落ち着かせる為に内心を隠して冷静な態度で喋り始める。

 

「いいか、現在この二区支部が正体不明の喰種によって襲撃を受けている。敵は二体、暫定レートはSS~だ。赫子のタイプは羽赫と甲赫だと思われる。戦闘班は鱗赫、甲赫のクインケを中心にして各員冷静に対処し、討伐ないし時間を稼げ。残りの人員は戦闘班が時間を稼いでいる間に本部に連絡、増援の要請、そして情報の統制と分析を行え。時間がない、急げ!」

『はっ!!』

 

 沢森の言葉に先ほどの混乱が嘘のように統率のとれた返事が返される。それに満足したように頷いた沢森は自身も戦闘に備えクインケを持ち出した。

 

「沢森さん、それは……」

 

 話しかけてきたのは岩谷準特等捜査官。このCCG二区支部で沢森の右腕にあたる人物である。そんな岩谷の視線の先には沢森の持つクインケ、他の所員たちは沢森も気合が入っているのだと捉えたが、長年右腕を務めた岩谷は沢森がクインケを持ち出したその重要性を理解していた。

 

「嫌な予感がするんだよ」

「……予感、ですか?」

 

 岩谷は目を見開き、驚きを露わにする。彼の知る沢森という人物は常に理性的で、状況判断能力に優れ、メリットとデメリット、何方の可能性も考慮した上で最適な判断を下す合理的な思考を持っていた。そんな沢森が予感などという、非合理的なことを信じる、それどころか言葉に出すことでさえ、岩谷には大きな驚愕をもたらすことだった。

 

「岩谷、勘というのは案外バカに出来ないものだ」

「はぁ……」

 

 岩谷の沢森に対する印象は間違いではない。沢森は確かに合理的な人物だ。しかし、彼は合理的であっても頭が固いわけではない。例え勘という非合理的なものであろうとも、それが何度も当たることがあれば、それは彼の中で合理的判断となり得た。沢森の考える勘とは、今までの経験や知識が突発的に、今までの積み重ねによって過程を飛ばして辿り着いた結論であった。

 そんな彼の勘が危険信号を鳴らしているのだ、このままでは死ぬぞと大音量で。

 

「なぁ、岩谷。先月の三区の特等殺害事件を覚えているか?」

「ええ、まあ。特等が殺害、しかも相手が単独となると中々衝撃的でしたからね……ってまさか!?」

「あくまで可能性だ。しかし敵はたったの二体。しかも両方SSレート並み、もしくはそれ以上ときた。それに最近頻繁に起こっている共喰い。それを起こしている喰種は『X』と『吸血鬼』の二体だ」

「全く関係ないとは思えない、そういうことですか……」

「……ああ」

 

 二人の間に重苦しい雰囲気が漂う。SSレート並みが二体、しかもその内一体は特等を殺害した喰種。正直に言えば、特等である沢森と準特等の岩谷二人では荷が重いとしか言わざる負えなかった。

 

「今からCCG本部に応援要請をしてどれくらいで着くと思う?」

「そうですね……最低でも三十分は掛かるのではないかと」

「三十分か……」

 

 三十分、それはあっと言う間にも思えるが、戦闘においての三十分とはとてつもなく長い時間となる。

 現在この二区支部に出勤している捜査官は約80人。その中でクインケを持っている捜査官は20人足らずしかいない。これが日中であったならばもう少しはまともな戦力が揃っていただろう。しかし、それは言っても変わらないことだし敵も狙ってやっていることだ。

 正直なところSSレート級の相手ともなればクインケを持たない捜査官は足止め程度しか……いや、それすらもできない可能性が高い。現に、侵入中の喰種を足止めできているのはクインケを持っている捜査官だけだ。しかもそれはクインケを持っている捜査官がいても足止めにしかなっていないということ。恐らく、まともに戦うとなれば上等捜査官が複数人必要であろうが、今この二区支部にはそれに匹敵するような戦力はなく、本部からの応援が到着するまではただ時間を稼ぐことしかできない。

 さらに辛いのは敵の喰種の赫子が両方とも羽赫であるということ。羽赫は燃費が悪いことから、短期決戦を望むのは確実だ。そんな中で時間稼ぎの防衛戦をしなければならない。もしもこれがSレートなら、もしくは敵が一体ならば少しは状況が違っただろう。しかし現実は非情なもので、SSレートという明らかに格上の敵に対しての防衛戦は不利なものでしかなかった。

