黒森峰の思い出   作:ウイング・三条

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第3話 新隊長誕生!

今期初めての戦車道の時間が始まり、隊長である大谷香織が挨拶を始める。

「今年戦車道履修の新入生の皆さん、始めまして、私が隊長の大谷香織です。

皆さんは本日より戦車道の名門である黒森峰女学園の戦車道履修者となります。

先達の皆さんに負けないよう、皆さんも戦車道に励み、学校生活を謳歌してください。もっともわけあって、私が隊長を務めるのは今日で最後です。

明日からは一隊員としてこの栄えある黒森峰の伝統を汚さないよう努める所存です」

その香織の言葉を副隊長として横で聞いているマキは歯がゆい思いだった。

(くっ、やはり大谷先輩は今日で隊長を辞めてしまうおつもりなのか?)

そんなマキの思いをよそに香織が隊長としての挨拶を締めくくろうとする。

「・・・さて、私の隊長としての挨拶はこれで終わりですが、隊長なくして戦車隊は

成り立ちません。そこで新しい隊長を皆さんに御紹介したいと思います。

西住まほ様、前の方にいらしてください」

「はい」

その瞬間、マキの全身の血液は逆流し、沸騰した!

まほ様・・・まほ様?・・・まほ「様」だと?

あの憧れの先輩で名将たる大谷隊長が自分より年下の少女を“様”扱い?

西住流のお嬢様だか何だか知らないが、それは許しがたい物があった。

しかも当の本人はそれを当然のように受け入れて淡々と返事をしている。

香織に指名された西住まほと言われた少女が一年生の列の一番前から進み出て、大谷香織の前で止まる。

香織が自分の前に立った西住まほに、まるで王女に問うかのように恭しく尋ねる。

「あなたに今年の隊長をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか?」

今だ!今しかない!今この瞬間を逃したら正式にあのお嬢様が隊長になってしまう!

そう考えたマキはまほが答えるより早く香織に叫ぶ。

「お待ちください!大谷隊長!!」

自分でも驚くばかりの大音声でマキはまほの返事を遮っていた。

「どうかしましたか?小谷さん?」

おそらくすでに大谷も今日のマキの噂を聞いたのであろう。

それほど驚きもせずにマキの説明を待つ。

「はいっ、そのっ、尊敬する隊長である大谷先輩のお言葉にことさら逆らう気はありませんが、私はその・・・西住まほ隊員の実力も知りませんし、その・・・自分は副隊長として西住隊員を隊長として受け入れて良いか、判断に困ります」

「それで?・・・あなたはどうしたいのですか?」

明らかにマキの意図を読んで先を促す香織。

「はっ、その・・出来れば西住隊員と私で戦車道での勝負をさせていただきたく思います」

「それから?全て言っておしまいなさい」

香織があくまで膿を全て出そうというのか、まるでマキに全ての悪事を白状させるかのように促す。マキもやけぎみにその香織の思惑通りに全てをさらけ出す。

「はい、それでもし私が勝てば、勝手ながら大谷先輩に隊長として残留していただきたく思います!」

それだけ一気に言うと、そのまま微動だにせず、香織の返事を待つマキ。

「いいでしょう。今までの一年間、何があっても文句も言わず戦車道に励み、私の手助けともなってくれたあなたの始めての我侭です。私としてはあなたの願いを聞いてあげたい。しかし試合とは一方的に出来る物ではありません。あなたはそれを考えていたのですか?」

「え?」

その言葉に頭がまっ白になり、返事に窮するマキ。

「あなたがどんなに勇んでも相手がそれを受けなければ勝負はなりたたないのですよ?」

「あ・・・!」

香織の隊長の座に執着するあまり、すっかりその事に関しては失念していたマキだった。言われてみればその通り、相手がそんな物をやりたくないと言えばそれまでなのだった。そんなにも簡単な理屈を忘れていた自分を情けなく思い、愕然とする。

