偽典 オーバーロード   作:浜屋らわん

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Shock and Awe.
ようやく原作キャラが登場します。


「漆黒の試練」編
衝撃と畏怖


 リ・エスティーゼ王国、王家直轄領エ・ランテル。

 三重の城壁に囲まれたこの都市(まち)は、バハルス帝国との戦争に備える前線基地であると同時に、三つの人間国家が隣接する交易の要衝地でもある。

 市街区画を少しでも歩けば、遠方から訪れた商人や傭兵などの姿を何度も目にすることができるだろう。広場や大通りのような往来の多い場所では、曲芸師や吟遊詩人たちが自慢の業を披露している。屋台や行商の並ぶ市場は日が昇り始める頃から人で賑わっているし、大衆酒場などは日付が変わるまでランプの火を落とさない店も多い。

 斜陽の王家が辛うじて財政をやりくりできているのも、この都市からの税収による部分が大きいのでは、と市民の間では噂されている。

 

 そんな城塞都市エ・ランテルは、冒険者が数多く集まっていることでも有名である。

 エ・ランテルの組合に登録されている冒険者の数は――王都のそれには及ばないが――王国の都市の中でもトップクラスを誇る。

 数が多い理由としては、単純にエ・ランテルで生活する人間が多いことと、付近の街道にモンスターが頻繁に現れること、そしてそれらから身を守る為の護衛を必要とする商人が多いことが挙げられる。

 エ・ランテルの冒険者組合の建物も、登録されている冒険者の数に見合った立派なもので、各国に存在する冒険者組合の中でも相当に大きい部類と言えるだろう。

 貴族や豪商が住む屋敷のような華美な装飾は施されていないものの、傍目からも頑丈さを感じさせる武骨な造りは、冒険者たちの誇りと威厳を感じさせた。

 両開きになっている入り口の鍵は、基本的に一日中開かれている。冒険者組合に押し込み強盗をかけるような命知らずはいないということでもあり、なによりいつ何時でも飛び込みの依頼に応えらるようにという意味合いがある。

 今、その扉を押して中に入っていく男がいた。

 温厚さと精悍さを併せ持つ顔つき。金属鎧で覆われた身体は常人のそれよりも圧倒的にたくましい。日々鍛錬を積み、何度も危地を切り抜けてきたのだろう。鎧の隙間から覗く隆起した筋肉には、無数の傷跡が走っていた。

 扉を開いて現れた強者の雰囲気の漂う男に反応して、組合内にいた冒険者たちの顔が入り口の方に向けられる。

 しかし、不躾に投げられた大方の視線は、そこに立つ人物が冒険者チーム「虹」を代表する男であるということに気付くと、敬意の篭ったものへと変わった。

 男の名はモックナック――現在、この都市に二つしか存在しないミスリル級冒険者チームのリーダーだ。

 

 

 モックナックは入り口から組合内を軽く見回して、()()()との違和感に軽く首を捻った。

 彼は、このエ・ランテルの冒険者の間ではそれなりに有名人である。

 なお、()()()()()と冠詞が付いてしまうのは、先頃、そこらの冒険者とは隔絶した実力を持つ二人組の冒険者チームが現れたからに他ならない。

 英雄の領域を超え、人類の守り手とも称される男女――漆黒の全身鎧(フル・プレート)を纏う偉丈夫と目も眩むような美女のコンビの前には、ミスリル級の冒険者など影が薄くなるのは当然であり、仕方のないことではある。

 とはいえ、モックナックも短くない月日をエ・ランテルで過ごしてきたのだ。

 かつてに比べれば、周囲から憧憬や尊敬の眼差しが送られる回数は減ったかもしれないが、それでも人の集まるところに赴けば、知り合いに声をかけられたり、友人に肩を叩かれたりするのが当たり前だった。

 しかし、今はどうだろうか。

 組合内には少なくない数の人間がいたが、そのほとんどがモックナックを一瞥しただけで、すぐに近くにいる他の冒険者との雑談に戻った。

 (ゴールド)白金(プラチナ)のプレートを提げた冒険者たち――何度か依頼を共にこなした顔見知りだ――でさえも、目線が合ったら軽く会釈を返してくる程度で、積極的にモックナックに挨拶をしようという者はいなかった。

 どこか釈然としない思いを抱きつつ、掲示されている依頼を見ようと足を踏み出したモックナックに、横合いから声をかけてくる者がいた。

 

「ようモックナック、調子はどうだ?」

 

 モックナックは首だけを動かして、声の主のいる方向に顔を向ける。

 

「ベロテか、最近は仕事も少なくて退屈だな。……というか、お前もだろ?」

「ははっ、違いない」

 

 人の良さそうな笑顔で笑うベロテと呼ばれたこの男は、モックナックの所属するチーム「虹」と同じミスリル級冒険者チーム「天狼」のリーダーを務めている人物だ。

 ちなみに、モックナックが言った“仕事が少ない”というのは文字通りの意味ではない。元々、ミスリル級の依頼が少ないというのもあるが、最近ではただでさえ少ないその依頼を有り得ない速度で解決してしまう二人組がいるからだ。

