「貴女達、何処に行っていたのですか! こんな時間まで! 泥だらけじゃないの・・・・・・。花菱さん、もしかして怪我をしているの? 」
寮の玄関の前には、仁王立ちのダリア先生と風紀委員の萩野さん。風紀委員の腕章がより威圧感を醸し出す。中のロビーの奥には八重ちゃんが心配そうに私達を見ている。この剣幕ではどうにも話を切り出しにくい。
「先生すみません。三年の和田です。彼女達は私と連れ立ってハイキングに行ったのですけど、私の不注意からぬかるみにはまり怪我人を出してしまいました。しかも真っ暗なこんな時間に戻ってくることになり、先生始め、ご学友の方々にご心配ご迷惑をおかけしてしまって申し訳ありません」
固まる私達の後ろから、和田先輩がするするっと前に出てダリア先生に頭を下げた。まさか上級生が一緒とは思わなかったのだろう。ダリア先生の表情が変わった。
「そうだったの。貴女にしては珍しいわね。わかりました。後で報告を下さい。それより早くお風呂に入って汚れを落として、花菱さんは怪我の処置を。食堂には少し遅くなりますけれど、待ってもらうように連絡をしておきます」
ダリア先生は、そそくさと寮の中に入って食堂方向に消えた。和田先輩は萩野さんに車椅子を手配してと頼んだ。少し汚れを払って玄関をくぐりロビーに。不安そうな顔をした八重ちゃんが私達の所に近づいてきた。
「おかえり。それにしてもなんてザマだよ。敗残兵みたいだぞ。早くお風呂に入って来いよ・・・・・・。まてよ今の時間は三年生だな。仕方ないから少し待つしかないか」
壁の時計を見ると、フリーの入浴時間にはまだ早い。汚い姿なので座ることも出来ずに框のところで立ち尽くす。萩野さんが車椅子を持ってきたので、挫いた花菱だけさんが座っているけど、バツが悪そうだ。通り掛かった三年生が私達のなりを見て声をかけてきた。
「和田ちん、あんた何やってんのよ。後輩を泉に引率如きでこんなにしちゃって。らしくないじゃん? 」
「ちょっとミスコースしちゃって。お願いなんだけど今の時間この子達をお風呂に入れちゃっていいかな? 当番の子に許可取ってくれない? 」
「いいんじゃないの。そんなの取らなくたって。和田ちんにノー言う奴なんて居ないよ。でもまあ、一応話はしておくから安心して。一年、そんな所に居ないで風呂行きな。正直邪魔だ」
「サンキュー。今度おごるよ。ゆかり、私が取り敢えずの下着を用意するから一緒に来て。貴女達は先に入浴していなさい。何か言われたら私の名前を出すのよ、いいわね」
私達は頭を下げて廊下の角をコソコソ進みお風呂場に向う。そして八重ちゃんが小声で問うて来た。
「うまく行ったのか? 」
「うん。帰り道でこのザマだけど。それ以外はバッチリよ。荷物は外に届いてるはずだから後で回収しなくちゃ。蘇芳さん元気だったわよ。八重ちゃんはどうだったの? 」
「わっ、私は・・・・・・。用向きをして終わってしまった。それたけだよ・・・・・・。別に、何も無かった・・・・・・」
「何赤くなってるのよ。ははーん、何か有ったのね。言わないと私も何も話せないなー。みんなも八重ちゃんに今日のこと聞かれても話しちゃダメよ。お願いね」
「めんどくさいなこの二人は。痴話喧嘩は置いておいてさ立花、早くお風呂を済ませて足を診て貰おうね」
「あんた達も大概だよ。ユリーに委員長も、今日はお風呂でいちゃつくの禁止だからね。上級生が居る中に特別に入らせて貰うんだからさ。ユリー達の普段のあれは洗いっこのレベルじゃないんだからね」
「判ったよ。沙沙貴達こそ湯船で泳ぐの禁止だよ。水泳得意なのは判るけど普通はしないって」
なんなの。この人達・・・・・・。今まで一緒に入る機会がなくて、良かったと思う。一緒だったら私の胸にセクハラの嵐だった気がするから。そんなことを考えていたら、既に大浴場の前に来ていた。
