1,
「さて、早速行動に移したいと言いたいのは山々だが、それはまだ先なんだ」
「.....どうして?」
「君の妹さんが囚われていることは分かったが、必要な物資がまだ到着していない」
「物資、ですか?」
「ああ。それにはまだ時間があるから、凪斗くん」
「はい?」
「君には学校に行ってもらおう」
「あー、そういえば。そんなこともありましたね」
「そうだ。ここも安全だが、学校にいた方がいい。奴らも学校のような法人には手出しは出来ないからな。あそこには寮もあるし」
「わかりましたけど、僕は一体、どうすればいいんですか?」
「そうだな。もう教科書と制服は届いているだろうし.....学校への道のりも奈緒ちゃんに教えてもらえればいいから.....。特に無いな」
「無いんですか」
「まあ強いて言えば、生活リズムを崩さ無いように、早寝早起きを心掛けろよ」
さて、と隼翼さんは、椅子から立ち上がった。熊耳さんはそれを支える。
「ああ、助かる、プー。じゃあ、物資が届き次第連絡はするから、それまで待機だ。解散していいぞ」
そう言い残して、部屋から出て行った。
「......大変だねぇ、学校なんて」
「そうなのか?」
「そうなのか?って、おにーさん、学校行ったこと無いの?」
「無いけど、お前はあるのか?」
「あるわけ無いでしょ。さっきも言ったけど、僕は生まれてこのかたずーっと人殺しの生き方してきたんだって」
特に悲壮感もないまま、峯連くんは言った。言った後、ふと僕の顔を見る。
「.....引かないんだね」
「何を?」
「だって、人殺しの奴なんて近づきたく無いのが普通の人間の反応だと思うんだよ。おにーさん、ぜんぜんヘーキそうだからさ」
「まあ、僕には記憶がごっそり無くなっちゃってるから、そこらへんの常識が、欠けているのかもなぁ」
「え、記憶ないんだ」
「今からかよ。なに、知らなかったの?」
「知るわけないじゃん。そんなこと知らされてないもん」
「そうか。そういえば、そうだったな」
「うお、スリーF」
「なにがだ」
「いつからないの?」
「覚えてるのは、今月の始め.....、いや、もうちょい後かな」
「.....まじ?」
「まじまじ」
「よくそんなに気楽に構えてられるね」
「そんなもんなのか?」
「......昔、僕の家には、記憶を消す能力者がいたんだ」
「前泊さんみたいな能力か」
「ううん。似たようなもんだけど、そいつの能力はジャスト1時間だけだった。けど、そいつの対象だった奴は、記憶を奪われた後、すごく苦しんでたよ。まるで、自分が自分じゃないみたいに」
「...........」
「おにーさんは、1時間ぽっちじゃない。おにーさんが生きてきた時間のほとんどが消えちゃったんだよね?」
「.......まあな」
「........強いんだね」
「そんなことは、ない」
そう。そんなことはないんだ。ただ、僕が初めて見た景色には。
白髪の、女の子だけだった。
「友利のおかげだよ」
「友利って、あの、僕を蹴っ飛ばしたあのおねーさん?」
「......微妙な覚え方だな。うん。そうだ。あいつが、僕に、なんていうのかな。指針ってやつをくれたんだと思う」
「そんな大層なことはしてないっすよ」
声のした方を向くと、友利が立っていた。
「人を救世主みたいに言わないでくださいよ。そこまで責任は持てません」
「イヤイヤ。お前は、僕を救ってくれただろう?」
「だから。そんな大層なことやってないって、あー、もうこれ堂々巡りになりそう」
友利は面倒くさそうに頭を掻く。
「おねーさんじゃん。こんにちは〜」
「ああ。峯連くん。こんにちは」
「あれ、二人とも知り合いだったんだ」
「あんたが寝てる間暇だったんすよーだから、話し相手になってもらってたんす」
