偽典 オーバーロード   作:浜屋らわん

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偽典オーバーロード縁起
※原作キャラが登場するのは次回からになります。


プロローグ

 ナザリック地下大墳墓、第十階層。

 その一角に位置する、荘厳かつ閑麗なる巨大図書室――最古図書館(アッシュールバニパル)

 かつて、アインズ・ウール・ゴウンの至高の41人(メンバーたち)が蒐集した膨大な量の書物が収められた室内には、用途別に複数の小部屋がある。

 実際、それらのほとんどは図書室に務める職員――死の支配者(オーバーロード)死者の大魔法使い(エルダーリッチ)たちの私室なのだが、中には司書長(ティトゥス・アンナエウス・セクンドゥス)が日夜スクロールの研究を行っている『製作室』のような、特定の目的にのみ使用される“専門室”もいくつか存在していた。

 そういった“専門室”の一つに『記録室』と呼ばれる部屋がある。

 最低限の照明しか置かれていないため薄暗い図書室内とは対称的に、天井や床に〈永続光(コンティニュアル・ライト)〉の魔法がいくつも掛かった『記録室』の中は、真昼の屋外のように明るい。部屋の四方は上から下まで巨大な書棚が覆い、一分の隙もなく収められた書物によって壁面を窺うことはできない。居る者に圧迫感を与えるような部屋の中央には、高級感の漂う落ち着いた色調の書記机が置かれていた。

 今、その書記机に向かい、タイプライターのキーを一心不乱に叩き続ける、異様な風体のスケルトンがいる。

 身長は、人間の成人男性を二回り上回るぐらいだろうか。ただ、()()()といったものが全く存在しない骨の体のため、全体としては大きいというより縦に細長いといった印象を受ける。

 まるで人と動物を融合させたかのような独特な骨格の上には、柔らかいラベンダー色のトーブ――アラブ諸国などでよく見られるような貫頭衣を着用し、額のあたりから飛び出た一本角を避けるように被ったライラック色のシュマグを金糸で編んだイガールで押さえている。

 両腕にはダイヤの散りばめられた白銀のブレスレットが、動物のような形状の脚の首にはサファイアの付いた黄金のアンクレットが嵌められており、首からは三日月を模した白金のペンダントを下げていた。

 彼こそが、この『記録室』の主にしてナザリックにただ一人の書記官――イブン・ライハーン・ジュヴァイニー。

 最古図書館(アッシュールバニパル)の司書長――ティトゥスの弟であり、種族も(ティトゥス)と同じスケルトン・メイジである。

 とはいえ、実用性に比重を置いて創造された(ティトゥス)と違い、至高の御方々の遊び心から生み出されたイブンのレベルはかなり低く設定されている。当然、持っているマジックアイテムも(ティトゥス)の装備しているそれらと比較してしまえば、ほとんど玩具に等しい代物だ。

 唯一、比較しても見劣りしないアイテムは、先ほどからイブンの指先でリズミカルな打鍵音と小気味良い改行ベルの音を響かせているタイプライターぐらいだろう。

 希少金属を用いて作られたそれは細部まで凝りに凝った意匠が施され、芸術作品として美術館に展示されていても違和感がないほど。

 重厚感のある台座部分には、金文字で「第4回YGGDRASIL創作小説大賞・最優秀賞」と小さく彫りこみが入れられ、このアイテムがユグドラシルの運営スタッフによって製作された正真正銘の一点ものアーティファクトであることを証明している。

 骨董品(アンティーク)的な温かみと厳めしさに溢れるフォルムでありながら、鍵盤は指先に軽く力を入れるだけで吸い込まれるように沈み込み、確かな反発と共に優しく持ち上がる。

 押し込んだ鍵が立てる音も改行を報せる(ベル)の音も、それがタイプライターという名前の楽器なのではないかと錯覚を抱くほど、品の良さで満ち満ちていた。

 

