「ここでいいのよね? 」
転入生に渡されたメモに書かれていた指定の場所、学院農場のあぜ道に私は来ていた。ここはスイカ畑とトウモロコシ畑のちょうど境。在校生ですらあまり知らないこんな場所に、学院事情に疎いはずの転入生が何故ここを知って指定したのか不思議に思う。
メモには、『お話したいことがあります。午後6時にトウモロコシ畑の入り口の所で待っています。必ず来てください。親愛なる白羽蘇芳様』と。
夕日に照らされて赤く燃える様なトウキビを背に、時計を見ると約束の時間の10分前だった。周りを見回しても誰も居ないし、来た道を振り返って視線を向けても来る人も居ない。ただ風が木を作物を揺らす音だけがする。担がれたのだろうか? 少し悲しくなり、側にあるウサギ小屋に足を運んだ。ここは、私も最近知った学内で数少ない癒しのポイントなのだ。
「うさちゃん。元気にしてた? 全員居るかな? ゴメンね、今日はお野菜無しなの。また端材出たら持ってくるからね・・・・・・」
うさぎに声をかけていたら、後ろに人の気配を感じた。と同時に、余りなじみのない声が耳に飛び込んできた。
「白羽さん、来てくださったのですね。凄く嬉しいです。来てくれないかと思って・・・・・・」
振り向くと今日紹介された転入生の・・・・・・。名前が思い出せないの歯がゆい。
「えっと、関・・・・・・さん? ご免なさい。まだ、お名前を覚えていないの 」
「関本です。関本ゆかりです。名乗らないでお呼び立てしたのは、大変失礼なことをしたと思います。すみませんでした」
関本ゆかり、と名乗った彼女は優しそうな目をしたショートボブの子・・・・・・。一体、私に何の話だろう? 私は立花さんやマユリさんほど社交的ではないし、仲介役には不適だ。関本さんとは今日会ったばかりで名すら覚えていないくらいの関係。それなのに・・・・・・。
「関本さん、お話って何かしら。学院のことなら、バスキア教諭や花菱さんの方が・・・・・・」
そこまで言うと、首を振ってグイッと近づいてきた。そして抱きしめられた。痛くなるほどにギュッと。
「何するの、離して。痛いわ、関本さん」
ハッとがついた様で少し力を緩めてくれた。でも制服を摑む力はそのままで私を解き放してはくれない。関本さんの汗の香りが鼻の奥をくすぐる。そして上目づかいで私を見上げ口を開いた。
「白羽さん。今、お付き合いしてる人居ないのでしょう。私じゃダメですか」
「白羽さんのことは色々知っています。復学された黒沼さんとはお付き合いしてたことも、その顛末も・・・・・・」
「図書室の妖精と呼ばれていたり、上級生にこっそりとファンクラブが有ったり、それにピアノもとても上手ですよね。でも私ね、そんな虫も殺さぬ顔をしてる清楚で真面目な白羽さんが、夜中に不法に校内に入って捕まったことも知ってますよ」
「?! 」
「そしてあの会長さんが狙ってることも。今日もライバル潰しに教室に来てて不愉快だったな、あの人・・・・・・。私、姉が3年に居るんで知っているんです。色々とね」
「花菱さんは校内案内の時、白羽さんは今、色々大変だからそっとしてあげてって言ってたけど・・・・・・。私は無理。こんな時だから動くの。出遅れ挽回する良いチャンスだもの」
私は困惑した。転入生がアキラとのことを知っているなんて思いもしなかったし、極一部の人しか知らないはずの、血塗れメアリーの校舎潜入捕縛の事も知ってるなんて・・・・・・。頭は混乱する一方だ。
これを見てください、私の宝物なんです。そう言い、きつく抱きしめていた手を緩めてボケットから一枚の写真を出してきた。
「これって・・・・・・どうして貴女が・・・・・・」
それは聖母祭でのメイド服姿の私の写真。色々な人に撮られたんで、誰が撮ったかはわからない。だけど、この子では無いと思う。不思議に思って固まる私を見て、天使の笑みで返答した。
「姉に貰いました。というか簒奪しました。この写真を見て、ここアングレカム学院に来ることを決意したんです。変ですか? 」
