マキは一晩考えた。考えに考え抜いてやはり納得できなかった。
あの尊敬する香織先輩がそれほど言うのだ。その新入生とやらは確かに実力はあるのだろう。
しかしだからと言って、今日入ったばかりの新入生がいきなり名門たる黒森峰の隊長となって良い物だろうか?
いや・・・断じて否!
否だった。
そう考えながら夜中じゅう悶々として、まんじりともせずに朝を迎えたのだった。
「おはよう!マキ!」
「ああ、おはよう、みゆき」
寝不足のために元気がないマキにクラスメートの中川みゆきが声をかけてくる。
友人と言うよりは悪友の類で、どちらかと言えば生真面目な傾向のマキをからかう事を喜びとしている。しかし、言い方はともかく往々にしてその言葉は正しい事が多いので、生真面目なマキはあまり文句も言えないでいる。
「どうしたの?今日から戦車道の授業が本格的に始まるから緊張しちゃっているの?
まあ、無理もないか、マキは副隊長だもんね?戦車道の名門、黒森峰の副隊長様ともなれば責任重大だ」
「そんなんじゃないよ」
戦車道を受けていないみゆきはマキと違っておきらくだ。
マキが一晩中一睡もしないで考え込んでしまったこっちの身にもなってみろと思っていると、みゆきが半分眠りかけたマキの頭を揺さぶり起こすような発言をする。
「そういえばさあ、戦車道って言えば、今年は一年生の隊長誕生だって?」
その言葉にギクッ!となったマキが問いただす。
「え?みゆき、なんでその事を?」
みゆきは忍道を履修していて戦車道の内情は知らないはず・・・なぜそんな事を知っているのか?という気持ちで、たずねたマキの問いにあっさりとみゆきが答える。
「何いってんの?もう学校中その話でもちきりだよ?驚異の1年生隊長誕生ってね」
「そんな・・・まだ正式に決まった訳じゃないし・・・」
マキにとってはすでに学校中で香織が隊長を辞めるという事が事実になりつつある事がショックだった。
確かに昨日香織は隊長を降りるとはいったが、正式にその新入生とやらが隊長に就任するとはまだ明言していない。
「ええ、だって決まりでしょう?あの西住流の後継者なんだし・・・」
「西住流の?」
戦車道を始めて1年程度とはいえ、さすがにマキも西住流の事を名前位はしっている。
そのマキの反応にみゆきがあきれたように話す。
「あんた、相変わらず黒森峰で戦車道をやっているくせに、戦車道を履修していない私より戦車道の知識ないのね。西住流って言ったら有名じゃない!」
「あ、ああ、それ位は知っている。確か黒森峰の流派も西住流だったはず・・・
それ以上は知らないけど・・・」
「その西住流の跡継ぎが今年うちに入って来たから、戦車道界は大騒ぎしているんじゃない?」
「そ、その話は本当か?」
寝耳に水の出来事に驚いたマキがみゆきに問いただす。
「本当よ、って言うか、何で黒森峰で副隊長しているあんたが全然知らないのよ?
それって問題あるんじゃないの?つーか、ありすぎでしょ?」
「い、いや、私はそういった流派とか派閥のようなものに興味もないし、知りたくも
なかったから・・・」
確かにマキは戦車道を学び始めてこの1年、香織に食いついていくために、あまり実践的でない知識は学んでこなかった。それも派閥だ、流派だ、などという、俗的な感じとも取れるような知識は、生一本なマキとしては、あまり覚える気もなかったし、事実最低限未満の事しか知らなかった。
だが、そんな派閥などという俗な物と自分は無縁だと考えているマキに、みゆきは意外な言葉を投げかけてくる。
「何言ってんの!あんたなんか、わが校最大派閥の大谷香織派の重鎮じゃないの?」
「ち、違う!あれは純粋に私が個人的に憧れているのであって、派閥とかそういうの
では・・・」
みゆきの指摘を慌てふためいて否定するマキを無視して、再びみゆきが話を元に戻す。
「まあ、それはそれとして、その西住流のお嬢様がウチに入って来たので、大谷先輩が身を引いたってもっぱらの噂よ、どうなの?」
「そ、それは本当だ・・・いや、そのお嬢様とやらのせいかどうかまではわからないが、隊長を辞めると言うのは、昨日本人の口から直接聞いたので間違いはない・・・」
「あ、やっぱりそうなんだ?それで大変だよ。大谷派閥が大騒ぎだよ」
「そ、そうなのか?」
「まあ、やっぱり戦車道の名門で8連勝を勝ち取った名将って言えば大人気だからね。
大谷先輩を慕っている連中はあんた以外にも大勢いるわけさ。
それがたかだか昨日今日入った一年生にミソつけられたって言うんで、蜂の巣をつついたような騒ぎだよ。あ、これはあくまで大谷派閥の観点ね」
「な、なるほど」
マキも、さもありなんと自然にその大谷派閥の連中とやらに賛同をしたくなる。
「で、あんたはどうなのよ?大谷香織親衛隊長の小谷マキ副隊長としては?」
再び蒸し返された話題をむきになって否定するマキ。
