東方和河童   作:BNKN

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1 畔と水面下で揺れ動く幻想郷

 季節は夏。油蝉の口喧しい生命を賭した求愛の鳴き声が鳴り響き、ありとあらゆるやる気を削ぐような熱気がむんむんと立ち込める中、そんな暑さなど知ったことかといった風に妖精たちが元気にじゃれあっている。

 はて、妖精である。一般的に私達人間が暮らすこの世の中において妖精というものは実際に存在するのではなく、人間が生み出した所謂キャラクターと呼ばれるものになるだろう。つまり目の前で妖精たちが元気にじゃれあっていると言われても本来ならばありえないと一笑に付されてしまう筈なのだ。筈なのだが、ここにその発言を笑うものはいない。

 それというのもここが常識と非常識すを分ける博麗大結界によって世界から隔離されており、妖精どころか妖怪、仙人、神霊などが蔓延る特別な場所、幻想郷であるからだ。

 

 これから始まるのはそんな幻想郷に住まう少し変わった妖怪のお話である。

 

 

 

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 幻想郷、霧の湖の畔に一軒の小さな小屋が建っている。中の様子はなんというか非常にすっきりしている。端的に述べるとするなら生活感に欠けた、モデルルームのような雰囲気をしている。ただ、それと違うところはモデルルームの様に小綺麗ではないという所だ。

 その小屋の中で、布団もかけずに眠っている少女が一人。鮮やかな黒髪を肩まで伸ばし、部屋の中だと言うのに何故かレモン色をした少女の身体には少々大きすぎる雨合羽を呼吸に合わせて上下させている。13、4ほどの少女のようにも見えるが、一般的に妖怪の跋扈する幻想郷において人間が人里以外で眠ることはない。それは即ち妖怪に対して、どうぞ自らを食べて下さいと言っている様なものだからだ。

 ということは、この一見人間の少女にも見える彼女は、そういう事なのだろう。

 

 そんな彼女が妖精たちの声であろうか、はたまたこの暑さのせいなのかはわからないが目をゴシゴシと擦り、欠伸をしながら身を起こした。

 

 「ファぁ……んむ、んん…」

 

 彼女の名前は水知不 畔(みずしらずほとり)。一見人間の少女に見えるが、彼女の青い双眸が彼女が人外であることを指し示している。

 

 「…朝…もう一回寝ようかな…」

 

 彼女は時計を持っていないが、時間にして現在10時。既に朝というには遅すぎる時間である気がするが、今から寝るとはきっとこの少女はお昼過ぎまで寝るつもりなのだろう。朝勤めに出る人が見れば、羨ましさのあまり憤死してしまうかもしれない。

 

 そんなことはいざ知らず、彼女は横になり誰に言うでもなく一人で「お休みぃ」といって目を閉じていった。

 その次の瞬間、畔は読んで字のごとく跳ね起きた。

 

 

 

 「姫ちゃんとの約束忘れてたぁあああっ!」

 

 

 

 どうやら憤死せずにすみそうである。

 

 

 

 「姫ちゃんほんとにごめんってば!」

 

 畔の小屋、もとい家から少し離れた霧の湖の湖岸で畔は水面に向かって必死に頭を下げていた。

 

 その姿だけを見れば、金の斧と銀の斧と自らの斧をせしめた木こりの話を思い出すが、半泣きで頭を下げる畔の前に湖から出てきたのは金の斧と銀の斧を携えた大層美しい女神…ではなく、爽やかな水色の髪と深緑色の着物を濡らしながら頬を膨らませ、如何にも「私、怒ってます!」と言わんばかりの表情を顔に貼り付けた何とも可愛らしい少女である。

 

 そんな彼女、名をわかさぎ姫という。

 