脱衣所で服を脱ぐ。上級生の居る前での着替えは気恥ずかしく思う。胸が露わになった時、どよめかれてジロジロ見られて、改めて自分の胸の大きさを意識した。
「孝崎ちゃんのお胸は上級生もたじたじだね。それにしても蘇芳ちゃんよりも大きいなんてミラクルだよ。脇の方から膨らんでるんだね。揉んでいい? 」
「ダメよ。私の乳を揉んで良いのは八重ちゃんだけ。貴女達は目の前に同じお胸が存在してるんだから、二人で揉み合いすればいいじゃないの」
「ケチ。揉んだって減るもんじゃないでしょ。ケチ、ケチ・・・・・・。行こう林檎」
二人はネズミのように素早く上級生の中を動き、戸を開けて浴室に消えて行った。匂坂さん達はというと、怪我をした花菱さんを甲斐甲斐しく補助してというか、ベタベタ抱き合いながら着替えをして、あろうことか全裸お姫様抱っこで浴室に消えて行った。そして扉越しに聞こえるどよめきと嬌声にこっちが照れてしまう。中から私を呼ぶ声に我に返って慌てて返事をした。
「待ってよ、薄情者。それにしても、この状況でどんな顔をして中に入れば良いのよ・・・・・・。もう」
「滲みるよ。痛いよ・・・・・・。見てよこの腕切れまくってる。爪もボロボロ・・・・・・」
「私も脚が蚯蚓腫れになってるよ。痕残ったらどうしよう・・・・・・」
先頭を歩いていた沙沙貴さん達は草での切り傷が酷く、シャワーが殊更に滲みるらしく二人でばたばたのたうち回ってる。一方の匂坂さん達は見ると石になってしまいそうな状況を繰り広げている。あまりにも大胆で上級生も手出しできない。チラチラ視線を送り抗議するのが精一杯・・・・・・。
私はというと、普段の入浴時はとかくムッとするような表情をしているせいか、殆ど誰も話しかけてくる状況にはならないのだけど・・・・・・。今日は違った。他の二人組があまりにアレなんで,普通に見える私に上級生が切れ目なく話しかけてくる。
「貴女孝崎千鳥さんね。この学院はどう? もう慣れたかしら? もう、芸能活動はしないの? 」
私のことを聞く先輩も居れば、自分の世界に入ってるそこのバカップルの事を問う者も居る。
「あの子達、教室でもああなの。そう、大変ね・・・・・・。若いって凄っ。少しは自制しないとあの子達またしょっ引かれるわよ? 言っても聞かない? そうなの全く・・・・・・懲りないのね・・・・・・」
先輩との気を使う会話に疲れたので、私は洗い髪を纏めて湯船に漬かる。疲れが湯に染み出していく様だ。極楽極楽。そんなおっさん言葉が口をつく。戸の上の時計をぼーっと見ていると関本さんがお姉さんと浴室に入って来た。
上級生に紹介をされて、関本さんがあちこちで頭を下げている。それをそつなく済ませた後、沙沙貴さん達に風呂を出た後に塗る薬の説明をし、花菱さんには湿布の話をしているのが聞こえる。今の彼女は真面目な保健委員の顔をしている。蘇芳さんを脅迫していやらしい事をした素振りなど垣間も見せない。裏と表。怖い怖い・・・・・・。そんなことを思っていると、関本さんが笑顔で私の方に視線を向けてきた。心を読まれたのか・・・・・・。ギッと睨んだのに、ずっと笑顔を返してくる。根負けして反射的に視線をそらしてしまう。バツの悪さをふくらはぎを揉んだりして誤魔化す。
「ねえ、孝崎さんって言ったかしら。妹をそんなに嫌わないでよ。貴女がおいたをされた友達を思う気持ちは判るけど・・・・・・学院生活は貸し借りの世界よ。さっきの土下座でまだ気が済まないのなら、して欲しいことを教えて」
「ひゃっ」
関本さんのお姉さんがいつの間にか私の後ろに来ていた。低いトーンの声と同時に手でお尻を撫でられ慌てて派手に水音を立ててしまった。
「あらあら。ごめんなさいね。脅かすつもりは無かったの。少しでも機嫌を直して欲しくて。孝崎さんは可愛い驚き方をするのね。どうして何時も不機嫌そうな顔をしているの? 勿体ないわ、笑うと可愛いのに」