 といっても、そこには一分の負の感情も込められていなかった。モックナックにはこれまでの依頼で得た報酬が大きな資産として残っているため、今さら受ける依頼の数が減ったところで路頭に迷ったりすることなどないのだ。

 名声や人望といったものに関しても、正直そこまで興味が無いモックナックにはどうでもいいことだった。

 それは恐らく目の前のベロテも同様だろう。

 それから二人の話題はエ・ランテル(このまち)唯一のアダマンタイト級冒険者チームのことへと移っていったが、やがてそれも一段落したところで、モックナックは自身が先ほど組合に入ってきた時からある違和感についてベロテに尋ねていた。

 

「ところで今日はどうしたんだ? 様子がいつもと違うようだが……」

 

 訝しげな声音のモックナックに、ベロテはにやりと笑って答える。

 

「ん? ああ、まだ知らないのか。俺はてっきり、お前はもう知ってて見に来たのかと思ってたよ」

「そりゃ知らないことだってあるさ。いじわるは止して教えてくれないか」

「ああ、悪い悪い。はぐらかす気はないんだ……あれを見てみな」

 

 せっつくモックナックに、意味深な笑みを浮かべたベロテが顎で指し示したのは、無数の依頼書が貼り付けられた組合の掲示板だった。

 確かにもう一度注意して周囲を観察してみれば、組合内にいる他の冒険者たちも皆そちらの方に視線を集中させているようだ。

 

「掲示板がどうした? また何か怪しい依頼でも来てたのか?」

 

 組合が掲示板に貼り出す依頼は、事前に依頼者への聞き取りや現地調査などを行った後に作成されるもののため、依頼内容や報酬の正当性がしっかりと保障されている。

 ただ、ごく稀にだが、明らかに内容に見合わない報酬が設定された依頼や、内容が不明瞭な依頼が掲示されていることがあるのだ。

 そういった依頼は実際に引き受けるとろくでもないことが多く――命に危険が及ぶようなことこそ無いものの――精々酒場で肴になる話題が増えるぐらいが関の山だった。それ故、どれほど好条件に見えたとしても長く冒険者を続けている者ならスルーするのが当たり前になっていた。

 そういった事情から、逆にそんな怪しげな依頼が貼り出されると熟練(ベテラン)冒険者たちの間ではよく話題になる。主に、今度はどの新人(ルーキー)が犠牲になるのか、といった好奇心から。

 しかし、現在組合に流れている空気はそういった変り種の依頼が張り出されている時とは、少し様相の異なるものだということにモックナックは気付く。

 直感を裏付けるように、掲示板を見て囁き声を交わしている冒険者たちの中には、駆け出しの者もちらほら見受けられた。

 

「そっちじゃなくて隣だよ、隣」

 

 未だに周囲の視線を集める()()がどこにあるのか掴みかねているモックナックに、ベロテは依頼の貼り出される掲示板の隣にある一回り小さい掲示板を指し示す。

 それは、組合の活動報告や危険モンスターに関する情報、はたまたどこそこの店が安売りをしているといった宣伝などが貼り出される連絡掲示板だ。

 冒険者がチームメンバーを公に募る時などもここに貼り出されることが多い。

 

「真ん中にあるだろ? 一等豪華なヤツだよ」

 

 ベロテの言うように連絡掲示板の中央にモックナックが視線を向けると――。

 それは確かにあった。

 周囲に張り出された紙に比べて、明らかにサイズが大きい。

 色も微かに違っているのは、恐らく高級紙を使用しているからだろう。

 四辺には何らかの植物を図案化したような飾り枠が施されているのが見てとれた。

 

「……なにぃ!?」

 

 そこに書かれていた内容を目にして、モックナックは驚きの声を上げてしまった。

 しかし、それも仕方のないことだ。

 モックナックには知る由も無いことだが、目の前にいるベロテですら、それを見た時は呆けた表情になってしまったのだ。

 一際自己主張の激しいその紙には、やけに仰々しい字体と長ったらしい文章で文字が書き連ねてあったが、それらを要約すると以下のようになる。

 

 

『我々、漆黒の戦士モモンと美姫ナーベは、ここに新たな仲間(チームメイト)を募集する』

 

 

     ・

 

 「漆黒」と称される冒険者チームの求人広告が掲示された時から、遡ること一週間。

 漆黒の戦士モモンことアインズは、目の前で片膝を付いて臣下の礼を取るチームメイト――美姫ナーベことナーベラル・ガンマの前でソファーに腰掛け、痛むこめかみに手を当てていた。

 頭痛の原因は明白で、ナーベラルがたった今口にした報告の内容にある。

 今、二人はエ・ランテルでも最も格式高いと言われる宿屋の一つ――黄金の輝き亭の最上級客室(スイートルーム)にいる。

 アルベドとデミウルゴスの報告を受けるため、ナザリックに一時帰還していたアインズがこの部屋に戻ってきたのは、つい先ほどのことだ。

 ナーベラルには自身の留守中、もし組合からの使者や不慮の訪問者などがあった場合には、自分がアダマンタイト級冒険者チームの一員であるということに留意して応対せよ、と言い含めてあった。

 言い含めってあったのだが――。

 

(訪問者が(モモン)に会わせろとしつこく食い下がってきたから、()()()()()()()追い返しました、だと……?)

