『雨霧海』。
とある鎮守府の西に広がるこの海は、雨が降ると濃い霧がかかる事で有名であった。

そして、その『雨霧海』に最近不気味な噂が立つようになった。

―――霧に紛れて、不審な影が現れる―――

霧深き海に現れる、謎の存在。それは艦娘か、それとも深海棲艦か……。

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どうも、SUN_RISEです。

艦これが世に出てから二年と幾月……遅ればせながら、自分も最近艦隊これくしょんを始めました。
まだまだ新米提督ですが、今もこの小説を書きながら少しずつプレイしています。

……そして、新しい事を始めると小説を書きたくなるのが最近の自分の常。
しかし、既に二本の小説を書いている上にまだまだ艦これの『か』の字も分かっていない自分には、艦これの連載小説など半年早い……。
そう感じ、今は短編でとりあえずこの気持ちを抑えておく事にしました。

まあ、先の展開など特に考えていない小説なので、適当に読んで頂けたらと思います。気が向いたら連載するかも、ね。

では、短いですがどうぞお楽しみ下さい。



神の衣を纏う者 ~其は幻像と実体の狭間に立ちし者也~

 

世界が経験した、二度目の大戦。

 

一度目の大戦で得たはずの教訓は活かされず、むしろ大戦を経て強力に進化した殺戮兵器により、人類は更に激しい砲煙弾雨の中へと(いざな)われていった。

 

『陸』『海』に加え、新たに戦場となった『空』を舞台に、人類は戦い続けた。

 

流れる血で大地は汚れ。

海底は沈んだ軍艦と艦載機で埋め尽くされ。

空には真っ黒な煙が立ち込め。

 

それでも、人類は戦い続けた。

 

血霧漂う戦場はどこまでも続き、またいつまでも続く―――

 

 

―――かと思われた。

 

永遠に続くと思われた戦争に終焉をもたらした者達は。

長く続く戦争に疲れ果て、一度は平和への道を模索し始めた人類を戦場へ再び駆り立てた者達は。

唐突に、しかし不穏なほどに静かに。

 

海の底から、やってきた。

 

 

『深海棲艦』。

それは怪物のような形を成し、時に人のような形を成し……人類に対し、鋭き殺意の牙を突き立てた。

 

人類が技術の粋を集めて作り上げた軍艦を、まるで赤子の手を捻るかの如く叩き壊し。

人類が英知を結集して作り上げた戦闘機を、まるで羽虫を払うかの如く叩き落とし。

人類から母なる海を、そして大いなる空を奪い去り、人々を深い絶望のどん底へと叩き落とした。

 

その破壊ぶりは、まるで殺し合いにかまけた人類に対して罰を与えるかのように、苛烈かつ徹底的なものであった。

 

人類は、必死に抗った。より高性能な軍艦、より高性能な戦闘機を開発、戦場へと投入し深海棲艦に対抗しようとした。

だが、無駄であった。人類と同じ大きさしか持たない深海棲艦には殆ど攻撃を当てる事ができず、また攻撃が当たったとしてもまるで手応えが無かったのだ。

 

逆に深海棲艦の攻撃は強力無比、その大きさに見合わぬ絶大な破壊力を以って次々と軍艦を沈めていく。

そして、海だけではない。空を舞う人類の戦闘機も、どこからともなく現れる深海棲艦の戦闘機に次々と撃ち落とされていく。

どれだけ(あらが)おうとも、もはや力の差は歴然。人類はまさに、八方手詰まりの状態へと追い込まれていた。

 

 

しかし、そんな絶望的な状況に一筋の光が差し込む。

『艦娘』と呼ばれる『深海棲艦』に対抗できる者達、そして彼女達を指揮する資質を持った者が現れたからだ。

 

旧大日本帝国海軍軍艦の魂と記憶の一部を受け継いだ者、『艦娘』。

その見た目は普通の人となんら変わり無く、しかし深海棲艦に対抗できる強い力を持つ。

 

そして、彼女達を指揮できるのは特別な資質を持った者だけ。ゆえに、人々はそんな彼ら・彼女らを畏敬の念を込めてこう呼ぶ。

 

『提督』、と―――。

 

 

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残暑厳しい中に、時折秋の訪れを感じさせる冷たい風が吹く九月中旬。山奥では少しずつ木々が色付き始め、その波は間もなく平野へと下りてくるだろう。本格的な秋の到来は、すぐそこまで迫っていた。

そんな美しい山々が見下ろす平野には、大きな港町がある。質の良い海の幸、山の幸が豊富に集まるその港町は、穏やかな気候や交通要衝に位置している事もあって大きな賑わいを見せている。

 

 

 

……まるで、深海棲艦の脅威など始めから無いかのように。

 

もっとも、それも当然の事であろう。国がこのように大きな港町を、放っておくはずがないのだから。

 

「ご苦労だった。結果はどうだ?」

 

大きな港町から、少し離れた東側の海岸沿いに建つ鎮守府。国内有数の規模を誇るこの鎮守府は、錬度の高い艦娘が揃った重要拠点の一つとなっている。

 

その鎮守府の提督執務室にて特注の革椅子に座り、両肘を机について顔の前で手を組んだ姿勢を取る妙齢の提督。立派なカイゼル髭を蓄えた彼は姓を本村といい、厳格・公正・熟慮を是とする海軍きっての名将である。そんな彼の手腕は海軍上層部からのみならず、この鎮守府に所属する艦娘からの信頼も非常に厚い。

 

「はい。近海における定期掃討作戦、無事に成功しました。こちらが報告書になります」

 

低く、しかし不思議と威圧感を感じさせない声で話す本村と、机を挟んで向かい合う一人の艦娘。笑顔で報告書を渡し、敬語の割にはどこか軽い調子を感じさせる話し方をしている。

彼女の名は青葉、この鎮守府に所属する重巡洋艦である。今はちょうど、近海における深海棲艦定期掃討作戦の戦果報告書を、作戦参加艦娘を代表して本村に渡しに来たのであった。

 

「確かに受け取った。川内達にも、ご苦労様と言っておいてくれるか」

「かしこまりました。では、これにて失礼致します」

 

役目を果たした青葉は敬礼をし、ゆっくりとした足取りで扉の方へと歩いていく。その背を軽く見届け、本村が報告書を読もうと目線を下に落とした時であった。

 

「………」

「……? どうした、青葉?」

 

扉の近くまで来た青葉が急に立ち止まり、本村の方を見遣る。

その視線に気付いた本村が目線を上げると、当の青葉はどこか悩みを抱えたような、難しい表情を浮かべていた。

 

「なんだ、悩み事でもあるのか?」

「いえ、そういう訳では無いのですが……その、掃討作戦から帰投する時に、少し気になる事がありまして」

 

青葉が滅多に浮かべる事の無い、険しい表情。そこに何かを察した本村が報告書を机の端に寄せ、再び両肘を机につき手を組んだ姿勢を取る。

 