「前から学院のOGの母に、ゆかりもアングレカムに行ってみない? とか姉にもゆかりも来なさいよと誘われていたのですけど、全寮制だし色々厳しいし躊躇してました。でも白羽さんを知って・・・・・・。友達と離れるのは辛かったけど。意を決してここに転入してきました。それに代々我が家は"エス"に理解があるんです。祖母も母も姉もそうでしたし」
あからさまな好意。それを向けられて嬉しく無い訳は無いけど、あまりに突然すぎるし、正直困る。私は八代先輩に以前からアタックされているので、その好意を受けようと思っているから・・・・・・。
「関本さん、ごめんなさい。その・・・・・・好意はありがたいけど、私は八代先輩とお付き合いを・・・・・・」
「今日の休み時間、白羽さんは会長さんといちゃいちゃしてましたけど私は認めませんから。あんな・・・・・・あいのこの年増なんて白羽さんには似合わない。あなたを絶対に振り向かせてみせます。私だけにね。まずは同じ土俵に立ちたいので・・・・・・」
最後まで言い終わらないうちに、怖いくらいにギッと目に力を込めて再び抱きつき、私に強引にキスをしてきた。舌を絡ませてくる。上手だわこの子おそらくかなりの経験者。私を骨抜きにするまでキスは続いた。
「や、やめて、く、下さい。止めてくれるならこの事を内緒に・・・・・・」
「ダメよ。ここで止めたら白羽さんは私に振り向いたりしてくれないから。さてここからが本番」
服の上から身体を弄られる。突き放そうにも力が入らない。そしてワンピを裾から捲くり上げられ身体をくまなく愛撫されてしまった。暫くされるがままに抱かれていた私・・・・・・。
「蘇芳さん,今日はここまでにしておきます。会長さんへの交換日記に詳細に書いて下さい。関本ゆかりに婦女暴行されたって。あの会長に喧嘩を売りたいので。でもクラスの子には言ってはダメ。もし漏らしたら、あの夜の秘密をばらすわ。そうすると、親族の方、入学時の保証人、親友の双子さんやら、そう愛しいあの会長さんにも迷惑かかるわよ」
そこまで言うと、乱した私の服を整えていく。次第に教室でバスキア教諭に紹介された時の柔和な顔に戻っていった。
「それでは、また明日・・・・・・黒髪の未亡人様」
頭を下げて関本さんが帰っていく。虚ろにその姿を見続けて私はへたり込む。膝に力が入らない。そして手でずってウサギ小屋に背をもたれて綴じ目を閉じ、今日ここに来てのことを反芻する。
アキラを失って50日も立たないのに・・・・・・。毅然と拒めなかった私って内心は唯愛されたいだけの、淫乱な女なのかと自己嫌悪する。濡れてしまった下着がその印。ない交ぜの感情が涙を零す。どれくらい時が経ったのか、日の長い夏の夕方だけど日没はとうに過ぎて周りはかなり暗くなってきた。
「風が冷たい・・・・・・。早く戻らなきゃ」
気が付くと遠くで私を呼ぶ声が風に乗って聞こえてくる。
「蘇芳さん、居るなら返事して。もうすぐ真っ暗よ。蘇芳さんー」
「白羽さんー」
立花さんの声だ。もう一人は・・・・・・声では誰だか判らない。でも二人して本気で捜している様だ。もそもそと涙を拭きしっかりと目を開けて声の主を探す。道の先に二人の姿が。立花さんとアミティエになった根本さんだ。ここだよと手を挙げようとしたら、向こうが先に気づいた。
「花菱さん、あそこに居ます。白羽さんー。どうしたのですかー」
「蘇芳さん、待ってて直ぐに行くから」
全力疾走、渾身のダッシュで来てくれた。息が弾んでいる。二人ともしゃがみ込んで抱きしめてきた。根本さんの目には涙も・・・・・・。
「心配したわ。アミティエの根本さんが、蘇芳さんが居ないって探し回ってて、私の部屋に来たの。居ないかって。それで手分けしてマユリと沙沙貴さん達は校舎と聖堂。八重垣さんは寮を捜してるわ」
「後追いで・・・・・・とか、変な心配をしてしまったから。とにかく無事で良かった。怪我とかして無い? 平気? 歩けるかしら。蘇芳さん、泣いてたの? それに手も顔も冷たい・・・・・・早く寮に戻って温かい御飯を食べて、お風呂で温まって休みましょう」
手を握り頬に手を当てて私を気遣う。立花さんの優しさが身に染みる。
「白羽さん、本当に心配しました。鞄は部屋にあるのに、寮にお姿が見当たらなくて・・・・・・。温室から出てきた寮監とバスキア教諭に聞いても知らないって言うし、会う人会う人に聞いたのに誰も知らなくて・・・・・・」
