四人はきっちりと敷き詰められた石畳の上に足を下ろす。
「どうなってんだこりゃ」
魔理沙がそんな声を上げるのも無理は無い。先程まで狂ったように吹き荒れていた雪はトンとその形を隠し、代わりにうら暖かな暖気が大気を満たしている。
道の際に生え揃えられた桜の木には美しい花が咲き乱れている。本来、生命の感じられない筈の冥界で確かに桜は生きていた。一心不乱に花を咲かすその姿は春が訪れている事を四人に伝えているようだ。そんな桜を見てか、花弁と共に漂う透明度の高い白色の魂魄も心なしか楽しげに見える。
「ここの奴らだけこの春を満喫してたと思うと腹立たしいわね」
役目を終えたマフラーを折り畳む咲夜の言う通りなのだろう。口をへの字に曲げて不愉快さを隠そうともしない霊夢だった。さっさと終わらせたいのか、黒幕を叩きのめしたいのか、これはつまり異変を解決したいのか鬱憤を晴らしたいのかということだが、それは長年近くで彼女を見てきた魔理沙にも分からなかった。
ただ、無言で歩を進める霊夢に三人はついて行った。
〇
広い広い冥界。いくら桜が美しいといえど何時までも同じ景色が永遠と続けば飽きも来る。春すら迎えられないのに“あき“が来るとはどういうことか。
「はあ……流石に長すぎないかしら」
誰にかけたわけでもない霊夢の独り言。そんな言葉に律儀に返ってくる言葉は三人の誰のものでもなかった。
「それはこっちの台詞よ。もっと早くに来ると思ってたのに」
声の方向には一人の少女。
深緑の衣装に身を包み、長くない白い髪にはリボンをつけている。少女の傍らにはオタマジャクシのような魂魄が一つふよふよと漂っている。物騒なもので少女の手には二本の刀。内一本を4人の方へと構えている。
「まぁでも来たのならそれでいいわ。
貴方達の持つなけなしの春を全ていただ―――」
少女が名乗ることもなく、気合の入った顔で言い放つ台詞は半ばにして切られる。
「咲夜パス」
「魔理沙パス」
「おうっ! …ええっ!?」
「さ、畔さんここは魔理沙が頑張ってくれるらしいので先へ行きましょう」
「へ?あっはい」
流れるようなテンポであった。霊夢から咲夜、そして魔理沙へとたらい回しにされた哀れな少女は刹那、唖然としていたが、直ぐに頭をふり気を引き締め、刀の鋒を霊夢へと向けなおす。
「ば、馬鹿め! 一人たりともここから逃がすつもりは―――」
またもや言い切る前に言葉が入れられる。
『プライベートスクウェア』
咲夜が一つそう言い終えるとその場に残るのは魔理沙と刀の少女だけである。
「あ、あれ? なんで?」
鋒の向ける相手を失った少女は見ていて可哀想になるくらい狼狽えている。
「あークソ。やられたなあ」
魔理沙が頬を人差し指で掻きながら呟く。
「な、なによ! 他のヤツらは一体どこに行ったのっ!」
なんだか悲鳴のようにも聞こえてくる少女の叫び。
「そりゃこの先だろ。どう見たってお前はボスじゃねーからさっさと先に行ったんだろ。お前の足止めに私を残してな」
魔理沙は事もなげにそんなことを言うが、少女とて馬鹿でも間抜けでもない。ここから逃がすつもりなどなかったのだまさか目を離すものか。だのに気付けば敵がいないのだ。
「ど、どうやって!」
聞けば満足するわけではないが聞かずにはいられない。
「それは本人に聞くんだな」
「クソッ!」
ともあれ方法は分からないが、先へ進むことを許してしまった少女は直ぐにかぶりを振って主の元へ向かおうとする。
「おいおい。私の話聞いてたか? お前の足止めが私って言ったろが。無視するなよ、悲しくなるぜ」
魔理沙は脅すように八卦炉を手で弄びながらに少女を止める。
「…お前に構っている暇はないわ」
「お前なんて名前のヤツは知らないな。そんな名前を付けられたやつは可哀相に、同情するぜ。因みに私の名前は霧雨魔理沙だ」
箒に跨りそのまま少女の前を体で塞ぐ。
「直ぐに終わらせるわ、霧雨魔理沙」
どこかで聞いた言葉を放ちながら空へ上がる少女。
「知ってるか? そういう風に言うヤツは直ぐに痛い目をみるんだぜ。私がよく知ってる」
「?」
「まあこっちの話だから気にしなくてもいいぜ」
「―――ふん。何だか良くわからんが、妖怪の鍛えたこの楼観剣に斬れぬものなどあんまりないっ!!」
桜吹雪の散る冥界で初の弾幕ごっこが始まった。
〇
「あの、魔理沙さんを残してきて良かったんですか、霊夢さん?」
ところ変わって先へと向かう三人。
咲夜に支えられた畔が疑問を投げかける。
「…三人で相手をしようが、魔理沙一人で相手をしようがあいつがボコボコになる事には変わらないんだからいいのよ」