「……報告書には記載していない事項か?」

「はい。不確実な情報なので、司令官に直接お伝えする方が良いかと思いまして……」

「分かった、聞こう」

 

 

―――険しい表情のまま、青葉が語った内容。

それを提督に伝えた事が全ての始まりだったのかもしれない。

 

……しかし、人々はそれをまだ知らない。

 

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             ~ 一か月後 ~             

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鎮守府の西側に広がる海。高い山々が海岸線付近まで迫り、その谷間から流れ落ちる川と海岸線沿いに並び立つ岩礁が自然の力強さを見せつける、景勝地として名高い風光明媚な海である。

 

しかしこの海域には、付近の漁業関係者や鎮守府を悩ませるある一つの大きな特徴があった。

 

 

雨天時における濃霧の発生である。

 

 

秋口~春先にかけて頻繁に発生するその霧の深さは、特に秋の盛りになると異常な程に凄まじい。船尾から船首が見えなくなる程度はまだ可愛いもので、酷い時は伸ばした手の先すら見えなくなる事もある。

 

そんな濃霧の中を航行するのは、例え電探を装備した艦娘といえども相当に厳しい。現に電探(レーダー)を積んでいるからと安易に霧の中を航行し、岩礁に乗り上げたり船や艦娘同士が衝突する事故が多発している。

そのため、この海域は『雨霧海(うむかい)』という特別な名前が与えられ、雨天時の航行には大幅な制限がかけられていた。

 

またこのような状況の為、『雨霧海』には強力な深海棲艦が入り込まないように大規模な深海棲艦掃討作戦が度々行われている(前述の青葉が参加した掃討作戦も、この『雨霧海』におけるものである)。

それ故に『雨霧海』へ入り込む深海棲艦の数は非常に少なく、またeliteやflagshipといった上位レベル艦も一切出現しない。艦種にしても稀に軽巡ホ級が混ざる程度で、殆どが駆逐イ級やロ級といった雑魚ばかり。故に実戦経験の乏しい艦娘にとって、晴れた日のここは比較的安全に実戦経験を積む事のできる格好の訓練場所となっていた。

 

 

 

「駆逐イ級の撃沈を確認したのです」

「おっそーい!! 私はもう三体沈めたよ!!」

「周囲に敵影無し……結果は上々のようね」

 

秋晴れの空の下、穏やかに波寄せるヒトロクマルマル。傾きかけた陽が優しく照らす海の上に、高く幼げな声と柔らかくも凛と芯の通った声、それと元気一杯な声が響き渡る。……口調だけで誰だか分かってしまうあたり、なかなかに艦娘は特徴的な娘が多いようである。

 

「……嫌な雲ね。雨も降りそうだし、そろそろ帰投しましょう。月が見れそうに無いのは残念だけど……今日は提督自ら料理を振る舞ってくれるそうよ? ふふふ、楽しみね」

 

身の丈以上ある大きな弓に、盾のような飛行甲板を持った艦娘、正規空母の赤城(あかぎ)が西の空を見上げる。その顔は一見引き締まっているように見えるが、よく見ると口元が僅かに緩み、笑みが浮かんでいる。どうやら、今日の夕食を楽しみにしているらしい。

 

そんな赤城の視線の先で、彼女が放った多数の艦載機(烈風改・流星改・彗星一二型甲)が空を駆ける。

艦娘が放つ艦載機には、必ず『妖精さん』と呼ばれる小さな子達が搭乗員として乗り込んでいる。また、その妖精さんの視界と艦娘の視界はリンクしており、妖精さんが得た情報はすぐに艦娘へと届くようになっているのだ。

 

そして、妖精さんから赤城にもたらされた情報は『敵影無し、ただし遠く西に黒雲見ゆ』であった。今日は中秋の名月、十五夜の日であるのだが、残念ながら雨を伴う黒雲が西から流れて来ていた。彼女の言う通り、今夜の天気は雨になりそうである。

 

「そうだよねー、赤城さんよく食べ……ムグッ!!」

「はわわ、それ以上は禁句なのです」

 

そして赤城の傍らには、鎮守府から近海の哨戒任務がてら敵艦の掃討に出てきた二人の艦娘が。

高く幼げな声の持ち主である(いなづま)と、いつでも元気一杯な島風。まだ更なる高み(改への改造)へと至る程の錬度を持たぬ二人は、こうして弱い深海棲艦を相手に実戦経験を積んでいるのだ。

 

……その二人だが帰投の準備をしつつ、まるで漫才のようなやり取りを繰り広げる(もっとも、鎮守府ではこれが日常的な光景となっているのだが)。

そして電により半ばで遮られた島風の言葉は、どうやら今日の夕食へと想いを馳せる赤城には届かずに済んだようである。

 

 

 

……さて、ここで不思議に思うであろう。すなわち、たかが近海の哨戒任務ごときになぜ正規空母である赤城を繰り出すのか……という事である。

前回の掃討作戦から日が経っているとはいえ、平時から多くの艦娘が実戦経験を積みにこの海域(雨霧海)へ足を運んでいる以上、深海棲艦を警戒する必要性は()()()()薄い。

 

もちろん、ちゃんとした理由はある。

 

「慢心してはだめよ。最近、この付近で見た事の無い深海棲艦が現れたって情報もあるから、警戒は厳にしないと」

 

赤城の下へと戻ってきた艦載機の編隊が、飛行甲板上で矢へとその姿を変えていく。その矢を手に持ち一つ一つ丁寧に手入れしながら、赤城は真剣な顔(しかし、依然口元は僅かに緩んだまま)で本村提督の言葉を思い出していた。

 

 

―――『雨霧海』に現れたという、新型深海棲艦。これを捕捉し、可能であれば撃退・撃沈せよ―――

 

 

提督の居室に呼ばれ、赤城が提督から直々に与えられた任務。これこそが、赤城が雨霧海の哨戒任務に帯同している理由である。

 

……ただし、その大変な任務内容の割に錬度の低い艦娘二人(電と島風)が居たり、赤城がいまいち任務に本気ではないのにもやはり理由がある。

 

「またそれ? 鎮守府では未確認なんでしょ? 前に一回、青葉さんが見たってだけで」

「『スクープ、スクープです!! 鎮守府近海で新たな深海棲艦発見!!』って青葉さんがずっと騒いでますけど……電探に反応は無かったんですよね?」

「青葉の見間違いじゃないかってみんな言ってるし、私もそうじゃないかなって思ってるんだけど……提督が『どうにも気になる』って。提督、本当に心配性な人だから……」

 

こめかみに指を当てつつ、困ったように赤城が呟く。

それもそのはず、赤城の任務内容にあった『新型深海棲艦』というのが、ここ『雨霧海』で一ヶ月ほど前に青葉()()が目撃した内容がもとになっているのだから。

 

 

※以下、青葉が帰投日の夜に寮で語った内容ママに掲載

―――――――――――――――――――――

 

少し掃討作戦に熱が入り過ぎまして……気付いたら、雨雲がすぐそこまで来ていたんです。案の定、深い霧が立ち込めてきたので鎮守府への帰投を急いだのですが……その時、私の横にその影は現れました。電探には全く反応は無く、深い霧のせいで(シルエット)しか見えなかったので髪色や容姿など詳しい情報は一切不明ですが……間違いなく人型でした。小型の艤装を右手に一つ、背中に多分アンテナらしき形のものを装備していましたね。

ただ、私がしゅ……姿を確認しようと一歩踏み出したところで、その影はまるで幻だったかのように消えてしまいました。

 

これ、もしかして幽霊ですか!? 電探にも反応がありませんでしたし。だとしたら、青葉はなんてもったいない事を……え、舟幽霊?