「それで級長の花菱さんのお部屋に行って・・・・・・」
アミティエの根本さんが、涙声で話す心情を聞きながらごめんなさいと謝る。遅くなるときはちゃんと言付けし、そしてこれからは、メモに行き先書いておくわね・・・・・・と。立花さんにも謝罪し、後追いなんてしないわ。アキラに怒られてしまうからと。
二人に抱えられながら寮まで来ると、クラスの大半が外で待っていてくれた。皆の前で頭を下げて騒動を詫びる。農場奥のウサギ小屋に居たと花菱さんが皆に報告していると・・・・・・
「お前さ、そんなにウサギ好きなら飼育係でもしろよな。聞いてるのかし・ら・は・ね! それとも傍にある畑でトウモロコシでも失敬しに行ったのか? まさか生で食ったとか言わないよな? せめて茹でろよ」
八重垣さんの一言で場が緩んだ。
「蘇芳ちゃん、スイカ畑は見てきた? 」
不意に問うてきた苺さんに首を横に振ると、
「そっか。収穫祭までに大きくなって無いと悲しいじゃない。だからどうだったのかなって」
「蘇芳ちゃんは、苺姉みたいに食い意地張ってないんだよ。大きくって言えばさ、スイカは勝手に育つけど、私達のお胸はは大きくならないね。蘇芳ちゃんの指導通りなのに・・・・・・」
ジト目で恨めしそうな顔をする沙沙貴さん達。何人かが同意の顔をする。
「私とマユリは、効果出てきてるわよ。背も少し伸びたし。冬くらいには160位まで伸びないかな? そして蘇芳さんみたいに、ボン、キュッ、ボンに」
乙女の話題ににすっかり和んだ空気になった。そんな中少しムッとした八重垣さんが
「一件落着したんだろ。虫に刺されるから戻ろうぜ。白羽、お前車椅子を押してくれ」
「もー親しいからって気安くこき使わない。蘇芳さんは疲れてるのよ。マユリ、蘇芳さんの代わりにこのメドゥーサ様を押してさしあげて」
「花菱、お前が広めてるのかその二つ名。天パーだからってそんなにくりくりしてねえよ、全く。それにしても孝崎はどこかに消えて捜すの手伝わないし、今もここに来て無いだろ。アイツ何様なんだ? 匂坂に花菱、お前らで孝崎引き取れよ。やだよアイツとずっと一緒なんてよ」
「決まったことなのに、うじうじ言わない。男らしくないぞ少年」
八重垣さんの胸に視線落としながら、マユリさんがそう言い、立花さんが続けて
「八重垣さんが、大きな愛で包めばいいのよ。お胸は小さいけど・・・・・・そうそう孝崎さんって胸大きいわよね。クラスで一番かも。八重垣さんも親睦の意味で大きくなる秘伝を聞き出したら? 」
私から八重垣さんに話題はすり替わって騒動は終了し、全ては寮の中に吸い込まれて行った。
夕食の時間を迎え、食堂はにぎやかだ。学院の食事はアミティエ同士で取るのが基本。慣れてくると色々になるけど、さすがに初日は基本を遵守する。
「この学院は、お食事は凄く美味しいから、油断すると肥るわよ。気を付けて」
「根本さんは、好き嫌いは多い方? 私は少しあるのよ・・・・・・」
「白羽さん、それ意外。よけてくれたら頂戴いたします」
食堂で他愛ない話しをしながら、食事を取る。根本さんが、魚の骨を丁寧に処理するのを見て、さすがお嬢様という感じで感心した。箸の動きもマナーに準拠といった態だ。
「私は、好き嫌い無いですね。でも強いて言えば、蜂の子とかイナゴの佃煮はパスですね」
まさかの食材に思わず戻しそうになってしまったけど、何とか堪えた。これ以上はキツいので話題を変えてみる。
「根本さんは、部活や委員の事ことを説明してもらったのかしら?」
「ええ。一応さらっと簡単に。白羽さんは料理部とお聞きしましたけど、図書委員との兼任は大変ではないのですか? 」
「本に関わる仕事はずっとしたいと思っていたし、図書委員の方はそんなに大変ではないわ。料理部はちょっと大変ね。得手不得手も有るし。分業制で作ることもあるし。八代先輩への個人指導も結構大変なの」
「得手不得手? 」
「例えばお魚を裁くのは苦手だけど、煮物得意とか。ここに来るまでは、祖父と二人暮らしだったので、料理自体はそこそこ出来たのよ。この学院に居ると作ることあまりないから料理部は腕の維持的には役立ってるわね」