「おねーさん、おにーさんのことはばっか話してたよー」
「お、そうかそうか。友利は僕の話をしてたのか」
「はい。あなたの名誉の人権を地に落としてきました」
「なにそれこわい⁉︎」
そんな会話をしている間、峯連くんの話を思い出していた。
記憶をなくした人間は、パニックを起こす。
まるで、自分が自分じゃないみたいに。
まるで、自分が自分じゃないみたいに。
自分が、自分じゃ、ない。
体が同じの、他人。
僕の、記憶をなくす前は。
僕が、これほどまともに生活を送れていることは、もしかしたら、僕は、もともと、なにもない人間で、自我もなく、意思もない。
例えば、そう、マシーンのような、ロボットのような。
機会のように、感情のなく、意思もなく、自我もない。空っぽの、『うろ』。
人間じゃ、ない。
そのことは、僕が知らず知らずのうちに、心の中に影を落としていった。
2,
翌朝。朝6時半。友利に電話で起こされた僕は、朝食を食べ、部屋においてあった制服に着替え、部屋から出たら、友利がそこに立っていた。
「おはよ」
「おはようございます。じゃ、行くっすよー」
そう言って、外に出た。僕も友利に続く。
通学路には、僕らの他にも同じ制服を着た男女が三三五五、おもいおもいに歩いていた。僕がこれから通う、『星ノ海学園』は、能力者予備群の子供たちを保護するために、また、研究者から守るためにある学校だが、ここの子供たちはそんなことは梅雨も知らないだろう。みな青春を謳歌しているように思えた。
しかし、気になったことが一つだけ。僕らの側を通り過ぎていった、生徒たち数人が、僕らに、特に友利にまるで呪うかのような視線を向けていたことだ。
「なあ、友利」
「.......なんですか?」
「あの、さっき通り過ぎていった子達」
「なんのことですか?」
「いや、だからさ。その子達が」
「なんのことですか?」
「......友利?」
「わたしには関係ないことですから」
どうやら触れられたくないらしい。仕方なく、大人しく引き下がることにした。
3,
学校に着くと、どうやら転校手続きがあるとかで、職員室に呼び出された。友利は先に教室に向かっていった。
職員室まで案内しろよ、と思ったが、しかし、すぐ目につくところにあったので困らなかった。職員室に入ると、なんと思いもよらない人物に出会う。
まさか、お前は.......!?
「やあ、谷城さんではありませんか」
「.......なんだ、お前かよ」
「久々なのに何故か辛辣⁉︎なんでですか⁉︎」
「いや、いいよもう。ところで、お前も今日転校なんだな」
「はい。中々の偶然ですね。もしかしたら運命かもしれないですね」
「気持ち悪いこと言うなよ」
話しながら廊下を歩くと、目的の教室に辿り着いた。
3年4組。それが僕のクラスだ。
「えー、今回は、このクラスに転入生が二人、来るからな、みんな、仲良くしてやってくれ」
「まじで⁉︎美少女かなぁ!」
「絶対そうだぜ!」
「やばい、パトスが、ほとばしる【ピーーー】が⁉︎」
「二人、男同士だったら、絶対デキてるわね!ハァ、ハァ!!」
「もー、キョウコったらよだれ垂らさないのー」
「ちっ、さっさとこいよ、この『悪鬼羅刹』コンドウ様を待たせるタァ、いい度胸じゃあ、ねぇか」
「うおお⁉︎コンドウさん!さすが、得体の知れない相手にも臆しないその姿勢!そこに痺れる憧れるゥ!!!」
........なかなか、個性的、だな、うん。
若干引きながら隣を見ると、高城が、戦慄していた。
「まさか、私よりもひくのではないのですか⁉︎」
「いや、それはないだろう」
なにせ、ハロハロの話題になった途端にアクロバティックな動きをし始める変態だからな、こいつは。間違いなく引くこと請け負いだ。