 

 跪くナーベラルが告げた言葉を脳内で反芻する度、アインズの骨の頭を万力で鈍く締め付けるような感覚が見舞った。

 下等生物(にんげん)嫌いを公言しているナーベラルのことなので、恐らく「多少」とか、「痛めつけた」とかいった語句はかなりソフトな表現なのだろう。

 あるいは、本人にとっては本当に“多少痛めつけた”だけのつもりなのかもしれない。というか、十中八九そうに違いない。

 ただ、ナーベラルにとっては軽くのつもりでも、こちらの人間にとっては半殺しレベルになりかねず、万が一被害者がアダマンタイト冒険者チームの片割れ(ナーベ)に不当に暴力を振るわれたなどと騒ぎ立てたりしたらどうだ。

 最悪の場合、ここまで苦労して積みあげてきた英雄モモンの信用が崩れることになるだろう。

 アインズにとっては、考えれば考えるほどに頭の痛みが増してくるような話だった。

 自分はアンデッドだから痛みなどに代表される肉体ペナルティには耐性があるはずなのになー、とアインズの思考が現実逃避をし始めるほどに。

 

「も、申し訳御座いません、アインズ様! 私の対応が間違っていたのでしょうか……? 何が御身をご不快にされたのか、どうか愚かな私にお示しください!」

 

 ついに顔を手で覆い始めてしまったアインズを目にして、ようやく自身が何らかの失敗(ミス)を犯したことに気付いたのか、ナーベラルは慌てて謝罪の言葉を口にした。

 しかし、というか。

 やはり、というか。

 先ほどよりも身を低くしてひれ伏すナーベラルは、自身が失敗してしまったことこそ理解しているものの、何がどういう風に失敗だったのかは全く理解できていないようだった。

 短くはない時間を共にしていながら、自身が常日頃から口を酸っぱくして注意していることを、相手が未だにちゃんと分かっていないということに、アインズの心に激情が湧き起こった。

 なぜ、こいつは俺の言ってることがわからないんだ。

 煮えたぎるマグマのような憤怒が、一瞬にしてアインズの心を覆う。

 そのまま、勢いに任せて相手を怒鳴りつけようとした瞬間――突然それまで感じていた怒りが、まるで気のせいだったかのように霧散していってしまった。

 額を床にすりつけたナーベラルの体が、小刻みに震えていることに気付いたから――ではない。

 抑制されたのだ。

 アンデッドの保有する種族的な特殊能力によって。

 感情が抑制されるほど激していた、ということを自覚したアインズは少し反省する。

 危ないところだった。

 一時の感情に身を任せて部下を怒鳴りつけるなど、悪い上司の見本のようなものではないか。

 無論、アインズに忠誠を誓う至高の存在に創造された者(N   P   C)たちであれば、至高の存在から発せられたものでさえあれば、それが如何な怒声や罵倒の類であっても、唯々として従うだろう。

 しかし、今はなき友たちの代わりにギルド(アインズ・ウール・ゴウン)を背負う身としての責任がある。

 部下たちに余裕のない態度を見せることは、アインズ自身が許せない。

 自身の思考が落ち着いてきたことを感じたアインズは、逆に、尊敬できるような上司はどのように失敗した部下を怒るのかを考えてみた。

 

(ただ大声で怒鳴り散らしても相手が萎縮してしまうだけだからな……。もし、理想の上司であれば……、理想の上司……理想の……、そんなのに縁無かったからなあ……。……う、思い出したら胃が痛くなってきた……)

 

 不意に脳裏に蘇った、ノルマをこなせなかった鈴木悟を詰るかつての上司の姿に、アインズの存在しないはずの胃がきりきりと痛んだ。

 耳に思い出されるのは、明白な怒りを含みつつも、罪状を読み上げる検察官のように鋭く冷え切った声色だ。

 

(とりあえず、冷静に、だな……。大声で罵倒されるよりも、静かに説教される方が身に染みる……はずだ……多分)

 

 人生経験の乏しさを嘆きたくなるが、今さら無いものねだりをしても仕方が無いことだ。

 ひとまず、アインズは自身の経験則に基づいて叱責の方向性を決める。

 今回ばかりは、ある程度厳しい物言いをしなければならないだろう。

 

(おもて)をあげよ、ナーベラル」

 

 アインズは、一度ソファーの上で支配者然とした――自身が最もそれらしいと思うポーズに姿勢を正すと、いつもより更に低めの声で、伏して主の沙汰を待つ臣下に声をかけた。

 はっ、と心なしか震えた声で返事をして、ナーベラルが頭を上げる。

 不安と恐れの入り混じった瞳でこちらに視線を向ける部下を前に、アインズは今一度支配者足らんと覚悟を決めて、ゆっくりと口を開いた。




衝撃(的な求人広告)と(怒る上司への)畏怖。
続きます。

引き続き、誤字・脱字等ありましたら指摘して頂けると嬉しいです。
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