東方和河童   作:BNKN

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14 春泥棒

「ほら、畔…もっと。もっと近くに…」

 

「んっ…ダメですよ。レミリアさんっ」

 

「そうだよ畔ちゃんっ……こっちだよ…」

 

「フランちゃんっ…! 駄目だって…」

 

 窓のない暗い部屋の中を淫靡に照らす淡い光。その部屋の中では三人の少女がその肢体を絡めあい漏れる吐息は熱を帯びている。

 

「何してるんですか? 三人で」

 

 そこに係る冷えた声。ここ紅魔館の人間メイド長、十六夜咲夜が扉を開け放ち入り口に立っていた。

 

「あっ! 咲夜さんっ助けてください!」

 

「ちょっと! 逃げないでよ寒いんだからっ!」

 

「そーだよ畔ちゃんだけ狡いよ!」

 

 手やら足やらに絡みつく吸血鬼たちの腕だの足だのを振り払うことが出来ない畔は情けなく人間に助けを求める。

 

「もうずっとこんな感じなんですよ〜!」

 

 抱きついている側からすれば抱き枕感覚で快適なのだろうが、抱き枕にされる側は溜まったものではない。身体にのしかかる異物の重みで休むことなど到底出来ない。

 

「はぁ…」

 

 咲夜が溜息一つつけば畔は四肢の檻から抜け出しドアの入口に座り込んでいた。

 

「ちょっと咲夜っ! なんで畔を持っていくのよ!」

 

 完全に湯たんぽ代わりの畔であった。この調子で行けば真夏はクールピタ代わりになることだろう。

 

「温かくした部屋を用意しときましたからそちらへどうぞ」

 

「でかしたわっ!」

 

 嬉しそうに蝙蝠の羽をパタパタと動かす吸血鬼はどこからどう見ても500年を生きた妖怪には見えない。

 

 

 

 〇

 

「もう春でしょっ!」

 

 すっかり元気を取り戻した吸血鬼のお嬢様はバンバンと机を叩く。

 

「なんで春なのに雪が降ってるのよーっ!」

 

 そう、既にあちこちでお花見の騒ぎ声が聞こえてきても良い時期だと言うのに外には雪が積もっている。桜吹雪ではなくブリザードが幻想郷を襲っている。

 

 実はこれには寒さを問題としない畔も参っている。実は霧の湖が完全に凍りついてしまいわかさぎ姫と会えないのだ。毎年数日間はそんなこともあるが今回は長い。暫く友達に会えないと会いたくなるものだ。そんなこんなでそろそろこれを解決してもらいたい畔だった。

 

(なあ、畔。異変じゃよな?)

 

 ワクワクとした様子の白忌。

 

「これは異変でしょ!? なんで霊夢は動かないのよっ!」

 

 畔の代わりにレミリアが答える。

 

「もう我慢ならないわっ!! こんな傍迷惑な異変をするような奴は私が叩きのめしてやるわっ!」

 

 きっとこの異変の首謀者も赤い霧を出し続ける様なはた迷惑なやつには言われたくないだろう。

 

 そろそろ爆発寸前の主を見て紅魔館の住人が思うのは似たりよったり、「ろくな事にならないから引っ込んでろ」だが、すっかり興奮しきったお嬢様はそんな空気は知ったことかと、うがああっ!ととても乙女が出す声ではない音を発しながら机を叩いている。

 

 それを宥めたのが咲夜であった。

 

「では私がお嬢様の代わりに解決してきます。お嬢様の手を煩わせるまでもありません。ですのでどうか心安らかに」

 

 自分が外の凍てつく空気の中あてどなく異変解決に奔走する労力を考えたのだろう。自分のイライラを発散する相手を失う事になるので不満気ではあったがメイドに任すことにした吸血鬼のお嬢様であった。

 

「は、早くしなさいよねっ!寒いのは飽きたわ!」

 

「では、今すぐに」

 

 有言実行。流石に着の身着のままという理由にはいかなかったのだろう。いつの間にかマフラーを首に巻いたメイド長は一言行ってきます。と言うと身を翻し部屋から出ていった。こんな仕事ばかり押し付けてるから体調を崩させるということを学んだほうがいい。