いやいやそれは勘弁して下さい、縁起でもありませんし。

 

うーん、とりあえず新型の深海棲艦かもという事で、司令官に報告しておきますか。

 

―――――――――――――――――――――

 

……基本的に、深海棲艦は人型に近い姿をした者ほど強大な力を備えている。実力的には下位に位置する駆逐イ級や軽巡ホ級、軽母ヌ級といった深海棲艦が怪物然とした姿なのに対し、実力上位の空母ヲ級や戦艦ル級、更に『鬼』や『姫』と呼ばれる特別な深海棲艦達が軒並み人型をしている事からも、それはまぎれもない事実である。

故に、もし青葉の言う事が全て事実であれば『強大な力を備え電探で捕捉できない新型の深海棲艦が、雨霧海に潜んでいる』という事になる。鎮守府の(本村)提督は、それを警戒しているのだ。

 

……ただしこの話には、いくつもの疑問点がある。

 

「でも、攻撃してこない相手なら無理に探す必要は無いんじゃ……?」

「そもそも電探に反応が無かったのなら、ただの勘違いだったんじゃないの?」

「そうなのよね……でも万が一という事もあるし、ちゃんと哨戒しておかないと」

 

また、青葉の艦隊には同じ重巡の衣笠や古鷹、軽空母の祥鳳や駆逐艦の漣といった面々も一緒にいたのだが、彼女達はその深海棲艦を見ていない。気付いたら青葉とはぐれていて、後に母港付近で合流した時に初めてその話を聞かされたのだ。

 

確かに青葉は鎮守府きっての情報通で有名であり、戦闘でも彼女の偵察機がもたらした的確な情報のおかげで、有利に戦いを進められた事も一度や二度ではない。

それでも、この話を完全に鵜呑みにする事はできず、鎮守府の艦娘同士が顔を合わせては話題にのぼる……といった状況になっていた。

 

「それに、赤城さんでもう三回目なんですよね?」

 

そして電が言った通り、この特別哨戒任務を与えられたのは赤城が初めてではない。

 

「そうね。三週間前に霧が発生した時は利根(とね)が偵察機を飛ばしてみたけど、視界が全く利かなくて見つからず。一週間前に霧が発生した時はイムヤ(伊168)が水中からソナーで探索したけど、やっぱり見つからず。そして私は、霧が出ていない時に艦載機で広域哨戒をして……でも、今回も何も見つからなかった。流石にここまでやって見つからないとなると、提督にはそろそろ気にしないように言わないといけないわね」

 

索敵能力に優れた重巡艦娘『利根』と、海のスナイパーの異名を持つ潜水艦娘『伊168』。赤城と同じく高い錬度を持つ彼女達もまた、赤城に先立って『雨霧海』の哨戒を行っていた。

もちろん彼女達だけではない。遠征時にここを通り抜けて行く艦娘や、出撃で通過する艦娘も(ついでではあるが)哨戒を行っていた。

それでも、青葉の言う新型深海棲艦は影も形も見当たらなかったのだ。

 

「それだけ探して見つからないんじゃ、やっぱり青葉さんの見間違いだったのかもしれないよね」

「……あの、そろそろ鎮守府に戻りませんか? 雨雲が近付いてきました」

「あら、そうだったわね。艦載機も収容し終えたし、霧が出てくる前に急いで帰投しましょうか」

 

こうして立ち話をしている間にも、黒雲は確実に近付いてくる。まだ遠くではあるものの、三人の目には黒雲の下に降る雨がはっきりと見てとれた。

 

艦載機を全て収容し、帰投準備を終えた赤城が機関出力を上げていく。それに合わせて電と島風も機関出力を上げ、赤城を先頭に三人は海を駆ける。

 

最初はゆっくり、しかし次第にその速度を増していく。

数多(あまた)いる艦娘の中で『高速』に分類される、快速艦の三人。洋上を滑るように移動するその速度は、高速の名に恥じぬ相当なものであった。

 

この分なら、雨が降り出す前に鎮守府に帰投できるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ただし、それは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()

 

「……!? 二人とも、止まって……!!」

 

五分程走った所で、声を抑えどこか慌てた様子で赤城が二人を制止する。どうやら、スロットを一つ潰してまで装備してきた電探に何かしらの反応があったようだ。

 

「オゥッ!? 何よ赤城さん、そんなに慌…て……て………!?」

「……あ、あれは……」

 

急に止められ、抗議の声を上げようとした島風だったのだが……。

遠く、赤城の背中越しに微かに見えた『ソレ』に電共々言葉を失う。

 

にわかに強くなる南風に煽られ、白波が立ち始めた海の上に。

本来この海域(雨霧海)に現れるハズの無い『ソレ』は、静かに佇む。

 

背後からでも、むしろ背後だからこそ目立つ、黒く太い尻尾のようなもの。よく見ると黒い部分は滑走路のようになっており、尻尾の先には駆逐イ級やロ級を彷彿(ほうふつ)とさせる、怪物然とした大きな頭部のようなものが付いている。

背中に大きめのリュックサックのようなものを背負うが、どうやらその中には艦載機がたくさん入っているらしく、隙間から漏れる淡い光がその存在を暗に主張してくる。黒く長いコートのような着衣も相まって、相手に与える威圧感は相当なものがある。

『ソレ』の表情を三人の位置から窺う事はできないが……おそらく、浮かべているのは()()()()()な笑みであろう。

 

「……そんな、まさか。さっきまで影も形も無かったのに……!?」

 

索敵失敗。

その事実は、『艦娘』赤城にとって非常に重いものである。敵が強大な『ソレ』ならば、なおさらだ。

 

赤城の広域哨戒を掻い潜り、鎮守府の目と鼻の先にある海に突然現れ、あまつさえ鎮守府()の方角を向いて立つ『ソレ』。

その正体は。

 

「戦艦、レ級……」

 

とある鎮守府より遥か南方、未だ深海棲艦が制海権を保持する『サーモン海域』。その北方でのみ存在が確認されている、深海棲艦最強にして最凶の個体。

動く気配は今のところ無く、ただじっとその場に立ち尽くしている。しかしそれも、深海棲艦の特性……すなわち、人類や艦娘への苛烈な敵意を考えれば、おそらく時間の問題であろう。