 俗称っぽく聞こえるが本名である。彼女はここ霧の湖の中で暮らす妖怪である。湖の中で暮らすとはどういうことなのかは彼女の下半身を眺めればわかる。下半身を見ろといえども、何もいやらしい目で舐めるように見ろとかそんな話ではない。目を向けてみれば彼女の下半身がちょうど魚の尾の様になっていることが分かる。百人が見れば百人が人魚だと判断するだろう見た目である。正にその通り、わかさぎ姫は人魚なのだ。

 

「畔にとって私との約束なんて眠気以下の価値しかなかったのね。よくわかったわ」

 

 腹立たしげに尾ヒレで水面をピシャリと叩く。少し飛んだ水飛沫が畔の頬を打った。

 

「わぁっ!待って待って!わざとじゃないんだよーっ!偶々、昨日夜更かししてて」

 

 「あぁ成程、眠気以下じゃなかったのね。夜更かし以下だったわけね。わかったわかった」

 

 「ひーんっ!なんにもわかってないよー!」

 

 「…畔ちゃん。友情って儚いんだよ…」

 

 「ごめんってばーっ!」

 

 かれこれ10分近く謝りっぱなしの畔である。わかさぎ姫としては特に怒っていないのだが、この友人の素直すぎる反応が可愛らしいのでずっと弄っているのだ。

 このまま続けてもいいのだが、そろそろ本格的に涙目になってきている畔を見てそろそろやめてやろうかなと思い始めているわかさぎ姫。

 

「まぁ、もういいわよ。とくに待ったわけでもないしね。」

 

「っ!ごめんね、ありがとう!本当にごめんね、ありがとう!」

 

 目に溜まっていた涙をゴシゴシと袖で拭き取りながら「ごめんね」と「ありがとう」をひたすら量産し続ける友人を眺めるのも良かったが、それでは一向に話が進まない。

 

「もういいってば。それよりもよ。畔はどんなの持ってきたの?そっちの方が重要だわ」

 

 ぞんざいながらも、もういいと言われてわかり易く顔を明るくする畔。…ふむ、何とも弄りたくなる扱いやすさだ。

 

「フッフッフッ…今回わたし自信あるんだよねー。今までにないくらい綺麗なの持ってきたよ。見たい?」

 

 先程までの態度はどこへやら。一転して調子に乗りはじめる畔。

 

「焦らさなくていいから。早く見せなさいよ」

 

 わかさぎ姫はにべもなく切り捨てたのだが、調子に乗り切った畔に効果はないらしい。

 

 「仕方ないなーっそこまで言われたら見せちゃおう。まったくもー姫ちゃんは我慢が効かないんだから~。このっこのっ!」

 

 先程まで友人を待たせて、怒られて、弄られた事などすっかり忘れた様子の畔であった。

 

 実はこの二人には共通の趣味がある。そんな話をするのは唐突だろうか。とにかく、この二人ははまっていることがあるのだ。では具体的には何なのか、それは今しがた畔が百点満点のドヤ顔でわかさぎ姫に渡したものを見ればわかる。

 

「わぁぁ…すっごい綺麗…」

 

 わかさぎ姫がいやにうっとりとした顔で眺めているもの、それは石である。

 

 向こう側を見ることが出来るほどの透明度で、薄青色に輝く石である。その青の中には細やかな気泡がまばらに点在しており、湖を掌サイズに圧縮した結晶のようにも見える。その石を通り、貫通する太陽光線は淡く青色に染まっており、何とも涼しげで幻想的な雰囲気を作り出している。

 

 もう分かったかと思うが、この二人の趣味とは石集めだ。

 

 ここで少し思い出して欲しい。彼女二人は見た目こそ可愛らしい少女の姿をしているが、本来泣く子どころか武骨な大人ですら物理的に黙らせることが出来る程に恐ろしい妖怪なのだ。

