「はいはい。そろそろいいでしょ? 何処に行ってたかくらい説明して」
眠そうな目を鋭くした椛が畔とわかさぎ姫へと語りかける。
「う、うん」
目をコシコシと擦って畔の言葉を待つ全員に向き直る。
「えっと…まず始めに皆ごめんなさい。心配をかけてしまいましたっ。それとありがとう。それで何で私がにとりちゃんの倉庫がいなくなったかなんだけど―――実はわからないんです…。寝たところまでは記憶があるんだけど寝てから夢から覚めたらあそこにいたの」
真っ直ぐに向こうに見える紅魔館を指さす。
「は?」
聞いていた妖怪たちの声が重なる。
「ちょ、ちょっと待って。じゃあ畔は今まであそこにいたの?」
にとりが信じられないと言ったふうな顔をしている。
「うん」
「うんって…。どうやって入ったのさ?」
「わかんない。気付いたらあそこの地下にいたの」
声も出ない様子のにとり。
「えと、それでそこにいたフランっていう吸血鬼の子と仲良くなって―――」
「はあっ!?」
またもや重なる声。息ピッタリである。
「あっ、フランちゃんは今回の異変には関係ないよ? 霧出してたのはフランちゃんのお姉さん」
「ちょ、ちょっと待ちなさい。そんな強い妖怪だったの?」
折角落ち着いたはずのわかさぎ姫が混乱気味に訪ねてくる。
「みたい。なんかここを攻めに来てたんだって。それでそれを止めようとして霊夢さんと霧雨魔理沙さんっていう人達がやってきたの。それが昨日? の夜」
色々言いたいことはあった一同だったがこれ以上一々突っ込んでいては話が進まないと皆黙って聞いている。
「それで紅魔館から出られないでずっといるとやってきた魔理沙さんに異変の参加者だと勘違いされて…その…」
突然歯切れの悪くなる畔。
「まさか戦闘になったの?」
「い、いや、戦闘にすらならなかったっていうか…」
モゴモゴと言葉の端が消えていく畔を急かすわかさぎ姫。
「ちゃんと言いなさいよ。何されたのよ?」
「…や、えとその。色々あったから落ち着いて聞いて欲しいんだけどね」
一息つく畔とそれを見つめる一同。夜の風すらもなりを潜ませ畔の言葉を逃すまいとしているようだ。
「殺されちゃいました。うん」
「……。ーーーーーっはぁっ!?」
二度あることは三度ある、またもや息ピッタリであった。
〇
殺されたことを伝えた時は大変だった。皆大騒ぎである。それを暫く宥めてからその経緯と私がどうやって生きていられるかを説明した。人の口に戸は建てられない。そんな風なことを白忌さんに言われてしまい知らぬ振りをするのは悪いと思ったが、白忌さんが助けてくれたことを誤魔化してしまう。
これを伝えた時も大騒ぎになったが次話した紅魔館に住むという事に比べれば大したことなかった。紅魔館に居候するという話をした時には満場一致で反対された。いくら仲良くなったからと言っても相手はここに対して攻撃を仕掛けてくる様な妖怪だと。私には危険すぎると言われた。
だが私は案外そんなことないと思う。フランちゃんは言わずもがな美鈴さん、咲夜さんだって危険だとは思えない。咲夜さんが言うにはレミリアさんも外に対してはかっこつけて尊大に振舞っているが中では可愛いものだと言っていた。なんでも大妖怪に見られたいらしい。パチュリーさんとは話したことないがそんな不安がる必要はない気がする。なんせ紅魔館に住んでいるのだ。
そんなことを必死にまくし立てて皆を落ち着かせた。
全て話し終えて現在。
「いくつもわかんないところあるけど、その龍石とか青い石とか怪しいわね。捨てた方がいいんじゃない?」
椛ちゃんにそんなことを言われてしまう。
(白忌さんそれって大丈夫何ですか?)
(…出来ればやめてもらいたいの。後で説明するがその青い石も必要になる。適当に誤魔化しといてくれんかの?)
