偽典 オーバーロード   作:浜屋らわん

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※今回の話に繋がる重要な事案を書き忘れていたので、前回の話「上司と部下」に800文字ほど加筆しています。


相談と狂信

 白亜の王城を彷彿とさせる、まさに皇家套房(ロイヤルスイート)の名が相応しい場所を、白いドレスを纏った絶世の美女が歩いていた。

 頭の左右からはねじれた白い角が、腰からは一対の黒い翼が突き出しており、その美女が人間ではないことを物語っている。

 女神のような微笑みを浮かべながら、神話然とした世界を目的地に向かって進んでいくのは、ナザリック地下大墳墓の守護者統括――アルベドだ。

 彼女が今いる場所はナザリック地下大墳墓第九階層、向かっている場所はその中の一室である。

 静寂の中、アルベドの足音だけが響く広く長い廊下の天井にはルビー、エメラルド、サファイアといった宝石から削り出された巨大なシャンデリアが吊り下げられ、魔法によって灯された暖かな光で磨き上げられた大理石の床を煌びやかに照らしている。

 至るところに細緻な模様が彫刻された装飾が施され、ただ広いだけの殺風景な空間にならないよう、緻密な計算の元に配置された瀟洒な調度品のひとつひとつに、製作者の執念を窺わせる(おもむき)が宿っていた。

 そこに使われている素材も並々ならぬものだ。

 金、銀、白金(プラチナ)のような貴金属は当たり前のようにそこかしこで使われているし、中には伝説級(レジェンド)装備や神器級(ゴッズ)装備の素材にも成り得る希少金属――ダマスカス鋼やガルヴォルン、イシルディアなどが使用されたインテリアすら存在していた。

 今、アルベドが横を通り過ぎた絵の額縁やまるで芸術品のような家具の原材料にも、世界三大銘木と称されるチーク、マホガニー、ウォルナットを始めに、キングウッドやヒノキといった高級木材や、セフィロトやフーサンといった希少木材などが惜しみなく使われている。

 内装に使われている石材の殆どは白い大理石だが、要所要所に使われた御影(みかげ)石やライムストーン、サンドストーンの石材が風景を引き締めるアクセントになっていた。

 また、大理石にも凝った趣向が施されている。

 同じ白の大理石でも、アラベスカート、アジャックス、タソスホワイト、ビアンコカラーラ、インペリアルダンビーといった微妙に特徴の異なるそれらを巧緻に組み合わせることによって、一日中眺めていても飽きないような模様を生み出しているのだ。

 さらに、ある程度建築や美術の様式に造詣がある者であれば、この神々の居城の如き空間が古今東西の種々の意匠――バロック、ロココ、ルネサンス、ビザンティン、ゴシック、アンピール、ロマネスクからポスト・モダンに至るまで――を無数に組み合わせて構成したものであることに気付くはずだ。

 それは紛れもなく美術建築の混成獣(キマイラ)

 だというのに、グロテスクと言えるほどの節操の無さとは裏腹に、全体として見た時それらは渾然一体の美しさを放ち、見る者に絶対の威圧と無上の感動を与えるのだ。

 しかし、アルベドはそれらに一瞬たりとも足を止めることもなく、目的地に向かって歩を進めていく。

 この絢爛にして荘厳な廊下を、もう見飽きてしまったから――というわけではない。

 ただ単純にそれよりも優先すべきことがあるだけだ。

 廊下にずらりと並べられた世界各地の戦鎧の模造品(レプリカ)を横目に、ふとアルベドは玉座の間で談笑する至高の存在たちの会話の中に登場した、いくつかの建築物の名前を思い出していた。

 大英国議事堂(ウェストミンスター)貴婦人の聖堂(ノートルダム)露帝王室宮殿(クレムリン)純白の大霊廟(タージ・マハル)紫微垣の故宮(ズージンチョン)――()()()という場所に存在するというそれらを直接目にしたことはないが、この神域たる階層の威容の前には、存在すら霞んでしまうに違いないという確信がアルベドにはあった。

 

