朝。日は登るも今だ低く、学院の杜は靄の中。食堂は朝食の準備で忙しいけど、寮はまだ夢の中だ。
ランニングと言うかクロスカントリーと言うべきか日課のトレーニングをこなし、皆に迷惑をかけないように静かにエントランスのドアを開けて寮に戻る。食堂のスタッフに挨拶して労を労うと共に、世間話と言う情報を手にする時間を取った。そして部屋に帰るのは、サッカー部が出来てからの毎日のルーチンだ。
廊下を静かに歩き、先程よりも更に静かにドアを開けて中に入る。そして発汗促進を目的とした黒い雨合羽を脱ぎ、まとめた髪をほどいて鏡を見やる。はじめてもうすぐ3ヶ月だ。少しはアスリートっぽくなった気がする。ポーズを決めていたら鏡の中にアミティエの葉子が現れた。
「おはよう、譲葉。ちょっとナルちゃん入ってるわね。今日も走ってたの? テスト期間位は止めておいたらどう? 怪我したら大変よ」
「心配してくれるのはありがたいけど、こういう時こそ身体を動かさないとさ。太っても嫌だし、頭もリフレッシュ出来るってものさ。葉子こそ運動足りて無いような気がするよ? 」
「きゃァ。何するのよー。乙女の秘密を暴かないで! 」
着替えをしている葉子に近付き、幻の右もかくやと思わせる速さで手を出しウエストの肉をつまんだ。ポヨっとしたお肉はそこそこ厚みが・・・・・・。
「あらあら結構有るじゃないの、葉子お嬢様。いけませんねーこれではパーティーのドレスのファスナーが上がりませんわよ。お付きのメイドとしては看過出来ません」
「からかわないでよー、譲葉。女の子は少し位お肉ついていた方が良いって言ったの譲葉じゃないのよ・・・・・・」
「そうは言ったし、今だってそう思うよ。無理なダイエットで体調崩した子、クラスにも結構居たじゃない。辞めていってしまったけど・・・・・・」
「だけど葉子は今度帰省した時、色々ご両親に連れ出されるんだろう。御披露目ってことで、ドレスが着られないとまずくないか。それが心配なんだよ」
「優しいのね。譲葉はそういうところが・・・・・・好きよ」
そう言って葉子が僕に抱きついてきた。汗の臭いが移るから離れてと言うと、
「私ね、譲葉の匂いって大好きよ。なんだかすごく癒されるの。他の人には嗅がせたくないわ。正直蘇芳さんにだって・・・・・・。ごめんなさい変なこと言って。今のは忘れて頂戴」
「前から聞きたいと思っていたけど、譲葉は"たらし”の自覚有るの? ねえ、聞いてる? 譲葉王子様。学院に来てから何人も勘違いから泣かせてるでしょ! 誰にでも優しいし勘違いさせること言うから・・・・・・」
形勢逆転になりそうなので、シャワーを浴びに行くと告げ部屋を出た。葉子は何かを言っていたがすぐにドアが閉まって声は聞こえなくなった・・・・・・。
「おはよう、小御門。相変わらず早起きだね。夜も遅いのによく起きれると思うよ。私は早寝遅起きだから本当に尊敬するよ」
「緑さん、おはよう。睡眠時間的にはもっと寝ていた方が良いのでしょうけど、目が覚めてしまって・・・・・・。昨日は遅くまで戻らなくてご免なさい。1人にすることが多くて申し訳ないわ」
「気に病まなくていいよ。私は1人で居る事慣れてるし、編み物や読書で時間潰せるしね。昨日もやってて試験勉強が疎かになってるから、ここいらで一時封印かな」
「もう、そんな時期だわね。私もそろそろ本腰入れないと・・・・・・。今日も暑くなりそうね。教室にも冷房があると良いのに」
「それだけど、ニカイアの会で請願とか出来ないの? 都会に比べたら涼しいけど、それでもね・・・・・・」
他愛無い話を、アミティエ同士で交わす。昨日は、譲葉の部屋で沙沙貴林檎さんの話を聞いていて自室に戻ったのが遅くなった。戻ってみたらアミティエの千葉緑さんは既に寝ていた。
緑さんは私と譲葉を慮るのか、少し距離をおいて接するのが日常。私と譲葉の事で色々な嫌がらせも多々あった。私と譲葉を同室にとか、空気読めとか、嫌がらせの手紙や呼び出されての中傷等々。譲葉のアミティエの白木葉子さんもそれは同様だったけど、物静かな緑さんの方が酷かった。今でこそ収まってきたけど、未だ0ではない。残念だけど。
