メイヒェム!   作:ゆべし

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第1話

 

 

 金属製の箱の中で色とりどりの銅線が不規則に並んでいる。

 小柄な青年はその箱の中から小さな細い瓶をこっそりと取り出して、脇に置かれたデイパックに慎重に収めた。

 隣に座る大柄な男は――肩から腕、スキンヘッドの頭のてっぺんまで黒い刺青が覆っている――逆に、瓶を箱に設置して蓋をしめた。彼に合わせて青年も蓋を閉じる。

「行くぞ」

 男の合図で二人は立ち上がった。ボスのもとにこの箱を届ける手はずになっている。

 が。

 青年は突如、木製の椅子を振り上げ、自分より二回りもあるだろう大男の側頭部に横殴りに叩きつけた。男は一瞬ふらついたが、すぐに振り向いて目を見開いた。すぐに状況を把握したらしく、間髪入れずに反撃に出た。リングのついた大きな拳を青年の顔に向けて突き出したが、青年は手刀でいなしてそのまま相手の腕を引き、大男の体を床に引き倒した。腕が捻じ曲がっている。

 唸る男の腹を踏みつけ、青年はしばし迷った。卓上の小型ナイフと、ジャンパーの影に隠した銃と。

 その間に男が力任せに立ち上がり、青年は背後の机に強く背中を打ち、その場に尻をついた。男がすごい形相で襲い掛かってくる。頭で考えるよりも早く、腰に差した銃を抜き、男に向けて撃った。

 

「ふぅ……」

 青年は小さく息をついて、キャップの下の額を指先でぬぐった。軽く汗をかいていた。

 立ち上がって尻についたホコリを払い、銃をもとの位置に収める。

 指先で耳につけた小型の無線機のスイッチを入れた。

「完了です」

 それだけ言うとデイパックの中から私用の携帯電話を取り出した。任務に持ち歩くには危険なのだが、彼にはどうしてもやめることができない。

 トップ画面をフリックしてある写真のところで止めた。

 黒髪の若い女性が茶色のウサギのぬいぐるみを抱いている。

 ぬいぐるみの片手を持ち上げて、彼に向けてバイバイしているようなポーズだ。

 青年はふにゃりと顔を崩し、優しく携帯を抱きしめた。

 

 

 

 モニターに映し出されているのは、あるホテルのスイートルームの一室だ。天井の角から斜めにキングサイズのベッドを捉えている。

 その大きなベッドの上では男と女が情事の真っ最中だ。

 男の方は肌が赤黒く、女よりずっと年上だ。女はいかにもコールガールといった雰囲気だ。脱ぎ捨てられた毛皮のコートや装飾品、まだらに染まったブロンドのボブヘアー。

 女は男の上に乗り、心から気持良さそうに腰をくねらせて声を上げている。

 男は女の腰を掴んだまま離さない。もっと、もっと、と女が催促する。

 ふいに女はサイドテーブルに置かれたウィスキーのグラスに手を入れた。小さく溶けた氷を指先でつまみ、口にふくんだ。口の中で何度か氷を転がしてから、腰を折り、男に覆いかぶさるようにしてキスをした。

 しばらくすると男の動きが穏やかになり、やがて規則的に胸が上下しはじめた。果てる前に眠ってしまったようだ。

 女はするりと男の上から降りてバスローブを羽織った。

 手早く室内を嗅ぎ回り、あっさりと男のラップトップを見つけるとUSBメモリを差してデータをコピーする。

 耳に仕込んだ小型の通信機のスイッチを押した。

「どう? 私の仕事ぶりは」

『三流AV動画』

 少し細めで無機質な男の声が返ってくる。

「不感症が」

 吐き捨てるように言うと、

『ビッチ』

 と、こちらも負けていない。

『まあまあ』

 苦笑混じりにとりなす声は、もっと柔らかで年上の男のものだ。

『もうバンに戻っておいで』

 年上の方の男が女に呼びかける。

 すると、

「マシューさん」

『うん?』

「サービス」

 女は天井のカメラに向かって、バスローブを広げた。

 

 カメラとマイクのスイッチを切ってから、通信係の男は言った。

「何も実際にセックスすることはないでしょうに。物好きな女だ」

「まあ、仕事はしっかりしているわけだから、やり方は本人の好きでいいんじゃない」

「それはそうですが、マシューさん」

 そう言って、通信係は横目で相手の股間を見下ろした。

「毎度毎度、よく反応できますね」

「健康な証拠です」

「ただの欲求不満でしょう」

 言葉も返せず肩を落とした彼を尻目に、通信係の男はカメラとマイクを撤収するためさっさとバンを降りた。

 

 

 

