「と、友利...」
「ああ。谷城さん。大丈夫ですか?」
先程、見事な飛び蹴りを披露した友利が、相変わらずの表情で、そこに立っていた。
「この状態を見て、そんなこと言えるお前がすごいよ、尊敬するな....」
「いやーそんな尊敬なんて、照れるなー」
「すまん。突っ込む気力がない...」
「はいはい、わかってますよ。治療しますから、こちらに背を向けてください」
言われた通りにする。
友利は、持っていたカバンからポーチを取りだり、そこからさらに、包帯に、消毒液を取り出した。
慣れた手つきで、傷口を治療していく。
「傷、結構深いと思うんだけど....、縫わなくていいのか?」
「塗って欲しいんですか?」
「いや、別にそんなことは」
「冗談ですよ。傷口がかなり綺麗に切れているので、縫わなくても勝手にくっついてくれますよ。あの子はなかなか手練れですね」
「お前が蹴っ飛ばしたんだけどな...」
「蹴っ飛ばすなんて、やめてください。花の乙女に対して、失礼ですよ」
「誰がだよ....」
そんな茶番を繰り広げながら、治療は進んでいく。
もう終わったのか、傷口を軽く叩く。
「いって!」
「はい、これは痛み止めです。飲んでください。でも...」
「ブフォ⁉︎」
「すっごく苦いですよ?」
「早く言えよ⁉︎」
「言わせてくださいよ。説明を」
閉口しそうな苦味を必死に我慢しながら、なんとか飲み干す。
「はい、谷城さん」
そう言って、手を差し伸べた。
「あ、ああ。ありがとう、友利」
「いえ、こちらこそ。見事な囮っぷりでしたね」
「囮って..... 」
「はい。囮です。あなたのおかげで、決定的な一撃を入れることができました」
そう言って、ちらりとそこで転がっている峯連くんをみる。
顔面を思いっきり蹴られて、歯が数本欠けている。見事に気絶しているようだ。
「ああ、まあ、あれは、ナイスキックだったな....」
「そうっしょ?」
天使のように微笑む友利。しかし、その天使があの惨状を作り出したのだと知っている、というか目の前で見せられた僕の心情は.....少しだけ、峯連くんを同情した。
さよなら峯連くん。
僕らは君のしかばねを越えて行く。
「それにしても、友利。大丈夫か?」
「なにがですか?」
「その、だから.....叫んでたし、気絶してたから、心配になって.....」
そのことを話した途端、友利の顔が一瞬。ほんの一瞬だけ。それこそ、僕が気づかないくらい一瞬だけ、曇った。しかし、
「やーだなー、もー。決まってるじゃないっすかー。演技ですよえ•ん•ぎ!わたしは目的のためならどんな手段でも使い潰しますから!」
「せめて使うって言えよ!使い潰すって怖いよ⁉︎僕なにやられるだよ⁉︎」
「さぁー?なーにかなー」
「うーわー。すっごい背筋が凍るわー。僕生きてられるのか?」
取り繕うようにして、笑う。
いつもの茶番を、演じる。
はっきりと、分かった。友利は、明らかに無理をしている。
この時の友利の苦悩を、知っていれば...なんて、思うかもしれないし、思わないかもしれない。あの時こうしておけば....なんて後悔は、結局のところ、後の祭りだ。それをどうこじらせて、責め立てようが、擁護しようが、それに意味なんてものはない。
しかし、そうは言ったところで、僕がこの時とった行動は、そういうことを危惧して、友利が取り繕うような笑顔を見せた友利を放っておけない、とかそういう義務感、正義感でもなく、未来を意識して、何てこともなかった。
知ろうともせず。
突き放そうとももせず。
ただ抱き寄せた。
「....!.....谷、城さん.....?」
「.....」
強く、抱き締める。
「谷城さん、痛いです.....」
「.....」
「あの、谷城さん....?あなたなにを」
「蹴れよ」
「はい?」
「嫌なら、いつもみたいに、蹴れよ。足蹴にしろよ....」
「.....」
「嫌じゃないなら、別に、いいじゃないか.....」
「..........」
「僕はお前のことをなにも知らない。けど、それでいいじゃないか...。僕は、お前のことが、どうしても....」
続けようとしたら、蹴られた。
鳩尾を、思いっきり、全身全霊の力を込めたと思われる膝蹴りで。
「んぐおおおおお...」
「まったく、なにを言ってるんですか、あなたは。これは立派なセクハラですよ?セクハラ」
「セクハラって、上司から受けるのじゃなかったっけ...」
「そんなの関係ないです。本当にもう...」
思いっきりため息をつくと、うずくまっている僕の目の前にしゃがむ。そして、指先を立てて(まるで、「めっ」と言っているようだ)、
「それに、わたしはまだ、誰のものにもなりませんよ」
「!」
言おうとしていた言葉の続きが、ばれていた...!
これは恥ずかしい。
「え、えーと、友利、あの」
「でも、あなたの気持ちは嬉しかったです。なので、来るべき時が来たら、また言ってください。五秒くらい、考えてあげます」
「.....」
まったく、この女は。
魔性だな。本当に。
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峯連くんに先程言われた通りに、まっすぐ進むと、今度は壁ではなく、扉に行き着いた。二人して、思わず安堵のため息をついた。
重い扉を開く。
幸い、中には誰もいなく、ピッ、ピッ、という、機械音が鳴り響くだけだった。
念には念を入れ、注意を最大限高めて、気配を探る。やはり誰もいない。
「.....」
1人の少女を見つけた。
目隠しをされ、手足に枷をつけられ、さらには拘束衣を着させられている、見るからに不憫な少女を。
今にも泣きそうな表情をしている、というのが、手に取るようにわかる。
「この子が...」
「はい。間違いありません。《未来予知》の、能力者です」
名前は....。
名札のようなものがないか探すが、あいにく見当たらなかった。
「この手足のやつ、どうやって外す?」
「お願いします」
「......はいはい」
《未来予知》の、少女を傷つけないように、細心の注意を払いながら、手足の枷を爆破して、破壊する。目隠しも外す。
端麗な顔が見えた。
そのままおぶる。
「うわ、かっる。大丈夫かこいつ?」
「じゃ、行きましょうか」
部屋から出た。
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部屋から出た後、誰一人とて出会わなかった。
まるで人の、それどころか生物の気配を感じられない。
「どういうことだ?」
《未来予知》の能力者を背負いながら、友利に問いかける。
「もしかして、隼翼さんたちが来たのかもしれませんね。制圧か、買収でもしたんじゃないですか?」
「そうか...」
「....んっ、.....んぅ.....」
「お?起きたか?」
「.............ここは.....?」
「ああ。もう大丈夫だ。お前は僕たちが助け出したからな。もう、安心してくれ....」
「十秒後」
「は?」
「逃げて」
「なんのことだ?友利」
「さあ?とりあえず、逃げてみますか?」
少女を背負いながら、走る。友利も、走る。この先に何が待っているかわからずに。漠然と。
「いたぞぉぉぉーーー!!!浸入者だぁぁぁーーー!!!」
「「⁉︎」」
突然の声。後ろから数十人の大人が走って向かってくる。
その手には銃。
容赦なく、目が血走り、近づく。
死神の行進。
そうと呼ぶには、あまりにエレガントではなく、しかし、
僕らを絶望させるのには、十分すぎた。
「もう、無理.....」
銃声。
火薬の匂い。
そして、真っ赤な雨。
生暖かい感触が、僕をゆっくり、はげしく、包み込むように、襲いかかるように。
その腹に、真紅な、深紅な花を咲かせながら。
「友利ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」