「よーし、じゃあ、入っていいぞー」
呼ばれたようだ。
「では、行きましょうか」
「ああ。そうだな」
教室に入ると、こちらに向けられる奇異の目線。正直、僕になこの相手を探るような視線は苦手なようだ。
「では、挨拶を」
「はい。私は、高城丈士郎と申します。これからはみなさんクラスの一員として、学園生活を楽しみたいと思います。どうか、よろしくお願いします」
「.......どうも。谷城凪斗です。よろしく」
簡単な自己紹介をした後、クラスを見渡す。すると、突然、眠っていた女生徒がガバリと顔を上げ、
「....あーーー!なぎなぎだーーー!」
「笹森⁉︎」
《未来予知》の少女、笹森祥子。まさか彼女もこのクラスだとは。
その近くの席に、友利の姿も見つけた。しかし、まるでこちらに関心がないようだ。
「おや、あれは、友利さんではないですか?」
「ああ、そうみたいだ」
「こちらに関心がないようですね、後で挨拶に伺いますか」
「そうだな。そうしよう」
「きゃーーー⁉︎顔を近づけて、唇が、く、くち、ああああーーーっ⁉︎......がくっ」
「ちょっと、キョウコ⁉︎」
「ちっ、なんだただのイケメンどもかよ」
「ツマンネ」
「なんか、ボク、まだほとばしるパトスが治らないんだけど」
「まじかよ⁉︎病気か⁉︎」
「なになにー?祥子ちゃんどっちと知り合いなの?」
「あの白い方だよー」
「彼?あらーイケメンじゃない?どういう関係?」
「関係?関係.......。そうだな、なぎなぎはね?あたしを、奪っていった方なのよー?」
「うばっ?まさか.....」
「そう、そのまさかよ」
「てめえ、何言ってんだよ⁉︎」
「やーん、なぎなぎ、怒ってるー?」
アホらしくなってきた。
「はいはい、うるさいから静かにしろ。じゃあ、そうだな、君たち、友利の近くの席、2つ空いてるから、座りなさい」
友利の名前が出た途端に、教室の空気が固まった。笹森1人を除いて。
「あの友利会長と?」
「あーあ、お気の毒に」
「俺知ってるぜ?あいつ、暴力事件幾つも起こしてんのに、学校側からなんの注意も受けてないって」
「どうせ、生徒会長だからだろ?」
「あんなのが生徒会長になれるわけないだろ?絶対なんか裏があるぜ。金とか権力とか」
「後はあいつ外面はいいから、ーーーとか......グハァっ⁉︎」
気づけば、殴っていた。
「..........友利が、なんだって?」
「な、何すんだよ、お前⁉︎」
「友利がなんだって聞いてんだよこっちはぁ!」
胸ぐらを掴み上げる。
クラス中が騒然となる。
「き、君!何をしてるんだ、話しなさい!」
「おい、友利に謝れよ、今すぐに!」
「おい、ちょっとそのガキ。何うちのツレに喧嘩ふっかけトンじゃあ!」
体の大きい、いかにも不良という感じの生徒が迫ってきた。掴んでいた生徒を捨てると、その生徒と対峙する。
高城や、当事者の友利は、傍観に徹するようだ。笹森はどうでもよさそうに、窓の外の蝶をみている。
「なんだ、お前が謝ってくれるのか」
「そうだなぁ、お前が、俺に勝てたなら、な!」
そう叫んで、大ぶりの右ストレートを放つ。ここまで軌道が読みやすいと、呆れながら軽々と避ける。そして、避けざまに、逆立ちをして、ニーハイキック。相手の顎に直撃し、脳を揺らした。案の定、そいつは脳震盪を起こし、気絶した。
文章にすればあまりにも短い間に、決着がついてしてしまった。
教室は、静まり返っている。
「しまった。気絶させたら、謝らせられないじゃないか」
そうひとりごちて、不良に近づくと、何かが迫ってくる気配。振り返ると、友利がいた。
足を振り上げる。顎に直撃した。
その瞬間から、僕の記憶は途切れた。
「まったく、余計なことを」
そう言う言葉だけが、聞こえた。