 古いフラットの一室の前で立ち止まり、マシューはインターホンを押した。

「ご注文ありがとうございます。ピザをお届けに参りましたあ」

 数回押しても返事がない。扉に耳を当てると中に人のいる気配はする。

「中の様子は分かるかい?」

 インカムで通信係の男に呼びかけた。

 通信係は向かいのビルの屋上でラップトップ片手に双眼鏡を手にしている。

「とりあえず窓際に二人。あとは見えません」

「了解。何かあったら随時知らせて」

「分かりました」

 黒い防弾チョッキを着て、同じ色のキャップを目深にかぶったマシューはドアの横に張り付いた。

「1で突入する。3、2、……1!」

 ドアを蹴破ると赤黒い肌をした男が5人室内に確認できた。武装している。一斉に彼に向けて発砲してきた。

 マシューは入口の影に身を隠しながら応戦する。

 一人、二人。視界に入った者から順に倒れていく。

 室内に踏み込んだ。

 やみくもに飛び掛ってきた男に膝蹴りをくらわせ、後頭部を拳銃の持ち手で叩きつける。男が床に伸びるとすぐに別の方角から弾が飛んできた。壁の影に隠れ、素早く弾を入れ換える。発砲が止んだと同時に撃ち放った。一人は脳天に当たり、もう一人の膝に命中した。

 膝を抱えて呻き声を上げる男に、マシューは銃を構えたままゆっくりと近寄った。

「君たちの計画については知っている」

 ブロンドの女が盗んだUSBを片手でチラつかせた。

「何のことだ」

 男がシラを切ろうとすると、マシューは顎でしゃくって卓上の金属製の箱を示した。青年が妨害した手作り爆弾だ。ちなみにUSBメモリにはその設計図が入っている。

「手を出して」

 男は突然片手を突き出してきた。手にはスイッチが握られている。

「どけ」

「無駄だよ。押してごらん?」

「ここの住民ごと吹き飛ぶぞ」

 マシューは一瞬ためらった。しかし、

「やってみたらいい」

 スイッチは作動しなかった。

 

 

 

 

「はい、みんなご苦労さん。ようやってくれたわ」

 MI-5の会議室の上座で、スーツ姿の女がひとりひとりを見回した。ロングのブロンドヘアーに緩くパーマがあててある。キャリアウーマンといった出で立ちだ。MI-5のこの部署をしきる上司、アビーである。

「で、次の案件なんやけど」

「もう次ー?」

 ふてくされてテーブルに身を投げたのは、染めた金髪ボブヘアーのジーナだ。

「先生、私もう疲れました。帰っていいですか?」

「帰りたければ帰れば?」

 通信係をつとめるネイサンが言った。あなたがいなくても支障はないと言わんばかりだ。ジーナが顔を上げてじろりとネイサンを睨みつけた。

「お茶です」

 おずおずと部屋に入ってきて、控えめな声、というよりもほとんど聞き取れないような小声でマグカップを差し出したのは事務係のケイトだ。紅茶を注ごうと俯くと柔らかそうな栗色の髪が僅かに揺れる。

「あ、ありがとう」

 入口に最も近かったため、最初に紅茶を受け取ったポールは少し頬を赤らめて微笑んだ。

「もう今日で三徹ですよー? まだやる気ですかぁ」

 ジーナが片手を上げた。

 アビーが腕組みをして深く溜め息をついた。大人しく会議の成行きを見守っていた(というより傍観していた)マシューにきつく目を向け、顎をしゃくる。なんとかせい。

 マシューから苦笑がこぼれた。

「じゃあ、とりあえず、お茶を飲んでからということで」

 ネイサンはジーナへの嫌がらせか、表情ひとつ変えずに熱い紅茶をまっさきに飲み干した。

 

 

 

「で。話を進めてもええやろか」

 しばらくしてから再びアビーが口を開いた。

「今晩、ザ・マクラウドでお偉いさん方が来るパーティーが開かれる予定なんやけど」

「わお! 超高級ホテルじゃない!!」

 行く行くー、と手を挙げたジーナを無視してアビーは話を続ける。

「何か問題が?」

 マシューがたずねた。

「いや、特に犯行声明が出とるわけじゃないんやけどな。VIPが集まる席やから警備しろと、上からのお達しや」

「なら、なおさら行きたいー」

「警備は別にいるからうちらは裏で動く。そういうわけでそのホテルに忍び込んでほしいんやけど」

 ここでアビーは言葉を切った。

「招待客役は計二名や」

 室内が静まり返った。

「あとは給仕が一名。調理場に一名。客室係に一名」

 すぅっと息を吸い込んでから、アビーは胸の内ポケットから5枚のトランプカードを取り出した。

「ハートのジャックとクイーンが招待客。スペードのエースが給仕。クラブのエースが調理担当。ダイヤのエースが客室係。くじ引きや」

 全員がごくりと唾を飲み込んだ。

 

 

 

 