(ああ、早くこの階層(ばしょ)()()()()だけに捧げたいものね………)

 

 もし知られれば、他のシモベたちから不敬だと糾弾されかねないことを懸想しながら、アルベドは重厚感の溢れる一対の扉の前に到着する。

 この扉の先こそ、ナザリックの最高支配者であるアインズ・ウール・ゴウンが、日々の実務を執り行なうために使用している執務室である。

 そう、アルベドが他の何を置いても優先すべきこととは、敬愛すべき主人――アインズに関することに他ならない。

 半日ほど前にこの部屋で行なわれた定時の報告を終えて、ナーベラルの待機するエ・ランテルへと出立したアインズだが、現地で何があったのか、予定を変更してこれからまた戻ってくるという。

 ナーベラルからの連絡も、そしてついさっき〈伝言(メッセージ)〉によって伝えられたアインズ本人の言葉にも、何かに焦っていたりするような雰囲気が全く感じられなかったので、火急を要する用件ではないのだろう、とアルベドはあたりをつけていた。

 ともあれ、半日()離れ離れだった愛しの存在に再び(まみ)えることができるのだ。これ以上の僥倖はない。

 思い返してみれば〈伝言(メッセージ)〉越しのアインズの声にもどこか子供のような――と言ったら不敬だろうか――自身の思いついた何かを楽しみにするような純真さが感じられた。

 何かまた新たな神算鬼謀を巡らしているのだろう。

 アインズの考え付く策は、常に一つの石で三匹の鳥を落とし、しかも投げた石が手元に戻ってくるような次元の巧妙さで、ナザリック一の頭脳を自負するアルベドとデミウルゴスが額を突き合わせても及ばないほどだ。

 『三人寄れば文殊の智恵』という(ことわざ)もあるように、頭脳においてアルベドやデミウルゴスに匹敵するという宝物殿の領域守護者(パンドラズ・アクター)も交えて相談すれば、あるいはアインズの真の狙いを読み通すことができるのかもしれない。

 今度そういう席を設けてみてもいいわね、と考えつつアルベドは自身の身なりを整える。

 これから愛しい主人に会うというのに、髪がほつれていたり服がよれていたりしては乙女の沽券に関わるだろう。

 自身の身だしなみに問題が無いことを確認したアルベドは、掌を柔らかく丸め、甲の部分で軽やかに扉をノックする。

 

「守護者統括、アルベドです」

 

 今はまだ、(あらかじ)め指定された時刻よりかなり早い。

 当然、執務室(へや)の主――アインズもまだここには来ていないだろう。

 それでも、アインズが使う部屋に挨拶もなしに入ることなど、アルベドには考えられないことだ。

 ついでに自身の愛する存在と同じ時間を共にするにあたって、緩みがちな気持ちを引き締めるという意味合いもあるのだが。

 アルベドの挨拶から一拍おいて扉が開き、今朝も見たメイドが顔を覗かせた。

 

「アルベド様、お待ちしておりました。どうぞお入りください」

 

 自分よりも早く参上しているシモベ――それも女、がいることに少なからず残念な気持ちを抱えつつアルベドは入室した。そのまま、アインズがいつも執務を行う黒檀の机の横で待機する。

 

「いま一度私、フーリエがアインズ様当番を務めさせて頂きます。よろしくお願い致します、アルベド様」

 

 扉近くで待機するフーリエと名乗るメイドは部屋に入ってきたアルベドにそう言うと、侍従らしい楚々としたお辞儀をしてみせた。

 彼女はナザリックの第九、第十階層において、清掃などを主とした仕事として与えられている人造人間(ホムンクルス)のメイドの一人である。ユリ・アルファを始めとする戦闘メイドたちとは違い、一切の戦闘能力を持たないが故に、ナザリック内では一般メイドとも呼ばれている存在だ。なお一般メイドは彼女の他に40人存在する。

 

(……ああ、アインズ様当番、いつ聞いても羨ましい響きだわ。……はあ、必要性もあったから設置に強く反対できなかったけれど、数少ないアインズ様との二人きりの時間が減ってしまったのは……やはり憂慮すべき事態よね……)