「だから私はそんなんじゃないって・・・」
「あ~はいはい、わかったから、で、素直な感想としてはどうなの?」
「わ、私としては大谷先輩の決定した事に依存はないが、しかし・・・」
「しかし・・・?」
「その一方で、もしそのお嬢様とやらが実力もないのに西住流のコネで隊長になろうと言うのであれば、それは許せないとも思う・・・」
「ほうほう・・それでどうするの?」
「え?どうするって?」
「このまま放っておけば間違いなく、そのお嬢様が名門黒森峰の隊長だよ?それでいいの?」
「う・・・それは」
「実力があればいいけど、ただのお飾り物だったら9連覇も怪しいねぇ~」
「そ、それは・・・」
そのみゆきのもっともな意見にマキも動揺を隠せない。
「さあ、どうする?せっかく大谷先輩とあんたが頑張って8連勝した黒森峰の連勝もここでストップかも知れないよ?それでいいの?」
まるで黒森峰の8連勝が、香織とマキのコンビの賜物かのようにみゆきが煽る。
「うう・・・」
「かわいそうにねぇ・・・大谷先輩、隊長の座は追われるわ、連勝は止められちゃうわ、踏んだり蹴ったりだよね?」
まるでそれがすでに確定された現実かのように話すみゆき。
そのみゆきのわざとらしい哀れむ口調に、ついマキもむきになって答えてしまう。
「そんな事は・・・させないっ!」
「させないって・・・どうするのよ?」
そのみゆきの質問に、しばし躊躇した後で、マキが憤然と答える。
「西住流のお嬢様とやらに試合を申し込んで、私に負けたら大谷先輩を隊長に戻して貰う!」
「それ本当?」
「ええ、今日にでも申し込むわ!」
鼻息の荒いマキを見て、してやったりとみゆきがここぞとばかりにまわりに大声で叫ぶ。
「ねえ、みんな聞いて!マキが今日、あの西住のお嬢様に試合を申し込むんだって!」
その声に周囲にいた女生徒たちがどよめく。
あちらこちらから、ええ~?、ホント?、やめときなさいよ、勝てるわけないじゃない、ガンバレ~、骨は拾ってやるぞ!等の声が聞こえてくる。
みゆきの放言にマキも驚き、あわてて牽制し、掣肘する。
「ばっ!何を言っているんだ!みゆき!」
「あら、私はあなたの言った事をみんなに伝えたまでよ?」
「そ、それはそうだけど・・・」
「それともやっぱりやらないの?」
その言葉に今度は周囲の人間の注意がいやでもマキに集中する。
確かにここで違うと言ってしまえば、そのまま、その新入生が隊長になってしまう。
コネに納得が行かないのならば、結局は実力で判ってもらうしかないのだ。
いつもながらみゆきの手に乗ってしまうのは悔しいが、やはりそれが正しいのだ。
そうマキは考えた。
シン・・・と静まった廊下で意を決したようにマキが答える。
「いや、一旦言葉に出した事は実行する、やると言ったらやる!
西住のお嬢様と勝負して、私が勝てば隊長の座はあきらめてもらう」
そのマキの淡々としてはいるが、強い意志の込められた言葉に、周囲からおお~~~と驚きの声が上がる。
「それじゃあ、みんなに知られても構わないじゃん、むしろ隠すような事じゃないし、正々堂々とやりたいんでしょ?」
「く・・・こうなれば仕方がない、腹をくくってやる」
結局は、みゆきの手に乗ってしまったのが悔やまれるが、確かにどの道そうしなけば自分も納得しないのはわかっていたので、マキも諦めて覚悟を決める。
「それで、その西住のお嬢様とやらの名前は?」
そのマキの無知さに、さすがにみゆきもあきれる。
「え!?あんた、名前も知らなかったの?勝負するつもりの相手の?」
「うるさいな!私はそういうのに疎いって言っているだろ!
知らないんだから教えてよ!」
そのかつてないほど必死で切羽詰ったマキの様子に驚くみゆき。
しかし、次の瞬間、フッとやさしい表情になると、その質問に答える。
「西住まほ、そのお嬢様の名前だよ」
「西住・・まほ・・」
初めて知ったその名前をマキが、かみ締めるように呟く。
「ついでに言うと西住流始まって以来の天才って言われてる」
「天才・・・!」
そのみゆきの言葉にマキはハッと昨日の香織の言葉を思い出す。
(天才と言う言葉はあの方のためにあるのだと思うわ)
香織に言われたその言葉の意味を考えて無言になっているマキの肩を、みゆきがポン!と叩いて話しかける。
「ま、せいぜいがんばんな!私はあんたを応援しているよ!勝ち負けは別としてね」
ニヤニヤと笑いながら悪友もこれに極めりと思うばかりのみゆきを見て完全に罠にはまったと思うマキ。
しかし、もはや逃げる事は出来なかった。
その日の昼を過ぎた頃には、この小谷マキの西住まほに対する電撃的な宣戦布告は全黒森峰女学園中に伝わっていた。
そしてついに新学期最初の戦車道の時間がやってきた。
その後、黒森峰でも伝説となった戦車道履修の時間がいよいよ始まるのだった。