「宴会したいって言い出したのはあんたらでしょ。ほらキリキリ働きなさい」
「はい…」
現在宴会の準備の真っ只中。レミリアさんが霊夢さんに宴会をしましょうよと持ちかけた所が始まりだ。夜からの宴会、準備はもちろん夕方から行われる。まだ寝ているレミリアさんを置いて私と咲夜さんは一足先に博麗神社へと来たわけだ。
「畔さんは休んでても構いませんよ?」
「いえ、私も手伝います」
あの後、見事打ちのめされたレミリアさんとフランちゃん。レミリアさんはなんだか晴れやかな顔をしていたけどフランちゃんはそうでなかった。魔理沙さんに負けた鬱憤を晴らすかの様に私とずっと遊んでいた。つまり端的に言えば徹夜明けである。咲夜さんもそれは知っているのだろう。
咲夜さんの作る料理を配膳していく。数日前までなら博麗神社で宴会の準備をするとは夢にも思っていなかった。新しい繋がりを喜ぶべきか、目立ってしまうことを憂うべきか。
「わ、私がやるから畔は待ってていいんだぜ!」
料理を持ちながら少しぼーっとしていた所を魔理沙さんに横から取られてしまう。変に気を使われている。理由はわかるがなんとも変な気分になるから気を使わなくてもいいと伝えたのだが、そうもいかないようだ。
仕事を取られてしまった私は鳥居の下で紅魔館の皆が来るのを待つ。
本当は姫ちゃんや、にとりちゃんの元へと行きたかった。だがフランちゃんに先に行っててねと言われた手前抜け出せない。
「はぁ…どうしよっかな」
どうしようとは家のことだ。ゴタゴタはあったが結局私は家を失っている。これからの家の確保をしなくちゃならない。
「最悪人里かなぁ…」
足先で地面を蹴りながら呟く。
「何が人里なの?」
顔を上げると目の前には可愛らしく笑うフランちゃん。独り言を聞かれていたらしい。
「さっきぶりね!畔ちゃん」
クルクルと女の子らしい日傘を手の中に回しながら元気に挨拶をしてくる。
「うん。さっきぶり。ほかの人達は?」
「もう来るよ!ほらっ!」
博麗神社前の長い石段の下まで来ていた。フランちゃんだけ一足先に飛んできたのだろう。
「それで何が人里なの?」
無邪気にのぞき込んでくる赤い眼。
「ううん。何でもない。大したことじゃないよ」
「…」
プクーと頬を膨らませてこちらを見てくるジト目。
「もうっ! 隠し事なんて酷い!」
「や、隠すような事じゃないんだけどね…私家なくなったからさ、人里にでも住もうかなって、それだけ」
声が返ってこないのを不思議に思い顔を上げると、キョトンとした表情を浮かべている。
「どうしたの?」
「畔ちゃんは紅魔館に住むのかと思ってた」
「えっ?」
今度は私が面食らった様な表情になる。
「私は構わないわよ。フランの友達なら大歓迎。こういう居候? みたいなのちょっと憧れだったのよね」
横から日傘を持つレミリアさんが語りかけてくる。
「い、いやいやいやっ! そんな悪いですからっ! わ、私は適当に人里にでも―――」
「畔ちゃん人はまだ少し怖いみたいに言ってなかった?」
「…」
図星である。
(詰みかの? 第一なんでそんな嫌なんじゃ?)
(嫌ってわけじゃないですけど…気が引けるし…)
(でもあやつの顔を見てみよ。お主に来てほしそうじゃぞ?)
モジモジとしてこちらを見る小さな影。
「来ないの?」
涙目で聞かれてしまえば答えは決まったものだろう。
〇
宴会が始まって暫く。初めて人間と宴会を開いたというレミリアは酔いつぶれて口から入れたものを口から出すという妙技を体得。畔が紅魔館で住むと聞いたフランもテンションが上がり早々に酔いつぶれて物言わぬ仮死状態に移行。活動を停止した二人の吸血鬼二人をパチュリーと咲夜が回収し一足先に紅魔館へと帰っていった。始まってから畔に気を使いっぱなしだった魔理沙は今は神社の中で丸まっている。
すっかり荒れ果てた神社で未だ酒を煽るのは霊夢、美鈴、畔だけである。
「…」
「…」
「…」
(気まずいなぁ)
よく考えてみれば美鈴に対していい思い出はない畔。それに霊夢にしても言わば監視対象みたいな扱いになるのだからそんな馴れ馴れしく話せないというのもあるのだろう。三人の間で会話はない。