緑さんは群れず自分の世界を大事にする。だから今まで私はそれを尊重し、殆どと言って良いくらいこの部屋に他人を連れてきたことがない。それは譲葉も然り。ただ唯一の例外として白羽蘇芳さんを連れてきたことが一度だけある・・・・・・。
聖母債での伴奏、聖堂でサプライズ公演を聞き、蘇芳さんへの認識を新たにしたことで招聘が叶ったのだ。それまでの頑ななまでに嫌っていたのに豹変した。嫌っていた理由を問うと言葉を濁して押し黙ってしまう。
でも部屋に蘇芳さんを呼んだ時、2人の会話をこっそり聞いていたら、緑さんは入学時の蘇芳さんの校内案内役を任されたそうだ。しかし蘇芳さんは人見知りが酷く、クールビューティー然とした緑さんに気後れして、緑さんの元に行かず案内の約束を反故にしてしまった。その一連の行動を面白おかしく悪意を持って進言した人が居り、それを契機に緑さんが蘇芳さんに反感を抱いたという。
そしてその新入生が頭抜けた美貌に恵まれた存在だったことからの嫉妬も・・・・・・。そんな2人がお互いが胸襟を開き、謝罪しあって蟠りを水に流すのを聴き、私は心底うれしかった。
緑さんは、音楽にというか演奏に一家言を持っている。バイオリンを始め弦楽器は先生よりも上手に演奏する腕前。以前から私が蘇芳さんは悪い子じゃないのよ。そんなに嫌わないで。一度セッティングするから聖堂で蘇芳さんのピアノ聴いてみて・・・・・・。事ある事に私は緑さんにそう言い続けた。
あれだけ繰り返しても、聞き入れなかった緑さんが聖堂での彼女の演奏を聴き、豹変した。毛嫌いした心の壁が瞬時に融けるように、それは正に劇的だった。
緑さんは私に今までの非礼を詫び、彼女と話したいから取り持ってくれと。謝らないと呵責に押し潰されてしまいそう・・・・・・・そう呟いた。そして会った後
「小御門や八代、そして黒沼が目をかけるだけの事はある子だわ、参った。こんな子が居るなんてね。叶うなら蘇芳とユニット組みたいなァ・・・・・・」
そう言うまでに彼女は変わった。だけど、衝撃的だった黒沼さんの死。あれから蘇芳さんはピアノを弾いてはいない。声をかけて誘ってみようと思ったけれど、まださすがに一月も経っていないのを鑑みて止めた・・・・・・。気分転換にという考えもあったけど、蘇芳さんにはまだ時間が要るからと譲葉が反対して流れた。そして試験期間になり放課後の時は凍結に。
「昨日はどうして遅かったの? 小御門は人望があるからなァ。試験の事で皆に講義をしていたのかい? 」
真相を言うべきか逡巡した。隠すこと、明かすことのメリット、デメリットを悩んだけど明かすことにした。
「あのね、蘇芳さんがちょっとしたトラブルに巻き込まれているようなのよ。詳細は不明だけど蘇芳さんがね、どうにもおかしいのよ。その事で蘇芳さんのお友達からちょっと相談事があって・・・・・・」
「それって、八代がしっかり守っていないからじゃないのか。黒沼から託されたんだろうよ。ちょっと八代に話し聞かないと。アイツこの時間はシャワー室か」
朝の用意もそぞろに、譲葉の元に行こうとする緑さんを私が必死に止めた。
「まって、お願いだからまだ大っぴらにしないで。譲葉も知ってるし色々手を尽くしてるの。今大事にすると蘇芳さんに迷惑がかかってしまうから、お願いだから緑さん。自重して・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「わかったよ。小御門。泣くなよな。改めて聞くけど蘇芳が困ってるのは事実なんだ? で小御門はそれを解決しようとしてる。そうだろ? 」
「ええ。出来るだけの事をするつもりよ」
「だったら、私も一枚かましてよ。蘇芳は私にとっても可愛い後輩だからさ。折角トラウマを払拭して再びピアノに向き合えるようになったのに、ここで何か有ったらトラウマを連れ去ってくれた黒沼にも顔向け出来ないよ」