 

 出ていった咲夜を追いかける様に席を立つ影が一つ。

 

「あれ畔ちゃんどうしたの?」

 

「…ちょっとね」

 

 

 

 〇

 

「霊夢、貴女動かないの?」

 

「そろそろ行こうかとは思ってたわ」

 

 とは言うものの何時もの巫女服の上に半纏を着た霊夢は蜜柑の皮を毟るばかりで身を起こす気配がない。

 

「なら早く解決しに行きましょう。そろそろお嬢様の我慢の限界なの」

 

「何よ吸血鬼って寒さにも弱いの? いよいよ弱点だらけじゃない。鬼が聞いて呆れるわ」

 

 ああ言えばこう言う。これでは話が進まない。

 

「なんでそんなに霊夢は行きたくないの? 貴女も寒いばっかりじゃ嫌でしょ?」

 

「あーそりゃだな。霊夢もちょくちょく行こうと外に出るんだけど、その度に寒さに負けてここに戻ってくるんだぜ」

 

 そう言ってにししと笑う魔理沙を睨む霊夢の目がきつくなる。

 

「ならあんた達が行けばいいじゃない」

 

「連れないこと言うなよ霊夢。親友だろ?」

 

「親友だからっていつも一緒にいるわけじゃないでしょうに」

 

「正直言うと私も寒いの嫌なんだよ」

 

 寒いのは嫌だが暖かくする為には冷気の中をくぐり抜けなければならない。ちょっとしたジレンマに陥っている二人であった。

 

「それでこのメイドが来るのはわかるんだけど、なんで畔まで来てるの?」

 

 咲夜の後ろには畔が何時もの合羽を着て立っている。見ている方が寒くなりそうだ。

 

「異変解決のお手伝いに来ました」

 

「魔理沙のボムで死ぬような奴が何言ってんのよ。危ないから帰りなさい。心配しなくてもそろそろちゃんと動くからーーー」

 

「畔さんの能力で寒さはほぼ感じませんし、吹雪も大した問題になりません」

 

「?」

 

 魔理沙にしても霊夢にしても意味がよくわからないようだ。

 

「あんた能力なんて持ってたの?」

 

 面食らったような表情の霊夢。

 

「どうせ自己申告性なので名付けてみただけなんですが、気付いたら能力と呼んでいいくらいに便利になってて...」

 

「どんな能力なんだ?」

 

 自分の欲求に素直な魔理沙は聞かずにはいられないらしい。

 

「緩和する程度の能力と呼んでますけど何処まで効果があるのかは私にも...。と、取り敢えず外の吹雪による視界の悪さは何とかなってました」

 

「便利ね。よし、付いてきなさい。魔理沙が足と盾になってくれるから心配しなくていいわ」

 

 即答である。随分淡白な返答だが大丈夫だろうか。畔が少し不安に思っていると魔理沙の他にも二人もいるのだから大丈夫と心強い言が咲夜から渡された。

 

「はぁ…じゃあ行きましょうかね」

 

 ようやくゆっくりと立ち上がり半纏を無造作に脱ぎ捨てる由緒正しき巫女さんであった。

 

 〇

 

「で、宛はあるのか霊夢?」

 

「あるわけないでしょ」

 

「なんだないのか、また勘で黒幕まで一直線かと思ったのに」

 

「甘ったれたこと言ってんじゃないわよ。魔理沙こそ少しは考えなさい」

 

 幻想郷上空。吹き荒れる雪は激しく辺りは白一色。その中からたまに飛んでくる妖精の弾幕が非常にわずらわしい。だが吹雪の中を飛ぶ四人の周辺に限り視界は良好とまでは言えないが畔のお陰で然程問題ではない。

 

 考えろと言われた魔理沙が素直にうんうんと頭を捻っていると下から声が掛かる。

 

「やっと動いてくれたのね」

 

 ふわりと飛んできたのは傍らに小さな人形を携えている見た目お人形さんのような少女。

 

「安心して私は敵じゃ―――」

 

「敵ね」

 

「敵だな」

 