 そんな妖怪二人集まって何をしているかと思えば、人を恐怖に陥れる様なことでなく、ともすれば人里の童がしていてもおかしくない石集めである。

 なんとも拍子抜け、肩透かしを食らった様な気にはなるが、ここで言いたいことは石集めをする事が悪いとかそんなことではなく、実はこの二人妖怪にしては珍しく、人間を襲うことがないのだ。

 別にガンガン襲って、どんどん喰らい尽くせという訳ではないにしても、人から恐れられる筈の妖怪が人を全く襲わないとはどこぞの閻魔様が聞けば

「貴方々はもっと妖怪らしくありなさい」

 などとありがたいお言葉を頂く羽目になるだろう。

  ではなぜこの二人が人を襲わないのかだが、これには二人ともそれぞれ理由がある

 

 まずわかさぎ姫、彼女はその気性の穏やかさ故元々襲う気がないというのもあるが、やはり一番の理由は彼女の行動可能スペースが考えられる。

 そう、彼女の身体のつくりからして陸上での生活が適していないことは容易にわかる。又、わざわざ人里を出て霧の湖までやってくる様な生き急いだ人間も滅多にいない。襲う相手がいないのに襲うことが出来る道理はないということだ。

 

 では畔はどうなのか。

 

 畔は生まれながらにして妖力、ありとあらゆる身体能力の全てが低い。

 空を飛ぶこともできない。

 畔を川に叩き込めばリアル河童の川流れが見られるだろうというレベルである。

 まだ、畔が自らの能力のなさを完全に理解していなかった頃、『人くらいなら頑張れば何とかなるんじゃないか』という根拠のない自身に背中を押され、幻想郷に来たばかりの、所謂外来人に襲いかかってみたことがあった。

 結果は惨敗。友人の河童が助けに来てくれなければ命すら危うかったかもしれない。そんなことがあって以来、畔は人を避けている節すらある。

 

 話は逸れるが、畔がほかの河童と共に妖怪の山に住んでいない理由もこの辺に見られる。人は、皆が出来ている事が何も出来ないとそれは「おかしな奴」と周囲は判断する。詰まるところ河童も人も然程変わらなかったというだけの話だ。

 それが理由で、畔がほかの河童から嫌がらせを受けたと言ったことはなかったが、やはり距離感を感じてしまう。居心地の悪さは否めなかった。

 妖怪の山を離れた今でも、きちんとした関係が続いている河童は先に出てきた、畔を助けてくれた河童くらいである。

 

 まあ、長いことつらつらと説明してきたが、一言で言ってしまえば畔は人を襲わないのではなく、襲えないだけだ。

 

 そんな言わば、妖怪の中でも弱者に分類されてしまう畔ではあったが、畔自身は今の生活にとても満足していた。

 自分で人や獣を捕まえることが出来ないので、食事の一切を妖怪のコミュニティの飲食店で済ます。その際に使うお金を稼ぐために、自ら畑を開き、人里に売りに出る。暇な時は、わかさぎ姫を始めとした友人達と気ままに過ごす。こんなメリハリのない平坦で安寧な生活が死ぬまで続いてもいいと思っていた。

 

 だが、神とはなんとも気紛れなもので、彼女の願いはあえなく散っていく。本当に神だの運命だのといった連中は理不尽極まりない存在である。

 

 

 

 〇

 

「ふむ、それで?私達の移住を許可する代わりにスペルカードルールを広めるべく異変を起こせと?」

 

 真紅の舘のとある一室。

 背中に蝙蝠のような羽を持ち、館と同じ真紅の瞳を鋭くしている少女が、常人ならば一瞬で失神してしまう程のプレッシャーを放ちながら対面の女性に問う。

 

「ええ。全くそのとおり、理解が早くて助かりますわ」

 

 そう応える女性は先程から眼前の少女の圧力を一身に浴びているにも関わらず、どこ吹く風といった様子だ。ここから彼女もまた尋常にあらざる力を持つものなのだとわかる。

 

