骸が部屋を出ていってからどれ程経ったのか。
ツナはジッと自分の掌を見つめる。そこには真新しい傷があった。骸の三叉槍の尖端でプツリと掌を刺した痕だ。もう既に血は止まっていて、絆創膏すら要らない傷。
骸を信じている―――その言葉にウソは無い。あっさりと交わされた契約に骸は呆れかえったような表情をうかべていた。
「意外と義理堅いんだよなー・・・アイツ」
クスクスと笑いながらその掌の傷をそっと撫でた。
きっと他の守護者やリボーンに知れれば怒られるどころの騒ぎではなくなるだろう。クロームと違い、骸は未だに信用されていない。
彼等に隠し事ができたことに少しだけ気分が良くなる。
口の端をあげた丁度その時、ドアをノックする音がする。
「・・・どうぞー?」
「失礼します・・・10代目、骸は?」
部屋の中を確認しながら訊ねる獄寺にツナは苦笑した。
「もう部屋に戻ったんじゃない?かなり前に出て行ったよ」
「・・・何を、話されたんですか?」
心配だ、と顔にデカデカと書いてある獄寺が訊ねてくるが、ツナは教えるつもりは毛頭なかった。
「世間話だよ。・・・ただのね」
にこり、と笑うツナに、聞き出すことが難しいと察した獄寺は静かに目を閉じる。
「でしたら、良いです」
「うん。・・・それで、“隼人”にお願いがあるんだけどね?」
ツナがワザとその名を口にすれば獄寺はバッと視線をツナに向けた。その秀麗な顔がじょじょに真っ赤に染まっていく。
「じゅ、じゅじゅじゅ・・・10代目・・・ッ」
「どうしたの?“隼人”?」
ニッコリ。
確信犯だ―――そうわかっていても、獄寺の頭は沸騰寸前だった。
「おーい、ツナ?」
ノックもせずに執務室の扉を開け、山本が入って来る。
「ん?どうしたの、山本」
「いや、獄寺来てないかなーと思ってさ・・・ちょっと明日のことで相談があったんだ。なぁ、獄寺・・・」
山本がポン、と肩を叩いても獄寺から何の反応も無い。首を傾げてその顔を覗き込んだ山本はギョッとした。
「ど、どーした?獄寺??顔真っ赤だぞ?熱でもあんのか?」
「あはは。あのね、“隼人”は照れてるんだよ。ものすごーくね」
ツナの笑いを含んだ声音と、その呼び方に山本は納得した。
「ああ、ナルホド・・・ってか、ずリィなぁ。俺も名前で呼んで欲しい」
「じゃあ、武?」
「おう!・・・でも、なんか照れるのな」
ニカリ、と笑う山本にツナは苦笑した。
「隼人ほど、良い反応示してくれる守護者っていないと思うんだよね。雲雀さんのコトも恭弥って呼んでみたんだけど、ちょっと機嫌よさげに笑っただけだったし」
「もともとランボはランボだし・・・先輩は?」
「了平さんはこっちに来る少し前から“了平さん”って呼んでるしね~。呼び捨てできない」
「・・・ナルホド。で、獄寺で遊んでたってワケだ」
この2ヶ月、ツナによって遊ばれた回数が最も多いのが獄寺である。
開き直ったツナがこんなにも厄介だとは思ってもいなかっただけに、守護者(とリボーン)はツナに振り回されまくった。
元々こんな素質があったのかと過去を思い返してみるが、そんなイメージを抱くようなことがあった記憶は全くない。
どこで染まった。と守護者やリボーンが唸るのをせせら笑い、ツナは今までのお返しだよと綺麗に笑って、キッチリと“仕返し”をしてくれた。
「ま、そういうこと。・・・でさ、隼人に頼もうと思ってたんだけどしばらく再起不能っぽいから、武に頼んで良い?」
「別にいいけど、何したら良いんだ?」
「うん、骸とはもう話したから・・・他の守護者の皆を呼んで来てくれないかな?」
そう言って微笑んだツナに、山本は素直に頷いた。
「ああ、わかったのな」
***
そうして呼び出された面々は、今度は何を言い出すのだろうと身構えたままツナに視線を向けた。
「それで、僕等を呼び出して何の用があるの?」
群れているのが我慢ならないのか、イライラとした様子で雲雀が問う。
「最後の確認をね?」
ツナはそう言って、明日の式典のために回収してあったVGを載せたトレイに視線を向ける。
自然と守護者もそれを追うように視線を向け、戸惑ったようにツナへと視線を移す。
「ツナ?」
山本が口を開くと、ツナはニコリと笑った。
「ボンゴレをブッ壊す・・・それが俺が10代目を継ぐ理由だよ。それでも俺について来てくれるのなら・・・このVGを受け取って欲しい」
ハッとする守護者の前で、ツナは嵐のVGを手に取る。
「隼人」
「・・・もちろん、俺は10代目と共にあり続けます」
獄寺は頬を紅潮させながらVGを受け取る。
次にツナが手に取ったのは雨のVG。
「武」
「ま、一緒に屋上ダイブした時から、俺はツナとずっとダチでいるって決めてたからな」
いつものようにニカリと笑い、VGを受け取る山本。
「ランボ」
「・・・絶対に追い付くんだもんね」
まだ子どもだからとろくに引き継ぎさえもさせてもらえなかった身としては、VGを受け取っていいものかと躊躇したが、ランボはそう決意してツナから雷のVGを受け取った。
「了平さん」
「うむ!極限にお前の望みを叶える手伝いをするぞ!」
グッと拳を握りながら宣言する了平。
「クローム」
「うん・・・私、ボスの役に立つ」
片方は既に骸の手にある霧のVG。残りの片方をクロームに手渡し、ツナは笑みをうかべた。
「脱走する時はよろしくね、クローム」
「任せて」
「・・・10代目、それは勘弁してください・・・」
良い雰囲気だったのに、と獄寺が肩を落とす。
「・・・恭弥」
「仕方ないね・・・守護者になると言ったのは僕だ。ただし、群れたくない時はいくら君に呼ばれても行かないよ」
それが雲雀のスタンスだとわかっている面々は(獄寺ですらも)何も言わない。
「わかってるよ。・・・それに、たまには準備運動に付き合ってもらうのも良いかなあって思ってるんだけど?」
「・・・それなら、喜んで付き合ってあげる」
ニィと口の端をあげ、雲雀はツナからVGを受け取った。
「・・・皆、ありがとう。これからもよろしくね」
微笑みをうかべたツナはとても満足げだった。