 

 アルベドに新たな悩みをもたらしているアインズ様当番とは、一般メイドたちが一日毎に持ち回りで務める、アインズの身の回りを世話する当番のことだ。ちなみに、当番のメイドは当日に万全の状態で職務に臨む必要があるとして、当番前日が丸々一日非番になっている。

 アルベドとしては、アインズとほぼ二人で過ごせる時間に水を差されるようで非常に歯痒いものがあるのだが、他でもないアインズ自身の意向によって作られた役職なので致し方ない。

 

「ええ、よろしく。アインズ様にご不自由がないよう、誠心誠意務めなさい」

 

 本当なら自分が365日24時間アインズ様当番がしたいのに、などという本音は守護者統括としての微笑みの下に完璧に隠し、アルベドはメイドに激励の言葉を送る。

 

「はい、アルベド様。朝と同様に、全霊でもって任に当たらせて頂きます」

 

 対する一般メイド――フーリエの方も緊張こそしているものの、至高の存在の側付きとして理想的な姿勢で一礼を返す。

 そのまま慎ましくも気品のある佇まいへと戻ったフーリエに、アルベドはいくつかの連絡事項を伝え、自身もまた至高の存在の帰りを待つに相応しい、完璧な姿勢を取る。

 しばらくして、扉の外、廊下の向こう側から、強大な存在が近づいてくることにアルベドは気付く。

 愛する人が放つオーラをアルベドが間違えるなどありようもないので、それがアインズ・ウール・ゴウンその人だということはすぐに分かった。

 離れた場所で、フーリエが息を呑んで身を固くしているのが雰囲気で伝わってくる。

 アルベドはといえば、今朝も会ったばかりだと言うのに、再びアインズと会えるという歓喜から無意識に腰の羽根がぱたぱたと動いてしまっている。

 濃密な気配を纏った支配者が、執務室の扉の前で立ち止まった。本来であれば傍付きのメイド(フーリエ)が扉を開くべきではあるが、ナザリックの支配者当人が自身が入室するまで室内で待機しているように、と厳命したが故だ。

 アルベドは()()()に備え、腹に力を込める。

 直々に留守を任された女が、万が一にも一般メイドに遅れをとるようなことがあってはならない。

 ついに扉が開ききった扉から姿を見せた、半日()()に会う自身の愛する男に、アルベドは深々と頭を下げて忠誠を示した。

 

 

     ・

 

 

「お帰りなさいませ、アインズ様!」

 

 支配者然とした立ち居振る舞いで勤務室の椅子に腰掛け、(おもて)を上げよと厳かに告げたアインズを出迎えたのは、半日前と何ら変わることのないアルベドの声――ともう一人のメイドの声だった。後者が前者にかき消されてほぼ聞こえなかったことも半日前と一緒だ。

 

「ああ。今朝に続いて、短い間に何度も呼びつけることになってすまない」

 

 アインズはひとまず謝意を表す。

 普段アインズが冒険者モモンとしてエ・ランテル(まち)に出る際は、どれぐらいの期間ナザリックを離れるのか、いつ頃に戻るのかということをアルベドに事前に連絡してから出立している。

 当然、アルベドの方にもそれを元にスケジュールを立てるようにして貰っていた。

 今回はアインズが急に思いついたことがあったため、今この場へと来てもらったが、本来であれば他の守護者との会合やナザリックの管理に携わる業務があったに違いない。

 『善は急げ』とか『思い立ったが吉日』とかいった言葉もあるが、それによって相手が振り回されることになるなら謝ることが筋だとアインズは考えていた。

 

「そのようなことでアインズ様がお謝りになる必要など、何も御座いません。至高の御身の側でお仕えすることは、ナザリックに属するシモベにとって最も栄誉あることです!」

「ん、そうか。そう言ってもらえると――」

「そして何より、愛する人の帰りを喜ばない女などいません!!」

「………………………あ、そうで……いや、そうか」

 