 狙いが何かは分からないが、徐々に内部に侵入してきている今、交戦を避ける選択肢はない。そうなれば、やれることはかなり限られてくる。

 

「岩谷、出るぞ」

「了解しました!」

 

 自身のクインケが収まったアタッシュケースを手に持った二人は、望みの薄い戦場へと自らの身を放り込んだ。

 

 

 

 

 

 沢森と岩谷のが残りの戦闘員約30人全てを連れ戦闘場所についた時、そこは既にこの世の地獄であった。

 怒号と怒声に叫び声、金属音や銃の音、そして合間に聞こえるうめき声と湿り気を帯びた重い音。むせ返るほどの血の匂いの中、立っているのは消耗している捜査官十五人。そして襲撃者であるエトとユエのみ。残り約40人は床に倒れ伏し、内半数以上は明らかに助からない重症を受けているか既に息絶えていた。

 その惨状に、経験豊富な上等捜査官ですら眉を顰め、下位捜査官の中でも特に若い者などは口元を抑える者が続出している。

 

「油断するな! 既に戦闘は始まっている。班ごとに別れ現在戦闘中の者と期を見て入れ替わり、それぞれ対処を取れ!」

『り、了解!』

 

 沢森からの叱咤に他の戦闘員、特に下位捜査官は慌てて武器を構える。それを見ながら、沢森と岩谷もアタッシュケースのロックを解除し、自身のクインケを取り出した。

 

「さあ。行くぞ、蜉蝣(カゲロウ)!」

「……黒刃!!」

 

 アタッシュケースからRc細胞が噴出し、次第に凝固し硬化していく。そうして形作られたのは刀身だけで一メートルにも及ぶ大きな太刀――――甲赫・蜉蝣と一対の黒い双剣――――鱗赫・黒刃。

 沢森は太刀を構えると一度息を吐き出し、そして大きく吸い込んだ。

 

「行くぞ!」

『おおおおおお!!』

 

 雄たけびを上げながら、しかし冷静に班を組みながらユエとエトを囲むように突撃する捜査官たち。

 先ずは囲んだ状態から味方に当たらぬように気を付けながら牽制の銃を放つ。しかしSSレート級にそんなものが通用するはずもなく全くの無傷。それでも一時的に気を引くだけの効果はあり、その隙をついて今まで戦っていた捜査官たちと入れ替わるようにしてクインケ持ちがユエとエトの二人の前に踊り出る。

 だが、そう簡単に逃がしてたまるかとばかりに放たれたエトの羽赫による遠距離攻撃を数人が受けてしまう。それでも数人で済んだのはクインケ持ちの捜査官が防御に徹してしたからだ。

 

 そんな捜査官たちに追撃が入る前に庇うかのように沢森と岩谷が前に飛び出し、ユエたちとの距離を一気に詰めた。

 ――――ガギィン! と金属同士がぶつかるような固い音がして沢森のクインケとエトの赫子、そして岩谷の双剣とユエの一対(・・)の羽が競り合う。その隙を狙って、ユエの背後に回り込んでいた捜査官が後ろから斬り掛かった。

 途端、沢森の直感が警報を鳴らす。

 

「避けろ!」

「え?」

 

 咄嗟に叫ぶが間に合わない。ユエの背中を突き破って飛び出てきたもう一対の翼が捜査官を貫いた。

 ズルリと赫子が抜かれ重い音を立てて倒れ込む捜査官。しかし、沢森にはそれに意識を割いている余裕などない。

 エトが力を込めた途端、沢森の身体が吹き飛ばされる。

 

「ぐっ……!」

 

 その予想外の力にうめき声を上げながらも、空中で体勢を立て直して地面との摩擦を起こしながら着地する。

 

「沢森さん!」

 

 吹き飛ばされた様子を見て心配した岩谷が声を張るが、こちらにも他を気にしている余裕などあるはずもない。ユエが背後の捜査官だったものから引き抜き自由になった羽を振った瞬間、羽に付いた水晶が岩谷に向かって一斉に放たれた。

 

「なっ!?」

 

 まさか水晶が飛ぶとは思っていなかったのだろう。驚愕の声を上げなら反射的に飛びのく。一泊遅れて先ほどまで立っていた場所に水晶が突き刺さる。

 冷や汗を流しながら顔を上げると、いつの間にか飛ばしたはずの水晶がぶら下がり、しゃらりと音をしていた。あの遠距離攻撃を何度も行えるのかと焦りや恐怖の入り混じった感情に沢森と岩谷は奥歯を噛み締める。