「からかわないで下さい。私は・・・・・・」
「そう。まあいいわ。でもそんな顔ばかりしてると、幸せを逃がす、いえ盗られちゃうわよ? 学院に巣喰う金髪の魔女に・・・・・・それじゃ、用が出来たら教室まで来て。ゆかりに言付けでも良いけど・・・・・・」
「ゆかり、背中を流してあげるわ」
そう言い、先輩は私の後ろから立ち上がり、妹さんの背中を流しに行った。"金髪の魔女に"ってやっぱりあの人だよね。急に不安な気持ちになった。私も湯船を出て沙沙貴さん達と花菱さん達に挨拶して浴室を後にした。用意された着替えを身につけて髪を乾かすのもそこそこに自室に向った。
ドアを開けて部屋に入ると、そこには誰もおらず、車から下ろされた私の荷物が鎮座していた。テーブルの上にはメモが有りお前達の荷物を配るのを手伝うから。終わったら、食堂に行くから先に行って食べてろ・・・・・・と。配るったって、八重ちゃんは車椅子なんだから、無理しなくて良いのに・・・・・・制服に着替えて食堂に出向いた。何人かが食べていたもの閑散としている。
「まだ誰も来ていないのね。今日のディナーは何かしら? 」
献立をチェックする為に、席を離れ壁の献立表を見ていたら、続々と"戦友"が到着した様で、後ろが騒がしくなった。振り返ると其処は、傷病兵達の怪我自慢の場と化していた。包帯まみれの沙沙貴さん達。互いに巻き有ったらしいけどミイラ男みたいな大げさな巻き方に思わず噴き出す。一方の花菱さんはアイシングにテーピングでスキーのブーツをした様な大きさに固められている。動ける匂坂さんがオーダーを取りまとめて私と一緒に出しに行こうとすると・・・・・・
「待った。Aを二つにBを一つ。それにカットフルーツ三つ。フルーツは私のおごりだよ。ほれ」
八重ちゃんは財布を投げて寄こした。それを見て花菱さんが小言を。
「お足を投げるなんて下品よ、八重垣さん。らしくない事しないで。お金に嫌われちゃうわ。皆もしちゃダメよ」
「やぶへびを踏んじゃったね、ガッキー」
「沙沙貴、やぶへびは踏むんじゃなくてつつくんだよ。日本語は正しく覚えろよ」
「とばっちりだよ。元はガッキーが悪いのに・・・・・・」
食堂の全員が笑った。天性のムードメーカーに、私もほっこりした。それにしても八重ちゃんは何故三つも頼んだろう? その答えは直ぐに判った。
「遅くなってすまない。ちょっと手間取った。もうお店の名前の入った紙袋は勘弁してくれよ。見つからない様に運ぶの大変だったよ。もうすぐ小御門も来るから、それまでこれ飲め」
スポーツドリンクの缶を手渡された。誰だろう? 初見の人だ。戸惑っていると、匂坂さんから冷子さんの妹さんらしいよ。小御門先輩のアミティエで名は緑さん、クラスの首席だと耳打ちされた。そうこの人が・・・・・・。
「君が孝崎君か。私は千葉緑。小御門のアミティエをしている。今度設立する演奏部の部長を拝命するんだ。小御門から聞いたんだけど、君は歌も楽器も相当なレベルらしいね。それに今、部活をして無いそうじゃないか。演奏部に加わって一緒にやらないかい? 合唱部みたいに堅苦しい歌は歌わないし、演奏もそうだよ。かつての上田知華+KARYOBINの様なスタイルを目指しているんだ。一応ピアノは蘇芳に決定している」
「あらあら。堅苦しい歌で悪うございました。私の居ない所で合唱部の悪口は酷いわ、緑さん。皆さん、遅れて御免なさい。色々と立て込んでてね」
「遅いぞ。八代は来ないのか不義理な奴だな。小御門、何だよ怖い顔して。 まあいいや。始めよう。そろそろ食事も出来るだろうから」
配膳はジャンケンで負けた先輩方になり、私達は待遇よろしくナプキンを広げ配膳を待つ。破綻無く上手に配膳するので問うてみれば、一年の後期から始まるマナー時間に習うと返答が。喜々としていた沙沙貴さん達が一気に悄気る。苦手そうなのを皆が瞬時に理解し行く末を案じた。