 鼻息も荒く主張するアルベドに何と返せばよいかわからず、アインズは返答に詰まってしまう。

 頬を薄く紅潮させ、何かを期待するような顔でこちらを見つめるアルベドを直視していられず、居たたまれなくなったアインズはこの部屋にいるもう一人に助けを求めるように首を向けた。

 

「……あ、あー、フーリエ、も今日はすまなかったな。本当なら、今日はあとは半休だったのだろ?」

 

 脳内にある41人の一般メイドの情報から、どうにか眼前に佇むメイドの情報を引っ張り出し、謝罪する。

 恐らく本人的には渾身だったのであろう台詞を、アインズにあからさまに流されたアルベドが少し落ち込んだ様子になっているのが視界の端に映るが、努めて無視をする。

 

「はい、いいえ、アインズ様。アルベド様も仰ったように、元より御身にお仕えすることこそ至上の誉れなのです。どうか、謝罪などなさらないでください……! むしろ、栄誉の機会を与えてくださったことに、心から感謝しております!」

「そ、そうか」

 

 予期せず告げられた熱い感謝の言葉にアインズは少しだけ動転してしまった。

 しかし、フーリエの口から出てきた言葉は当然のものなのだろう。

 一部の「そうあれ」と作り出された存在を除けば、至高の存在に奉仕して、忠義を示すことだけが生き甲斐であると言っても差し支えないぐらいの狂信が全てのNPCたちに備わっているのだから。

 アインズの脳裏に思わず去来した言葉は「社蓄」である。

 

「……では、お前達の忠義もよく判ったことであるし、そろそろ本題に入るとしよう」

 

 切り出したアインズの言葉に、アルベドの表情が即座に守護者統括の()()に切り替わる。

 すぐ横のフーリエも同様だ。

 突如として部屋の空気が張り詰め始め、アインズの存在しない胃がきりりと痛んだような気がした。

 ここからは先ほどのような動揺した姿を見せるわけにはいかない。

 自らを崇める者たちを失望させるようなことがあってはならないとアインズは考えている。故に絶対の支配者として振舞う必要があるのだ。

 覚悟を決め、昼にナーベラルから報告を受けた際に思いついた自身の考えを話す。

 

「まず、先ほど〈伝言(メッセージ)〉で伝えた分の説明は省略する。一言で概要を表すなら、冒険者モモンのチームに入れろと騒ぐ男が来たのでナーベラルが()()によって排除した、と言ったところだ。そして、これも先ほど伝えたことだが、この件に関する対処やナーベラルの処遇については既に裁可をくだしている。ただ、もし何か意見などがあったら言って欲しい、アルベド、何かあるか?」

「いえ、アインズ様の取られたご対応で全く問題ないかと思われます」

「それなら重畳だ。では、次だ、今度こそ本題に入るぞ」

 

 そう言って一度口を閉じる。

 アルベドは真摯な面持ちでアインズのことを見つめている。

 アインズが今わざわざ言葉を切ったのは、自身の考えがナザリックでも最高峰の頭脳を持つアルベドに笑われるのではないか、という恐れが一瞬心をよぎったからだ。

 ナーベラルを前にしていた時は名案だと自分でも思っていたが、アルベドを前にした今は、むしろとんでもない愚作だったのではないかという感覚の方が強い。

 ない唾をごくりと飲み込み、アインズは自身の()()を提案し始める。

 

「それで、だな。……もしかしたら、今後も冒険者モモンのチームに入りたいという輩が現れるかもしれないだろ? いや、この先名声が高まっていけばそれは確実なことだと私は踏んでいる。そして、そういった輩に私がいちいち個別に対応していたらキリが無いし、冒険者としての活動にも差し支える可能性がある。また、ナーベラルに対応させるのもアレの性格を考えると一抹の不安が残る。……新規の仲間は募集していないと周囲に触れ回るという手もあるにはあるが、それでもチーム加入希望者が全くのゼロになることはないだろう」

 