 ――唐突に、室内に響いていたリズミカルな音が途絶える。

 最後に鳴ったベルの余韻が残る中、イブンは書記机に置かれた分厚い書類の束と自分が先ほどまで打ちこんでいた文章を、睨むような視線で交互に見比べていた。

 彼の手元にある書類は、アルベドやデミウルゴスを始めとした各階層守護者から、領域守護者や一般メイドに至るまでのナザリックに仕える様々なシモベ達から毎週届けられる、日々の活動内容を記した報告書類である。

 ナザリックの栄えある書記官であるイブンの現在の職務は、それらの超がつくほど大量かつ雑多な報告を精読し、重要度に応じて振るい分け、簡潔な内容にまとめて記録することだった。

 

「………問題ないな」

 

 書類と打ち込んだ文章相手にひとしきり睨めっこを繰り広げてから、イブンは満足げに頷いた。

 もちろん、ここにある書類の内容は完璧に頭に入っているし、タイプライターを打ち始めた時点でどのような文章にするかも決めてあった。

 しかし、万に一つもミスがあってはならないのだ。

 転移後に任じられた新たな職務とはいえ、引き受けた以上明確な責任がある。与えられた役割を果すことこそが、至高の御方に創造された者としての責務だろう、とイブンは考えていた。

 

「〈書物創造(クリエイト・ブック)〉」

 

 イブンが魔法を詠唱すると、タイプライターから切り取られた紙束は不気味にその形状を蠢かせ、見る間に一冊の書籍へと姿を変化させた。

 

「〈燃焼の接触(タッチ・オブ・カンバスチョン)〉」

 

 続いて詠唱された魔法によって嚇々としたオーラに包まれた右手の骨で、イブンは無造作に机の上の書類に触れる。

 それだけで、分厚い報告書の束は瞬き一つの間に魔性の炎に包まれ、幾許もしない内に灰の欠片も残さず消え去っていった。

 イブンは出来たばかりの本――記録書を掴んで席を立つと、それを書物が隙間なく詰められた書棚へと躊躇いもせずに挿し込む。イブンの持つ記録書がぎっちりと並べられた本たちの背表紙に近づいた瞬間、空間が歪んだかのように一冊分の隙間が生まれ、新たな仲間をその列に加えた。

 この不思議な本棚の名は無限の本棚・大型(ラージ・インフィニティ・ブックシェルフ)――名前に反して9999冊までという制限はあるものの――あらゆるサイズの本を収納し、自動で見た目を調整してくれる魔法的な収納だ。

 ただし、外装を色以外ほとんどいじれない上に、一定のデータ量を超える本は収納できないというかなり残念な性能のため、図書室広しと言えども『記録室(ここ)』を除けば全くと言っていいほど使われていないのだが。

 

「よし………」

 

 最優先である()()()の職務が終わったことに再び満足げな頷きをしてみせると、イブンはそのまま書記机に戻り、懐から一冊の本を取り出した。

 その本は、目にした者を威圧する暗黒色の表紙をしていた。

 背表紙にのみ、銀色の落ち着いた字体で「ナザリック史」と書かれている。

 イブンは愛し子の頭をそうするように、二度三度本を撫でると、傍から見ても敬意が篭っていることのわかる手つきで恭しくゆっくりと表紙を開いた。

 

 そこに記されているのは、ナザリック開闢より至高の41人たちが歩んできた歴史である。

 

 生きとし生けるものを灰に還す炎熱の大巨人を討ち斃したこと。

 万象を凍てつかせんとする魔氷の凶龍を滅ぼしたこと。

 未開の山に豊かな希少金属の鉱脈を発見したこと。

 そして、数多の冒険と苦難の末に至高の神杖(スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を創りあげたこと。

 それはまさに神話。

 断片的にであれば、他の(NPC)たちも――特に階層守護者などは――知っている話がいくつかあるだろう。

 しかし、これの()()は至高の存在が直接書き遺したものだ。いくつか意図的に事実が伏せられていると推測される箇所を除いて、至高の41人の輝かしい足跡が余す所なく記されている。

 仮にこの書物の存在を公表すれば、間違いなくナザリックに仕える者たちにとって聖典となるだろう、とイブンは確信を持っている。

 

