東方和河童   作:BNKN

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13 死なば諸共

 

 紅葉を司る神の手で彩られ、その神の足で蹴り落とされた美しい紅葉の上に真っ白い雪がこんこんと降り積もる冬。一体あの夏の熱気は何だったんだと言いたくなるほどに大気は凍りついていた。

 

「まぁ私にはあんまり関係ないけど」

 

 里の人間達が寒い寒いと吐く息を白くしながら忙しなく動く中、畔はその自称能力をフルに使って快適に過ごしていた。

 

(前から思っとったが、もはやこれちゃんとした能力じゃよな?)

 

 白忌は体の感覚を畔と共有しているが故に畔がどれ程、気温を調節しているかよくわかる。それは鈍いとかそんなレベルではない。快適そのもの、事実畔は夏と同じように合羽だけしか着ていない。おまけに畔は一向に息を白くしない。

 

(前まではこんなに凄くなかったんですが...なんか便利になりました。)

 

(フランも言うとったがお主以外にも効果が出るようだし…本格的に能力と言えるのぉ)

 

 そう。畔に自覚はないが、この能力畔の周囲にも効果が現れているらしい。フランに「畔ちゃんにくっついていればあったかいっ!」と言われて抱きつかれたのは記憶に新しい。最近では、雪の中門番をする美鈴に頼まれて美鈴と共に門でいる事が多い。魔理沙を除けばほぼ誰も来ない紅魔館の門を守る意味があるのかと思う畔だが、それはまた別の話。

 

 話を戻す。現在畔は人里の果物屋まで足を運んでいる。誰とは言わぬが何処かの山の小言の多い仙人ほど甘味を好きというわけではない畔がわざわざ足を雪に取られつつ、長い道のりのを経てここまでやってきているのには理由がある。

 

 実は紅魔館唯一の人間である咲夜が熱を出して倒れ込んでしまったのだ。パチュリーの精霊魔法で看てみるとそんなに心配する程のものではなかったが、やはり安静にして方が良いということなので、レミリアがいい機会だと咲夜に休みを与え安静にする様に言ったのだ。その看病に林檎でもと思い人里まで買いに来たのだった。

 

(しかし、時を操ることは出来ても病には敵わないんじゃな)

 

(まあ、咲夜さんも時々怪しいとは思いますが、人間ですからね)

 

 看病云々はいいとして、問題なのは咲夜がやっていた仕事をどうするかである。妖精メイドを使ってはいると言っても、時を止めて仕事を推し進める彼女の抜けた穴は大きい。ぶっちゃけ妖精メイドはほぼ働かないので咲夜の抜けた穴はそのまま紅魔館全ての家事ということになる。

 

 それを不安に思ったのか咲夜は休めと言われても暫くは直ぐに働こうと身を起こしていた。ちょっとしたワーカーホリックである。それを止めたのがレミリアだ。

 

「私達に任せてちょうだい! 元々咲夜がいなかった時もなんとかやりくりしてたんだから大丈夫よ。だから今日明日はしっかり寝ときなさいっ!」

 

 確かに一理ある。如何に今、咲夜に全ての家事を任せていると言っても咲夜は人間である。紅魔館ができてからずっと働いている訳ではないわけで、確かに咲夜がいない時代でも紅魔館は回っていた。だがレミリアは一つ忘れていることがあった。

 

 それは紅魔館の広さが咲夜のいなかった時代のそれよりも遥かに広がっているということだ。咲夜はその能力を使って空間にさえも干渉が可能で、紅魔館の中を広げているのだ。つまりその分仕事量も増えている。どれ程の空間拡張を行っているかは咲夜しかわからないが、一筋縄では行かないだろう。

 

「咲夜がいなくてもそれなりに生活出来るってとこを見せてあげるわ!」

 

 と息を巻くレミリアを見て頭が痛くなる畔だった。

 

 

 

 〇

 

「ただいま帰りましたー」

 

 紅魔館に返りそのままキッチンへ向かうとなにやら騒がしい。

 

「……ょっ……ど…よ!」

 

 ガチャンガチャンという音のせいで何を言っているかまではわからなかったが非常事態の香りを感じ取った私は歩くスピードを少し早めた。すれ違う妖精メイドたちが「臭い臭いー♪死ぬー♪」と楽しそうに声を上げながら離れて行くのを見て、キッチンに近づくにつれ漂う匂いが強くなるのを感じて、嫌な予感がしてきた。

 

「何ですかこの臭ーー」

 

 キッチンに入ると惨状であった。

 

 床には何だかよくわからないタール状の液体にまみれた美鈴さんが泡を吹いて倒れており奥ではレミリアさんとフランちゃんがキャットファイトしている。

 

(……これどうしましょう?)

 

(知らんが止めた方がよかろ?)