「凄いなぁ。私なんて御飯炊くぐらいしか出来ないのに」
なんか自慢になってしまったみたいで面映い。根本さんは何かとっても話しやすい。今日初めて会ったのに、不思議とうまく会話が出来ている。これならうまくやって行けそうだ。
「八代先輩の個人指導って、なんなんです? 八代先輩ってもしかして今日来た銀髪の会長さんですか? 」
「ええ。あのエキセントリックな人よ。私が料理部に入るきっかけも、先輩に籠絡されてしまったのが発端で・・・・・・。入ったら入ったで色々あって専属コーチしてるの。器用で頭の切れる人なんだけど、料理はなんていうか超苦手なのよ、八代先輩」
「苦手なのに料理部に居るんですか」
「苦手を克服しようとしてね。先輩は小さい頃、母親亡くしていて、その代わりに弟さんたちに手料理を出してあげたいって、料理部で研鑽しているの。その上合唱部にも参加してるし、尊敬に値するわ」
ここまで聞いて急に根本さんがかしこまった気がしたけど、その理由を直ぐに理解した。人の気配を感じ振り向こうとすると、バッと八代先輩が後ろから私の肩を抱いてきた。
「蘇芳君、不肖の弟子の僕をここまで買ってくれているとは・・・・・・感涙だ。もっと褒めてくれ」
向かいの席の根本さんに聞こえるように話す。そして頭を寄せ、耳にふーっと息を吹きかけた。びくっとする私に微かに聞き取れるくらいの小声で
「愛してるよ。す・お・う」
と囁く。言った方も、言われた私も2人とも首筋まで真っ赤。それを正面で見ていた根本さんもほんのり赤くなってる。
「恥ずかしいから、人前では遠慮して下さい」
「じゃ、二人きりになれる場所に行こうか。寮にはまだ空いてる部屋あるし。そこに布団を敷けば・・・・・・」
「からかうのもそこまでにしておきなさい、譲葉。最近の譲葉はなんていうか、節操が無いというか、ガッついてるというか品が無いわよ。ニカイアの会会長として少し自重しなさい。蘇芳さん、アミティエの方も御免なさいね。」
小御門先輩が助け船を出してくれた。小御門先輩は八代先輩とは幼なじみの間柄、何でも言い合える仲。かつては恋仲だった。そこに私が出現して、八代先輩から別れた形になっている。色々有った様だけど、今現在小御門先輩は学外に思い人が居るので、幸い二人と私でも修羅場にはならない。
「わかったよ。ネリー。それじゃ帰るから。蘇芳君、交換日記の方を宜しく頼む。アミティエの君。邪魔して悪かったな。名前は? 」
「根本小夜花と言います。小さい夜の花でさやかです」
「あら、良い名前。私は小御門ネリネです。ニカイアの会の副会長しているの。合唱部の部長もしているので、興味があったら聖堂に来てね。そこの・・・・・・」
「ネリー、割り込みは禁止。僕が名を問うたのに。僕はニカイアの会の会長の八代譲葉だ。料理部と合唱部を兼任している。あとサッカー部もやってるからね。これは学院の公認でないから入学の資料には出てないな」
「蘇芳君もサッカー部と料理部員両方してるんで、わからないことは蘇芳君に聞いてみてくれ。それに合唱部の客員演奏者だから、合唱部のことも聞いてみなさい」
「それじゃ蘇芳さん、小夜花さん。ごきげんよう。行くわよ譲葉」
手を引かれ、名残惜しそうに去っていく先輩を見やりながら、私達は顔を見合わせて苦笑する。周りの視線も痛い。嵐の様な一時だった。
「白羽さん、ピアノも弾けるんですね、憧れちゃうな。それにサッカーもなんて、凄いです」
「ピアノは小さい頃からしていただけよ。ましてサッカーは、素人も素人。身体が大きいでしょう? だからキーパーにさせられただけで、凄くなんて無いわよ・・・・・・」
遅く来たので、そろそろ学食が閉まる時間だ。食器を返却して部屋に戻る。一年生の入浴時間は後の方なので暫くは根本さんの荷物の整理を手伝う。ふとカレンダーを見ると試験が近い。私達はともかく、転入生はどうなのか聞くと課題の提出で試験はしないらしい。まあ転入時には試験してるだろうし、習っても無いことを試験に出されてもどうしようもないだろう。一般教養ならいざ知らず、聖書のこととかは・・・・・・。
「蘇芳ちゃん、お風呂行こう。根本さんも一緒に」