 そんな時、岩谷は膠着状態の中でふと気が付いた。ユエの背後であるコンクリート、その周囲に亀裂が入っていることに。

 

「……まさか!?」

 

 その可能性に行き当たったのと僅かな地面の振動に気が付いたのは同時だった。

 気が付くと同時に危機感を覚えてほぼ無意識の内にその場から退避する。次の瞬間、地面から飛び出した赫子が先ほどまで立っていた空間を穿っていた。

 しかし、ユエの攻撃はそれだけでは終わらない。地面から飛び出した赫子を大きく薙ぎ払うと同時に水晶を射出する。岩谷が偶々他の捜査官がいるところまで下がっていた為に近くにいた捜査官は反応できず、大半が赫子の直撃を喰らい、一撃で再起不能に陥る。更に薙ぎ払った勢いで広範囲に射出された水晶が岩谷に追撃を仕掛けながら、遠くにいた捜査官たちも巻き込んだ。

 沢森はその状況に思わず内心で舌打ちを零す。今の攻撃だけで半数近くが重軽傷を負ってしまった上に、運の悪いことに岩谷と引き離されてしまった。

 と、そこまで考えて気が付く。岩谷が偶々捜査官の場所まで下がっていて偶々自分のいる位置と反対方向に躱してしまう。これは本当に偶然だろうか? あり得なくはないだろう。しかし相手はSSレート級、そんな楽観視をすることはできなかった。

 

「間違いない、こいつら戦い慣れてやがる」

 

 その声が聞こえたのかそうでないのか、沢森は相手がフードの下で嘲笑っているような気がした。

 

 

 何度も衝突し、攻撃を与え、攻撃を受けながらも少しずつ経過していく時間。しかし、それでも時間の経過よりも捜査官たちの消耗の方が圧倒的に早い。

 戦闘が始まり未だ十分しか経過していないのに、下位捜査官は全滅、上等捜査官も半数以上が戦闘不能に陥っていた。それでもまだ戦えている者がいるのは、捜査官たちが時間稼ぎに徹していたからに他ならない。それに加え、沢森と岩谷が上手く立ち回っていたことが大きいだろう。だが、そんな二人も体力の限界が近づいて来ていた。

 

「クソッ、不死身かよこいつら!」

 

 沢森は赫子の攻撃を躱し、荒い息を吐きながら思わずごちる。だがそれも仕方がないかもしれない。何せ此方が攻撃しても十秒と掛からず回復していしまい、全くダメージが通ったようには見えないのだ。更に敵からの攻撃は一撃一撃が喰らえば確実に致命傷の威力を持っているのだから手に負えない。沢森と岩谷が一度離れた所為で個々で一対一に近い状況を作り出されたのも大きな痛手だった。

 そんなことを考えていたのがいけなかったのか、一瞬の隙を突かれ赫子の攻撃が避けきれない近さで繰り出された。

 ギリギリでクインケを間に入れることができたおかげで致命傷は逃れたが、その衝撃は殺せず横に大きく吹き飛ばされる。

 

「カハッ……!?」

「ガッ!?」

 

 何処までも吹き飛ぶ勢いの中で何とか体勢を立て直そうとするが、その前に何かに叩きつけられ意図していなかった衝撃に肺から空気が吐き出される。

 後ろに壁は無かったはずなのに一体どういうことだと背後に視線を向けると、そこには沢森と同じくえずきながら後ろを見やる岩谷と視線が合った。どうやら同時に同じ方向に吹き飛ばされ、途中で激突してしまったらしい。これは運が良いのか悪いのか。いや、偶然にしても合流できたのだから、間違いなく運は良いのだろう。しかし、敵に前後から挟まれているこの状況を素直に喜ぶことなどできなかった。

 周囲を確認してみれば既に立っているのは自分たち二人しか残っていない。これでは持っても後五分が限界だろう。沢森は、こうなったら一か八か勝負を賭けるかと考えた。

 

「岩谷」

「何ですか」

「少し耳を貸せ」

 

 二人はお互いの背を支えにしながら、ふらふらと立ち上がる。その間にも敵から目を離すことはしない。

 

「行くぞ!」

「はい!」

 