「シャンパンんまーい」

 細いグラスを掲げてジーナは上機嫌だ。背中の大きく開いた、黒のタイトドレスを着ている。

 一方、隣に佇むケイトは落ち着かない様子で目をしばたたかせている。こちらは白いシフォンのワンピースだ。

「なあに緊張してんのさ」

 まだ口をつけていないケイトのシャンパングラスに、ジーナは自分のグラスを軽く触れ合わせた。

「楽しめるときは楽しんでおかなきゃ損だよ」

 ニヤリと笑ってシャンパンを飲み干した。

 控えめなオレンジ色のリップを塗ったケイトの唇が小さく微笑んだ。

 

 

 

 その頃、調理場ではコック長の怒声がとどろいていた。

「おい、新人! 何やってんだ」

 マシューのところに飛んできて、ソース用の小なべを木べらで手早く掻き混ぜた。

「焦げちまうだろ。食材を無駄にする気か」

「いや、でもフォアグラを見てろって……」

 マシューの右手には分厚いフォアグラを乗せたフライパンが握られている。

「同時にやんだよ、アホ。こんなのろのろやってたら、この人数さばききれるか」

 コック長は苛立たしげにフライパンも奪い取った。

「こっちはもういいから、お前は皿洗いでもやっとけ」

 マシューは洗い場に立ってスポンジを手に取った。思わず溜め息がついて出た。

 

 

 

 立食パーティーのため給仕の仕事は余計に忙しい。丸いトレイを片手にポールは会場内をくるくると駆けずり回った。

「こちらは前菜の牡蠣のコンフィでございます」

 料理についてたずねられれば、いささか小声ながらもきちんと説明する。ワインの注ぎ方もそつがない。しかし、

「ねえ、お兄さん」

「はい?」

 ポールが振り向くと三人組の若い女性客がくすくす笑っている。一人が手招きした。早足で彼女らのもとに近寄る。

「お仕事何時まで?」

「えっと、レストランが閉まってその後に片付けなどがありますので……」

「ここに部屋とってあるのよね」

 赤いマニキュアを塗った指が、ナプキンにさっと数字を書いた。4ケタの数字。客室番号だ。

「遊びにいらっしゃい」

 ポールにナプキンを握らせ、鼻にかかった声で囁いた。

「あ、あの……」

 ポールの顔がみるみる赤くなる。「失礼します」と勢いよく頭を下げて逃げるように立ち去った。かわいいとくすくす笑う声が背後で聞こえた。

 

 

 

「俺が客室係というのは妥当でしょうね」

 支配人室の入口に立ち、ネイサンはイヤホン型の無線機でアビーに話しかけた。

『マシューのコック以上に似合っとらんと思うで』

「何を言いますか」

 ネイサンはスラックスから携帯電話を取り出し、扉の横に取り付けられた電子ロックに繋げた。ほどなくしてガチャリと鍵の開いた音がする。

『何しとるん』

 アビーの声に不安の色が滲んだ。

「これだけ大きなホテルだ。全ての監視カメラをチェックできれば怪しい人物を探すのには効率がいい」

 掃除用のカートからラップトップを取り出すと、ネイサンは悠然と支配人室に侵入した。

 正面にあるマホガニー製の重々しいデスクにパソコンが置かれている。起動するとパスワードがかけられていたが、それをあっさり破り、自身のラップトップを繋いだ。キーボードを叩くと間もなくラップトップのモニターに監視カメラの映像が映し出された。

「はい、完了」

 パソコンの電源を切り、何事もなかったかのように部屋から出た。

「そちらにもデータを送ります」

『ネイサン、あんた、前世は泥棒だったんと違うか』

「それは分かりません。調べようがないので」

『冗談やって……』

「そこで何してるの」

 廊下の先で客室係の女が鋭い声を投げてきた。頭の上で髪を団子状に結い上げた、でっぷりとした中年女性だ。

 ネイサンはゆったりと振り返った。

「支配人のお部屋よ。私以外の者の出入りは禁じられています」

 目と眉が吊り上っている。

「すみません」

 ネイサンはにっこりと微笑んだ。

「新人なものでまだ場所をよく把握してなくて」

「あ、あら、そう」

 彼の作り笑いに女は勢いを削がれたようだ。

「とにかく、気をつけてちょうだい。ここには入っちゃダメよ。どうせ入れないでしょうけれど」

「はい、気をつけます」

 彼女が去ったのを確認するとすぐさまネイサンの顔から表情が失せた。

「クソババア」

 

 

 