 ところどころで眼前のアルベドの表情を窺いつつ、アインズは続ける。

 少しでも彼女が眉をしかめさせたりすれば、この件は忘れてくれ、と話すのをやめてしまったかもしれないが、幸か不幸かアルベドの顔は真剣そのものといった様子で、変化は見られなかった。

 

「そこで私は考えた。……拒んでも来るのであれば、いっそこちらから呼び込んでしまおう、とな。具体的には、冒険者モモンのチームで求人を募るつもりだ。そこで集まってきた奴らをまとめて断ってしまえば、いちいち個別に対応する手間が省けるし、今後チームに入りたいと言う輩も限りなく少なくなることが見込める。ちなみに、冒険者組合の方にはここに戻る前に話を通しておいたので、募集の告知は早ければ明日にでも張り出すことが可能となっている」

 

 この一石二鳥の計画こそ、アインズの考えた“まとめて「ますますのご活躍をお祈り」大作戦”だ。

 正直、我ながらどうかと思うネーミングだが、いつかの吸血鬼の時と違って誰かに作戦名を伝えることもないので何も問題はない。

 アルベドはアインズが提案した計画を聞き終えると、数瞬の間、何か考え込むような顔つきをしていたが、すぐに女神のような微笑みへと変わった。

 

「誠に素晴らしい案かと」

 

 アインズは内心ガッツポーズを決める。

 アルベドの太鼓判が押されたのだから、これで何も心配はないはずだ。

 

「よし、では早速ナーベラルに連――」

「しかし、アインズ様。それはアインズ様の考える策のほんの一面に過ぎないはず。よろしければ、その真意を不肖の身にお聞かせくださらないでしょうか?」

「……ぇ」

 

 続いてアルベドの口から出てきた完全に予想外だった言葉に、アインズは我知らず困惑の声を漏らしてしまう。

 あまりの衝撃に、混乱した精神が一瞬にして抑圧されるのを感じる。

 口から零れた擦れた音を誤魔化すように、アインズは骨の手の片方で顔を覆った。

 

「……ま、まさか、お前ほどの者が私の真意に気付くことができにゃ、できないとはな」

 

 誤魔化せてないかもしれない。

 あまりの気の動転に最早アルベドの方を向いてることすら耐えられず、アインズはばっと勢いよく椅子から立ち上がると、さも落ち込んでいるかの風に装って、心配そうにこちらを窺っている二人に背を向けた。

 

「アインズ様の真意を読み取ることが出来ない我が身の不甲斐なさ、心より悔いております。どうか、御身の広く深き御心において、このアルベドが雪辱の機会を得る慈悲をお与えくださいますよう伏してお願い致します! どうか、真意をご教示ください!」

 

 勤務室の壁と向きあった背後からアルベドの必死な声が聞こえてくる。

 かなり、低い位置から響いてきたのでもしかしたら本当に土下座でもしているのかもしれない。

 今のアインズにそれを確かめるような余裕などなかったが。

 

(真意を教えてくださいって、俺が知りたいよ! アインズ様とかいう奴は一体何考えて生きてるんだよ……。あ、そもそも死んでるか)

 

 益体のないことを考えて逃避しようとしているアインズだが、この思考の間にも精神が二回は抑圧されていた。

 このままでは絶対者としてのカリスマが、粉々に砕け散ることになってしまうかもしれない。

 なんとしても、それだけは防がねばならない。

 詭弁に走るでも煙に巻くでも、とにかく何でもいいからアルベドに答えなければ。

 アインズは持てる知能をフル動員して、これまでのナーベラルやデミウルゴスとのやりとりを思い出す。

 

「……あ、アルベドよ、本当に、全く、何一つとして分らないのか?」

「……いえ、正直に申し上げれば、恐らくこれだろうというものがいくつか。しかし、確証のない推論によってアインズ様をご不快にさせてはいけないと――」

「よい! いいからそれを話してみるのだ、アルベド。例えそれが間違っていても私は不愉快に思ったりしないとも」

「では、恐れながら、アインズ様がご提案された策ですが、アインズ様自らがご提示されたこと以外に二つのメリットがあるとの考えに至りました」

「……ほう、それは何だ?」

「はっ、まず一つ目に、現時点でエ・ランテル指折りの強者である冒険者モモンが求人をかけることによって、エ・ランテルに潜在する生まれながらの異能(タレント)持ちや武技を扱える危険分子たちを効果的に炙り出すことができるかと思われます。それでなくとも、自分の能力に自信がある者たちが集まってくると思われますので、これまで名前などが知られていなかった要注意人物をチェックすることもできるでしょう」