沙沙貴さん達と連れ立って入浴。以前は羞恥から一人で入っていたけど、恥ずかしさと楽しさを天秤にかけて、今は皆と入ることにしたのだ。洗いっこしたりふざけたり。昔の私が憧れた世界。ずっと一人で孤独だった私が切望した・・・・・・。今はそれが叶う。最近は慣れたせいか、他人の裸見ても変な感情になることも減ってきた。見られても然り。積極的に脱いだりとかはしないけど。
「ねえ、蘇芳ちゃん。ここどうしたの。変な痕ついてるよ。爪でひっかかれたの? こっちはぶつけたのか赤くなってる」
苺さんが私を見ながら、指を差す。その声に皆が反応した。
「そんなに見ないで。恥ずかしいから。言われるまで気が付かなかったんだから、たいしたことないのよ多分」
手で胸と秘所を押さえて、湯船に逃げる。そして痕が消える様にこそこそと揉んだ。押し倒され関本さんに付けられた痕。彼女は先に入ったのか今お風呂場には居ない様だ。
「蘇芳ちゃん、それもしかして宇宙人にアブダクションされた跡なんじゃない? 」
林檎さんが耳慣れないことを言う。何だろう、アブダクションって。他の人もわからないらしく、会話が途切れて、桶の音と水音だけになってしまった。
「アブダクションって言うのは、宇宙人が人間を攫って、人体実験したりすることだよ。そしてことが済んだ後、記憶を消して現世に返すって言うやつのこと。蘇芳ちゃん、あんな誰も行かない場所で倒れてたんでしょ。あそこならUFOが来てても見つからないかもしれないし」
オカルトは得意中の得意。十八番が炸裂した。それをオカルトが大の苦手の立花さんが止めさせて、湯船の中の私の所に来た。
「蘇芳さん、良くなったかしら? ウサギ小屋にもたれかかってるの見たときは、正直覚悟したわよ。何が有ったのあそこで?」
湯船に入って隣に来た立花さんの声に皆が振り向く。
「別に何も・・・・・・」
「何もないわけないでしょう? あんなに精気なくぐったりしていたのに。皆、蘇芳さんが心配なのよ。本当のことを話して。もしかして・・・・・・誰かに襲われたんじゃなくて? そうならそんなことした犯人を絶対に許さない! 」
声を荒らげる立花さんに、皆びっくりしている。当の私も。
「立花は蘇芳さんが心配なんだよ。立花はなんだかんだ言って蘇芳さんのこと憧れてるから。私と2人で居ても蘇芳さんのことを何処か気にしててさ、私の嫉妬心を煽るんだよ」
「恥ずかしいからそれ蘇芳さんの前で言わないっていう約束でしょ、マユリ。もう後でお仕置きするからね。レベルEを覚悟しなさい。話し戻すけど蘇芳さん、言えないのなら手紙でも良いわよ。待ってるから」
そう言って立花さんとマユリさんが脱衣所に消えて行った。お風呂場には一緒に来た沙沙貴さん達と根本さんと転入生の4人が残ってるだけ。苺さんが周りを見回してから私に話しかけてきた。
「蘇芳ちゃん、委員長に言いにくいことなら私達に言ってよ。親友じゃない。血塗れメアリーで捕まってその後蘇芳ちゃんに酷い事して逃げ出したのに、もう一度ここに戻って来ようと思ったのは、おばあちゃんの遺言と蘇芳ちゃんに恩返ししなきゃってことだもん」
沙沙貴さん達の優しさが染みる。2人の手を握ってありがとうと言い、でももう少し時間を頂戴。いずれ話せるときが来ると思うからと2人に言うと
「いずれって何時よ。どうして、私達にも言えないの? 」
こくりと頷くと、苺さんに頬を張られた。騒然とするお風呂場。
「林檎、行くよ。こんな分からず屋・・・・・・」
苺さんが林檎さんの手を引っ張り、泣きながら出て行った。私のせいで傷つけてしまった。心の中で謝る。半ば呆然としたままお風呂場を出て脱衣所に。タオルで顔を拭いたら赤く血の跡。唇の端が切れてしまった。罰かなと思ってタオルを見ていると、根本さんが声をかけてきた。
「大丈夫ですか、切れてるのですね。私、薬持ってますから。早く支度して出ましょう、白羽さん。見てた人には口止めさせますから安心して」
部屋に戻り、根本さんに薬を塗ってもらった。それにしても色々有りすぎた一日だった。疲れた。冷たい風に当たりすぎたか。試験前なのに勉強しないで寝てしまう。今日のことが全部夢なら良いのにと思いながら。