「やはり頭に血が上ってそこまで考えていなかったようですね。まあそれは良いでしょう。

ところでまほ様、事情はお解かりかと存じますが、いかがいたしますか?」

その香織の質問にまほも淡々と答える。

「はい、小谷先輩の意見はもっともだと思います。このまま私が隊長になっても

納得しない人々は小谷先輩以外にもいらっしゃるでしょう。

それに隊長を受ける受けないは別として、私の実力は知っておいていただいた方が、この先の黒森峰の作戦立案にも役立つと考えますので、小谷先輩の満足の行くまで勝負を受けたいと思います」

「そうですね。それでは早速ですが試合形式で勝負していただくとしましょう。

どういった形式がお望みですか?」

当然のごとく、香織がまほに試合形式を聞く。

「これは小谷先輩をはじめ諸先輩方に私の事を知っていただくための試合です。

試合方式は先輩方に決めていただいた方がよろしいかと」

「それもそうですわね。それでは小谷さん、どういった試合形式がよろしいですか?」

自分が言い出した事ではあるが、あれよあれよというまに話が進んで驚いているのはマキの方である。まるで以前から示し合わせたかのように話がトントンと進んでいくのは夢でも見ているようだった。

「は、その・・・本当に私が試合形式を決めてよろしいので?」

「ええ、そうですよ」

何を今更のようにと、香織も返事をする。

確かに戦いを望んだのは自分だが、マキは驚きを禁じえなかった。普通、他の条件が対等ならば戦いというものは挑戦される側が条件を決めるものだ。さもなければ常に挑戦する方が有利な条件を持ち出し、挑戦される側はたまらない。

しかし今回この後輩はどんな条件でも構わないという。しかももっと驚くのはその事に当人だけでなく、香織も全く動じていないという事だった。

それは絶対の勝利を確信しているという事である。

成り行きとはいえ、仮にも世間に名だたる黒森峰の隊長を決める勝負である。

その勝負をまるで一杯のコップの水を飲み干すがごとく、日常の一部のようなやり取りをしているのが、マキには信じられなかった。

他の者たちの力を借りるまでもない。自分ひとりがこのお嬢様を完膚なきまでに倒せば、それで良いのだ。そう考えたマキは1対1の戦いを望んだ。

「それでは1対1でお願いします」

その言葉に香織がうなづく。

「わかりました。でも、その前に・・・」

香織が隊員たちの方に向くと、そこにいる全員に質問する。

「皆さんの中で小谷副隊長と同じく、西住まほ様が隊長にふさわしいかどうか、まだ疑問だと思う方は遠慮なく手を上げてください」

その言葉に恐る恐る5名の者が手を上げる。

「はい、では逆に問題はない、賛成だと思う方は?」

香織の質問に元々西住流の門下であろうか、今度は十数名程の者が手を上げる。

「他の方はまだ決めかねている訳ですね?」

残りの大半の者たちに目で質問を投げかける香織。

その通りだという感じで無言でうなづく残りの百人以上いる隊員たち。

「はい、それでは反対の方、疑問だと思う方、判断をしかねると思った人達はこちらへ、賛成の方々はそちらへ移動してください」

いぶかしがりながらも香織に言われた通りにゾロゾロとそれぞれ移動を始める隊員たち。

「はい、それではこれより1対1の試合を開始します。

 小谷さん同様疑問だと思う方々の中から3名、同じくまほ様に賛同する方の中から3名、それぞれ操縦手、砲手、装填手を選びます。

残りのみなさんはそこで二人の戦いをよく見ていてください」

そうして香織が全員の前で説明を終わると、今度はマキに向かって話し始める。

「ですが始める前に私からも条件がひとつあります。小谷さん、あなたが勝てばあなたの言う通り、私が隊長として残留しましょう。ですが、もしあなたが負けた場合は副隊長を辞める事は許しません。戦車道を辞める事も許しません。黒森峰の副隊長として西住隊長の指揮の下、9連覇に真摯に挑んでください。それが条件です。いいですね?」