 

「あれが戦艦レ級なの? なんで、そんな大物がこんな所に……」

「うう、大変な事になったのです……。青葉さんの言ってた新型深海棲艦って、もしかしてレ級の事だったのですか?」

「電探にも反応はあるし、青葉の言った特徴とは一致しないけど……どちらにせよ、このままレ級を放ってはおけないわ。どうにかしないと」

 

鎮守府の第一艦隊として、強大な深海棲艦が(ひし)めく海域に何度も出撃してきた赤城。しかし『鬼』や『姫』といった強敵を仲間と共に打ち倒してきた彼女でさえも、レ級に関してはまともに戦った事はおろか直接遭った事すらこれが初めて。

 

まして島風と電にとっては、レ級はこれから戦う機会があるかすらも分からないような、遠い遠い存在。

 

「どうにかって、赤城さんはともかく私達がどうにかできる相手なの?」

「私には、ちょっと荷が重すぎるのです……」

 

艦娘として非常に不本意な事ではあるが、重巡リ級normalにさえ苦戦する自分達では戦いにすらならないと、戦闘前から分かってしまう。

 

ただ幸いな事に、レ級は背後にいる艦娘三人に気付いていない。波立つ海の音が、比較的静かな三人の機関音を掻き消してくれていた。

またレ級がnormal艦で、周囲に他の深海棲艦の姿が一切見当たらない事も三人にとっては不幸中の幸いであった。

 

「………」

 

このまま戦うか、見付からないように一度鎮守府に戻るか。

 

前者の(戦う)選択をとったとして、今の状態であればほぼ確実に先制攻撃を仕掛ける事ができる。それで(上位レベルに比べれば比較的脆いであろう)レ級を大破、最低でも中破に持ち込む事ができれば、相手が単艦である以上危険度は大幅に下がる。

後者の(戻る)選択をとったとして、電探を装備していない(との情報があった)レ級ならば、多少迂回する程度でも見つかる事なく帰投できるであろう。

 

 

しかし、赤城は迷っていた。どちらの選択も、非常にリスクが高いからだ。

 

前者の選択をとった場合、レ級が『戦艦』という艦種通りの高い耐久力を持ち、同時に非常に分厚い装甲を持つ事は想像に難くない。相手がnormal艦とはいえ、レ級との戦闘経験が無い三人には攻撃がどこまで通用するのか未知数なのだ。

 

そして、万が一でも初手を失敗してしまえば。

140機にも及ぶ艦爆が空を舞い。

他のflagship戦艦級に並ぶ威力の高精度砲撃に晒され。

重雷装巡洋艦顔負けの威力を持つ雷撃が。

三人に襲いかかる事となろう。

 

あらゆる攻撃手段を持ち、そのどれもが異常な破壊力を持つレ級は『鬼』や『姫』といった特別な深海棲艦達と同等以上に恐ろしい……と事前に聞いていた事も、赤城を迷わせる理由となっている。

 

 

そして後者の選択をとった場合、レ級が向いている方角、すなわち東にあるものが問題となる。

位置関係上、鎮守府よりも先にレ級の攻撃を受けるであろう場所。

 

港町の存在が。

 

当然、港町を見捨てる訳には絶対にいかない。そこを守る事が、鎮守府の第一目的なのだから。

 

鎮守府まで無事辿り着き、出撃準備を整えて艦娘総出で迎え撃てば、レ級といえどひとたまりもないのは間違いない。

だがしかし、それまでレ級がここで棒立ちでいてくれる保証など、どこにも無いのだ。

 

「………」

「……? 赤城さん、どうしたのですか?」

「いえ、何でもない……!? この音は、もしかして!?」

「「……!!」」

 

そして進行する状況は、後者の(戻る)選択肢をあっさりと潰してしまう。

 

レ級が、三人の目の前で機関出力を上げていく。未だ鎮守府の方向を向き、今にも動き出しそうな姿勢で恐怖心を煽る低い音を海上に響かせる。

迷っている時間はもう無い。このままでは港町は、鎮守府は最凶の敵(戦艦レ級)に奇襲攻撃を許してしまう事になる。

 

「……私が囮になるわ」

「「……!!」」

「その隙に二人は鎮守府に戻って、提督にこの事を伝えてちょうだい」

 

赤城は、意を決する。

三人で戦うよりも確実に強敵(レ級)を撃退する事ができるであろう、最善にして()()の選択をとる事を。

 

「で、でもそんな事をしたら赤城さんが……」

「私は大丈夫よ。もうすぐ霧も出てくる……そうなれば、レ級は身動きがとれなくなるはず。それまで持ちこたえてみせるわ」

「………」

 

己の心に燻る、轟沈への恐怖。一人残ってレ級と対峙するという行動が意味する事を、赤城は嫌というほど理解していた。

それでも赤城は、二人を不安にさせないためにそれを無理矢理に抑え込む。弓に矢をつがえつつ赤城が浮かべるのは、努めて精一杯の笑顔である。

 

「さあ、行きなさい」

 

心の葛藤をおくびにも出さず、艦載機に変化する矢に強い意思を載せて赤城は弓を引く。ただ真っ直ぐにレ級を見つめる彼女の顔から、スッと笑顔が消える。

 

そんな赤城を見て、島風と電も頷く。

 

「……なるべく、早く戻ります。行くよ、電」

「……はい、なのです!!」

 

駆逐艦の二人が、機関をフル稼働させる。それと同時に、赤城が全速力で艦載機をレ級に向けて飛ばす。

 

20機の流星改、20機の彗星一二型甲、それらを守る32機の烈風改……。

最高レベルの性能を誇る赤城の艦載機がレ級に肉薄し、強烈な雷撃と爆撃を次々と放っていく。

 

直撃の間際になってようやく気付いたレ級だったが、避ける間もなく無数の雷爆撃が正確に、間断無く何度も叩きつけられていく。橙色の爆発がレ級を幾度も塗り潰し、同時に幾筋もの水柱が高く立ち上がり、辺りには黒い煙が濃く立ち込める。

 

そして少し離れた脇を、最高速の島風と電が駆けていく。煙に包まれたレ級から迎撃は一切無く、二人の姿はあっと言う間に小さく、そして見えなくなっていった。

 

 

 

後に残った赤城は、次段の攻撃に備えて艦載機を戻し補給(手入れ)を行う。弓を片手にいつでも艦載機を飛ばせるよう、徐々に薄くなる煙を油断無くじっと見つめながら、

 

『これで倒せたとは思わない、でも少しでも大きなダメージが入っていて』

 

心の中で、強くそう願う。

 

 

その思いは天に通じたのか。

赤城の先制攻撃は、()()()大きな効果を上げていた。

 

「……♪」

「……中破、ね。でも、ほぼノーガードで直撃を受けて中破止まりだなんて……!?」

 

