紅魔館での歓迎会という名のお食事会を終え、あてがわれた私室にて。今まで一度もということは無いが、ベッドの様にふかふかな場所で寝ることの少なかった畔。初めて見たベッドに興味を持ち、寝るつもりなく座って見れば音もなく腰が沈み込んでいく。思わず体を預ければ全身から疲労が溢れ出している感覚を覚える。
「はにゃぁ〜」
意味も無く猫のように鳴き声を上げてしまうほど畔には初めてのベッドは気持ちよかったようだ。体が溶けてベッドに染み込んでいく様な感覚の中、畔が意識すらも溶かしてしまったのも当然かもしれない。
〇
ゆったりと目を開くと薄青色の壁紙の部屋にいた。私の目の色に似ているかもしれない。部屋の中央にはこれまた薄青色の机。そこに座っている者が一人いる。
「ずっと話しておるから久しぶりではないが顔を合わすのは二日ぶり位かの」
背もたれにもたれかかった白忌さんは私を見るとその背を持ち上げる。
「まぁ座れ。お主に大事な話があるのじゃ」
は、はぁ。なんて気のない返事をしながら私は白忌さんの正面の席に着く。
「分かっておるとは思うが今主は寝ている。夢の中というわけではないがお主の意識がない方がここにいやすいのじゃよ」
「あの、ここは?」
「先にそっちを説明すべきじゃったな。なんと説明したか迷いどころじゃが…そうじゃの以前説明した魂は覚えておるかの?」
昨日一昨日で忘れるはずも無く私はコクリと頷く。
「ほーかほーか。その魂の存在する部屋と思えばよい。それで今のお主は魂じゃ」
今ひとつ感覚的に差異を感じられない体を見下ろす。やはり現実の体との違いはないように思える。
「畔も休みたいじゃろうてすぐに本題に入るのじゃが」
頬を人差し指でかきつつこちらを見つめる白忌さんは言い出すことを渋っている様にも見える。
「その…前言ってた私の体の宛が外れてしもうての」
「えっ?」
「申し訳ない」
「いや、申し訳ないって言われても…。それ私はどうなるんですか?」
やはり白忌さんは口に出すのを憚る様に手を弄ぶ。
「このままゆけば増長した私の魂に押し潰されて消えてしまうの」
「そんな…」
話が違う。結局死んでしまうのではないか。そんなことを言おうとした矢先に言葉はじめを潰される。
「じゃが、そんな事にはしない」
「…」
「一つ方法がある」
弄んでいた指を解き人差し指を立てる。
「この部屋を大きくすればいいのじゃ」
にんまりと笑う白忌さん。
「簡単な話じゃよ。ここに成長しきった私とお主が入れる程の余裕があるならば片方が消えることは無い」
「…どうするんですか?」
「それも問題ない。一つ畔に手伝ってもらわねばならんことはあるがの」
勿体ぶるように遠回しな表現だ。
「あの、何を手伝えばいいんでしょう?」
白忌さんは私からの質問を心底楽しむように口角を吊り上げ笑う。
「少し…少しだけここで起こる異変とやらに首を突っ込んでもらいたい」
「は?」
「いや、何。別に異変を起こせとも解決せえとも言わん。ただほんの少し参加すればいいんじゃよ」
この人は何を言うのだろう。そんな事をすれば今回の様に私が命を落とすかもしれない。そうなっては本末転倒ではないか。
「いや、危ないと思うんですけど…」
「命の危機を感じているのなら心配いらん。私の妖力を分けてやれば死ぬことにはならんはずじゃよ」
「―――あの参加っていうのは」
具体的に話を聞かなければわかるものもわからない。
「そうじゃの参加とも呼べない程で構わん。ただ、そうすることでして欲しいのはあらゆるものの回収じゃ。回収と言っても主は何もせずともよい。私が勝手に取り入れる」
「…あらゆるものって具体的になんですか?」
「妖力、霊力、神力、とかかの。他にも使えそうなものがあれば勝手に取り入れる。さっきも言ったが、回収は私がやる。じゃからお主は異変の首謀者たちと巫女の弾幕ごっこをある程度の距離で眺めているだけでも良い。妖力や霊力の残滓が空気中を漂っているはずじゃからそれを回収する」
「あの、異変に参加しなくても直接霊力とか出してもらえばいいんじゃないですか?」