その香織の言葉にマキも素直に従う。

「はい、わかりました・・・」

「では1対1の試合を始めましょう。それぞれ自分の戦車の3名を選んでください。

戦車は双方とも公平にティーガーとします」

マキが百名以上いる自分のグループの中から操縦手、砲手、装填手を選ぶ。

絶対に負ける訳にはいかない。マキは自分が知っている限り、黒森峰の中でも最精鋭の人物を選び出す。

一方、まほの方も西住流の者として、気心がしれている者がいたのか、あっさりと自分のメンバーを選び出す。選ばれた者たちは狂喜乱舞である。

(はん、そんなにお嬢様に選ばれた事が嬉しいのかねぇ・・・)

一瞬、マキはそう思うが、もしあの選んでいるのが大谷隊長だったらと考えると、自分も選ばれれば、あのように狂喜乱舞しているだろうなと考え、クスリと笑い、改めて気を引き締める。

(考えてみれば、私も人の事は言えないか)

「双方とも準備はよろしいですね?それでは試合を開始させていただきます。

 審判はふつつかながら私、大谷香織が務めさせていただきます」

それぞれの者たちが戦車に乗り込むといよいよ運命をかけた試合が始まる。

「それではこれより西住まほ対小谷マキの試合を始めます。一同、礼!」

一礼をして頭を上げたマキの瞳は、かつて公式試合ですら見せた事が無かったほど、燃え上がっていた。

 

・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

勝負はあっという間に終わっていた。

もちろん、ある程度強いのは覚悟していた。しかしまさか昨年優勝もした戦車隊の副隊長たる自分が何も把握できないうちに撃破されるとはマキの想像を超えていた。

「もう一度お願いします!」

納得の行かないマキの口から反射的にその言葉が出た。

審判たる香織も異を唱えるでもなく、その要求を通す。

「はい、では2回戦を始めますよ」

香織の合図と共にマキ対まほの2回目の戦いが始まる。

 

・ ・・5回目の戦いが終わり、マキは驚愕していた。

全て惨敗だった。

マキの砲弾はまほにかすりさえしなかった。

マキは今までの自分は一体なんだったんだろうとボンヤリと考えていた。

この一年間、初心者とはいえ、香織に憧れ、努力し精進もしたつもりだった。

その努力の甲斐もあって試合にも出場する事ができた。

多少なりとも自分の働きもあって、望みどおり黒森峰は優勝できた。

あれはなんだったのか・・・?夢だったのだろうか?

その全てがまるで走馬灯のように駆けていった。

この新入生は一体何者なのだろうか?

戦車道の申し子か何かなのだろうか?

自分が何をしても、まるで全てを見通すかのように先回りされて先手を打たれ、そして負ける・・・

(天才・・・か)

その言葉の意味を生まれて初めて、イヤというほど味わったマキは呆然としていた。

戦車道を始めてこの1年。もちろん負けた事もあった。例え勝っても相手を手ごわいと感じて尊敬の念さえ沸いた事もある。

だがこの感覚はそのどれとも違っていた。まるで釈迦の掌の上にいる孫悟空の気分だった。

(世の中って広いんだなあ・・・・)

しかし、まだマキは納得していなかった。

「どうしますか?小谷さん?まだ続けますか?」

その香織の質問にマキが答える。

「・・・西住隊員の実力はよくわかりました。しかしこれはあくまで一両の戦車の指揮能力としての実力です。隊長としての能力はまた別だと思います」

「そうですね、それも、もっともな意見だと思います、それでは・・・」

香織は驚きの目で見学していた隊員たちを振り返ると、そこにいた全員に指示を出す。

「それではこれから団体戦の模擬戦を始めます。先ほどまほ様に賛成した方はまほ様の

チームに、それ以外の皆さんは全て小谷副隊長のチームに入ってください」

その言葉に全員が愕然とする。

とりわけ、マキの驚きはひと際だった。

「なっ?・・・大谷隊長!これでは西住隊員側はせいぜい5両・・・こちらは20両以上の戦力になりますよ?」

「ええ、そうですね」

全く動じる事も無く、返事をする香織。

マキは香織が先ほど隊員たちを2つのチームに分けたのはこのためだったのか、と今更ながら驚く。

(つまり大谷隊長はこうなる事を予測していたという事か・・・)