ここにも蘇芳さんの味方が居る。蘇芳さん、貴女はもうこの学院の中で大事な人になっているの。過去のあなたとは違う。もう1人じゃないわ。だからお願いだから心を開いて・・・・・・。
「ごきげんよう。蘇芳さん」
食堂に入りしな、食堂の中から朝の挨拶を受けた。小御門先輩とそのアミティエの方。直ぐに名が思い出せず心の中は焦った。
「小御門先輩、おはようございます・・・・・・ちっち、千葉先輩もおはようございます」
「良かった。あれっきりだから名前忘れられてると思ってたよ、蘇芳さん。元気にしてた? あっちに八代達も居るよ」
視線を千葉先輩の言うあっちに向けると、譲葉とアミティエの葉子さんが手を振ってくれたので、会釈して返礼した。譲葉の指には遠くからでもハッキリわかる白い包帯が。箸がうまく使えないらしく、葉子さんがフォローしていた。ちょっとだけ嫉妬心をかきたてられたけど、葉子さんならあきらめも付く。
それにしてもなんだろう。今日は先輩達の視線が普段と違う気がする。まるで間違い探しをしているように遠慮なく見られているな感じだ。
遅れてきた立花さんとマユリさんが私の手を取り、先輩方に挨拶をし別れて私達は食堂の奥に席を取った。ここに沙沙貴さん達が居ると尚良いのだけど、彼女達は何時も遅くて朝の食堂では大概すれ違ってしまう。
それはさておき相変わらずここの食堂は食事の質、量とも満点を付けられる。美味しい食事を味わいながら会話が弾む食事は、ぼっちで食べるのが常だった私にとっては、たとえようがないほど楽しい。
一時間目が終わり、先生が教室を出て行った。と、同時に林檎さんが私の所に来た。少し遅れて苺さんも。
「ねえ蘇芳ちゃん、英語の文法の事で聞きたいのだけど・・・・・・」
「苺姉。蘇芳ちゃんは先に私が今の現国の事で質問してるの。割り込み禁止だよ。早い者勝ちだからね」
「林檎、ずるいー。姉に譲りなさいよ。林檎は向こうにえりかっちが余ってるからあっち行きなさい」
私が苺さんの視線につられて見たら、八重垣さんと目があった。今日は孝崎さんが保健室登校なので、1人で読書していた。
「だったら、苺姉が行けばいいじゃんか。蘇芳ちゃんこんな姉、酷いと思うでしょ。同じ顔なのに私は天使で姉は悪魔・・・・・・悪は一旦滅んで復活するんだけど、段々いい人キャラになっちゃうの。苺姉もいい人になって欲しいな」
何か何処かでそんな設定のマンガが有ったような・・・・・・。そんな事を思っていたら・・・・・・。
「それってもしかして、ドラゴンボールの神様とピッコロ大魔王の事を居っているの? 」
話を聞きつけたマユリさんが割り込んできた。そう。そんな名前のマンガだった。沙沙貴達が得心の顔をする。
「あれは結局、いい人になった同士が融合して1人のナメック星人になってしまうんだよね。苺と林檎も合体するの? こっちのケースだと、どっちが主になっても結局の所、"スーパー"イタズラ娘だよね」
「聞いたー蘇芳ちゃん、合体だってさ。ユリーと言う事が何かやらしいんだよ。そういえば今日はユリーのいい人は何処に行ったの? 来てないじゃないさ」
「なによ、イタズラ娘って・・・・・・。蘇芳ちゃん、マユリさんが苛めるー。こんなにも品行方正ないい子を捕まえてそんな言い方って無いよね。この間の呼び出しだって冤罪だったのに」
苺さんの話で気が付いたけど、委員長の立花さんが居ない。教室には一緒に来たはずなのに・・・・・・きょろきょろしていたら後頭部を小突かれた。
「委員長なら孝崎の事で保健室に行ってるよ。アイツ今日は保健室登校だから。本来なら私が同席なんだけど、我が儘娘の希望で委員長のお出ましだ。にしてもお前らうるせーよ。落ち着いて本が読めないだろうが。ここじゃなくて保健室でゆっくり読書したかったよ、全く」
「えりかっちは試験余裕なの? 優雅に読書なんて・・・・・・」
「そうだよ。今まで授業出てなくてずっと自習だったんでしょう。そんなんで大丈夫なの? 」
「立花が言ってたけど、入試の2番は八重垣さんだって。それも僅差。だから余裕なんだよ。ね、メドゥーサ様」