 二人が大きな声を上げたことで、ユエとエトは少しだけ身構える。そこを狙って、岩谷が双剣の片方をユエに向かって思い切り投げ、沢森がエトに向かって転がっていたクインケを蹴り上げた。

 流石にクインケが飛んでくるなど予想していなかった二人は若干の硬直の後、慌ててクインケを弾く。しかし次の瞬間、ユエはフードの奥で目を見開いた。岩谷が隙を狙って突っ込んで来るのは予想していた。しかしユエの視界に入って来たのは、片方のみとなった剣を構え突っ込んで来る岩谷と、目の前で太刀を振りかぶる沢森の姿だった。

 

「!?」

 

 左右からの挟み込むような波状攻撃を前にユエは加速された思考の中、一瞬で状況を判断する。

 赫子はクインケを弾くために使って間に合わない。回避も不可能。

 そこまで考えたところで、クインケが吸い込まれるようにユエの身体を切り裂いた。

 

「首は無理だったが、これなら――――!」

「やったか!?」

 

 沢森と岩谷は手に伝わってきた確かな感触に声を上げる。首と赫包を狙った二人の攻撃は、ユエが咄嗟に身体をずらした為に首は飛ばせなかったものの、右腕を肩から先まで斬り飛ばし、赫包を狙った攻撃は完全に狙い通りの場所に入っていた。これでは恐らく、喰種(・・)の回復力をもってしても再生することは不可能であろう。

 二人の作戦は単純なものだった。クインケを飛ばし、硬直している内に片方に対して二人で奇襲を掛けるというもの。しかしこれには、ユエとエトが飛んできたクインケを弾くという対応をしなければ背後から攻撃を受けるという、かなりリスクの高い作戦だった。だが、その作戦は成功した。それは偏にユエとエトが躱せる攻撃にも関わらず赫子で弾くという、完全な慢心から生まれた結果だった。

 

 SSレート級の討伐。その快挙を成し遂げた二人は歓喜していた。同じように都合よく、もう一体のSSレートを倒せるなどとは考えていない。しかしそれでも、この快挙は最後の死地に相応しいものだろう。それにもしかしたら増援が来るまで耐えることができるかもしれないという希望も沸き上がっていた。

 だが、そんな考えは一瞬で崩されることになる。

 

 

 ――――うふふっ

 

 

 ゾッ! と、二人の背筋を悪寒が駆け抜ける。

 

 

 ウフフフフフ――――

 

 

 鈴が転がるような透き通る声が室内に反響する。

 まさか、あり得ない。それが二人の心境だった。

 ゆっくりと、錆びついた機械のように振えながら後ろを振り向く。どうか悪夢であってくれと願いながら。しかし現実は何処までも残酷な事実を突きつける。

 

 ふらりふらりと、幽鬼のように持ち上がる身体。その口元からは恐怖を煽る不気味な笑い声が零れ続けている。

 左手には斬り飛ばされた右腕を持っていて、切断面からお互いに向かって赫子のようなものが伸び、分かれた腕が接着しはじめている。赫包にまで届く脇腹の傷は、グチュグチュと嫌な音を立てながら肉が盛り上がり隙間を埋めていった。

 おぼつかない身体が安定し、少しずつ背筋が伸びていくに伴い、ボロボロになったフードつきのローブが身体からずり落ちる。

 ――――ふわりと、黄金の輝きが舞った。比喩などではなく、そうとしか表現ができない美しい金糸が、窓から零れた月明かりを受けて輝いていた。

 その光景に一瞬もの間状況を忘れ呆然と立ち尽くす二人を、蝙蝠を模した仮面の穴の片方から赤黒い眼が捉える。

 

「隻…眼……?」

 

 呟いたのはどちらだったのか、異様なほどに縦に裂けた瞳孔がさらに細まったような錯覚を受けた。

笑みを描いていた唇が更に口角を上げ三日月を描き、どこか狂気的な嘲笑声(わらいごえ)を発した。

 

「……ウフフッ、アハハハハハハ、アッハハハハハハハハ――――――――!」

 

 先ほどまでの静けさは何だったのかと思えるほど大きな笑声を上げ続ける。一頻り笑ったユエは口元に余韻を浮かべたままクインケを構えた二人を見据えると、始めて意味を持った美しい音色を零した。

 

「ふふ、楽しい」

「は?」

 