しかもこの戦力差である。その差は実に5倍以上だった。常識で考えてこの戦力差で試合が成り立つわけがなかった。

しかしそれをあえてさせるとは大谷隊長も西住まほも何を考えているのかと驚き、そこから導き出される答えを考えると、マキは恐ろしくもなってきた。

「・・・つまりこれほどの戦力差でも西住隊員は負ける事がない・・と?」

「あら、それがわからないから勝負をするのじゃありませんか?そうでしょう?」

そうは言いながらも香織がまほの勝利を欠片も疑っていない事がありありとその態度にとって見える。

「くっ・・・」

香織のまほへの絶対の信頼が悔しくもあり、うらやましくもあるマキだった。

しかし、香織の言葉通り勝負はやってみなければわからないとも考え、改めていかにまほに勝つかの構想に考えを巡らせる。

「それで勝負はフラッグ戦にしますか?殲滅戦にしますか?」

その香織の質問にマキは考えた。普通に考えればここはフラッグ戦だろう。殲滅戦にするならば圧倒的に数が多いマキの方が有利すぎるだからだ。

この戦力差で普通にフラッグ戦をやっても数が5倍以上いるマキの方が圧倒的に有利なのに、さらに有利な殲滅戦にすれば、例え勝っても卑怯者、臆病者のそしりを受けない訳にはいかないだろう。そして逆にこの戦力差で殲滅戦をやって負ければ今度は無能のそしりは免れないだろう。

しかし敢えてマキは殲滅戦を選んだ。どうせ隊長に逆らった身だ。やるなら徹底的にやった方が自分も納得がいく。後で殲滅戦なら勝てた筈なのになどと自分に言い訳するのもイヤだったし、他の者に完全に納得させるためにも必要な事だと思った。

例え5倍以上の戦力差で勝てて当たり前と周りからそしりを受けたとしても勝たねばならないのだ。そしてもし5倍以上のこの戦力で負けでもしたら・・・?

それを考えると背筋がゾッして、マキの背中に冷や汗が流れる。

しかしここまで来たら覚悟を決めねばならない。

「・・・殲滅戦でお願いします」

「あなたはそう言うと思ったわ。あなたのそういう所好きよ、だから私も副隊長に推薦したんだから」

クスッと笑いながら香織が言う。

「それではこれより西住まほチーム5両対小谷マキチーム27両の試合を始めます!」

隊長の座を決める最後の戦いの火蓋は切って落とされたのだった。

 

 実際に戦い始めてマキはすぐにある事に気がついた。これは殲滅戦ではない、殲滅戦なのはあちらだけであって、マキの方は事実上フラッグ戦なのだと・・・

なぜならばマキの方はまほの乗る車両だけ狙えば良いのだ。例え残りの4両がいたとしてもまほの車両が白旗を出してしまえば指揮をする資格がなかったと思われて、隊長としての資格をみんなから疑問視される結果となる。そして残りの4両もまほの指揮なくしては、数で圧倒するこちらの戦車にはとても勝てないだろう。

 逆に仮にマキが一番最初に白旗を出してしまったとしても、別にマキ自身が隊長の座を賭けている訳でもないので、残った全員でまほを狙えば良いだけなのだ。

つまり改めて考えてみると、この試合はただでさえマキ側が有利なフラッグ戦ルールなのに、実質、相手は殲滅戦ともいうべき当初考えていた以上に有利な試合・・・いや、普通に考えれば馬鹿馬鹿しくて試合にすらならないほどのルールだった。

(それなのに、あのお嬢様は平然とこの勝負を受けてたった・・)

もし自分がこのような状況に置かれたらどう感じるだろうか?