 

(ですよね…)

 

 出来れば関わりたくなかったが何時までも放置するわけにもいかない。

 

「あのー?」

 

 嫌々声をかけてみれば素早い動きで二人がその目をこちらへ向けた。

 

「あっ畔ね! いいところに来たわっ!」

 

「畔ちゃんっおかえり!」

 

 良かった巻き添えにはならなかった。

 

「あの、これは?」

 

「そーなのよっ! フランがねっ」

 

「お姉様が悪いんでしょっ!」

 

 再び始まる猫パンチの応酬。

 

(投げたい…)

 

 

 

 腐っても吸血鬼の二人の喧嘩は放っておいてもなかなか終わらない。まして私が仲裁に入るなんて不可能だ。と、いう訳でパチュリーさんを呼んできて流水で物理的に頭を冷した。美鈴さんは助けてあげないのかと聞けば妖怪だから大丈夫とぞんざいな回答。

 

 取り敢えず美鈴さんを放置して現在二人に話を聞いている。

 

 まとめるとこんな感じだ。

 

 まず私が出ていった後、林檎だけじゃ物足りないと言うことでなにか作ってあげることになったんだとか。そしてレミリアさんとフランちゃんがキッチンに入った。ここからが問題だった。

 

 普段料理なんてしない二人でまず何を作れば咲夜は喜んでくれるだろうかと考えた所、レミリアさんが美味しいものをふんだんに詰め込んだら途轍も無く美味しいものが出来るだろうと言ってそれをすることになった。

 

 レシピ事態はキッチンに置いてありそれを使い、作り上げたのはケーキ、クッキー、ハンバーグ、ポテト、蕎麦、プリン、紅茶、そして最後に風邪の時と言えばとお粥。ここまではよく出来ていたらしい。

 

 ここからその全てを混ぜる段階になって問題が発生した。レミリアさんは混ぜる順番が大事だと思っていたらしいのだが、それを何も考えずフランちゃんが一つの鍋に次々ぶち込んでいった。そこにそんな訳はないのだが、寧ろ濃いとか薄いとかいう問題ではないが、薄味だと咲夜が可愛そうだと言ってキッチンにある調味料をしこたまぶち込んでグツグツと煮込んだらしい。

 

 そうして出来上がったのが例のタール状の液体。取り敢えず出来たはいいものの自分達で味を確認しても贔屓目に見てしまい正当な判断ができないと思って試食係を呼んだ。それが美鈴さん。始め美鈴はレミリアさん達の手作り料理を食べれると笑顔だったらしい。多分顔が引き攣っていただけだろうと思う。話を聞けばこれを咲夜さんに持っていくと言うではないか、そんな物を弱っている病人に食べさせればどうなるかわかったものではない。

 

 

 

 〇

 

 この時の美鈴の気持ちはどんなものだったのだろう。食べれば明らかに死が近づくとわかるものを目の前にして咲夜を助けねばならない。だが、主の作ったものを口にも入れず捨てる事などできない。前門の虎、後門の狼とはよく言ったものだ。彼女に神が与え給うた選択肢は二つ。自らの命惜しさに咲夜を見殺しにするのか、それともその身を賭して咲夜を守りきるのか。

 

 彼女の決断は早かった。迷いなくその身を犠牲にすることを選んだのだ。家族を見殺しにするなど彼女には出来なかった。まるで戦地に赴く兵士の様に、火事の現場に急行する消防士の様に、災害現場へ身を投じるレスキュー隊の様に覚悟を決めた彼女の顔はどんな花よりも美しく可憐で凛々しかった。

 

 スプーンを突き立てそれを口に運ぶ手を止めたのはその悪臭。表面が少し固まって匂いがそのタールの中で熟成されていたのだ。それが彼女の鼻をついた瞬間駆け巡る走馬灯。“死“の息遣いが聞こえた。

 

 スプーンを持ったまま固まる彼女を不審に思ったレミリアとフランが尋ねる。

 

「どうしたの?」

 

 美鈴からすればいつもの様に可愛らしい笑い顔を浮かべる二人の吸血鬼の顔は死神の微笑みのように見えたことだろう。彼女達の鈴のなるような美しい声は死神の鎌の風切り音に聞こえたことだろう。

 

 心の折れかけた彼女を前へ動かしたのは使命感、言い換えるのなら門番としての矜持であった。家族の弱った時こそ門番の出番ではないか。家族の一人も守れずして何が門番か。例え相手が主の作る爆弾兵器だとしても何人たりとも家族に手を出すことはさせない。首の皮一枚といったところで美鈴は自分の心を奮い立たせ、脳裏を過る死のイメージを振り払い一口飲み込んだ。

 

 それはもはや暴力だった。それは唇に、歯茎に、舌に、喉に、食道に、胃に凄まじい衝撃を与えた。次々に襲いかかる刃が彼女の体内を侵食していった。

 

「どう?おいし―――」

 