 パーティー会場ではメイン料理は片付けられ、アルコールとデザートが振舞われていた。舞台上でバンドの生演奏が始まると、客たちは手をとって踊り出した。

「お姫様。一曲いかがです?」

 ジーナがおどけてケイトに手を差し出す。え、え、とケイトは困惑したが、

「なーによお。今どき同性のカップルなんて珍しくないんだからね。ほら!」

 と、無理やり引っ張り出された。

 ジーナにリードされ、くるくると回る。それに合わせてシフォンのワンピースがふわりと広がった。

「どう? 楽しい?」

 答える代わりにケイトははにかんだ。

『ちょっと、ジーナ』

 二人のイヤフォンから声が飛びこんで来た。

『ケイトちゃんで遊ばないの』

「おやあ、マシューさん嫉妬かい? あたしがケイトちゃん独占してるから」

 にやにやとジーナが応じる。ケイトは顔を赤らめてどうしていいか分からないといった様子だ。

『そうじゃないから』

 二人のステップが止まったところで、すっとシャンパングラスが差し出された。ポールだ。

「あれま。こっちもか」

「な、なにがです?」

「べつにー?」

 シャンパンを飲みながらジーナは二人を残してテーブルに向かった。背中越しに手を振っている。

「どうぞごゆっくりー」

「いやでも、僕、給仕ですから」

 残された二人は向き合ったまま俯いてしまった。

 中腰でテーブルに頬杖をつき、ジーナは溜め息をつく。

『どしたの?』

 またマシューからだ。

「んー? カメさん並の進行速度だと思ってさあ」

『は?』

「鈍感な人には分からん話よ」

『はあ?』

 

 

 

 ネイサンに客室掃除をする気などハナからなかった。空き部屋に侵入し、ふかふかのベッドに腰掛けてずっとモニターを眺めていた。

 パーティーが始まってから三時間を過ぎている。

 いい加減に飽きれてきた。ひとつ大きく伸びをしたところで、何分割にもされた画面の一つに目が留まった。地下にある電源設備のある部屋だ。二つの人影が動いている。服装は従業員のものだ。鉄製の扉をすべて開け、ひとつひとつに何かを取り付けた。まもなく大きな火花が散った。画像が乱れた。爆弾だ。

「電源が落ちる。気をつけろ」

 早口で全員に呼びかけた。

「ボス」

『分かっとる』

 次の瞬間、ホテル内全ての電気が一斉に消え、パーティー会場で銃声が鳴り響いた。

 

 

 

 華やかだったパーティー会場は瞬く間にパニックに陥った。

「みなさん、落ち着いて。すみやかにテーブルの下に隠れてください」

「外に出るのは危険です。そこから動かないで」

 ポールとジーナが声を張り上げる。

 再び銃声が鳴った。

「静かにしろ!」

 怒鳴り声はステージの上からだ。バンドメンバーはどこかへ追いやられたらしい。

 ポールはジャケットをはらってベルトに挟んだ銃に手をかけ、腰を屈めた。

 ジーナはケイトを出入り口に近いテーブルの下にもぐりこませてから、スカートをたくしあげた。腿に巻きつけたホルダーから拳銃を取り出す。

「舞台上ですね。4人……いや、5人か」

 物音を立てず、ポールが二人のもとに近寄ってきた。

「周りにもいるかもしれない」

 ジーナが辺りに気配を探る。

「これだけの施設です。すぐに緊急用の発電システムが」

 ポールが言い終えないうちに、パーティーホールに明かりが戻った。

 しかし、場内は一変していた。

 警備員は消え失せ、武装した男たちが出入り口を立ち塞いでいた。

 舞台上では40代前後の痩身の男が膝立ちになっている。隣には彼に向けて銃を突きつけている男がひとり。

 人質になった男は後ろ手で縛られ、黒い布で目隠しされ、口にガムテープが貼られている。

 ポールとジーナの二人は気付かれないように素早く銃を収めた。人質をとられているのでは下手に動けない。

 

 

 

 

 オフィスでは、ネイサンから送られてきた監視カメラのデータをもとに、犯人と人質の身元を探っていた。

「何か分かったか」

 アビーが内勤の女性のパソコンを覗きこんだ。名前はイリスだ。少し癖のある黒髪を後ろで簡単にまとめている。彼女は危険人物・団体の監視と危険レベルのチェック、情報の分析などを担当している。

「人質にとられている男性はこのホテルのオーナー、スタンリー・マクラウド・ジュニア。38歳。二年前、父親のスタンリー・マクラウドの死んだ後から、ここの経営を任されています」

「犯行グループは?」

「そちらの特定はまだです。覆面していますし、このホテルに対して恨みを持つ危険団体の存在は今のところ見当たりません」

「金が目的ならここまで派手にやらかすことはないしな」

「ええ。そこで従業員名簿をチェックしてみたのですが、犯罪履歴を持つ者はいましたが、いずれも軽犯でさほど重要ではないかと。ですが」

 言いながらレニーは別のウィンドウを開いた。数字だらけだ。

「帳簿か」

「はい。不審な点が見つかりまして……」

 レニーは考えこむように顎に片手を添えて画面を見据えた。

「横領されてるとか」

「そうなんですが、でも、この額」

「200万ポンド?」

「額が大きすぎますよね」

 ひそかに眉を寄せてアビーを見上げた。

「オーナーや支配人が見落とすはずはない……」

「幹部クラスが関わってるってわけか」

「まずは犯行の手口からこの組織を割り出してみます」

「頼むで。おい、技術屋!」

 後半の言葉は別の人物に向かって投げられた。奥のデスクでアイマスクをし、椅子にふんぞりかえって眠っている男だ。縮れた黒髪が肩まで伸びており、鼻の下から顎全体に無精ヒゲが生えている。