煙が晴れ、その向こうから全身傷だらけのレ級が現れる。黒いコートのような服は半ばで焼き切れ、白い肌には無数の切り傷が走る。レ級の分厚い装甲をもってしても、赤城の直撃弾を浴びて無傷という訳にはいかなかったようだ。

特に、レ級の尻尾の先から半分。砲撃の要になるその部分は大きくひしゃげ、幾つか付いていた砲や滑走路の一部も使い物にならなくなっていた。これで、レ級の砲撃火力を大きく減衰させる事ができた。

 

 

しかし。

 

 

尻尾の根元から半分とリュックサックは、ほぼ無傷であった。どうやら、尻尾の先半分でうまく防がれてしまったらしい。

 

「キヒヒッ♪ カンムス、ミィ~ツケタァ~♪」

 

深海棲艦特有の、命を喰らおうと迫ってくるような冷たい視線が、赤城の視線と交錯する。

 

歓喜で痛みを忘れているのか、あるいは元から痛みを感じていないのか。中破しているにも関わらず、まるで屈託の無い(凶悪な)笑顔をレ級が浮かべる。

 

が、その尻尾の健在部分に、いつの間にか(おびただ)しい数の艦載機の姿があった。

 

「イッケ~、ワタシノカンサイキ~♪」

 

中破状態がどうしたと言わんばかりに、レ級の滑走路から次々と艦載機が飛び出していく。尻尾が半分損傷している分だけ、全機発艦までには時間がかかりそうだが……。

 

止まらない、とにかく止まらない。

次から次へと、まるで雲が湧き立つように。

レ級の艦載機が飛び立っていく。

 

「……第二次攻撃隊、全機発艦!!」

 

艦載機の補給(手入れ)を素早く済ませた赤城が、それに応じるように艦載機を再度飛び立たせる。

流石は一航戦の旗艦、しかも高錬度だけあり、全72機の艦載機の発艦はすぐに完了する。

 

「さあ、まずは迎撃よ。日頃の訓練の成果、存分に見せてあげなさい!!」

「ドンドンイクヨ~♪」

 

鎮守府近海で、制空権を懸けた一人と一体の戦いが始まった。

 

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遂に黒雲が『雨霧海』を覆う。激しく降り注ぐ雨粒が海面で弾け、普段穏やかな海が持つもう一つの顔―――船舶事故を多発させる悪魔(濃霧)の海がその表情を覗かせる。

 

そして相当の雨量だからだろうか、今日の霧は特に深い。伸ばした手の先どころか、肘さえ見えるか怪しいほどに深く濃い霧がかかる。もはや安全な航行など一切保証できないレベルとなっていた。

 

 

そんな史上最悪に濃い霧の中に、一人の艦娘と一体の深海棲艦は居た。

 

 

(……くっ……油断、したわ……慢心はだめって、二人に言ったばかりなのに……)

 

雨に濡れた髪を服に貼り付かせ、水面に両膝をついて俯く赤城。悔しげに呟くその表情には、強く後悔の念が滲む。

飛行甲板は無事だが、矢筒には普通の矢に混じって最早(もはや)役に立たない折れた矢が何本も差さっている。その本数自体も、半分以下にまで減っていた。

その矢を射る巨大な弓は左手に持っているのだが……弦が切れて、もはや使い物にならない。

装備の状態も悪いが、足元(機関)の状態は更に酷い。白いソックスが膝辺りまで全て破れ、足全体が黒く焦げてしまっていた。そこ()に何かしらの直撃弾をくらってしまった事は、仮にこの場に他の誰かがいたとしても一目瞭然だったであろう。

飛行甲板を除けば、完全な大破状態。中破でさえ空母にとっては致命的なダメージと言えるのに、今の赤城はそれよりも更に酷い状態となっている。

 

ただし幸いな事に、装備していた電探は無事であった。そのため、濃霧の中でも鎮守府の大体の方角は把握できているのだが……。

 

(……っ、機関が動かない……)

 

肝心の赤城の(機関)が、動かない。

足元に甚大な被害を被り、その衝撃で赤城の機関が停止してしまったのだ。なんとか再起動しようとするものの、動き出す気配は微塵も無い。

 

「モウオワリナノ? ナーンダ、ツマンナイ……」

 

どこまでも白い空間の何処(いずこ)かから、小馬鹿にしたようなレ級の溜め息が聞こえてくる。

 

「カンムスッテ、コシヌケナンダネ。ガッカリ」

 

電探の反応から、赤城はレ級がまるで見当違いな方向へ行ったり来たりしているのが分かった。

レ級の言動と行動から察するに、どうやら赤城が既に逃げた(実際は割と近くにいる)と思い込んでいるらしい。『レ級が電探を装備していない』という情報は、これで正しい事がほぼ証明された。

 

「ネエ、ホントウニモウオワリナノ?」

 

それでも、レ級の心底残念そうに独りごちる声が、赤城にまだ危機が去っていない事を伝えてくる。赤城が見つかるのも、時間の問題かもしれない。

 

 

 

―――勝敗を分けたのは、ほんの一瞬の隙だった。

 

赤城が飛ばした、32機の烈風改、20機の流星改、同じく20機の彗星一二型甲。未だ全機が揃わぬレ級の艦載機を、烈風改は片っ端から叩き墜としていった。

 

その結果としての、航空優勢。

烈風改の迎撃と赤城自身の対空砲火もあり、最終的にレ級の艦載機は100機近くが墜ちた。残る艦載機の攻撃も散発的で、無傷の赤城は難なく避ける事に成功した。

 

ただ、赤城の艦載機の方は無傷では済まなかった。最終的に140機にもなったレ級の艦載機との数的差は如何(いかん)ともし難く、またレ級の激しい対空砲火を浴びて烈風改18機、流星改11機、彗星一二型甲10機が撃墜された。残る艦載機が放った攻撃も、当たった幾つかの攻撃は全てレ級の尻尾の先。そこを何度も盾にされてしまい決定打を与えられなかった。

 

両者の空中戦は、赤城優勢のまま20分ほど続いた。ここで、折しも近付いていた雨雲が遂に鎮守府近海へと進出し、激しい雨が降り出した。

それとほぼ同時に、濃霧が辺りを包み込んでいった。『雨霧海』の名は伊達ではなく、目の前も見えないほどの濃い霧が深く垂れ込めた。

 

長く鎮守府で戦い続けてきた赤城は濃霧の発生が予想できたので、雨が降り出すと同時に生き残った艦載機を迎えた。

だが、当然レ級はそんな経験則を持たない。案の定霧にまかれ、レ級の艦載機は殆どが未帰還・着水してしまった。

 

電探でそれを確認した赤城は、当初の予定通り霧に紛れて撤退しようとした。

 

 

……その時、赤城の緊張の糸がほんの一瞬だけ切れてしまったのだろう。

 

撤退しようとした赤城のそばを、白い何かが掠めて行ったのだった。

その何かは海上に白い泡を残しながら、海中を凄まじいスピードで進んでいった。

 

レ級が放った魚雷だった。

その魚雷が、赤城の右遥か後方で爆発した。

 

赤城は一瞬、そちらに気を取られてしまう。

だが、その隙が致命傷となった。

 

二発目の魚雷が、赤城の近くで爆発。飛び出た破片が弓に直撃し、弦が切れてしまったのだ。

唖然とする赤城に、間髪入れず三発目の魚雷が迫り……。

 

赤城の足に直撃し、大きく吹き飛ばされてしまった。

 

そして、冒頭の状態となる。

 

 

レ級は決して、赤城を正確に狙って魚雷を放った訳ではない。霧にまかれ、ただ当て勘で適当な方向に放っただけだ。

しかし、そんな雑な攻撃が結果的に形勢を逆転させる切欠となってしまった。

 

(……くっ、このまま待つしかないの……!?)