「生物のもつそれらの力は気質と似たところがある。あまりそれを取り込まれたいと思うやつはおらんだろうの。それにじゃ、私の存在はお主以外知らん。そんな事をする意味が無いじゃろう」
「…それだけで大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃ」
いかにも自信満々といった様子の白忌さん。あまり信用できないのは一度、宛とやらを外しているからだろうか。それとも―――
突然ぶつりと意識が途切れ再び目を覚ます。寝る前とほぼ変わらない映像が目に入る。ただそれと唯一違った事は扉の前に美しい金髪を後ろに纏め上げ、紫色の導師服のような格好をした女性が立っていることだった。
「初めまして水知不畔さん」
〇
「ど、どなたでしょう?」
眠っていたとは思えないほど意識ははっきりしている。この人は見たことがない。
「失礼、申し遅れましたわ。私八雲紫と申します。以後お見知りおきを」
「は、はぁどうも」
何処かで聞いたことある名だったが、どこで聞いたのだったか思い出せない。
「あの、私に何か御用でしょうか?」
面識がない相手の部屋に何の挨拶もなしに入るなんてちょっと非常識な人だななんて思いながら要件を尋ねる。
「えぇ…ちょっと霊夢から面白い話を聞きまして…」
霊夢?霊夢さんの名がどうして出てくるのだろう。
「なんでも貴女一度死んで生き返ったとか」
ああ、そう言えば霊夢さんがスキマに言うとかなんとか―――え?
「あっあの…先に一つだけ確認してもいいでしょうか?」
自分でも声が震えてるのがよくわかる。鼓動のスピードがどんどん増していく。
「も、もしかしてあの妖怪の賢者の八雲紫さんでしょうか?」
「どのかはわかりませんが、妖怪の賢者と呼ばれているのは私ですわ」
眩暈がした。妖怪の賢者八雲紫と言えばここの管理者ではないか。幻想郷を作った張本人。絶大なんてものじゃない力を持っていると聞いている。妖怪としての能力だけでなくその固有の能力はあらゆる境界を操るという。九尾という大妖怪を式にもつ正真正銘の化け物。私がお近づきになりたくない人物代表じゃないか。
「あらあら、別に緊張しなくても構いませんわ。別に貴方をどうこうしようと思ってここに来たわけではありませんから」
畔の緊張は向こうにも伝わったらしい。
「ただ少し聞きたいことがあるだけ。貴女魂を譲り受けたと仰ったそうだけど、その魂はどなたの?」
「あ、えっとそれはですね。誰か私もわ、わからないというかーー」
じっとこちらを見つめる目から目をそらしてしまう。
「…」
「…」
私の全てを覗かれている様な気分だ。まるで覚妖怪と対面しているかのような。
「まあ言いたくないのであれば今は構いませんわ。ただ一つだけ教えといてあげましょう」
やっぱり嘘だとはバレてしまっている。これなら正直に伝えた方が良かったのではないだろうか。
「死んでから生き返るなんてありえないことですわ。それは自然の流れに反する働き。どんな理由があろうとも死ねばそれきり。常に死んでいるでもない限り死んだものが再び動き始めることはありえません。
――ですから貴女に魂を渡したと言う人物はあまり信用しない方がいいかと」
「……」
「さて要件は済みましたので私はこれで失礼しますわ。ご機嫌よう」
足元に開いたよくわからない口が紫さんの体を飲み込んでいきやがて完全にその姿を消した。
一方的に言い放たれた文字を言葉として認識するには少しの時間がかかった。
(あ、あの…)
(あれは気に食わん。恐らく私の事も全てわかっているんじゃろうよ。大方、龍の魂を持つ畔を意のままにしたいがためにあんなことを言ってきよったのだろう。耳を貸すでないぞ)
(…はい)
部屋の中には私だけが取り残されていた。
〇
「藍。これから河童の水知不畔を監視なさい」
帰ってきた紫様が突然私にそんなことを言ってきた。只でさえ貴女が眠っている間私が働かなくてはならないのにさらに仕事を増やすというのか。文句の一つでも言ってやりたい気分になったが、紫様の纏う空気は真剣そのものだった。