(きっとあまりの馬鹿馬鹿しさに試合放棄したくなるんじゃないかな?)

そう考えると、マキには相手がこの試合を受けたというだけで尊敬の念が沸いてくる。

しかし今は勝たねばならない。この圧倒的な戦力差、このあまりにも相手に取って不公平かつ理不尽で、マキたちには有利なルール・・・これで勝てなければどうしようもないのだ。

だが油断はならない、先ほどの1対1の手ごたえから考えても相手はおそらく戦車隊の指揮も神がかり的な腕前であろう。5倍の戦力をもってしても決して侮れない相手だとわかっているマキは改めて気を引き締めてかかった。

 

 戦いが進むにつれてマキは大きな勘違いに気がついていた。それは勘違いというよりもマキの戦車道の経験が、たったの一年という経験不足からきていた。

戦力が相手の5倍以上と言えば確かに聞こえはいい。しかしそれはあくまで指揮する者にその数を指揮する能力があってこその事だった。黒森峰で副隊長を務めているとはいえ、まだマキは10両以上の戦車を指揮した事がなかった。普段はせいぜい5~6両の戦車を率いて別働隊を進め、敵を分断したり、後方を攪乱するのが常だった。10両指揮した時もどちらかと言うと作戦の目的地まで誘導する形で、現場に着けば、その後は隊長である大谷の指示に従って、相手を殲滅すれば事足りたのだった。

 しかし、今回は27両もの大群だ。これほどの大軍を指揮した事のないマキは指揮する事それ事態に翻弄され、必然的に指示が遅れ、指示洩れの出る戦車が続出した。

代わって相手側は整然と5両の戦車を持って展開し、時には縦列、時には横隊と千変万化に隊形を変えて、その指示は誤りも遅滞もなく、確実にマキを追い詰めていく。

俗に一匹の狼に率いられた百匹の羊は、一匹の羊に率いられた百匹の狼を駆逐するという。

マキは決して羊ではなかったが、相手はそれ以上にただの狼ではなかった。

1両また1両と群れからはぐれた羊をその歯牙にかけていき、指揮に翻弄されていたマキが気づいた時には、すでに味方の数はたったの十両となっていた。

「まだよ!まだ十両いればあちらの倍はいる!この数ならば私にも十分な指揮はできる。

 勝負はこれからよ!」

そうマキは自分と仲間たちに言い聞かせ、最後の決戦を挑んだ。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

マキは負けた。

それも散々に・・・27両がかりの殲滅戦で倒せた相手はたったの1両、それもそれは指揮が悪かったと言うよりも、相手が未熟でまほの指示通り動けなかったと言わざるを得ない倒され方だった。もちろんまほの乗る車両はかすり傷一つついていない。

白旗の上がった戦車から降りて、がっくりと地面に座り込むマキ。

5倍以上の戦力での惨敗・・・それは信じられない出来事だった。

(もう私に副隊長の資格なんてないな・・・ううん、戦車道自体をやめちゃおうかな・・・)

自然に涙が溢れて来て、自分の無力さを味わう。

(なんで今まで私、戦車道をやっていたんだろう・・・)

そう考えた瞬間、試合が始まる前の香織の言葉をハッと思い出す。

(もしあなたが負けた場合は副隊長を辞める事は許しません。

 戦車道を辞める事も許しません)

その言葉を思い出し、なぜ香織がそんな事を言ったのかの意味を始めて知る。

(そうか・・・先輩は最初から全部お見通しだったんだ・・・)

そんな事を考えているマキに香織が追い討ちをかけるように話しかけてくる。

「どう?まだ納得がいかないなら、もう一度試合をしてもいいのよ?」

「・・・先輩もずいぶんといじわるですね。これほどこてんぱんにされて・・・

 もう一度やる気になんて、なる訳ないじゃないですか?」

「あら?私の知っている小谷マキはこんな状況下でも決してくじけなかった筈よ?」

「ずいぶんと持ち上げてくれるんですね?それとも敗者に対するいたわりですか?