「君達はバスキア教諭に習うんだろう? 天使の様な顔をしてあの人は魔女だから・・・・・・。敵に回さない様にしなさい。聞いた話では・・・・・・」
「緑さん、その話はそれ位にしましょう。テストも終わったし、いよいよ収穫祭ね。期待してしていいわよ。お野菜良く育ったし、今年はニカイアの会が食事会を仕切るから。他の食材は美味しいし、堅苦しいことは無いから無礼講に近いわね」
食事を食べながら小御門先輩が収穫祭を語り、沙沙貴さん達は目を輝かせて聞き入っている。私はというと、いつぞやのスイカぶちまけを思い出した。当事者の八重ちゃんを見るとしれっと忘れた様な顔をしているので、ちょっとムッとした。
「八重ちゃんはもう試食したんだよねーダリア先生と。私も一緒に食べたかったな・・・・・・」
八重ちゃんをちら見するも、まだまだ平静を保っている。
「えっ、それって変ね。私もスイカを頂戴したけど、ダリア先生は三人で食べるって言ってたわ。孝崎さんは食べてないの? おかしなことも有るのね。もしかして七不思議の怪人が持ち去ったのかしらね? 」
「私も、小御門から貰って食べたよ。あっ思い出した。アミティエの子が介助を頑張ってるからその子にあげるって、バスキア教諭が確かに言ってた」
「先輩・・・・・・余計なことを」
「八重ちゃん、正直におっしゃい。先輩方の話だと、私の分が有るはずなのに、実際には私の分は無かったわ。どういうことなのか説明してくださらないかしら? それに食べすぎてお腹緩くしていませんでしたっけねえ? 」
「・・・・・・・・・・・・」
皆が疑義の視線を八重ちゃんに向ける。特別辛い物を食べたわけでも無いのに、汗だくの顔。わかりやすいな八重ちゃん。
「私が孝崎の分まで勝手に食べました。すみません、ごめんなさい。もう二度としませんから・・・・・・」
よしよし。これは貸しにして、あと少し苛めたら庇ってもっと籠絡しますかね。
「八重ちゃん酷い。私も一緒に食べたかった。スイカそのものよりも、八重ちゃんにハブられたのが悲しい・・・・・・。私よりもダリア先生の方が良かったって言うことなの? 」
「なんでそうなるんだよ。意味が通らん。バスキア教諭は、持ってきてくれた人だし、ただそれだけだよ。孝崎の分を食べてしまった事は私一人が悪いんだ」
「わかった。これで水に流すからこれからは私の居ない所でダリア先生に唆されないでね」
何か言いたそうだったけど、テーブルの下で手を恋人握りで握りしめると、私を見つめて黙ってくれた。
「それで、蘇芳はどうだったんだ。元気にしてたか。それとも・・・・・・」
「元気にしてました。節制状態なので、少し引き締まってより綺麗になってましたよ。ただ、ホームシックになってるところがあるみたいです。本人も早くここに帰って来たいって・・・・・・」
「おいおい、あいつも沙沙貴みたいにここが良いって言うのかよ。ここってそんなに良い所か? 」
「白羽さんはお友達が欲しくて欲しくて、アミティエ制のあるこの学院を特に希望して来たと聞いたわ。だから此処に帰りたい気持ちは理解出来ますよ。皆さんは違うの? 」
一人笑顔の小御門先輩だけど、私も皆も押し黙ってしまった。アングレカムに来たくて来た訳じゃない。皆もスネにキズ持つ身なのだ。それでもこんな閉鎖された環境故に、普通より親密な関係を築けそうな気が私の中には芽吹いている。
「白羽さんの話、興味深いわね、私達も混ぜて貰えないかしら? 小御門さん、千葉さん 」
お風呂上がりの和田先輩と関本さんが、食事を手に同席を求めてきた。小御門先輩達は一緒に帰って来たことを知らないので、警戒感を露わにする。空気を読んだ花菱さんが状況を説明する。同じ合唱部ということも有り、小御門先輩に話すのは適任だと思った。