 突然の場にそぐわぬユエの言葉に岩谷は思わず間の抜けた声を漏らす。

 

「この傷、とっても痛いの。おじさんたち、素敵ね」

 

 笑いながら、愛おしそうに自分の傷を抉り、手に付いた血を舐め上げるユエ。その不快で不可解な行動に二人は眉を顰める。だがユエは、そんな二人が目に入っていない様子でクスクスと笑い続ける。

 

「んふふっ、もっと沢山遊びましょう? 私がおじさんたちを壊す、素敵な遊び」

 

 そこまで聞いて沢森と岩谷の二人は理解した。コイツは頭がいかれてやがると、これ以上コイツの言葉に耳を傾ける意味はないと。

 クインケを構えた二人は走り出す。

 

 その途中、それで――――と続いたユエの言葉が耳に届いた。

 

 

 

 

 

 ――――――――おじさんたちも、私をいっぱい壊してね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『 2002年 10月5日

 

 駆逐対象「X」そして「吸血鬼」によって二区支部が襲撃、援軍が現場に到着した時点で支部長の沢森特等を含め、出勤中の戦闘員大半が死亡、のこりも後遺症が残るレベルの重症を負う。既に二体はおらず、壊滅的被害を受けた。このことから危険性を加味し、「X」と「吸血鬼」の二体をSレートからSSレートに引き上げる。

 また「X」の持つ赫子がふくよかな羽毛にも見えた為、「X」の呼称を「梟」と改める。赫包は6つから8つほどが確認された羽赫の喰種だとと思われる。

 そして「梟」に伴い「吸血鬼」も、印象に残る金髪と特徴的な赫子が月の光を受け輝くさまから呼称を「月光(ルミナス)」へと改める。赫包は6つが確認され、赫子はどの種類にも当てはまらない特殊な形をしていることが確認された。赫子を飛ばす遠距離攻撃が可能なことから、恐らく羽赫に分類されるものだと思われる。

 ……さらに「梟」と「月光(ルミナス)」は片方のみ赫眼を持つとの情報有り。このことから、「梟」は「隻眼の梟」、「月光(ルミナス)」を「隻眼の悪魔(ルナティック)」とされた。

 

                            後日提出された報告書より抜粋 』

 

 

 

 

 




 
以下本編捕捉的な何か。



【ユエの仮面】
・蝙蝠を模したもの。無難な感じになった。

【沢森特等】
・合理的な人物。ただし和修政と違って人命優先。相当に優秀な人物だったようだが、彼はユエ(作者)の為の犠牲となったのだ。

【岩谷準特等】
・冷静に見えて心中は割と熱血な人物。沢森とは長年コンビ戦を組んでいて、タッグ戦なら特等にも引けを取らない。村人Aではないが、門番二人を越えた先にいる衛兵A・B……の更に後ろにいる衛兵Cみたいな人。

【二区支部の戦力】
・全く予想できないので適当。これはおかしいと思ったら指摘していただけると嬉しいです。
ただし全滅する運命は変わらない。

【太刀の蜉蝣と双剣黒刃】
・ぶっちゃけモンハンの影響。名前はノリで決めた。

【慢心】
・めっちゃ舐めプしてます。二人が本気で掛かれば特等と準特等でも一分と持ちません。

【やったか!?】
・やってない。
赫包にダメージがあっても吸血鬼の再生力で治る。喰種としても腕くらいなら簡単に治る。合わさるとノロ並の再生力。

【遊びましょう?】
・フランちゃん的な破壊衝動。その他諸々の感情が混じって割と複雑な感じになっている。

月光(ルミナス)
・カッコイイから。隻眼の悪魔(ルナティック)は流石に無理があったと思ってる。しかし反省はしているが後悔はしていない。



以下ネタバレ注意



試し読みで雑誌の内容見たんですが、エトがなんか思った以上にアレでした。まあカネキ君と仲良くなれそうって言ってたので、ユエでも行けるはず。つまり矛盾はない! っていうかカネキ君、エトに告白された上に舐められるとかなんてうらやまけしからん。
後、金木君の過去とか鳥肌立ちました。十四巻の最後の方で顎をさすっているのとか全く気が付きませんでした。まさかあんな伏線があったとは……
エトをぶった切るとかカネキさんツヨスギィ!
先の展開が全く読めなくて続きがとても楽しみです。

最後に、エトの赫子の「エトしゃん」が地味にツボりました。


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