 大体やろうにも、もうまともに動ける戦車だってロクにないじゃないですか?」

周りを見れば、まほの指揮していた戦車隊以外は全て白旗を揚げて止まっている。中には煙をあげて燃えくすぶっている戦車すらある。まさに死屍累々といった感じだ。

「あら?そういえばそうねえ・・・随分とハデにやったわねえ・・・」

「そうしろって言ったのは先輩じゃないですか・・・」

「そうだったかしら?それじゃ納得って事で良いのかしら?」

「もちろん納得しましたよ。これで納得しなかったらただのバカじゃないですか?」

マキがやけになったように自らの惨敗を認める。

その言葉にうなづく香織。さらに周囲を見渡してその場にヨロヨロと集まってきた他の隊員たちにも同様の質問をする。

「他にまだ納得の行かない人はいませんか?遠慮しないでいいんですよ?

これは今後の黒森峰の指針を決める重要な事です。とことんまでやってください!」

その香織の言葉にその場にいた全員が弱々しく首を横に振る。

「では全員納得という事で、今年の隊長は西住まほ様でよろしいですね?」

その言葉に今度はブン!ブン!と勢いよく首を縦にふる隊員たち。

「あ~もう!全員納得したに決まっているじゃありませんか!

 今後西住さんに逆らう奴がいたら、まず私が相手しますよ!」

そのマキの言葉にクスクスと笑いがおき、少なからず殺伐としていた隊員たちの場が和む。

しかしその笑いの中には嘲笑に近い物もあった。

「ふふっ、当たり前じゃない・・・まほ様に挑もうだなんて・・」

「まったく井の中の蛙、大海を知らずとはよく言ったものね」

西住流の一派であった。

あからさまにその声が聞こえても、マキには逆らう気も、反論する気も起こらなかった。

それは事実だったから・・・

しかし隊長たる香織はその嘲笑を聞き逃さなかった。

キッ!とそちらの方を向いて、その隊員たちに対して香織が口を開いた瞬間だった。

「こそこそと何を言うか!」

香織より一瞬早く発したその声の主は西住まほだった。

「小谷先輩は堂々と何度も私に向かってこられた。その意気は尊敬に値する。

 しかも最後は例え勝っても汚名を被るのを承知の上で殲滅戦でかかって来られた!

 そして負ければどう言われるかわからない、どちらになっても自分が泥を被るのを覚悟の上で、全員を納得させるために試合に臨まれたのだ!

 私は小谷副隊長のような方がこの黒森峰にいる事を誇りに思う!

 あなた方に小谷副隊長ほどの気概があるのか?問い質したい!」

まさに獅子の咆哮だった。

そのまほの気迫に縮こまった西住流の隊員たちが慌てて陳謝する。

「も、申し訳ありませんでした!まほ様!私たちが間違っておりました!」

そのまほの一喝に香織が言葉を止める。

自分の言いたい事をすべて言われてしまった、いやそれ以上だった。

「さらに言わせてもらうならこれは小谷先輩にとって、非常に不利な戦いだった」

そのまほの言葉にその場にいた全員が理解しかねるという表情になった。

もちろん不公平な戦い、いや理不尽な戦いであったのは全員承知の上だったが、まほの言いようはまるで自分が有利だったかのようである。

「私は昨年の黒森峰の公式試合をすべて見て研究していました。練習試合も記録映像などが入手出来たものは何回も見て研究し、その結果、小谷副隊長に限らず、主だった諸先輩方の動きを見て欠点を発見し、どうすれば勝てるか?またどうすればその欠点をなくす事ができるか?そうすれば私が入学した後に黒森峰に貢献できるであろうと考えていました。対するに小谷副隊長は私の事をまったく知らぬのに勝負を挑んでいらした。この一点だけでも不公平な部分を感じざるを得ない。