「起きんか、こら」

 手近にあった書類を丸め、アビーは彼の頭をひっぱたいた。

「仕事や」

 ラウルはのっそりと椅子から背を起こし、アイマスクを額にずり上げて重たげな目でアビーを見上げた。

「話は聞いとったやろ?」

「まあ」

「今すぐホテルに行って電気の復旧を頼むわ。すぐに特殊部隊も送る」

「ん」

 傍らの大きなボストンバッグを手にしてラウルはゆっくりと立ち上がった。

 

 

 

『マシューさん、聞こえますか』

「イリスさん、中で何か起きてるんだ。状況を教えてくれ」

 マシューは手持ちのペン型ライトで厨房を抜け出し、パーティ会場の前まで来ていた。非常用の明かりがついたのはメイン会場だけらしい。

「オートロックで中に入れないんだ。従業員カードが使えない」

『停電によるものでしょう。どちらにせよ、今はまだ入らないで』

「何が起きてるの」

『テロです。オーナーが人質にとられています。グループによる犯行で武装しています。招待客もまだ中に』

「最優先は人質と客の安全を確保だね。どうしようか」

『ラウルさんが現場に向かっています。彼が電源を直してくれるはずですが、その前に』

「なに?」

『ホテルの勤務者、おそらく上層部による横領が発覚しました。誰によるものか、調べていただけますか』

「証拠探しか。時間がかかりそうだ」

『携帯に幹部の個人情報とホテルの図面、彼らの勤務室を送信しました』

「OK」

『マシューさん』

 ふいにネイサンの声が割り込んできた。

『分かってると思うけど、今エレベーターは使えませんから』

 マシューは携帯画面を見た。幹部らの部屋はすべて上層階にある。

『ちなみにオーナーのは最上階です』

「聞きたくないけど、何階?」

『31』

「あのさ……エレベーターだけでも動かせない? お前も技術系得意でしょ?」

『やろうと思えばできるけど、マシューさんが走った方が速いですよ』

「……くそう!」

 イヤフォンのスイッチを切り、マシューはエントラスから階段を駆け上がった。

 

「あ。切られた」

 ホテルの暗い一室で、ネイサンは相変わらずラップトップを見ていた。イリスから送られてきたホテルの図面に青い点が五つついている。メンバーに付けられた発信機から送られてきた信号だ。唯一移動している点がマシューだろう。

「俺、今30階にいるって言おうとしたのに」

 どうでもよさそうに呟いてパタンとラップトップを閉じた。特に慌てる風でもなく、マシューに再度連絡をとることもなく、ネイサンはラップトップを抱えて部屋を出て行った。

 

 

 

 壊された電源設備を見ながらラウルは腕組みをして顎をさすった。ややもすると尻ポケットからタバコを取り出し、一本吸った。

『ボス』

「ラウルか。なんや」

『直すのは無理だ。爆弾で完全にやられてる』

 焦げて切れた配線の先を分厚いゴム手袋でつまむ。

「なんとかせい」

『なんとかって言われてもなあ』

 タバコをコンクリートの床に落として足で捻り潰した。

 その場にしゃがんでしばし考える。

 おもむろにボストンバッグからペンライトを取り出し、辺りを見回した。無事な配線を見つけた。

「直すことはできないが、一時的に電力を戻すことはできるかもしれない」

『それで構わん。頼むわ』

 通話を切るとラウルはバッグから電線とペンチを取り出した。

 

 

 

 マシューは階段を駆け上っていた。軽く息は弾んでいるがまだ余裕だ。携帯に送られた図面によると幹部の執務室は25階以上だ。

 ふと足を止め、踊り場の数字を確認した。13。

「見なきゃよかった……」

 雑念を振り払うように頭を振って、再び走り出した。

 

 

 

「どうしましょうか」

「このまま客と従業員のフリを続けるしかないでしょ」

 ポール、ジーナ、ケイトの三人は他の招待客と従業員とともに、壁に向かって立たされていた。

 出入り口の数は四方を囲む壁のうち正面を除いた計三つ。それぞれにライフルを手にした男たちが立ちはだかっており、さらに中央に二人、舞台上にはオーナーを人質にとった男がもう一人。

 持ち物は全て没収された。バッグの中身は全て点検され、携帯電話や装飾品など通信機やGPSとなりえそうなものは一つ残らず壊され、ゴミ袋に入れられた。三人の無線機と信号機は辛うじて気付かれなかった。

