ツナ達が渡伊する数日前にイタリアに到着したクロームは、その重厚な城の雰囲気に圧倒されていた。
「さぁ、クロームさん、こちらへ」
本当の霧の守護者は骸なのだが、その器であり、それなりの実績もあるクロームは“もう1人の霧の守護者”としてボンゴレ内では認識されていた。
「・・・あ、はい」
とはいえ、生来の引っ込み思案な性格がすぐに治るわけでもなく。
まったく見知らぬ者達の中に突然放り込まれた形のクロームは、おどおどと辺りを見回し、己を案内してくれるチェデフの女性――オレガノといったか――の背を追った。
案内されたのは、ボンゴレ9代目の執務室。
「よく来たね、クローム髑髏君」
「・・・」
穏やかな笑みをうかべる老人が、巨大マフィアのボスであるとわかっていても、どうにも実感がわかない。
「ははは、そう緊張しないでおくれ。・・・綱吉君達よりも先に来てもらったのは、他でもない。君の意志を確認したかったからだ」
「意志?」
「ああ・・・君は六道君のためにここにいる。そうだろう?」
9代目が何を確認したいのかいまいちわからなかったが、骸のためにボンゴレに所属していることは事実なので、クロームはコクリと頷く。
「・・・君の立場はとても危ういものだ。すべて、六道君次第」
ピクリ、とクロームは肩を震わせた。
実際、骸が守護者であることをどう思っているのかを聞いたことは無い。が、ツナ自身に喝を入れるくらいには心を許しているようにも思う。
「・・・もし、骸様がボスを裏切るとしたら、・・・それはボスが骸様を裏切った時」
妙な確信を持ってクロームは答える。
「ほう・・・それは、六道君が言っていたのかな?」
「・・・私の、希望・・・だけど」
「希望、か。うん、良い答えだね・・・ところで、君は綱吉君が好きかい?」
突然問われ、クロームはギョッとする。
「変な意味ではないよ?・・・人としてどうか、と聞いているんだ」
クロームの誤解に気付いた9代目がクツクツと笑う。クロームは若干頬を赤らめたまま、俯き加減で答える。
「好き・・・ボスは、私を“私として”見てくれるから」
だから、いつかは・・・本当の名を呼んで欲しいとも思っている。
骸のように。
今のクロームの心の中は骸や黒曜の仲間が大部分を占めているものの、残りのほとんどはツナが占めていると言って良い。
こんな得体の知れない自分を、元は敵であった骸達を、信頼する仲間のように扱う彼を憎く思うわけが無い。
「そうか・・・わかった、ありがとう。君の意志は確認させてもらった。早速、引き継ぎを始めてもらおう」
「引き継ぎ・・・?」
「守護者としての心得を先輩から聞く、と思ってもらえればいいよ」
そう言って微笑む9代目に、クロームは小さく頷く。
「クロッカン・・・入りなさい」
呼ばれて執務室の奥の扉から現れた黒人男性に、クロームは首を傾げた。
「彼が、私の霧の守護者だよ。・・・これから約3ヶ月、彼の傍について守護者が何たるかを学んでもらいたい」
「・・・クロッカン・ブッシュだ」
「クローム髑髏・・・よろしく」
「ああ」
クロームはぶしつけにクロッカンを眺めまわし、ふと気付いて苦笑した。
つい術者としての実力を計ろうとしてしまうのは、悪い癖だ。
ツナはこう言うと嫌がるが、術者の戦いはまず第一印象から始まる。互いに主導権を得るためにある程度の“騙し”があるのが普通なのだ。
姿、声、その雰囲気までもが“本物”なのか、見分けられなければ術者として主導権を握られたも同然だった。
「・・・それで良い」
ボソリ、と告げられた言葉に、クロームはハッとする。
「味方であっても、まずは疑ってかかれ。・・・それが、俺達霧の役目でもある」
「うん・・・わかった」
霧同士でしかわからない心情に気付いたのか、クロッカンはクロームのぶしつけな視線に不快感を示すでもなく、淡々と告げる。
「それから、なるべく他の守護者とは距離を置け」
「・・・?」
「ボスの脱走を手伝うのも霧の使命だ。その時、守護者と距離が近いと気付かれる」
「・・・・・・え?」
彼は今、とても重要なことを告げるような雰囲気で、どうでもイイことを告げなかっただろうか。
クロームはもう一度訊こうと視線を上げ、クロッカンの視線がすごく泳いでいることに気付いた。
「・・・それ、引き継ぐ、の?」
チラリ、と9代目に視線を向ける。まさかこんな好々爺然とした人が、脱走とか有り得ない。
そんな視線を受けながら、9代目は胸を張って答えた。
「ツッ君が望むのであれば、手とり足とり、様々な脱走法と脱走ルートを教え込むつもりだよ」
何の冗談だ、と問いたかったがこれは紛れもなく本気だとクロームにはわかった。
伊達に術者をやってるわけではない。嘘の匂いには敏感だ。彼等は嘘をついていない。―――つまり、これは本気の話。
「・・・・・・・・・・・・・・・ボンゴレって、どうなってるの?」
思わず骸に助けを求めたくなったクロームだった。