 

レ級に居場所を察知されないよう可能な限り声を、気配を抑えながら、赤城は動かない機関に火を入れ続ける。

 

だが。

 

(……!! レ級が、こっちに近付いてくる!?)

 

偶然なのか、必然なのか。恐らく前者だと思われるが、とにかくレ級がまっすぐ動き出したと思ったら、あろうことか赤城のいる場所へ一直線に向かってきていた。

ただし、スピードは遅い。恐らくこれは、レ級の警戒巡航速度なのだろう。一定速度のまま変わらないのがその証左だ。……しかしそれでも、あと三分もすれば赤城のいる位置に到着してしまう。

 

赤城は焦る。

 

僅かでも、ほんの10メートルでも横に移動する事さえできれば、霧に紛れてレ級をやり過ごす事ができるのだが……ただ浮かんでいるだけの状態となっている今の赤城に、それを遂行するだけの力は残っていない。

 

 

 

……運命の天秤が、少しずつ絶望へと傾いていく。

 

 

 

 

 

 

 

「……カンムス?」

 

レ級が困惑した声をあげて立ち止まるまで、赤城はそう思っていた。

 

最初、赤城は『遂に見つかったか』と思っていた。だが、それにしてはレ級の様子がおかしい。

 

レ級は最初の半分ほどの距離、赤城からおよそ150メートル離れた所で立ち止まっている。いくらなんでも、この霧の中目視で互いの姿を確認できるような距離ではない。

行動もおかしい。邂逅時のレ級の様子を考えれば、赤城を見つければ嬉々として攻撃をしてくるはず。だが、それらしき音は一切聞こえてこない。

 

一体、何があったのか。

 

続くレ級の言葉に、その答えはあった。

 

「……ダレナノ? ダマッテナイデ、ナニカイッテヨ、ネエ」

 

言い進めるにつれ、徐々に苛立ちがこもっていくレ級の声。赤城からは何も見えず、()()()()()()()()()が、レ級には黙りこくる()()が見えているらしい。

 

(一体何が起こって……!? もしかして、青葉の言っていた!?)

 

青葉が語った『新型深海棲艦』の特徴が、赤城の脳裏によみがえる。

 

―――霧の中に現れる

―――電探に反応は無い

 

直接その目で、姿を確認した訳ではない。しかし、まさに青葉が語った通りの状況が目の前にあって、現にレ級はその『何か』を目の当たりにして立ち止まっている。

 

 

……と、その時であった。

 

(……!! ついた……いける!!)

 

赤城の機関が、ゆっくりと動き出した。損傷が酷く万全ではないものの、低速で動く分には問題は無さそうだ。

 

「……ソノクチハ、カザリナノ?」

 

ふらつく足に鞭を打ち、ゆっくりと、しかし確実に赤城が立ち上がる。電探が指し示した、レ級の反応がある場所。そのを中心に、反時計回りに赤城は移動を開始する。

耳を澄ませ、徐々に半径を縮めながら、赤城はレ級に少しずつ近付いていく。生きて鎮守府に戻り、情報を持ち帰るために。

 

「テキ、ミカタ、ドッチナノ?」

(………)

 

今までの艦生において、これほど緊張した事は一度も無い。そう断言できるほどに、赤城は緊張していた。

今にも癇癪(かんしゃく)を起こしそうな勢いで吐き出されるレ級の声を聞きながら、射線上に立たないようにレ級の背後(と思われる方向)に回り込む。

 

 

距離130メートル。

 

「イツマデ、ソコニタッテルツモリ?」

 

 

距離120メートル。

 

「……ソウ、ワタシトハナシタクナイノネ」

 

 

距離110メートル。

 

「ダッタラ……」

 

 

距離100メートル。

 

「シズンデ」

 

ジャキン、と重苦しい金属音が響き渡る。どうやらレ級が艤装を構えたようだ。

 

主砲は潰れているから、副砲だろうか。それとも魚雷だろうか。

 

極限の緊張感の中で、赤城は自分でも驚くほど冷静だった。

 

 

距離90メートル。

 

ドン。

バシャン。

 

乾いた発砲音と、その砲弾が()()()()()()()()が霧の中に虚しく響き渡る。どうやらレ級が、副砲を撃ったらしい。

 

「アタラナイ!?」

 

砲撃音と同じ方向から、レ級の慌てたような声が聞こえてくる。

レ級の真後ろに正しく回り込めている事を確認した赤城は、レ級との距離を更につめていく。

 

 

距離80メートル。

 

「……ナッ!? チ、チカヅクナ!! クラエ、シズメ、キエロ!!」

 

ドン、バシャン、ドン、バシャン、ドン、バシャン。

 

 

距離70メートル。

 

副砲を連射する音が、そしてその全てが外れた事を示す音が聞こえる。どうやら、正体不明の何かが動き出したらしい。

 

「シズメ、シズメ、シズメ!!」

 

ドン、バシャン、ドン、バシャン、ドン、バシャン。

 

 

距離60メートル。

 

あのレ級が、半ば錯乱しながら副砲を連射している。

その事実に、怖じ気づいていないと言えば嘘になろう。しかし、赤城はその歩みを止める事をしない。

 

 

距離50メートル。

 

ドン、バシャン、ドン、バシャン、ドン、バシャン。

 

ヒュウ、と風の流れる音が赤城の耳に届く。

 

 

距離40メートル。

 

砲音が止んだ。

 

(……レ級の反応が、消えた……?)