 ただし、現状でこの「ナザリック史」の存在を知っている者は、イブン・ライハーン・ジュヴァイニーをおいて他にいない。

 それはイブンがこの本を独占しようと考えているから、などでは決してない。

 確かに自分だけがその存在を知っているということに、イブン自身小さな優越感を感じていることを否定はしない。

 しかしそれよりも、この書物に記された内容をナザリックの他の者たちが、未だ目にしていないということに対する悔しさ、嘆かわしさの方が遥かに大きい。

 

(出来ることなら、今すぐにでもこの本の存在を守護者統括殿に伝えたいところなのだがな……)

 

 アルベドに報せれば、「ナザリック史」は一日も経たずにナザリックに仕える全存在が知るところになるだろう。

 その時、原典はこの『記録室』か『禁書保管室』、あるいは図書室内にいくつかあるガラスケースの中に厳重に保管されることになるのは間違いない。

 そして、やがては図書室の職員総出で作成した写本(コピー)がシモベたちに配布されるはずだ。

 そこに記された、自らの創造主たちの勇壮にして神々しい威容を目にした者たちが、歓喜と感動の涙に咽ぶ様が目に浮かぶ――。

 

「――――――ん、いかんな」

 

 イブンは呟きながら、幻視した光景を振り払うように首を二三度横に振った。

 今、脳裏に描いた光景は確かにイブンが心から望む光景であったが、それが実現されるのにはまだしばらくの時間を要するだろう。

 理由は二つ。

 一つ目は、まだこの「ナザリック史」が未完であること。

 二つ目は、イブンがそれの完成を任じられていることだ。

 

 自身の創造主(至高の存在)から「ナザリック史」を直々に託された日のことを、イブンは今でも昨日のことのように鮮明に思い出すことが出来る。

 

     ・

 

 まるで櫛の歯が欠けるように、至高の御方々が“お隠れ”になり始めた頃のこと。

 しばらくの間、その姿を拝見できないでいたイブンの創造主が、ふらりとこの『記録室』を訪れた。

 創造主は部屋の隅に控えていたイブンを見やると、ゆっくりと歩いて近づいてくる。

 久しぶりに目にした創造主の神々しささえ漂う偉容に歓喜の念が湧き上がり、イブンの体は自然と臣下の礼をとっていた。

 

 ――ご苦労さま。

 

 たったの一言ではあったが、その一言だけでイブンは天にも登る心地になった。

 感動で体がうち震えそうになるのを理性で抑え、そのような勿体ないお言葉、とイブンが口を開きかけたところで、更に創造主の言葉が続く。

 

 ――今日はこれを渡そうと思って戻っ(ログインし)たんだ。

 

 イブンがその発言の意味を飲み込み、疑問を感じた次の瞬間には、既に「ナザリック史」がその手に握ら(所持品に追加)されていた。

 当時のイブンも()()が自身の創造主が余暇を見つけては書き記してきたものだと知っていた。

 創造主が何かを執筆する時はほぼ必ず、イブンの侍る『記録室』を利用していたのだから当然だ。

 そのような神聖な書物――しかも未だ執筆途中――を渡されて、イブンはアンデッドであるにも関わらず困惑と歓喜によって一瞬で混乱の極致へと至ってしまった。

 感謝の言葉を伝えようにも、舌が震えるあまり言葉を紡ぐことができないほどだった。

 

 ――じゃあ、な。

 

 しかし、次に創造主から発せられた一言によって、イブンの精神は一瞬で奈落の底まで落ちた。

 不幸にもイブンは気付いてしまったのだ。

 なぜ今になって、「ナザリック史」(この本)を渡しに来たのかを。

 短い言葉に秘められた微かな哀愁を。

 恐らくこのやり取りを最後に、自身の創造主が“お隠れ”になってしまうことを。

 あまりの衝撃に、イブンはただ立ち尽くすばかりだった。

 一瞬で心を覆った絶望によってイブンの体が硬直し、引き止める言葉も感謝の言葉も口にすることができないでいるうちに、彼の眼前で尊き存在は姿を消(ログアウト)してしまった。

 まるで最初から、そこに誰もいなかったかのように。

 

     ・

 