「私達、帰り道で怪我したり遭難寸前だったんです。そこを和田先輩と関本さんに途中で偶然に出会って助けてもらいましたその時に今日の脱柵をお話をして・・・・・・。でも秘密を口外しないと・・・・・・」
「安心して頂戴。誰にも言わないから。念書が要るなら出すわよ、血判を押しても良いわ」
この会話の間、関本さんは沙沙貴さん達の包帯を綺麗に整えていた。先輩がそこまで言うならと小御門先輩達も納得し合席をすることに・・・・・。会話は思いの外盛り上がった。沙沙貴さん達がボケて八重ちゃんが突っ込む。絶品だった。
「それにしても、大胆な事するわねー。聞けば聞くほど感心するわ。さすがに学院始まって最高のブレインと呼ばれる千葉さんの立案ね。惜しむらくは帰路の下見の時間が欲しかった・・・・・・。瑕疵はそれくらいかな。で蘇芳さんの事なんだけど・・・・・・」
蘇芳さんの話は和田先輩の興味を引き、質問に返答を重ねに重ね、何時の間にか食堂の看板の時間になってしまった。慌てて食器を戻し、スタッフに全員でお礼を言う。改めて席に着き、締めのコーヒーを飲む
「白羽さんも、こんなにも多くの子たちの心を掴んでいるなんで、末恐ろしい・・・・・・。貴女たち気を悪くしないで。悪い意味では無いから。それではこれでお暇るわ。ダリア先生に今日の報告しないといけないからね。まあ心配は要らないわよ。こういうの得意だから。ゆかりはどうするの、お姉ちゃんと一緒に来る? それとも残る? 」
「お姉ちゃん、私残るから。それじゃまた明日ね・・・・・・」
「緊張したー。妹さんの前で言うのも何だけど、和田先輩は厳しい人で知られてるからね。それにしても帰り道、そんなだったんだな。悪かった。君達に怪我をさせてしまって。もし直らなかったら・・・・・・」
「大丈夫ですよ。ちゃんと処置はしましたから。ただ花菱さんは、少し癖になってる様な気がするわ。前にも痛めた事が有るよね? 」
「うん。ここに来る前に怪我した事が・・・・・・。凄いわどうしてわかったの? 」
「私の足の具合と似てるから・・・・・・直りきらないうちに繰り返し痛めてしまって。だから花菱さんは完治するまで自重してね」
「小夜花、こんばんは。どう元気にしてた? 」
「元気にしてたって。あんたこそこんな時間まで何処ほっつき歩いてたのよ。元気有り余ってるんじゃない。私は慣れない折衝事でくたくたよ。ちょっと肩揉んで」
「折衝事って何よ。小夜花は予定無かったから、掃除洗濯して後はプラプラしてたんじゃないの? 」
「それがさ、八代先輩に捕まって黒沼さんの祭事、召天記念日の担当委員にさせられちゃって。それからずっと仕事よ。先輩は手伝うって言ってくれたけど、葉子先輩の方に行ってから帰って来ないから一人でこなさないといけなくなって、もうぐったりよ」
「それって、葉子先輩が・・・・・・って事か」
「多分ね。あれからずっと八代先輩見なかったし、今部屋に尋ねたら、ドア越しに元気の無いトーンでゴメンの一言だけ戻って来たの。葉子先輩は居ないみたいだった。部室に電気点いていたから多分そっちね」
「そうか、葉子先輩は予定通りに動いたんだね。あのさ小夜花、話が有るんだけどいいかな」
「何よ。改まって。先輩のこと? 」
「先輩って言うか、蘇芳さんの事。色々考えたんだけど、私は蘇芳さんを落す事にするからさ。小夜花には悪いと思っているけど、自分の本心に嘘はつけない。葉子先輩の事は気の迷いだったんだ。ゴメン、小夜花」
「ちょっ、本気? そう。本気なのね。悪いけどハイそうですかって譲る気はないから。どんな手を使ってでも私のものにするからね。まあそれはゆかりも同じでしょう? 」
「そうだね。お互いさまだ。じゃ、戻るよ。おやすみ、小夜花・・・・・・」
ドアを閉めて廊下に出て、中から聞こえるドアロックの音を聞いたら、脚に力が入らなくなり廊下にへたり込んでしまった。親友を失う事の大きさに・・・・・・そしてその先に有る慶びに思いを馳せて・・・・・・。