「あっあの。私片付けますね」
沈黙に耐えられかった畔が手慰みになる物を探した結果である。
「あら、やってくれるんだ。てっきり誰も掃除して帰らないんだと思ってたわ」
少し赤らめた顔に驚いた様子を浮かべる霊夢。
「妖怪にも自分勝手じゃないのもいるのね…」
何故かしみじみと感動している霊夢を置いて畔はガチャガチャと皿をまとめているとその皿を抱える二本の腕。
「私も手伝います。」
隣に立っていたのは紅美鈴その人だ。
〇
美鈴さんと二人で境内を元に戻し終えた時には何時の間にやら、霊夢さんは柱に寄りかかって眠っていた。
「このまま帰っちゃって大丈夫でしょうか?」
「大丈夫でしょう。そもそも片付けすらされないと思っていた様なのでこれだけでも満足すると思いますよ。」
「そ、そうですよね。あの、私少し寄りたいところがあるのでここで失礼―――」
「畔さん。ちょっとだけいいですか? 直ぐ済みますので」
さっさと姫ちゃんの所に行こうと思っていたところを止められてしまった。
夜も更け、人工灯のない幻想郷がすっかり宵闇に包まれた中、獣道を歩く妖怪二人。
博麗神社を出て暫く、人通り、妖怪通りのない雑木林の中で前を行く美鈴が立ち止まる。畔が訝しげに見ていると夏の夜の黒に赤い髪を流しながら美鈴は振り向く。
そしてそのまま真っ直ぐに頭を下げた。その長い髪が御簾の様に美鈴の顔を隠す。
「へっ?」
思わず間抜けな声の漏れる畔。
「あの時のことを一言謝ります」
畔を追い返した時のことだろう。
「あなたを勝手に人間だと思い込み、話を聞くこともしませんでした。すいませんでした」
彼女の声には先程まで飲んでいたはずの酒の色が見えない。
「い、いやそんなっ! 寧ろ当然だと思います…。異変を起こした所に荷物を~なんて、聞かなくて当然です。それに私を人間だと思うのも私の妖力が無いせいです」
あたふたと手を振りながら答える。
「それもありますが、私は八つ当たりしてしまいました。暑い中立たされている所に人間が来たと。お嬢様や咲夜さんに判断を煽ぐべきでした」
「…大丈夫です。仮に私が妖怪だとわかっていたとして、レミリアさんたちに聞いたとして、結果は変わらなかったでしょうから」
温い風が赤い髪を揺らす。
「ーーーそれに、今私は荷物を拾うだけじゃなく居候までさせてもらうんですから。一回追い返された位でグチグチ言いませんよ。ですから顔を上げてください」
彼女にも門番としての矜持があるのだろう。自分のしたことに正当性を求めたのだろう。だが、自分では見つけられなかった。だから畔にそれを求めたのだろう。求められるならばと畔は許しを与える。
「それはもういいですから。その代わり私と仲良くして下さい。なんせこれから一緒に暮らすんですから」
そう言って手を前に出す畔。
その手を見て美鈴はほんの一瞬だけ目を開く。
「優しいんですね。結果は違えど見殺しにされたようなものですよ?」
「いいんです。今生きていますから」
畔と握手を交わす美鈴は柔らかな表情をしていた。
〇
最初、話があると言われた時は焦った。勝手に嫌われていると思っていた。だが、蓋を開けてみれば嫌う所か追い返したことを後ろめたく感じていたのだ。優しい人だ。名前も知らぬ人間を見殺しにしたことを後ろめたく思う妖怪などなかなかいないだろうに。
変に目をつけられたらどうしようとか考えていたけど、どうやら杞憂に終わりそうだ。何となく彼女とも上手くやっていけそうな気がする。
熱帯夜を感じさせない程爽やかに仲直りを果たし、そこで美鈴さんと別れて、起きているかどうかはわからないが姫ちゃんのところへと向かう。
その道中のことだった。何かに見られている気配がする。なにか執念を感じるほどの視線だ。
(は、白忌さん…)
(うむ、見られておるの。だが、何処からかわからん。ちと拙そうじゃの。今日は早う紅魔館に帰った方が良い)
言われるとおりに進路を紅魔館へと変更し足を早くする。というか走った。
人間の子供に勝るとも劣らない私の俊足で視線を振り切れるとは思わないが急ぐに越したことは無い。
雑木林を抜けやっと紅魔館が見えてきた時だ。
(むっ畔何か来とるぞ)
(何かって?)