 ケイトが俯いて唇をきつく結んでいる。緊張しているのだ。

 それに気付いたポールが彼女の手に自分の手を寄せようとしてやめた。が、横に立つジーナが腰を振ってポールを押した。その拍子に二人の手が触れる。意を決したようにポールはケイトの手を握った。

 横目でポールがケイトを見る。俯いたままケイトは小さくはにかんでいた。

「ねえ、ちょっと」

 突然ジーナが腰をひねって大きく手を上げ、犯人グループに呼びかけたので、二人はぎょっとした。

「お手洗いに行きたいんだけど」

 中央にいる二人がライフルを彼女に向けた。

「ダメだ。外には出さない」

「もう我慢できないの。もれちゃう」

 内股になってこすってみせる。

「そこでしろ」

 一人がライフルを肩に担いで下卑た笑いをこぼした。

「大勢の人に見られるなんて恥ずかしくて死んじゃう」

 ケイトの手を握ったまま、ポールは遠い目をした。だんだん彼女の狙いが読めてきた。

「じゃあ、もらせ」

 もう一人も面白がっているようだ。

 ジーナは振り返って男と向き合った。顎を引き、上目遣いでおずおずと申し出る。

「せめて囲んでもらえないかしら」

 男はヒューと口笛を鳴らした。

 もう一人が手を振ると扉を塞いでいた三人も中央に集まってきた。

 不安げな面持ちのケイトに、大丈夫だからねとポールは囁き、やさしく手を離した。腰にさした銃を意識する。

「多分、舞台上の男にオーナーを殺す気はないと思う」

 正面を見据えたままジーナが二人に囁いた。

「どうして」

 ポールがたずねる。

「女の勘」

 レッドワインの唇をニヤリとさせた。ポールの口から溜め息がついて出た。

「五人いればじゅうぶんだろう」

 男たちは円を描くように立ち、準備が整ったとばかりにジーナに呼びかけた。

 わざと内腿をこするような歩き方で、ジーナは男たちの壁の中に入っていった。

 

 

 

 全速力で長い階段を駆け上ってきたマシューの足がとうとう止まった。膝に手をついて肩でぜいぜいと息をする。恐る恐る踊り場の数字を見てみた。

 19。 

 思わずその場にくずおれそうになった。これがせめて20だったらまだ気持ちが保てたものを。

 しかし、そんなことは言ってられない。マシューは両の頬を思い切り叩いて気合を入れなおした。

「うおっし! てっぺんまで上りつめてやる!」

 棒になった足を根性で動かし、再び階段を上っていった。

 しばらくしてから同じ階でチンとエレベーターの到着音が鳴った。ドアが開く。乗っていたのはラウルだ。

 携帯の座標を見て面倒くさそうに頭を掻いた。

「入れ違いか」

 エレベーターのドアは無情に閉じられた。

 

 

 

「探し物は上から下へが基本です」

『それ、泥棒の手口やで。タンスの引き出しを上から順にってやつ』

「非常に合理的だ」

 30階から1階分だけ階段を上っただけのネイサンは、当然汗ひとつかかずにいた。

 特殊な機械で電子ロックを解除してオーナーの部屋に入り込む。

「オーナーが容疑者の一味と仮定して」

『自作自演ってやつか』

「その場合、そうなりますね。あくまで仮定ですが」

『はいはい』

「大切なものなら身近に置くでしょう」

 無闇に探し回ることはせず、彼はまずデスクに向かった。引き出しを上から順に開けていく。目ぼしいものはない。しかし、一番下の引き出しが開かなかった。

 彼は素早く屈みこみ、清掃員用の制服の胸ポケットから黒い革製のカバーのついた手帳のようなものを取り出した。ピッキング道具だ。

 画面越しに様子を見ていたアビーは額に頭を添えてうなだれた。が、もう何も言わなかった。

「ファイルだ」

『なんの?』

 ぺらぺらとページをめくってネイサンは首を振った。

「ただの顧客ファイルです」

 そしてまた家捜しを開始した。

『オーナーは一味じゃないんとちがうか?』

「今の状態ではまだ断言できません」

『そらそうやけどのんびりやっとる時間はないで』

「迅速に行動しています」

 この男に何を言っても無駄だとアビーは口を閉じた。

 ネイサンはデスクの左側の引き出しの下に手を這わせた。何か薄いものに触れ、覗きこんでみる。紙片がセロテープで貼り付けられていた。

「暗証番号です」

 ほらね、と勝ち誇ったように薄く笑った。

 アビーからの返事はなかった。

 

 

 