「なかなかいい目のつけどころだ。……二つ目はどう思う?」

「はい、それはシャルティアを洗脳しようとした組織からの接触を期待できるという点です」

「っ!?」

 

 アルベドの発した言葉に思わず、何だと、と叫んで返しそうになるのをすんでで堪える。

 シャルティアを洗脳しようとした組織――アインズに愛し子を手ずから殺させるよう仕向けた塵共についての調査は目下のところ、ナザリックの最優先事項の一つになっている。

 少なくない数のシモベを動員して調べさせているのだが、今のところ成果は無いに等しいのが現状だ。

 アインズは自身が分っている(てい)を崩さないよう注意しながら、アルベドに尋ねる。

 

「シャルティアの洗脳に失敗した奴らが、いずれシャルティアを倒したモモンに接触してくるかもしれないというのは以前から注意していたことでもあるが、今までは結局一度もそういうことはなかったはずだな? ではなぜ、今回の策でそれが成ると読んだ?」

「はい、それはその組織単独でモモンに接触するのは相手側のリスクが高いからです。逆に、モモンの仲間募集に応じる形で近づけば、より安全に接触することが可能であり、場合によってはチームメイトとなって利用できる可能性すら存在します」

「なるほど、なるほど」

 

 確かに理屈は通る。

 木を隠すなら森の中、ではないが自分以外に(デコイ)が沢山いる方が何かと動きやすいことは間違いないだろう。

 

「アルベドよ」

「はっ」

 

 どうにかこうにか窮地を切り抜けたことで、幾分か冷静になったアインズは振り返りながらアルベドに声をかけた。

 想像通り、アルベドは伏して頭を下げた状態でそこにいた。

 

(おもて)をあげよ、アルベド。……先ほどはお前に失望したかのような態度をとってすまなかった。この私の器量の小ささを許してくれ。そして、私は改めて、お前はデミウルゴスに唯一比肩し得る智を持つとの確信を持つに至った。……今後も、ナザリックと私――アインズ・ウール・ゴウンのためにその智を役立ててはくれないか?」

「あ、アインズさま……」

 

 アルベドに語りかけながら、彼女の手をとり立ち上がらせる。

 縦に光彩の入った黄金の瞳孔が、微かに涙で滲んでいた。

 何かをアインズに伝えようとするが、アルベドは上手く言葉にできないようだった。

 アルベドに釣られたのか、フーリエもちょっとだけ涙目気味だ。

 

「では、アルベド。私はそろそろまたエ・ランテルに戻る。今回の作戦を含め、後のことは任せても大丈夫だな?」

 

 アルベドの様子が落ち着いてきたのを見計らって告げる。

 泣いたことによって少しだけ赤くなった目で、アルベドは優しく微笑んで見せた。

 

「はい、お任せください、アインズ様。そして、行ってらっしゃいませ」

 

 一瞬そんなアルベドに見とれてしまったアインズは、何故だか無性に気恥ずかしくなって逃げるように転移魔法を起動する。

 ナザリックとエ・ランテルの景色が入れ替わるその瞬間、アインズの耳に、あいするおかた、という声が聞こえた気がした。




大変お待たせいたしました。
書きたいことを詰め込んだ結果、長さがいつもの1.5倍ほどになってしまいました。

活動報告の方にも書きましたが、仕事の関係で今後は週刊ペースになるかと思われます。
楽しみにして頂いている方々、本当に申し訳ありません。
よろしければ今度ともよろしくお願い致します。

引き続き、誤字・脱字等ありましたら指摘して頂けると嬉しいです。

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