マユリさんがインサイダー的な情報を出してきたことで、沙沙貴さん達の表情が変わった。
「なんだ・・・・・・。えりかっちは体型はあたしたちと同じだから頭の中も同士だと思ってたのに、超がっくり・・・・・・」
「あーあ。テンションがた落ちよ。蘇芳ちゃん、出来る人は放っておいて私達を導いてよ。手始めに私の現国から・・・・・・」
「おいおい、体型が同じって・・・・・・それって失礼だぞ。この間保健室で寝てる時に測ってもらったら、春から背が伸びてたぞ。今や153センチだ。座高は変わらないから、普段の目線が変わらなくてつまんないけど。沙沙貴達は150無いんだろ? 」
まるで小学生の喧嘩のような次元の言い合いに思わずくすっと笑ってしまった。八重垣さんは車椅子生活なので、身長云々は余り意味を持たないのだけど、やはり数字的に低いのは嫌な様だ。ここまで身長の話しを黙って聞いていたマユリさんが流れを変えた。胸に手を当てながら・・・・・・。
「でも3人とも、大平原の小さな家でしょ。蘇芳さんのおかげで私はレディーへの階段を上れたよ。この前の安息日に街のお店事情に詳しい美術部の先輩にレクチャーして貰ってさ、蘇芳さんが身体測定の時付けてた様な大人の下着を買ったんだよ。見せてあげようかー」
マユリさんが、サラッと彼女達の乙女の悩みを抉る。とたんに消沈する沙沙貴さんと八重垣さん。試験の事は何処ぞに飛んでしまった。そして鳴る予鈴の音。名残惜しく別れて席に着く。さて気持ちを切り替えて授業に集中しないと。
「やっと声が出る様になったわね。孝崎さんが良くなって嬉しいわ。今日はここで自習だけど明日からは教室に戻って良いって先生が言ってくれたものね」
「課題の進行はどう? わからない所があったら遠慮なく聞いてね。私も今日はここにずっと居るから。お昼御飯は私がとってくるからリクエストしてね」
「ありがとう・・・・・・。私のためにこんな所に付き添ってもらって悪いわね。早速であれなんだけど課題の事で聞きたい事が・・・・・・」
私、孝崎千鳥は転入早々に風邪を引いて寝込んでしまった。正直かなり心細かった。同期の子はまあまあ心配してくれたけど、4月に入った人達は私の転入生紹介の時の印象が気に入らなかったらしくかなり冷淡に対応された。普段ならどうってことない私も、ちょっとばかり堪えた。
そんな中、最悪の出会いをした同室のアミティエの八重垣えりか。彼女は第一印象はとても親しくはなれないと思ったけれど、口の悪さや態度のそっけなさは有るものの、意外な位に親身になって対応してくれた。そしてその友人の白羽蘇芳さん、クラスの委員長の花菱立花さんも、私を色々助けてくれた。そして今も自分の試験勉強そっちのけで、私の課題を丁寧に解く手伝いをしてくれている。
「かなり進んだわね。少し休みましょう。お茶を淹れるからテーブルの本を片づけてっと。あっ、孝崎さんは少しベッドで休んでて」
「悪いわ。手伝うわよ」
「ダメよ。まだ本調子では無いのだもの。休んでて頂戴。先生にも言われてるのよ。今が一番大事な時だって」
立花さんの言葉に甘えて少し横になった。ここのベッドは寮の保健室と違い、どうにも病院然していてちょっと落ち着かない。硬いしどことなく薬品臭い。それでも横になり目をつぶると、夢現に・・・・・・。
「孝崎さん、淹れたわよ。あらあら。気持ち良さそうねー。起こすの悪いかな・・・・・・。折角淹れたけど」
「こら、委員長。それこっちに寄こせ。もったいない。つーか今回は見逃すけど、そんなに本格的に支度するなって。一応はここでも授業中なんだからよ。ダリアにバレたら面倒だぞ。まあでも、花菱の淹れる紅茶は絶品だからなァ。貸しにしとくよ」
突然先生の声がしてドキッとさせられた。どうも給湯室に行ったときに私と入れ違ったらしい。
「で、こいつの具合は? 」
「こいつじゃなくて、孝崎千鳥さんですよ先生。声が出るようになりましたし、まあ順調かと。ただ薬の副作用が有るみたいで、眠くは有るようです・・・・・・」