 ばっさり。話を聞くつもりもないのだろう。見かけた奴らを吹き飛ばす。それを繰り返していけば、いつか黒幕にぶつかると。ああ、椛ちゃんが言ってたのはこういう事かと同情を多分に含んだ目で人形の少女を眺めていた畔だった。

 

 〇

 

「なんだ敵じゃなかったのか。早く言ってくれよ時間が無駄になっちまった」

 

「あんたらが言う前に始めたんでしょうがっ!!」

 

 先程まで青や赤や黄色と鮮やかな色が目に付く綺麗な少女だったが、今や石炭の様な煤けた色合いになってしまっていた。原因は言うまでもなく霊夢と魔理沙の理不尽な弾幕である。

 

「だから違うって言ったじゃない魔理沙」

 

「あんたも嬉々として参加してたでしょっ!!」

 

 すっとぼける霊夢にも律儀に突っ込んでいく少女には脱帽ものだ。なんだか苦労しそうな人だなぁと思う畔だった。

 

「そんなことはどうでもいいから話を聞かせて」

 

「そんな事って…あなたも大概ひどいわね」

 

 少女は攻撃してこなかった咲夜に少し期待をしていたようだ。ごく一般的な良識を持っているだろうという期待を。

 

「…」

 

 最後にチラリと畔を眺める少女の瞳にはもはや諦念の気がありありと写っていた。

 

「あ、えっと畔と言います。一応河童です」

 

 目が合ったのだからと取り敢えず簡単に自己紹介を済ませる畔。返ってくるだろうと思っていた相手からの返事が来ず不思議に思って顔を上げてみれば、色を取り戻した少女が顔を明るくしていた。

 

「ちょっとそこの黒白っ!」

 

「なんだ、それ私のことか?」

 

 残念ながら黒白の衣装を着ているのは魔理沙以外いない。

 

「その子をこっちへ渡しなさいっ!」

 

「はぁ? 何言ってんだお前」

 

 突然に畔の身柄を譲渡する様に言う少女。

 

「誰がわけのわからん奴に畔を渡すか。やっぱりお前敵だろ」

 

「異変解決につながる情報を上げようと思ってたんだけど、失礼なあんた達には上げないわっ! そこの子だけに教えてあげるから畔ちゃんをよこしなさい!」

 

「…なぁ異変解決に繋がる情報だってよ」

 

 チラリと背後の畔を振り返りつつ全員に確認する魔理沙。

 

「駄目でしょ」

 

「そこまで無理に聞かなくても」

 

「私は大丈夫ですよ?」

 

 反対の色を見せる霊夢と咲夜を余所に畔だけは問題ないという。

 

「畔あんたね、あれがいいやつなんて確証なんて何処にも無いのよ?」

 

「あんたらじゃあるまいし酷い事なんてしないわよっ!」

 

 何となくギャーギャーと騒ぐ少女を見ていると気にする程の危険はなさそうに見える。

 

「だ、大丈夫ですって。きっと…多分。ほら咲夜さんも居ますしっ!いざとなれば…」

 

 正直畔としては異変に参加するのも億劫である。白忌に言われた手前こうならざるを得なかったが、本来ならこんな出しゃばりたくない。端的に言ってさっさと帰りたいのだ。宛てなくこの四人で幻想郷中を探し回るより、情報を持つ少女に話を聞く方がどう考えても近道だ。

 

「あんた一回死んでるのに随分呑気なのね。まぁ畔がそこまで言うなら構わないけど」

 

「まとまったか?」

 

「ええ、魔理沙さん。彼女の所まではこんでください」

 

「ん。なんかされたら―――」

 

「しないっっつってんでしょうがっ!」

 

 空に浮かんでいるはずなのに地団駄を踏む少女。

 

「…まあなんか大丈夫そうだな」

 

 

 

 〇

 

 今私は人形の上に乗せてもらっている。私が空を飛ぶこともできないと聞いた彼女が何処からともなく出した大きな人形である。

 

「ええと、ごめんなさいね。あそこ三人のせいで挨拶が遅れちゃったわ。アリス・マーガトロイド、魔女よ」

 

「ど、どうも」

 