「本当にいいのか?言っておくが私にも吸血鬼としてのプライドがある。いざ、戦闘となった時に手を抜く気もわざと負けてやる気も毛ほどもありはしない」

 

不遜な態度を隠す素振りすら見せぬ少女が吐き捨てる様に言うと、対する女性はクスリと小さく笑った。

 

「あら、面白いことを仰るのね。わざと負けてやる必要なんてありませんわ。―――そうですわね...断言致しましょう。貴方々がことスペルカードルールに於いて、博麗の巫女に白星を上げることは有り得ませんわ。運命を操ると嘯く貴方ならわかっていると思ったのだけれど、やはり戯言なのかしら?」

 

「…生憎と自分の運命を見て決めてしまうのは趣味じゃない。結果の分かりきった未来に私は魅力を感じない。まぁ、それはさておき―――癪だな」

 

 途端、少女から放たれる圧力の苛烈さが増した。机はギシギシと軋み、置かれたティーカップも喧しく音を立てる。

 

「私をホラ吹きと愚弄するか。確かに、確かに幻想を否定し化学を盲信する今の世の中において、私の力は弱まる一方だ。だがな、鳥籠の中で暮らす、野生を忘れて久しい妖怪如きに蔑まれる程に落ちぶれた覚えはない」

 

正に一触即発といった雰囲気に包まれる部屋の中、女性の態度はまんじりとも変わることは無かった。

 

「これはこれは失礼いたしましたわ。先程の言葉は撤回致しましょう」

 

「ふんっ。その嘗めきった態度が何時まで続くかな。――――まあ、いいだろう。貴様の話に乗ってやる八雲紫。人間巫女を叩きのめし、幻想郷を支配し、最後に貴様を屈服させてくれる。真の妖怪の恐怖を貴様に教授してやる」

 

その言葉端から自分の方が上の立場にあるという意思が嫌という程見て取れる。

 

「千にも満たない時間しか生きていないクソ餓鬼がどんな恐ろしい恐怖を見せてくれるのか、それはそれは楽しみですわ。精々、井の中の蛙にならないことを願っておりますわ、レミリア・スカーレット」

 

そんな少女の態度、言葉を受けても矢張り、笑みを深くするばかりの女性。

 

「蛙になるのはどちらかな?」

 

「フフっ。威勢のよろしいことは結構ですわ。―――それでは私はそろそろお暇させて頂きますわ。ここに長くいると目が悪くなってしまいそうですしね」

 

「気が利かなくて済まないな。もう少し老人の目にも優しい色を考えておくことにしよう」

 

 ここに来て初めて女性はその笑みを崩したが、そのまま何か言うわけでもなく、立ち上がり、指先で空に弧を描いた。

 するとその指先の軌跡が瞼のように開いた。開いた瞼の中には無数の大きな眼球がギョロギョロと忙しなく蠢いており、屈強な男ですら気をやってしまいそうになる程、不気味なその中に女性は身を沈ませていき、やがて完全にその姿を消した。それに続くようにして瞼が閉じ、軌跡も空から消えた。

 

「ふんっ!趣味の悪い化け物め。――咲夜っ!」

 

 今少女のいる部屋にはそれ以外に生き物の姿は見受けられなかった。だが...

 

「はい。何でしょう、お嬢様」

 

 何処からともなく音もなく、メイド姿の女性が少女の傍らにその姿を見せた。

 

「幻想郷侵攻の準備を始めろとパチェ、美鈴、妖精メイドに伝えろ」

 

「侵攻…移住ではなく侵攻ですか?」

 

「侵攻で間違いない。幻想郷の日和った連中に私達の力を見せつけてやる」

 

「かしこまりました、お嬢様」

 

 そう告げると、メイド姿の女性はやはり音もなく姿を消した。

 

「待っていろ八雲紫。夜の王の魅せる恐怖をとくと味わわせてやる」

 

 そう語る紅い悪魔は凄惨な笑みを浮かべていた。

 

 

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