(はい。)
「そ、そうだね。また折を見て何処かに置いてくるね」
「まあ取り敢えず今無事なのは良いけど暫く安静にしときなさいよ。なんで生き返ったのかだってよくわかんないんだから」
「何か問題があったらすぐ言いなさいよ」
口々にそのような事を言ってくれる。私はどうにも大切にされ過ぎだ。こんなに幸せでいいのだろうか。
「ありがとう。心配してくれてありがとうね」
「いいよいいよ。それより畔がちゃんと帰ってきたお祝いしようっ! 宴会だよっ宴会っ!」
一段落するのを待っていたのだろう。暫く静かだったにとりちゃんが酒瓶を振りながら大声を上げている。そんなにとりちゃんを椛ちゃんが後ろから小突く。
「駄目だって。畔はさっき宴会してきたとこなんだから」
「えーいいじゃん。畔昔からお酒だけは強いんだから」
「畔は暫く安静にしなきゃいけないの」
「むぅ…」
不満げに酒瓶を抱くにとりちゃん。
「ごめんね。また今度ちゃんと飲もう?」
「ん〜まぁいいや」
「さてと…私はもうそろそろ戻るわ。眠たくて死にそうだもの」
「じゃあ私も帰ろっかな」
椛ちゃんが欠伸をしながら、それを合図にしたかのようにぞろぞろと皆が帰り始める。そんな中―――
「ねぇ畔? 明日もここちゃんと来るわよね?」
姫ちゃんが落ち着かなく尾ヒレで水面を叩きながら聞いてくる。
「んー。ちょっと明日は行かなきゃ行けない所があるから難しそう。顔だけでも出そうか?」
「…そうね、そうして頂戴。またいつ消えるかわかったもんじゃない」
返す言葉もない。
「で、どこに行くつもりなの?」
幻想郷で唯一枯れない花があるとするのなら彼女がそうなのだろう。
「ちょっと太陽の畑まで」
〇
吸血鬼でなくても体が溶けてしまいそうになる程の熱気を纏う日光の中、畔が向かう先は太陽の畑。目的はそこに住む妖怪、風見幽香への挨拶だ。
比較的に弱いと言える妖怪や妖精達との交流が多い畔だが、風見幽香に限ってはそうとは言えない。鬼の様に力が優れているわけでもなく、天狗のように風を読む翼が与えられているわけでもなく、花妖怪という一見すれば平凡陳腐な種族にあって保有する力は強大。いつから生きているかわからない程の年月の中で得た力は閻魔ですら目を剥くことだろう。
その強大さを恐れる人間や妖怪は少なくない。
人里ではまことしやかにこんなことが囁かれている。
彼女の領地に一歩でも踏み込もうものなら気付かぬ内に物言わぬ肉塊にされる。
たとえ人里であろうと彼女の機嫌を損ねれば命はない。
気が優れなければ見境なくその力を振るう。
蜜に群がる虫達の様にその美しい容姿に釣られて擦り寄ってくる人間をばらして食べてしまう。
なんともまあ凄まじく凶悪な謂れを受けている。彼女と良好な友人関係を築いている畔にして見れば見当違いもいいところだ。でなければ畔が上手くやっていけるわけがない。彼女が弱者に対し無意味に命を脅かす程の力を奮ったところを畔は見たことがない。
領地に入っただけで殺されることがあるなら畔はとうに花たちの肥料になっている。
畔と幽香はまだ畔が幼い頃に出会った。ちょうど畔が周りの河童たちから自ら距離を取り始めた頃、一人妖怪の山を出て当てどなく歩き周っていた。ぶらぶらと歩いている内に視界いっぱいに広がる向日葵畑を見つけ、その美しい光景に飲み込まれた畔はぺたぺたと長靴を鳴らし近づいていく。
「綺麗だな…」
近づいて行けばより一層、向日葵たちは輝きを増したように思えた。ただその輝きを一身に浴びていると背後から聞こえてくる綺麗な声。
「あらあら、随分可愛らしいお客さんね」
振り向いた先には向日葵たちに負けぬ程美しい笑みを浮かべた美女が柔らかくこちらを見つめていた。
〇
「畔? どうしたのぼーっとして」
幽香さんの声とカチャリと鳴るティーカップの音に我に返る。
「あ、いえ何でもないです」
「あらそう?」
何処か楽しげに幽香さんは笑っている。