畔が聞きたかったのは一人で大丈夫かということだったのだが、霊夢がそう言うのならばそうなのだろう。他でもない、魔理沙と最も付き合いの長い彼女がそう言うのなら。
「それにしても、咲夜さん達はあれ事前に打ち合わせしてたんですか?」
畔の言うあれとは冥界少女たらい回し事件の事だろう。打ち合わせを疑う程に鮮やかな手際だったということだ。
「いいえ? せっかくここまで来て前座相手とか嫌だったので」
「どー見てもあれ雑魚じゃない。せっかくここまで来たんだからもっと大物をぶっ飛ばさないと気が済まないわ」
笑顔ながらになかなかの毒を吐く悪魔のメイドと毒まみれの素敵な巫女さんだった。
そんな話をしながら進んでいく三人だったが、凄まじく長い石段の前で見えぬ壁に足を止める。
「何かしら?」
こんこんと壁を叩く咲夜。
「結界ね。それも高度な」
霊夢は目を細めながら壁を撫でるとそう言った。
「正解」
突然に三人の上に開く大きなスキマ。そこへ腰掛けた八雲紫が三人を見下ろしている。
「あら? あんたもう起きてたのね。てっきりまだ寝てるのかと思ってたわ」
「あらあら、霊夢ったら。もう春よ? 博麗の巫女がそんな事では困るわ」
「残念ながら春が来ないから私がここに来たのよ。だからこの邪魔な壁をどかしなさい」
幣を突きつける霊夢。
「勿論分かってるわ。私も別に邪魔したいわけじゃないのよ。だから霊夢だけは通ってもいいわ。そこの二人は駄目」
手に持つ扇子で霊夢と二人の間に線を引く。
「失礼。貴方が八雲紫ですか?」
駄目だと言われた咲夜が声を上げる。
「ええ。初めまして十六夜咲夜さん。此処での生活はいかが?」
「上々ですね。お嬢様もパチュリー様も門番も活き活きとしています。こちらへ招いて頂きありがとうございます」
「あらあら随分と躾が行き届いているのね。あの主人の飼い犬だからもっと噛み付いてくるかと思ってたわ」
扇子で口元を隠しているが、笑っているのがよくわかる。
「私はどこぞの暴力巫女や無謀な泥棒と違うので手当り次第に喧嘩をふっかけたりしませんわ。ただーーー」
咲夜は隣で暴力巫女がちょっと!と声を上げているがそれを完全に無視。
「お嬢様を愚弄するのであればその限りではありません」
いつの間にか彼女の手の中には銀のナイフが握られている。
「愚弄するだなんて滅相もありません。あのスカーレットデビルを馬鹿にすることなんて私には出来ませんわ」
飄々とした態度をとる八雲紫に言いたいことがあったのだろう、近付こうとする咲夜の腕を霊夢が掴む。
「ちょっと。喧嘩なら後にして。先に私を通しなさい」
「ああ…そうだったわね。じゃあどうぞ」
そう言って紫が壁を一撫でするとぱっくりとスキマと同じような形に裂ける壁。霊夢が通り終えると静かに元に戻っていった。
行ってらっしゃーい。と手を振る紫に詰め寄る咲夜。
「そう言えば、前座は嫌とか言ってなかった?」
この隙間妖怪は人の話を聞くのが趣味のようだ。
「前座ってタマじゃないでしょう?」
咲夜はやる気満々らしい。今にも弾幕ごっこが始まりそうな雰囲気に畔はとっくにはるか後方に退避している。こういう時の足は早い。
「別に遊んでもいいんどけど、そうね……藍っ!」
一声呼ぶとまたもや空にかかる一つのスキマ。そこからぬるりと現れたのは主の色違いの様な青色の導師服を着て、後ろに金色九本の尻尾を振る八雲紫の式。
策士の九尾こと、八雲藍である。
「何でしょう紫様?」
「まぁちょっとだけここにいてちょうだい」
「…紫様がまとめなかったせいで、冬の仕事が終わっていないので戻らせて頂きます」
「ちょ、ちょっと待ってって。いいからほんの少しここにいてちょうだいよ!」
なんとも締まらない。先程まで見せていたカリスマ性はどこへやら。意外にも俗っぽい大妖怪の姿を見て、いたたまれない気分の咲夜と畔。
「ともあれ、これで二体二ね。弾幕ごっこしましょうか?」
ゲホゲホとわざとらしく咳払いをして尋ねる隙間妖怪。
「そんな事で私を呼んだんですか? やっぱり帰りますね。」「だからちょっと待ってって言ってるでしょ!?」そんな会話をしている八雲二人を置いてチラリと咲夜が畔に目を向けると顔と手でイヤイヤと返事をする畔。
「聡い貴方ならわかるでしょ? 二体一なら、二体二でも間違いなく貴方に勝ち目はないわよ」