「それはまたどうして?」
「あれを放っておくのは危険なの。多分だけどね」
多分で私の労働時間が増えるのか。そう思うと気が重い。
「そんな嫌そうな顔しないの。監視って言っても時々気にかける程度でいいわ」
「分かりました」
面倒だが、それくらいなら構わないだろう。まあもっとも、式と主という性質上断ることもできないのだが。
「そう言えば紫様。そろそろ冬眠の間の仕事を纏めといて下さいよ?」
「嫌だわ藍ったら。まだ秋にもなってないのに冬のことなんて……」
「去年もそう言って結局何もしないまま冬眠したんですから今年はやめて下さい。実際するのは私なんですからせめて纏めるくらいーー」
「私は過去は振り返らない主義なの。未来を生きるわ。藍も何時までも過去にすがりついていては駄目よ。これからの仕事のことを考えなさい。」
「…」
式を剥してしまうことも考えた方がいいかもしれない。
〇
「妖夢ー? ご飯はまだー?」
ここは冥界。辺に命の気配はしない。今従者の少女を探して自らの住む白玉楼を歩き回る女性も生気はあるが生命はない。彼女は能力と亡霊という種族から冥界の管理を任されている。
「参ったわねー。何処に行っちゃったのかしら」
現在、従者は人里へ買出しに出ている。勿論主に一言入れて出ているのだが、当の主はと言えばすっかり忘れている様子だ。
「もーっ勝手に何処か行っちゃうなんて帰ってきたらお仕置きねっ!」
プンプンと頬を膨らます様は可愛らしいがその実、言っている内容は理不尽極まりない。この一幕だけでここの従者が苦労していることがよくわかる。
「うー。でも耐えられないわ〜。何かないかしら〜」
ごっはっんごっはっん♪と言いながら地につかない足でスキップしていく。
「あらっ?」
そんな彼女の足が止まったのは偶然。全くの偶然である。ただ、ふと気になったのだ。
「このお部屋は何だったかしら?」
ふわりと進んでいく桜色の髪。中は黴臭い書物で溢れている。思わずと女性は袖で鼻を抑える。
「やだわ〜妖夢ったらちゃんと掃除しないと〜」
空腹状態の彼女の気を引くものもありそうに無くそのまま帰ろうとした時に目の端に厳重に縄の巻かれた箱を見つける。
「っ! これはっ!! もー妖夢ったらお菓子を隠しておくなんて狡い真似するわ〜。こんな黴臭いところに置いておいたら食べれなくなっちゃうじゃないの。仕方ないから私が食べてあげるわ〜」
ここの従者は女性が食事に関して節制という言葉を知らないが故に様々な工夫を凝らして節約している。お菓子を隠すという方法も確かにしている。まぁ隠す度見つかっているわけだが。
鼻歌混じりに縄を解いていく女性。
十重二十重に絡まった縄を解き終え箱を開くと中には一冊の古びた書物。
「? なんだ、お菓子じゃないじゃない〜。妖夢ったらお仕置きね〜」
ありとあらゆる責任をなすりつけられ、自分の全く預り知らぬ所で罰が増えていく従者には同情を禁じえない。そのまま書物を戻すかと思われたが、そうはならず女性は本を開けた。これだけ厳重に保管されてある書物なのだからそれなりに珍しい事が書いてあるのだろうと思っての事だった。
「……」
ペラペラと本を捲る手。気付けば鼻歌は聞こえなくなっていた。
〇
「幽々子様。ただいま帰りましたー」
買出しから帰ってきた私だったが、様子がおかしい。普段ならば直ぐに出てきてご飯はまだー? と突っ込んでくる所なのにその声は聞こえない。
「幽々子様ー?」
ギシギシと白玉楼の廊下を鳴らして幽々子様を探す。そこでいつも空いていない書斎の襖が空いている事に気が付いた。
「なんだ、いるなら返事して下さいよ。何かあったのかと―――」
「妖夢」
幽々子様がこちらを見ることなく私を呼ぶ。
「?なんでしょう。あっ!お夕飯なら今から―――」
「春を集めましょう」
「はい?」
くるりとこちらを振り返る幽々子様はまるで幼子の様に楽しげに、それでいてどことなく儚げに微笑んでいた。
「桜に花を咲かせましょう」