 

同時に、赤城の電探からレ級の反応が消失する。

 

音は無かった……ように思う。聞こえたのは砲音と、ただ風のそよぐ音だけ。

声は、何も聞こえなかった。怒声も、悲鳴も、息遣いさえも。

電探の反応が、赤城のもの以外全て消失した。電探を信じるならば、ここには赤城以外に誰もいない。

 

一体、何が起こったのか。途端に震えだす足を、赤城は何とか前に持っていく。

 

 

レ級の反応があった場所まで、残り30メートル。

 

 

20メートル。

 

 

10メ……

 

「……え?」

 

間の抜けた赤城の声が、思わずといった様子で漏れる。

 

その地点に辿り着く前に。

 

()()』が、赤城の2メートル前方に姿を現した。何故だか、『存在』と赤城を結ぶ線分上だけ霧が薄く晴れていた。

 

「………」

 

赤城が、目をこらして『存在』の姿を確認する。

 

背は赤城より頭一つ分くらい低く、腰まで伸びた雪のような白色の長髪と、首に巻かれたマフラーの隙間から覗く白に近い肌色が目を引く。緑で縁取りされた灰色のジャンパーを羽織り、赤色で縁取りされた膝丈程の灰色のスカートを着用し、更にその下に真っ白なタイツを纏う。その出で立ちは、どちらかと言えば深海棲艦に近い。

しかし、赤城を見つめるスカイブルーの瞳には確かな生気が宿る。赤城の印象としては、鎮守府の最高戦力の一人である長門を幼くしたような顔立ちであった。

両手に白色の手袋を着用し、右手に変わった形の槍(刃の直下に、円筒状に膨らんだ部分がある)を携え、左肩には25㎜連装機銃、腰からぶら下げられた白い袋と背中から伸びるアンテナらしきものが赤城の目に留まる。それら以外に、およそ艤装と呼べるようなものは見当たらない。

 

近い姿の艦は幾つか思い浮かぶものの、そのどれとも特徴が一致しない。赤城でさえ見覚えの無い艦であった。

 

「………」

 

『存在』は無言のまま、その空色の瞳で赤城を見つめる。

 

(幼い顔つきだけど、なかなか凛々しい表情ね。でも……)

 

蒼瞳の奥で静かに、しかし確かに燃え盛る意思の炎。

それと同時に、赤城は『存在』の目に寂寥の風を見る。それは幾つもの死線を潜り抜け、その分だけ幾つもの『死』を見てきた者しか持ち得ない、歴戦艦の証。

幼い外見には似つかわしくない程の強さと、外見通りの弱々しさを内に併せ持つ未知の存在。

 

赤城が、電探の表示器に目線を落とす。

 

(やっぱり、反応は無いわね……?)

 

電探の反応が無い事を確かめていると、視界の端で『存在』がこちらの手元をじっと見つめているのに気付いた。

 

赤城が、目を上げる。すると『存在』も目を上げ、赤城と視線を交錯させる。

 

もう一度、表示器に視線を落とす。『存在』も表示器へ視線を向ける。

 

「……ふふっ」

 

まるで鏡写しのような『存在』の行動に、赤城の顔から思わずといった様子で笑みが漏れる。鎮守府で自分に憧れている駆逐艦娘、吹雪と『存在』の行動がよく似ていたからだ。

 

「……なんで、笑ってるの?」

 

それを見た『存在』が、初めて口を開く。子供っぽい外見通りに、その声は幼さの残るよく響く高い声であった。

 

「いえ、貴女(あなた)を見ていて仲の良い娘(吹雪)の事を思い出したものですから……?」

 

自然に返してしまう赤城だが、ふと違和感に覚える。

 

……何故、自分はこんなにも気安く言葉を返している?

……それ以前に、何故自分は『存在』を目の前にして視線を外すなどという、愚かな行動をとった?

……目の前の『存在』は、深海棲艦なのかもしれないのに

 

そして、赤城は気付く。

 

―――いつの間にか自分は、目の前の『存在』に対して警戒心を抱かなくなっている―――という事に。

 

 

艦娘には、同じ艦娘に対するシンパシーのようなものが存在する。そして今、赤城が感じているのは……。

 

「……ねえ、貴女って()()なのかしら?」

 

新しい艦娘を鎮守府に迎えた時のような、明るく前向きな気持ち。この場には全くそぐわない、文字通りの場違いな気持ちだ。

だからこそ、赤城は『存在』に問う。『何者か』ではなく、『艦娘か』と。

 

「………」

 

だが、『存在』から返事は返ってこない。

赤城は確かに『艦娘』としての気配を目の前の『存在』から感じているのだが、当の『存在』はどこか寂しげな目で赤城を見つめるばかりだ。

 

このままでは埒があかない、そう判断した赤城は自ら問い掛けてみる。

 

「自分が艦娘か、分からないって事?」

「……お姉さん、艦娘って、何?」

「私や、私の仲間の事よ。深海棲艦と戦って、国を護るの」

「……私が、艦娘?」

「そう、艦娘。だって、貴女から私達と同じ雰囲気を感じるもの」

 

『存在』の寂瞳に浮かんだ、僅かな喜色。

赤城は放っておけなかった。

 

「……艦娘……」

「貴女の名前は?」

「………」

「もしかして、忘れた?」

「……覚えてないの」

「そう……どうやって、ここに来たの?」

「……気付いたらここにいて、ここから離れられないの」

「離れられない?」

「うん……出ようとすると、なにか壁みたいなのに遮られるの」

「………」

「……で、今までは誰の目にも映らなかったの。私からはみんなが見えるのに……」

「………」

「魚を捕りに来た人も、ここを通っていく……艦娘?さんも、誰も私に気付かない……」

「………」

「私から、みんなに触れようとしたの。でも、なぜかすり抜けて触れなかった……」

「………」

 

話を進める度、『存在』の瞳に漂う不安と寂寥の色は濃くなっていく。それに比例するように、言葉尻に力が無くなっていく。

 

見えない檻の中に、ただ一人。

誰も自分に気付かず、触れもしない。

きっと、寂しかったのだろう。

 

「……お姉さん?」

「……え? ううん、何でもないわ。……ねえ」

「……?」

 

……だから、赤城は優しく語りかける。

 

「……私が話し相手になってあげる。ずっと一人で、寂しかったんでしょう?」

「……!!」

「私も、ちょっと鎮守府のみんなに言いにくい話が結構あるから……ちょうど良い話相手を探してた所なのよ。聞いてくれる?」

「……うん!」

 

 

 

―――それから、二人はたくさんの事を話した。

赤城は、自分が鎮守府に着任した時の事から今までの出来事を。

 

『存在』は今までの自分の身の上と、断片的に覚えている前世の記憶を。

 

北の大地で生まれた事。

海軍に所属した事。激化する戦争の中で、危機を何度も回避してきた事。

光る塔に物資を運んだ事。

分厚い氷を割った事。

船としての役割を終えてもなお、『船』として浮き続けた事。

 

そして最近、霧が出ている時だけ姿が周りから見えるようになった事。

霧が晴れると、また元のように見えなくなってしまう事。

 

 

 

「……で、山城さんの怪談話が本当に怖くてね。うちの駆逐艦娘達が、夜に一人でお手洗いに行けなくなっちゃって」

「へえ、一度聞いてみたいな~」

「怖くて眠れなくなるかも……あら? 雨があがってるわね」

「あ……霧が晴れちゃう……」

「………」

 

話に熱中している内に、いつの間にか雨があがっていた。

 