帰ろうとする九尾の尻尾を引っつかみながら言う姿はなんとも滑稽だが、言っていることは正しい。片や幻想郷創世の大妖怪と百人に聞いて百人が認めるであろう大妖怪の九尾の二人。片や弾幕ごっこはおろか飛ぶことすら怪しい卑小な河童と少し手品の上手い人間の二人。勝負などする必要も無いほど結果は見えている。
「……そうですね。止めておきましょう」
「貴方ならそう言ってくれると思ったわ」
「まあ確かに魔理沙ならこうはいかないでしょうね」
反骨精神の塊である彼女なら間違いなく弾幕ごっこを仕掛けるだろう。勝ち負けなど考えずに。
「さて、霊夢が待っている間暇でしょ? 少しこの異変について教えてあげるわ。だから畔さんもこっちにいらっしゃい」
手招きしながら畔を呼ぶと恐る恐ると近付いてくる河童。人間ですらこんなに毅然とした態度でいるというのにほんとに彼女は妖怪なのだろうかと思う紫であった。
「それじゃあまず―――」
「もう私はいらないようですので帰りますね」
「え、あ…ちょっ」
止めようとした主の元を離れ仕事に戻っていく九尾の式。暖かった冥界にその時だけ冷たい風が走っていった。
〇
(なんで紫がいたのかしらね)
長い長い石段を踏みしめること無く飛んでいく霊夢。
隙間妖怪の存在が気になるが後回し、今は目の前の異変に集中する。飛ぶ勢いのまま石段を過ぎると大きな寝殿造の屋敷が見える。地上であるのならばその門を守る必要があるであろう程の大きさの屋敷だが、それらしいものは見当たらない。
門を潜れば、迷ってしまわないか疑問になる程大きい本殿、端整に整えられた枯山水の庭、蓮の葉が浮かべられた池、他にも数々の優美な光景が広がっていた。だが、霊夢が見つめるのは屋敷の裏手から伸びる大きな桜の木、その木に寄り添う一人の女性。女性はその木に付いた桜の花びらのような色の髪の毛で、蒼藤色の着物を着ている。女性の周りには無数の霊魂。女性の名を西行寺幽々子という。
「あんたも死霊の類ね。ほんとうんざりだわ」
霊夢の声を聞いた幽々子がこちらへゆったりと振り向く。
「勝手に人の庭に乗り込んできて文句ばっかり言ってるなんてどうかしてるわ。まぁうちは死霊ばっかりですけど」
ふんわりとした雰囲気を纏う幽々子。
「さてと、用件は何だっけ。見事な桜に見とれてたわよ」
「お花見かしら? 割と席は空いているわよ?」
「あそう? じゃあお花見でもしていこうかしら」
「でも貴方はお呼びじゃない」
生温い風が霊夢の頬を撫で付ける。
「そうそう。思い出したわ」
「何かしら?」
「私は神社の桜で花見をするのよ」
「……」
「そんなわけで、見事な桜だけど集めた春を返してくれる?」
幽々子の纏う雰囲気に鋭さが出てくる。
「もう少しなのよ。もう少しで西行妖が満開になるの」
「何なのよ西行妖って?」
「この妖怪桜。この程度の春じゃこの桜の封印がとけないのよ」
「わざわざ封印してあるんだからそれは、解かない方がいいんじゃないの?何の封印かわからんし」
「結界乗り越えてきたあなたが言うことかしら」
実は幻想郷から冥界に来る際に霊夢達四人が通ったのは本来は閉ざされている筈の結界。春を集めるが為に緩められて、というか解かれていたのだ。
「まぁいいや。封印解くとどうなるっていうの?」
「すごく満開になる」
「…」
「と、同時に何者かが復活するらしいの」
「興味本位で復活させちゃ駄目でしょ。何者かわからんし」
「あら、私も興味本位で人も妖も死に誘えるわよ」
さらりと恐ろしい事を口走る幽々子だが、その能力があるが故に彼女は冥界の管理者たりえるのだ。
「反魂と死を同じに考えちゃ駄目でしょ。面倒なものが復活したらどうするのよ」
きっと幻想郷にいる素敵な暴力巫女さんの出番に違いない。
「試してみないと分からないわ。何にしてもお呼ばれしていない貴方がここにいる時点で死んだも同然。というか、ここにいる事自体が死んだということよ」
「さっき刀を持ったのとスキマ妖怪がいたんだけど?」
「紫が? まあいいわ。刀の方は半分死んでるみたいなものだからいいのよ」
「……えーと、私は死んでもお花見が出来るのね」
「貴方が持っているなけなしの春があれば本当の桜が見れるかもしれない。何者かのおまけ付きでね」
お茶目にウインクをする幽々子。
「…さて、冗談はそこまでにして幻想郷の春を返して貰おうかしら」
愛用の幣と札を手に構える霊夢。
「最初からそう言えばいいのに」
「最初から二番目位に言ったわ」
「最後の詰めが肝心なのよ」
幽々子は薄く笑い、霊夢は睨む。
「桜の下に還るがいいわ、春の亡霊!」
「花の下に眠るがいいわ、紅白の蝶!」
弾幕ごっこを始める二人の後ろで西行妖が小さく脈打った。