 五人の男たちが作った壁の隙間からジーナはポールに目配せした。インカムだけに伝わるように短く小声で呟いた。

「ショート」

 ポールは小さく頷いた。

「ラウルさん」

『ポールか?』

「今どこですか」

『エレベーターの中』

「ちょうどよかった。地下へ向かってください」

『今度はなんだ?』

「僕の合図で電源を全部落としてもらえますか」

『構わねえけど、今25階なんだ。ちっと待ってろ』

「了解しました」

 すぐさまポールはラウルからジーナに通信を切り替えた。

「少しの間時間稼ぎをお願いします」

 ジーナはわずかに眉をひそめたが、すぐに媚びるような笑みを繕って男の一人に近寄った。仲間を呼びつけた彼を五人の中のリーダー格と踏んだのだ。

 男の胸に手を這わせる。

「ねえ、どうしてこっちを向いてるの」

「壁になれと言ったのはお前だ。向きまで指図される覚えはない」

 目だし帽からのぞく全員の目がにやついている。

「見るのだけはやめて」

 泣きそうな表情で懇願する。

「ならもらすんだな」

 男たちが下品な笑い声を上げた。

「お願い」

 胸を寄せて男を見上げた。マスクの下でも男の口がにやついているのが分かる。

「聞けねえな」

 彼女の腕を掴んで男は身体を引き剥がした。

 ジーナは両手で顔を覆って細かく息を吸った。

「こんなのひどい」

「さっさと済ませろ」

 焦れた一人がジーナの股間に銃口をあててぐりぐりと押し付けた。やめて、とお腹を押さえてしゃがみこむ。

 そしてとうとうスカートの裾から手を入れた。パンティーの端をつかみ、スカートの中でホルダーと銃をやりすごして、膝に来たあたりで男たちに見せつける。

 五人の視線がこちらに集中している。

「今よ!」

『ラウルさん!』

『落とすぞ!』

 ガチャンと音がして、再び会場の明かりが消えた。

 

 

 

 ようやく25階までマシューはこぎつけた。手すりに片手を乗せて大きく息をつく。さて、ここからが仕事だ。幹部の仕事場を一つずつ点検しなくてはいけない。

「あれ、マシューさん。何してるんですか」

 そこへ現れたのはネイサンだった。ちょうど26階の階段の中央にいる。

「早かったな、ネイサン」

 息も絶え絶えに、しかし笑顔でマシューは言った。

「ここから順に証拠を探して」

「ああ、もう見つけましたよ」

 涼しい顔で言い放ったネイサンに、しばしマシューは呼吸を忘れた。

「はい?」

 ようやく出てきた声と顔は非常に間抜けだ。

「オーナーの部屋から鍵の暗証番号が。支配人の部屋に金庫がありまして、それの……どうしました?」

 うなだれたマシューは、せめてもの意地でなんでもないと手を振った。

「そうですか。中から出てきたものはまた紙片でした。この状況と数字の桁数から考えて銀行の口座番号と考えるのが妥当でしょうね」

 さ、行きましょう、とネイサンはさっさと階段を下りていった。マシューはその場に座り込みたかった。が、気力を振り絞って彼の後を追った。

 

 

 

 明かりが消えるとジーナは身を伏せ、ホルダーから銃を引き抜き、自分を取り囲む男たちの二人の頭を撃ち抜いた。足首まで下りたパンティを「邪魔くさい」と、同じくホルダーに取り付けていたナイフで引き裂き、スカートをたくしあげ、背後の一人に足払いをくらわせた。

 しかし、男の足は全く動じなかった。彼の太腿にナイフを付き立てようとしたとき、背後から羽交い絞めにされた。

 ポールが駆け出した。電気が消えたといっても暗闇ではない。窓から月の光が漏れていた。

 ポールは走りながら腰に手を回し拳銃を引き抜き、目を細め、ジーナを捕まえた男の肩を狙って撃った。命中した。

 解放されたジーナは羽交い絞めにした男の股間を蹴り上げた。すかさず胸に銃弾を撃ち込む。

 彼女の背後で生き残りがライフルを振り上げた。

 ポールが狙いを定めようとしたとき、後方から銃声が聞こえ、次の瞬間、男は仰向けに倒れた。

 振り向いた。

 ケイトが両手で銃を構えていた。

 呆気にとられているポールを急かすように前方に指を突き出した。

 ジーナが床に倒れている。リーダー格の男がライフルで殴ったのだ。

「動くんじゃねえ!」

 男はジーナを踏みつけ、ライフルの先を向けた。

「大人しく武器を置け」

 ポールとケイトは黙って指示に従った。

「遠くにやれ」

 それぞれ銃を蹴り飛ばした。銃は床の上を回転しながら滑っていった。

「壁に向かって大人しくしてろ」

 男はライフルを背に回し、ジーナの拳銃を取り上げた。彼女の髪を鷲掴みにして無理やり顔を上げさせ、眉間に銃口を押し当てた。

 

 

 

『マシュー!』

 アビーの声が通信機越しに耳をつんざいた。一緒にいるネイサンがきょとんとしていることから、これが自分にだけ寄越された連絡だと知れた。

『緊急事態や』

「ええ? もう証拠は見つかった」

 マシューの言葉を遮ってアビーが叫んだ。

『中の三人が危ない!』

 

 

 