(わからんが、ほれ上じゃ)
紅魔館から私を挟んで反対側の上空から橙色に輝く二つの小さな目。その周りに幾つも浮かぶ赤い目が松明のように揺らめいている。それは凄まじいスピードで迫ってきている。
「ヒッ!?」
直ぐに走る。全速力だ。
(どれ、少しだけ妖力を分けてやろう)
途端畔のスピードが上がる。と同時に、妖力により強化された耳がこんな音をひろう。
「やーーーーっと見つけたァっ!」
まるで何年も探していた仇を見つけた時のような声。地獄の底から捻り出したかのような声だ。それに焦らされる様により一層スピードが上がる。
流れていく景色が線のように見える。突然のスピード上昇である。これならばと思ったが現実はそんなに甘くない。今までこんな速く走ったことのない私は周りの景色が見えないせいで足元に構える大きめの石に気付かなかった。
「あっ…」
気付いたら畔は宙を舞っていた。頭から落ちていき、ここ数日で何度目になるかわからない死ぬかもしれないという恐怖。
頭を抑え目を強く結んだ状態のまま畔が地面に着くことは無かった。
「もーなんで逃げるのよ?」
「そーよそーよっ!」
聞き覚えのある声に目を恐る恐る開ける。
そこには目の下に薄くクマを張り、何故かボロボロの出で立ちの白狼天狗、犬走椛とその周りを飛び回る赤い頭、赤蛮奇の姿があった。
〇
畔は今空を飛んでいた。
今まで飛べなかった空を飛んでいるのだ。だのに畔の顔は明るくない。
「ちょっとちょっと蛮奇ちゃん。なんで私は咥えられてるの?」
「え? あんた飛べないじゃん」
「そうだけどもうちょっと手心というか…」
顔が芳しくないのも肯ける。飛んでるとは言っても六つの赤蛮奇の頭が畔の服を噛んで持ち上げているだけだ。バルーンに持ち上げられる小児に見える。
「それに、友達の家から勝手にいなくなって一人で隠れん坊する様な奴にはこれくらいしないとね。またいつフラフラ消えちゃうかわかんないし」
「じゃ、じゃあ椛ちゃんがっ―――」
「畔もいろいろ合ったんだろうけどそれは後でゆっくりしっかり説明してもらうとして、私も色々あったの。疲れてるの。早く寝たいの」
何やら黒いオーラが漏れだしている椛。畔はゆっくりとしっかりにアクセントが置かれていることに肩をびくりと震わせた。これでは自分を運んでなどと頼めるはずが無い。赤蛮奇がドンマイとでも言うかのように畔の頭を顎でつついた。
「わかったよ…。このまま行くよ…」
完全に諦めた畔だった。
「それでこれどこへ向かってるの?」
「どこってそりゃわかさぎ姫の所よ。彼女移動できないんだから」
やはり心配されていたようだ。
「やっぱり心配させちゃったか…」
「私達は置いといてわかさぎ姫はすごかったわよ。自分が探しに行けないのが悔しくて泣いて私たちの報告を待ってたもの」
「そっか…」
罪悪感がジクジクと心を刺す。
「まあちゃんと謝っときなさいよ」
「う、うん。―――あれ?そう言えばなんで椛ちゃんとか蛮奇ちゃんは私がいなくなったって知ってるの?」
「にとりが頼んで来たのよ。探すのを手伝って欲しいってね」
本当に頭が上がらない。すまなさとありがたさが畔の胸を焼く。
「あぁ、にとりがわかる範囲で畔の友人の殆どに声かけてたから」
「えっ?」
思ったより大事になっている。
「さっき蛮奇が伝えたから皆今頃集まってるかもね。ちゃんと皆にお礼言いなさいよ。寝ずに探し回ってるんだから」
「…うん。ありがとうね」
「あぁでもあの人だけは伝わってるかわからないわ。怖がって誰も行かないから妖精に伝言を任せたの」
「あぁ、あの人別に怖くないよ?」
「…うん、いやイメージがね」
うんうんと頷いている赤蛮奇であった。
〇
蛮奇ちゃんの頭に運搬されて漸く着いた霧の湖。
そこには予想より多くの数の妖怪たちが集まっていた。
山彦、宵闇の妖怪、夜雀、九十九神、虫妖怪、狼女、氷精、他にも上げればキリのない程の妖怪や妖精達が集まっていた。全員が空から吊るされ降りてくる私を見て安堵した様な呆れたような笑いを浮かべている。
これだけ私を思ってくれているという事実に感動して少し潤んでしまう。
「ちょっと泣くのは後にしなさいよ。まずは一番心配してたのにちゃんと挨拶してきなさい」
ぽんぽんと椛ちゃんに背中を押され涙を袖で拭き取り湖面を見る。だが、そこに姫ちゃんの姿はない。
あれ?っと思い周りの皆を見渡すとみんなニヤニヤと笑っている。
「ねぇみんな姫ちゃんは―――」
「ほらそこよそこ」
影狼ちゃんに押されて湖岸に座る。わけもわからず待っていると徐々に水面に影が浮かび上がってきて盛大に水を引っ掛けられた。
「うゎップ! ちょ、ちょっと姫ちゃん!? 待った待ったっ!!」
いくら言っても水をかける尾ヒレは止まらない。
「わわっ! ごめんって姫ちゃんっ! もう勝手にいなくなったりしないからっ!!」
ピタリと水が止まる。
「…信用ならないわ。勝手にいなくなっちゃう畔なんてもう知らないっ!」
顔を上げたわかさぎ姫。その顔は濡れている。その水が湖のものかわかさぎ姫の涙なのか彼女の目の下の腫れを、見ればすぐにわかる。
「明日話そうって言ったのに、来ないしっ…。にとりは畔が消えたって言うしっ…。そんなこと聞いても私じゃなんにも出来ないしっ!」
子供のように声を震わせながら語る姫ちゃん。
「畔っ…畔のことだからもしかしたらって…!」
締め付けられる胸が苦しい。私まで泣いてしまいそうだ。
「心配したんだからっ!」
最後にそう言って座り込む私に、身を乗り出して抱きついた。普段では考えられない程取り乱して泣く姫ちゃんの背中を優しく叩く。
「ごめんね…ごめん。本当に…」
ついに私の目からも涙が落ちる。
「ごめんね....ただいま」
私は漸く日常へと帰ってきたのだ。