「あんな奴らに絡まれる畔ちゃんが可哀想でならないわ。どう? 私の家―――」

 

 なにか話のベクトルが捻じ曲がっているきがする。

 

「い、いえ。絡まれるとかじゃなくて、私から連れて行って貰っているので…」

 

「ああ、成程。そう言えって脅されているのね。ああっ! 大丈夫。頷かなくていいわ。今は難しいけどいつか必ず助けてあげる」

 

 否定しようとした言葉は勢いづいたアリスさんの言葉に流されていく。この人も大概人の話を聞かないではないか。

 

「えっとそれで、貴方達に伝えようと思っていたのはね、これなの」

 

 そう言って彼女が手に摘むのは小瓶。中には桜の花弁が一枚収まっている。

 

「これは?」

 

「これは春度。春度が満ちれば春になる。逆に春度が満たされない限り春は来ない。今回の異変はこの春度を盗む事で起こったものよ」

 

「盗むって?」

 

「春を独占している輩がいるのよ」

 

「…それは何処に?」

 

「確証はないけど見た感じ上ね。この吹雪の中を漂う春度は雲の上まで浮かび上がっていってる。少し様子を覗いて見たら案の定、雲の上に大きな穴が空いていてそこに春度が吸い込まれていってたわ。面倒だったからそれ以上は見てないけどきっとそこに黒幕がいるわ」

 

「……」

 

 異変解決につながる情報とは聞いていたがまさか黒幕の場所まで教えてくれるとは思っていなかった。異変ってこんなに簡単に解決してしまうものなのか。

 

「伝えたかったのはそれだけなんだけど、もう一つ。畔ちゃんはその先に行かない方がいいかもしれないわ」

 

「どうしてでしょう?」

 

「理由はわからないけれど、貴方の持つ春度が全く盗まれてない。もしこの異変の首謀者の目的が春を盗む事ではなく、盗んだ春度でなにか起こすつもりなら餌を与えるようなものよ」

 

 何故私の春度は盗まれていないのだろう。まさかそんな所にまで能力が及んでいるのだろうか。

 

「...」

 

(だそうですが、どうしましょう?)

 

(まだ全く弾幕ごっこらしい弾幕をしとらんぞ。足りん足りん。)

 

(ですよね。)

 

「え、ええと私はやらなきゃいけない事があるので…。その、心配してくれてありがとうございます」

 

 本当はアリスさんの言うとおり戻りたかったが、そうもいかないようだ。

 

「そう。わかったわ、気をつけて」

 

「ありがとうございましたっ」

 

 異変解決に向かうべく魔理沙さんに合図を送る。

 

「あっそうだ。私は魔法の森にいるから何時でも来なさい。相談に乗るわ」

 

 完全にアリスさんの中では私は、あの三人に無理やり連れてこられた可哀想な河童になっていた。むしろ過保護な位なのだが、ぞんざいな扱いをされたアリスさんからすれば三人はただの野蛮人にしか見えないのだろう。

 

 

 

 そのまま三人の元に戻り、聞いた情報をそっくりそのまま伝えた。私だけに話した意味があったのか疑問が残る。

 

 

 

 アリスさんの言った通り、雲を抜けた先には大きな口が空いていた。なんだか、紫さんのスキマにも見えるが

中に見える景色が目玉ではないのでそうではないのだろう。

 

「さっさと終わらせましょう」

 

 霊夢さんの声を合図に私たちはその口の中へ入っていった。

 

 

 

 〇

 

「幽々子様っ! 幻想郷の春はもうほぼ集め終わりました。ですが――」

 

「まだね、まだ足りないわ。これでは八分」

 

 桜色の髪をした女性の前にあるのは大きな大きな木の幹。その無数に広がる枝先には美しい桜の花をつけている。

 

「でも心配することは無いわ妖夢。ここには必ず巫女が来る。なけなしの春を奪うのよ。そして、西行妖を満開にするの」

 

 可憐に笑う彼女は気づいていないのだろうか。

 

 西行妖が花を開く度、漏れ出る妖気が濃密になっていることに。

 

 彼女の存在が薄まっていることに。

 

 

 

 

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