 また、戦車の大集団は熟練した上級者でも指揮するのが困難だというのに、私の方は5両で最初から統率が取れた集団であったのに対して、小谷副隊長は30両近い大集団を統率指揮するのは初めてでした。にもかかわらず、1両また1両と次々に撃破されても果敢に指揮を執っていらした。そして私と同数になった頃は、それまでの大軍の指揮で、すでに疲れも頂点に達し、精神力も底を尽いていたのです。私はその疲れきった小谷副隊長を倒したにすぎません」

そのまほの説明に唖然とする生徒たちにさらに説明をつづける。

「そして決定的なのはこの試合の意義です。私が単に自分の名誉を守ったのに過ぎないのに対して、小谷副隊長は黒森峰全体の事を考えてこの勝負を臨まれた。隊長候補である私に勝てれば、自分が隊長になると言ってもおかしくないのに、大谷隊長の残留という全体を考えた物でした。また、小谷副隊長が矢面に立っていただいたお陰で口には出さなくとも私の事に関して疑問に思っていた人々も自分が考えていた事を代弁していただいて一安心できた事でしょう。

結果として、黒森峰のすべての方が私の実力に納得していただいた。これもすべて

小谷副隊長の功績です」

そのまほの説明で思わず再びシン・・・と静まり返る一同。

その静かな中でマキは考えていた。

私が黒森峰の事を考えていただって?冗談じゃない!確かに最初はそんな気持ちだった。正義は我にあり・・・と、黒森峰の伝統を思い知れ!と。世間知らずのお嬢様に教育してやろうと・・・しかし、考えてみれば単に私が勝手に嫉妬していただけじゃないか?

憧れの大谷先輩を汚されたような気持ちになってこの人を憎んで一方的に勝負を挑んで負けた。まったく穴があれば入りたいくらいだ。

 しかもこの人のこの言い方はあきらかに自分を庇うために話している。

どんな言い訳で取り繕うが、5倍の戦力で負けたのは事実だし、その事をこれほどの人物がわからない訳がないのだ。

つまり、これからの黒森峰で、マキの副隊長としての立場がなくならないように配慮してくれているのだ。

 その上、この人は黒森峰の試合を見ただけではなく、入学前から一人一人の隊員の癖や欠点まで考えていたという・・・そんな人がこの人以外にほかにどこにいる?

この人以上に黒森峰の隊長に相応しい人が果たしているだろうか?

いやしない・・・いる訳がない・・・

自分はそんな人に勝負を挑んだのだ。

それも身勝手な理由で・・・

そう、それはまさに孫悟空が相手の事もわからず御釈迦様に戦いを挑むように・・・

そう考えると自分の今までの愚かさ加減がおかしくなってきた。

あまりのおかしさに笑ってしまう。

もはや自分でも笑う事を止められないほどに・・・

マキが突然、ドッ!とその場で大の字になって地面に寝転がると、一人狂ったように笑い出す。

「はは・・・はははは・・・あはははははは・・・!

そういうのは不公平って言わないんですよ・・・・

本当に世間知らずのお嬢様ですね。

西住まほ様・・・か。

こりゃ、今年も黒森峰の優勝で間違いないわ・・・

不肖の副隊長ですが、今までの非礼の分、これからは誠心誠意尽くさせていただきますので、

どうかよろしくお願いします、西住隊長」

自分でも笑っているのか、泣いているのか、判らないマキが寝転がったまましゃべる。

「小谷副隊長、隊長就任の件、承りました。こちらこそよろしくお願いいたします」

まほが返事をして不遜にも転がっているマキに深々と頭を下げる。

その二人の言葉に周囲からワッ!と歓声があがり、パチパチと拍手が広がる。

今や「元隊長」となった香織もその様子を見てホッと一安心するのだった。

「雨降って地固まる・・・か」

 

この瞬間、後に黒森峰の猛将と言われ、西住まほのためなら命も投げ出すと言われた西住まほ四天王の一人、小谷マキが誕生したのだった。

 

 

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