 感想を求めたフランの声が止まるのも無理はないだろう。突然に美鈴は体をガクガクと震わせて、口から溢れ出る涎は留まることを知らず床を濡らす。直ぐに末端に力が働かなくなりスプーンすらもカランカランと音を立てて落ちる。

 

「美鈴?」

 

 目から溢れる涙。ビクンビクンと大きく体を痙攣させて静かに倒れていく美鈴。

 

 ガクガクと顎を震わす彼女が二人に伝えたいことは何だったのだろう。言葉を紡ぐことも出来ぬまま床に崩れ落ちていった。だが、彼女も唯では死ななかった。この様な兵器を咲夜に近づけまいとレミリアの持つ皿に入ったそれを言うことを聞かぬ腕でたたき落としたのである。彼女はその身と共に、紅魔館史上最凶の兵器を無に返したのだ。

 

 彼女は勝ったのだ。自らの恐怖に、その兵器に。彼女は門番として、家族の一人として死んでいった。そんな彼女の死を笑うことなど誰ができるものか。

 

 完全に物言わぬ死体となった美鈴を見た二人は驚きだった。

 

「ちょっと!? 美鈴どうしたの!?」

 

 びちゃびちゃで汚かったので触ることはしなかったが声をかけても反応を示さない美鈴を見てフランがぼそりと呟く。

 

「も、もしかして不味かったのかな…」

 

 当たり前である。

 

「そ、そんなわけっ!」

 

「でも凄く辛そうな顔してるよ?」

 

 当たり前である。

 

「〜〜〜っ! わ、わかったわ!」

 

 自分の手掛けた料理で美鈴を殺したと信じたくないレミリアはこんなことを言い出す。

 

「ふ、フランが混ぜる順番を間違えたからこうなったんだわっ!あ、後から調味料を入れたのも論外ねっ!!」

 

 確かに調味料にも問題はあるだろう。それだけとは言えないが。

 

「私っ!? そ、それを言うならそもそも混ぜるって発想がおかしいよ! ケーキとお粥なんて混ぜても美味しくないの分かってるじゃんっ!!」

 

 分かっていたのなら止めてやれ。

 

 ただ一言それはないと言ってやれば防げた事件なのだ。もはや取り返しのつかない所まで来てしまった。

 

 こうして吸血鬼姉妹のキャットファイトが始まったのだ。

 

 

 

 〇

 

「アホくさ」

 

 パチュリーさんがそう言うのも無理はない。と言うか私もそう思った。

 

(アホくさいのぉ)

 

 白忌さんもそう思っていたようだ。

 

「何よっ! 何がアホ臭いのよ!」

 

 憤慨したレミリアさんがパチュリーさんに詰め寄る。

 

「そもそも美味しいものを混ぜたら美味しくなるという発想からもう終わってるわね」

 

「ほらっ言ったじゃないお姉さまっ!」

 

 ガッツポーズをするフランちゃん。

 

「元々死んでいた料理に止めを刺したのがフランの調味料でしょうね」

 

「ほら私の言った通りじゃないっ!」

 

 元々死んでいたという言葉を無視してガッツポーズをするレミリアさん。

 

「二人とも目くそ鼻くそよ。そんなことで争わないで」

 

 バッサリ切り捨てられて意気消沈する二人であった。

 

「さて、それで畔はキッチンで何をするつもりだったの?」

 

「ええと、咲夜さんに買ってきた林檎を切り揃えようと…」

 

「そう。なら早く持って行って上げなさい。そこの二人が作った物よりは喜んでくれるわ」

 

 びくりと肩を震わす二人を置いて私はキッチンへ向かった。

 

 

 

 〇

 

「これは畔さんが切ってくれたんですか?」

 

「はい。簡単にですけど」

 

 私が林檎を持っていくと美鈴さんの様に倒れる事なく食べてくれた。

 

「ありがとうございます」

 

 律儀に頭を下げる咲夜さん。いつもは私がされている方なのだこれくらいはしないと。

 

「いや、でも良かったです。お嬢様がキッチンに入るとろくな事にならないので畔さんが作ってくれたようで安心しました」

 

「え?」

 

「以前、お嬢様が美鈴にお菓子を作ってあげた事があって。その、なんと言いますか言葉は悪いですがクソまずい物が出来上がりまして。それを食べた美鈴の記憶が数週間飛ぶと言う事態になって―――」

 

 咲夜さんは笑い話で話してくれている様だが笑えない。その時の歴史を再び今日踏みしめた所だ。

 

 心労がたたっては不味いと判断し取り敢えずそのことは伝えなかったが、後日キッチンには厳重に三つの鍵がつけられ、扉には[メイド長以外の立ち入りを禁ずる]という張り紙が貼られた。

 

 植物人間のようになってしまった美鈴さんに涙ながらに礼を言いながら看病する咲夜さんの姿は酷くいじらしく見えた。

 

 





後日美鈴は生き返りました
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