「なにかいいことでもあったんですか?」
「よくわかったわね」
やはり何かあったらしい。それにしてもこの様子だと伝言を任された妖精とやらは無事その仕事を忘れてしまったようだ。
「何があったんです?」
「フフっ、畔がここに来てくれたじゃない。最近来てくれなかったから寂しかったわ」
「なっ…!」
いきなり何を言い出すんだか。そんなことを言われれば自然と顔が火照ってしまう。
「やっぱり可愛いわね畔は」
幽香さんには言われたくない。
「ちょ、ちょっと最近忙しいというか何というか色々あってですね…」
何時までも遊ばれるわけにはいかないと話題を戻す。
「ふぅん。それで? それを今日話に来たんでしょ?」
「…はい。あっでもその前に一つだけいいですか?」
「何かしら」
「二、三日前位に妖精が来たりしました?」
「二、三…ああ、来たわね。消えたー消えたー♪ って歌いながらやってきてそのまま帰っていったわ」
やはり妖精に伝言は難しすぎたようだ。
「あの、それ実は私が消えたってことなんです」
「―――ってことがあって」
「成程成程。そんなことがあったのね理解したわ」
流石幽香さん、昨日のように大騒ぎにならず冷静だ。
「つまりその霧雨魔理沙っていう人間が全て悪いのね」
あれれ? なんだか雲行きが怪しくなってきた。
「畔はここでちょっと待ってなさい」
笑顔を浮かべたままゆらりと幽鬼の様に立ち上がる。明らかに何時もの幽香さんではない。
「ちょ、ちょっと待ってください! どこに行く気ですか!?」
「決まってるでしょう。霧雨魔理沙の所よ」
「な、何しに行くんですか?」
「決まってるでしょう。畔と同じ目にあわしに行くのよ」
昨日の誰よりも幽香さんが一番冷静ではなかったようだ。
「いやいやいやっ! 駄目ですって! もう謝ってもらいましたからっ!」
「…あのね、謝られたからってそれで許していいの?今生きてるとはいえ殺されたんでしょ?」
「い、いいです。それに、これ以上問題起こして霊夢さんとかに危険視されたくありませんし…」
そう。これでいいのだ下手に目立つとそれこそ命が危ない。
「畔ってほんと弱者的思想よね」
「ご、ごめんなさい…」
「別に怒っても責めてもいないわ。ただ、それじゃ畔ばっかり損するだけよ?」
慣れっこだ。何の力も無いものはそういう運命にある。
「……」
「畔がどうしてもやめてって言うなら私も出しゃばらないけど、もっと友人を頼りなさい」
「はい…」
「―――さて、変に説教臭くなっちゃったわね。ごめんなさい。何はともあれ畔が今ちゃんと無事で良かったわ」
頼りなさいと言って頭を撫でてくれる幽香さんにも白忌さんのことは話していない。幽香さんを裏切ったような気分になり申し訳なさで潰れてしまいそうだ。
「それで今日はこれからどうするの? もうそろそろ暗くなってきたけどご飯でも作りましょうか?」
「いや、紅魔館で私の歓迎会? をするらしいので」
「あらそう、残念」
「すみません」
「いいわよ。またいらっしゃい」
「はい必ず」
静かに席を立ち幽香さんの家を後にすべくノブに手をかけた。
「ああ、忘れてた。畔ちょっと待ちなさい。これを上げるわ」
そう言って渡されたのは植物の種。
「これは?」
「んー…お守りってとこかしらね。それを持っていれば取り敢えず死ぬようなことにはしないわ。だから肌身離さずもっときなさい」
植物の種にしか見えないが幽香さんが言うんだから間違いなく御守りなのだろう。
「ありがとうございます。ずっと持っときますねっ!」
「ええ。またね」
手を振る幽香さんに振り返して私は紅魔館へと戻っていった。
〇
「....一度死んで生き返る? ありえないわ。それはたとえ神であろうとも出来ることではない。生から死への道は常に一方通行。ーーーどうにも胡散臭いわね」
幽香は静かにティーカップの底に溜まる紅茶を喉に流し込んだ。