 イブンは「ナザリック史」の中途のページを開くと、タイプライターの斜め手前にゆっくりと丁寧に置く。

 開かれたページは半ばまでしか文章が書き込まれておらず、残りは空白となっている。それ以降のページも同様だ。

 既に書き込まれた文章を数回読み込み、自身が神々の足跡(ナザリックの歴史)をどこまで記したかを、しっかりと思い返す。

 ナザリックの転移後から、イブンは「ナザリック史」の続きを執筆し始めている。

 自身の創造主が“お隠れ”になってすぐに、与えられた務めを果すことができなかったのは、ひとえに自分の不甲斐なさが原因だとイブンは理解していた。

 イブンは、創造主手ずからに崇高な任を与えられてなお、神聖なる書物を自身の書いた文字で汚すような真似が許されるのかという、シモベにあるまじき身勝手な思いに悩んでいたのだ。

 至高の御方の言葉は絶対である。

 ()()を前にして悩むことが既に不敬なのだ。

 そんな当たり前のことにイブンが気付くことができたのは、恥ずかしいことにナザリック地下大墳墓が以前とは異なる世界に転移してからだった。

 

 当然、至高の御方の紡ぎ出す流麗な文章と比べてしまえば、自分の書くものなど児戯にも劣るという自覚がイブンにはある。

 しかし、自身の創造主が()()()()()()のだ。

 未完の「ナザリック史」を人目に触れさせるようなことなど、してはいけないだろう。

 

 イブンの動かす指によって、タイプライターが再び気持ちのいい音をあげ始める。

 開いた「ナザリック史」のページの最後に記されていたのは、アインズ・ウール・ゴウン――現在のナザリック地下大墳墓を統べる絶対的支配者(オーバーロード)が、愚かな蜥蜴人(リザードマン)たちに対して、まさに神威を示さんとする場面だった。

 記憶という名のデータベースから、リザードマン調伏時の報告書を呼び起こす。

 記録書を著す時には簡潔さが求められていたが、この書物は違う。

 至高の存在の偉大さを――ひいてはナザリックの偉大さを後世にまで遺すことこそが至上目的なのだ。

 ただの情報の羅列ではいけない。

 思いつく限りの語彙と表現を用いて、出来うる限りの演出をするのだ。

 そんなことを考えながら執筆していると、自然とタイプライターを叩く指にも勢いが乗ってくる。

 気付けばイブンは、ナザリックの将――コキュートスがリザードマンの部族をどのように統治するかを決議する場面まで一息に書き上げていた。

 

 それからしばらくして、いつの間にかイブンの指は止まっていた。

 眼窩に宿った光は思案に揺れている。

 この後に何を書くのかを悩んでいたのだ。

 リザードマンの部族を従えた後の大きな出来事(イベント)と言えば、ナザリック随一の智恵者であるデミウルゴスの主導によって、リ・エスティーゼ王国の首都で行われた大規模な作戦行動が挙げられるだろう。

 しかし、リザードマンの件の後にそのままそれを書き始めるには少し期間が開きすぎていた。

 よって、自身の記憶している膨大な報告書の内容から、空いた期間に何か記述するに足る出来事(イベント)が起きていなかったかを検索していたのだ。

 短くない時間が経過し、ようやくイブンの視線が焦点を結ぶ。

 結論からいえば、いくつか思い当たることはあるものの、それがそのまま執筆に値するものかと言えば微妙なところだ。

 ただ、()()()()()、如何にして対処するかを、イブンは創造主から教えられた言葉によって知っていた。

 

 ――歴史家が事実を記す必要は無い。歴史家が記したことが事実となるのだから。

 

 そう、これより先に記す出来事は全くの事実ではないだろう。

 しかし、同時に全くの出鱈目でもない。

 何故なら、これからイブンが記すことは「ナザリック史」を読む者にとっての事実と成り得るからだ。

 

 固まっていたイブンの指が、再び流れるように動き出す。

 紡ぎ始めたのは、ナザリックの新たな歴史。

 

 

 それは、偽書であると同時に、聖典となる物語。

 

 

 




次回から、原作キャラがメインの外伝風小説が始まります。
最初はアダマンタイト級冒険者チーム「漆黒」のお話の予定。

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