「これで良しっと。ラッピング完成。我ながら良くできたよ。先ずは写真を撮ってと。記念すべきファーストショットはマカロンでしたー。じゃ、林檎ちょっと先輩の所に置いてくるよ」
「もう遅いから、迷惑にならないようにね。いっその事泊まってきたら。先輩は一人なんだし。私の事はいいから、自分に正直にね、苺姉」
「ばっ、馬鹿。なんて事言うのよ。ハズイじゃんかこんな包帯だらけで、無理だよ無理。じゃね林檎」
わたわたと姉が先輩の所に出向いた。もうどれ位前になるのか。二人して八代先輩に連れられて先輩の部屋を訪ねたのは。アミティエが辞めてしまって一人の先輩。淋しいのか来訪をとても歓待して頂いた。それから親しくして頂き、事有るごとに相談に乗ってもらっている。そして苺姉は筆不精の癖して、交換日記をしているのだ。私もたまには手紙を書くけど、苺姉の気持ちが判るだけに、控えるようにしている。
多分、この学院の三年生の中で一番地味で物静かな人だと思う。出しゃばる事は無く、苺姉と居る時は何時も聞き役に徹する。蘇芳ちゃんの方がまだ社交的に思える程。勉強は得意だけどバレエは苦手。背はそこそこ高めでお胸は結構大きい。天文部に在籍しているけど、あの豪胆なカリスマ部長さんとは違い、閉職の副部長で淡々と実務をこなしている。ただ星が好きで在籍しているということで、部内の派閥のパワーボリティクスとは距離を取っているのよと。ここは色々と有ってねと淋しく笑った顔が忘れられない・・・・・・。
「さてと、苺姉の居ないうちに・・・・・・」
蘇芳ちゃんに手紙を書く。私の気持ちをしたためて。今の蘇芳ちゃんが八代先輩を好きで、亡くなってもう直ぐ一月になる黒沼さんと相思相愛で、未だ吹っ切れていないのは承知の上だ。
私は蘇芳ちゃん、ううん白羽蘇芳が好き。絶世の和風美人でクラスで一番年下の女の子。始めはただ綺麗な子としか思わなかったけど、友達付き合いを重ねるようになってどんどん惹かれていった。でも他の人みたいにアタックするのは憚られて・・・・・・。あまりに不似合いに思えたから。黒沼さんも八代先輩も背が高くスタイルが良かった。王子様とお姫様の様なお似合いの二人に比べで、私だと蘇芳ちゃんと並んでいると母と子みたいになってしまう。それゆえ劣等感を感じてしまう。それに私には全てを分け合った双子の姉が居たから。
今までずっと苺姉と一緒だった。何をするにも。それはここに入学しても変わらない、双子としての不変だと思っていた。だけど性徴と共に変わっていった。
ある夜、何時もの様に同衾していた時に苺姉から、あの先輩を好きになってしまった。あの人の事を考えると何も手につかない、もやもやしてる。どうしたらいいのかな? そう言われた時はショックだった。私達ふたりは女の子に恋愛観情を持つ事などは皆無だった。委員長たちの行為をレズだと見下す事さえ有った。それなのに・・・・・・。
女が好きなんじゃなくて好きになった人がたまたま女だった。そんな理屈をこねて苺姉が私を裏切っていこうとしている。何時までも姉は私と一緒だと思っていたから、悩んだし、酷い事も口にした。でも姉は揺るがなかった。恋をしている姉は強かった。
苦悩の末、姉の恋を後押しする事にした。何時までも一緒じゃいられない事を認識したから。だから私も内封する自分の気持ちに正直に生きる事にした。そして今、ペンを走らせる。言葉よりも文字の方が蘇芳ちゃんにはより深く思いが伝わると思うから。
白羽蘇芳様、私、沙沙貴林檎は白羽蘇芳を愛しています。他の誰よりもずっとずっと真剣です。このまま秘めて置くのはもう無理。私、沙沙貴林檎と大人のお付き合いをしては頂けないでしょうか。貴女の全てを受け入れ、どんな事が有っても一生不変の愛を誓います・・・・・・