 

『雨霧海』を覆っていた霧が、徐々に晴れていく。

それに伴い、『存在』の姿が少しずつ薄くなっていく。

 

「……また……ひとりぼっちなの……?」

「……あら、もう一人じゃないでしょ? また霧が出たら、会いに来るわ。それまでの我慢よ」

「……約束して」

「はいはい」

 

指切りげんまん。

しようとして、『存在』の指がすり抜けてしまう。

 

しかし、確かに赤城は見た。

最後の最後で、笑顔を見せた『存在』を―――。

 

 

 

 

 

―――霧が晴れる。時刻は、いつの間にかヒトハチマルマルとなっていた。

水平線に沈みかける夕日に照らされながら、赤城はゆっくりと辺りを見回す。

 

 

深海棲艦の姿は無い。

 

電探の反応を見る。やはり誰もいない。

 

()()もいない……か。でも、きっとこの近くにいるのよね」

 

ふと零れた独り言は、誰にも聞かれる事無く潮風に溶け出していく。

 

 

―――うん、いつでもここにいるよ―――

 

 

それでも、何故か赤城には『存在』の声が聞こえた気がした。

 

 

(きっと、みんな心配してるわね。とりあえず帰投しないと……)

 

波も霧も無い、穏やかな海に戻った『雨霧海』。深海棲艦がいない今なら、本調子でない赤城にも十分に航行可能だ。

暗くなる前に鎮守府に帰ろう、そう考えた赤城が鎮守府のある東の方角を向く。

 

(……? 何かしら……)

 

すると、その視線の遥か先、空に舞う黒い影が赤城の目についた。

じっと目を細め、夕日に照らされるその影を凝視する。

 

……どうやら、誰かの艦載機のようだ。全体的に緑色に塗られている事から、恐らく艦娘のものだろう。

 

「……あ」

 

赤城が艦載機の存在を認めるのと同時に、艦載機も東の鎮守府がある方向へターンしていく。

 

(何だったのかしら……?)

 

首を傾げる赤城だったが、暫くして同じ方向から、海上を猛スピードで駆けてくる五つの影が彼女の目に映る。

 

数秒間、目を凝らして警戒していたが、その影が島風と電、後ろに遅れてついてくる()()()()()()()()だと分かると肩の力を抜く。

 

(なるほど、加賀さんの艦載機だったのね)

 

随分と豪華なメンバーね、と赤城は溜め息一つ吐く。

鎮守府でもトップクラスの錬度を持つ二人(加賀と長門)に加え、修理の為に明石まで提督は送ってくれたのだ。その事に感謝しつつ、赤城はゆっくりと皆の方向へ進んでいく。

 

「赤城さ~ん!!」

「良かった、無事……でもないですね……」

 

一足早く赤城の下に辿り着いた島風と電が、心配そうに赤城の状態を確認する。しかし、口々に発した言葉や表情からは安堵の様子も伺えた。

 

「大丈夫か、赤城!?」

「だいぶ手酷くやられましたね……ここで修理するのは厳しそう」

 

遅れて、長門と明石が到着する。加賀は、どうやら飛ばした艦載機の収容に手間取っているらしい。

珍しい事もあるのね、と加賀を見つつ、黙っているのも良くないので赤城は返事を返す事にした。

 

「助かりました、深海棲艦に遭ったらどうしようかと思っていた所です」

「……何だか、大破している割にはのんびりしてますね、赤城さん」

「そうですか? 私はいつも通りですよ」

 

意外と平気そうな様子の赤城に対し、明石が呆れたように言葉を返す。必死にここまで来たのに……という、明石の無言の批判が赤城には聞こえたような気がした。

 

「……ごめんなさい、ちょっと収容に手間取りました」

 

そして、ようやく艦載機の収容を終えた加賀が合流する。彼女はいつも通りの無表情ではあったが、その額には僅かに汗を滲ませていた。

 

「赤城さん、無事みたいね」

「ええ加賀さん、何とか沈まずに済みました。……これも、あの娘のお陰かもしれません」

「……あの娘?」

「え、誰かと会ったの? あんな霧の中で……って、まさか……」

「そう、そのまさか」

 

島風が赤城の言葉から、何かを探すかのように辺りを見回す。もちろん、その目に仲間の艦娘以外の姿は映らない。

 

その様子を微笑ましく見つめながら、赤城は告げる。

 

「会いました。青葉の言っていた娘に、ね」

 

『存在』は、確かにここにいるのだと―――。

 

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~ 報告書 ~ 赤城

報告日時:◯◯月△△日

任務内容:雨霧海における新型深海棲艦の捕捉及び撃滅

 

報告内容:

青葉の報告にあった、新型深海棲艦と(おぼ)しき存在(以下、『甲』と表記)との接触に成功。

 

甲に敵意は無く、交戦は不要と判断。また、甲から艦娘の気配を感じた事を追記しておく。

 

電探に反応は無く、甲を認識するには視覚、聴覚のみが有効であるとの検証結果を得る。なお、何故電探に反応が現れないのかは不明。更なる検証が必要となるが、霧の中でのみ行動が可能で、霧が晴れると誰の目にも映らなくなる甲の特性と、何かしらの関係があると思われる。

 

甲の実力は未知数だが、中破したレ級の連撃を全て回避し、速やかにレ級を撃沈するだけの戦闘能力を有すると推測される。

ただし甲は温和な性格で、戦闘に対して消極的であった。恐らく、甲自身に害を及ぼす者のみを排除する性質を持つと思われる。

 

また甲は、『雨霧海』近辺から一切移動ができないらしい事も付記しておく。

 

以上、新型深海棲艦と思しき存在についての報告を終わる。

 

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……赤城が唯一、勘違いしていた事がある。

 

「……ナンダッタノ、アレ」

 

鎮守府より遥か南の海上、全身傷だらけのレ級が茫然と立ち尽くす。その姿にはまるで威圧感など無く、一抹の虚しさすら覚えるほど。

 

 

実は、レ級は撃沈されていない。

 

……『存在』への砲撃が、何故だか()()()()()()()()()()()かのように、(ことごと)く外れ。

……『存在』の前に立っていたはずが、レ級はいつの間にか遠く離れた海に放り出されていたのだ。

まるで、目に見えない誰か(幸運の神様)が『存在』を護っているかのように。

 

 

 

―――激しさを増す戦いの中にあって、決して沈まなかった奇跡の船。幾百もの船を救い、幾千もの命を救った守り神。

 

その船は、今もまだ『船』として浮き続けている。




読んで頂き、ありがとうございます。

これを書いているちょうど今、15年夏イベント真っ最中。うええ、烈風すら満足に揃っていない新米提督には辛い……。

少しでも、先の海域に進みたいものですね……。


……そして、この小説を書いていたのと艦これに夢中になっていたせいで、他二つの小説の更新が完全に止まっているという……。
な、夏イベント終わったら頑張りますとも。

では、また。

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