先生と2人で孝崎さんを見やる。芸能活動をしていただけあって、眉の形とかは綺麗に整えてあるし肌もまた綺麗。耳にはピアスの穴も。先生が孝崎さんの前髪を上げておでこに手を当てた。それでもまだ起きない。でも瞼の下で目が動いているので じきなのかなと思った。
「花菱。お前偉いな。尊敬するよ。こいつにしても、あいつ八重垣にしてもこうも面倒臭い奴にこんなに親身に面倒見てやるなんて中々出来る事じゃないよ。それにここに来る生徒学年問わずにお前を悪く言う子聞いたことないからさ」
「でも、お前自身は誰か寄り掛かれる人は居るのか? 悩みを聞いてくれたり、甘えることを受け止めてくれる・・・・・・そういう子だ。私がお前が心配だ。全てにおいて花菱はいい子過ぎるよ。もっと羽目を外す何かを見つけなさい。そうだお前は匂坂と付き合っているんだろう? 此処では無理でも安息日に2人でデートに行け。ダリアが知ったら良い顔をしないと思うけど私が許す。お前が世話を焼くのでなく、世話を焼いて貰えよ。
お前には白羽タイプが似合ってると思っていたんだけど……。すまない。これは余計なお世話だったな忘れてくれ」
「先生。私ね、最初蘇芳さんに一目惚れしたんですよ。だってあんな美人見たことなかったし。性別を超越してね・・・・・・美神だと思いました。正直、蘇芳さんの特別に成りたかった。でもマユリが私に告白してきて、その思いの熱さ深さに圧倒されてマユリを受け入れたんです。あの子は同性愛の事で悩んでいて、受け入れる事で彼女を楽にしてあげたかったんです・・・・・・」
「お前は、今幸せか。そう誓えるか? 」
「はい、先生・・・・・・。私は……私、花菱立花は匂坂マユリを愛していますから・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「おい、泣くなよ・・・・・・。いや悪かった思いっきり泣け。こっちに来い。胸を貸してやるから・・・・・・」
泣きながら先生の胸に飛び込む。元の家に居た頃は母に甘える事もあったけど、花菱の家に来てからはそう言う事が出来る立場では無くなっていた。だから年上の大人に抱かれて泣かせて貰うなどという事は何年も無かった。
先生の胸は大人の大きさが有り私をすっぽりと包む。先生は私のメガネを外してハンカチで涙を拭ってくれた。そして私の頭を優しく撫で続けてくれる。落ち着いてきた時、私のうなじに温かいモノが垂れて襟を濡らしているいるのに気付く。これは多分先生の涙。口の悪い生徒が" メスゴリ"とか"オニセン"と揶揄される先生が、私を慮って泣いてくれた。
どれくらい抱きあっていたのだろうか、離れてからティーカップを手にとるとすっかり冷たくなっていた。そしてベッドの孝崎さんを見るとこっちを見ていたらしく、慌てて向こうに寝返りを・・・・・・。
「それじゃ、花菱。孝崎を頼んだよ。寮の保健室にも寝てるのが居るんでさ。そっち見てくるから」
早口で、慌てたように先生が出て行った。逃げられたと思ったけど、仕方ない。今この保健室は孝崎さんと2人。思いっきり恥ずかしいけど誰かが来る前に聞かないと・・・・・・
「もしかして、見てた? 孝崎さん・・・・・・」
「ええ。あなたが泣いた辺りから。それにしても鬼の目にも涙だったのには驚いたわ。あの子が言うのと全然違うもの」
「孝崎さん、この事内緒にしてくれるかな。勝手なお願いなんだけど。ダメ? 」
「いいわよ。お安い御用。私、口は固いから安心して。それに委員長を敵に回すとあの人が遠くなってしまいそうだし。にしても転入してからこういうシーンに遭遇する事が多くて驚くわ。女学院だからなのかしら? 」
「ありがとう。今度は私に孝崎さんの内緒の事教えてね」
秘密を守ってくれた事に感謝して頭を下げた。なんだか意味深なことを言っているのが気になった。あの人って誰だろう? 私の他にもこういうのを見たのだろうか?
「紅茶淹れ直すから。待ってて。ティータイムが終わったら課題進めましょうね、孝崎さん。その前に1つ聞いていい? さっきあなたの言った鬼の目にも涙って、先生の事? それとも私!? 」