 壁際に向かいながらもポールは慎重に周りを観察した。

 先ほどの乱闘騒ぎで招待客たちはさらに怯えきっている。

 ゆっくりと首をめぐらせ背後を盗み見た。

 ぐったりとしたジーナに戦闘能力はない。意識があるかさえ心配だ。

 舞台上に目を向けた。何も変化はない。

 ポールは違和感を覚えた。

 舞台上の男は人質をとっているのだ。ジーナが暴れ出した時点でオーナーを撃ち殺してもおかしくはなかった。

 だが、男はそうしなかった。

 目をこらしてオーナーを見た。暗くて定かではないが、震えたり呻いたりしている様子は一切うかがえない。命の危険が迫っている割には冷静すぎないか。

 その時、アビーの声が耳に飛びこんで来た。

『もう少し辛抱しいよ。今マシューが向かっとる』

 分かりましたと短く応えてすぐさまマシューに通話をかけた。

「マシューさん。ジーナを捕まえてる男がいる。まずはそいつを倒して。部屋の中央だ」

 彼からの応答の代わりに、前触れもなく室内に明かりが戻った。

 同時に扉が開き、銃声がとどろいた。

 ジーナの髪を鷲掴んでいた男の手が緩んだと思うと、スローモーションのように男は横倒れになった。

 ライフルを持ったマシューがゆっくりとホールに入ってくる。

 舞台上の男はマシューに銃口を向けるより先に、頭を打ちぬかれて仰向けに倒れた。

「もういいぞ」

 残り二つの扉が開き、それぞれ特殊部隊を率いたネイサンとラウルが待ち構えていた。

「こちらから外へ出てください!」

「もう安全だ。押さないで順番に!」

 ふぅーと長い溜め息をついてマシューはその場に座り込んだ。

 舞台上で縛り上げられた若いオーナーを見上げる。

「あんたのおかげで、いいトレーニングになったよ」

 膝の上で頬杖をついてくっくっと笑った。

 

 

 

「強盗に見せかけて裏金を守る手はずだったらしいわ。金はオーナーと支配人で山分けするはずだった」

 会議室でアビーは簡潔に説明した。

「ロンドンヤードの聴取で、強盗役の男共はあいつらに雇われたんだって吐いたらしい。こいつらは小さな暴力団の幹部と判明した」

 そこまで言うとジーナに目を向け、眉を寄せた。頭に包帯を巻かれ、顔に大きなガーゼが貼られている。

「今回はえらい目にあったな」

「んふぁ?」

 テーブル中央にあるクッキーを口にもくもくと食べていたジーナは、いきなり呼ばれて目をぱちくりさせた。

「もうええわ」

 アビーは呆れ顔で片手を振った。

 ジーナは不思議そうにしながらも口をもぐもぐさせていた。

「また太りますよ」

 ネイサンがラップトップに向かったまま言い放つと、ジーナはごくんとクッキーを飲みこんだ。

「太ってません! いつも見てるでしょ、あたしの身体!!」

「ええ、そろそろ目が腐りそうです」

「太ってないから。落ち着いて」

 椅子から腰を浮かせたジーナをマシューが背を撫でてなだめた。

 一触即発な二人をよそに、紅茶のポットを持ってケイトがそろりとポールに近づいた。

 お茶を注ぎながらこっそりと耳打ちする。

「あのときはありがとう」

「え、え、あれは、えっと」

 めったに声を発しないケイトが自ら話しかけてきた。

 魚のように口をぱくぱくさせるポールに、ケイトははにかんだ笑みを残し、他のメンバーの席に移った。

 ポールはテーブルに肘をつき、両手で顔を覆った。熱い。

 彼の異変に気付いたラウルがポールの椅子の脚を蹴った。

「どうした」

「なんでもないです」

 顔を隠したまま女の子のように首を振る。

「はあ?」

 意味が分からないといった様子でラウルは顔をしかめたが、特に気にはしなかった。

「そういや、イリスさんは?」

 タバコの灰を灰皿に落としながらラウルがアビーに聞いた。

「お子さんを迎えに行ったで。ところで、今夜みんな暇よな?」

 場の空気が一瞬で静まり返った。全員が固唾を飲んでアビーを見つめた。

 すぐさま報告書を提出しろ。新たな事件が起きた。それともそれとも。

 全員の顔を見回して、アビーは突然吹き出した。

「何想像しとるんや、あんたら」

「俺たち満身創痍です」

 力なくマシューが片手を挙げた。

「うちは鬼やないで。みんなで飲みに行こうと思っただけや」

「大賛成!! ……いったたたた」

 椅子を倒す勢いで立ち上がったジーナが頭を抱え込んだ。

 バーカと向かいの席でネイサンが呟いた。

 二人の喧嘩が勃発する前になんとかしようと、慌てたマシューはつい口を滑らせた。

「俺がおごる!」

 後悔したのは拍手と歓声と口笛に包まれた後だった。

 

 

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