わかさぎ姫に綺麗な青い石を見せたのが昨日。現在、畔はわかさぎ姫と共に赤く、大きな館を眺めていた。
「ねえ姫ちゃん」
「んー?」
「私の家ってあんなおっきくて目に悪い色してたっけ?」
「んー…そうねぇ。私の知ってる限りだともっと小さくてボロっちい小屋だったわ。記憶があってるなら赤色でもなかったわね」
「だよね。じゃあさ、姫ちゃん」
「んー?」
「小屋って勝手に大きくなるものだっけ?」
「んー…そうねぇ。私の知ってる限りだと勝手に成長したりしないわね」
「だよね。じゃあさ、姫ちゃん」
「んー?」
「小屋って勝手に移動したりする?」
「んー…そうねぇ。私の知ってる限りだと一人で動いたりしないわ」
「じゃあさ、姫ちゃん。私の家どこいったのかな?」
「そんなこと私に聞かれても知らないわよ」
「……」
〇
その日、畔は何時ものように畑に寄った後、人里へ向かい、そこで少しの間だけ首の浮いた友人と話していた。時間にするなら午後3時ほどである。すると話している途中に突然周りが暗くなっていった。雨かと思った畔が空を見上げると、そこにあったのは黒雲ではなく紅い霧。津波のように幻想郷の天蓋を覆っていく紅い霧であった。
明らかに異様な光景に人里の人間達は軽くパニックになっていたが、畔の友人はというとそうではない。「どうせ、暇を持て余した妖怪がなにかしようとしているのだろう」くらいの認識だった。
畔も初めはそんなことを考えていたのだが、よくよく霧の広がっていく向きを見ていると我が家の方角から来ているではないか。妙に嫌な予感がした畔は友人との会話を早々に切り上げて家路についた。
そして、徐々に見えてきた赤い館。それはちょうど畔のお家の位置に最初から其処にあったかのように鎮座していた。途方に暮れた畔がわかさぎ姫の下へ向かい冒頭の場面へ戻る。
「姫ちゃん、私の家の位置ってどこだっけ?」
「あそこね」
そう言って指さす先には赤い館。
「私の家ってあんなおっきくて赤かったっけ?」
「それはさっき聞かれたし答えたわ。いい加減現実を見なさいよ。大方、外で弱った妖怪がたまたま畔の小屋の場所に入ってきたんでしょ」
「そんなぁ…私どうしたら…」
「どうするも何も。あんなの今更移動しようがないんだから諦めて他の場所に映る事ね」
「えー……」
「まあ、物が消えるわけではないだろうから中に入れてもらえば荷物くらいは見つかるかもね」
「むむむむ無理だよ!知らない人の家にいきなり押しかけて漁り回るなんて!」
「話したら案外許してもらえるでしょ。畔が一方的に被害受けてるんだから」
「で、でも恥ずかしいじゃない!」
「そんなことは知らないわ」
「そっ、そうだ!姫ちゃんも一緒についてきてよ!ほら、二人で探した方が早く終わるし!」
「畔が私を運べるなら考えてあげるわ」
「あっ…」
少女の体重を語るのは憚られるので、あくまで参考までに人魚のモデルと言われているジュゴンの体重が250~400kgであると言っておこう。仮にだが、わかさぎ姫がジュゴンのような体重を持っていたとしても一般的な妖怪ならば持ち上げるくらいわけないだろうが、そこは畔である。精々人間の子供を持ち上げるくらいしかできない。ジュゴンを持ち上げようものなら一瞬で河童の下敷きが出来上がるだろう。
「ど、どうしよう…」
「大丈夫よ。さっきも言ったけど、ここに来るような妖怪なんだから弱った妖怪よ。貴方が勇気をふり絞れば済む話よ」
「でもこの霧、あそこから出てるよね?」
「だ、大丈夫よ。ほら、引っ越してきましたよーっていう自己アピールよきっと」
思いっきり目が泳いでいるわかさぎ姫だったが、最後の発言を除き間違ったことは言っていない。忘れられた妖怪達の集う幻想郷。ある程度は弱い、或いは弱った妖怪なのだろう。
ただこの霧を十に満たない数の妖怪が出しているのだとすれば話は違ってくる。これだけの量をだそうと思えば木っ端妖怪ならば100や200匹では足りない位の妖力が必要である。それこそ畔では考えられない程の量だ。そうなると弱いなんてとんでもない。それを少数で出すとなると一人一人が鬼と肩を並べるほどの力を持つと考えられるだろう。
そんな相手をもし畔が機嫌を損ねようものなら、畔のわからない一瞬のうちに、人里に住む友人のように首と胴体がさよならバイバイしてしまうだろう。
とはいえ、一度行ってみない事にはわからない。それに最悪、大体の荷物はどうでもいいのだが、一つだけ回収したい物がある。なんにせよやはり話してみる他ないだろう。
「よよよよし、私、行ってみるわ!」
「ええ、それがいいわ。いってらっしゃい」
「他人事だと思って…」
「他人事だもの。まあでもそうね...畔の場合危ないと思った時に逃げてたんじゃ間違いなく手遅れになるだろうから、無理なら諦めて帰ってきなさい。これだけ大きなことやってるんだから巫女が動くだろうし、それを待ってもいいかもしれないわ」
他人事だと言いつつも心配はしてくれるわかさぎ姫に感謝しつつ、重い足を引き摺り赤い館へ向かう。
〇
なぜこうなったのか。
もともと私達はここへお引越しするだけだった筈だ。だと言うのにお嬢様から求められたのは幻想郷侵攻の準備である。
まぁ、予想はついている。大方、私の幼い主がここの管理者に上手くのせられたのだろう。
来る者すべてに対応せねばならない門番の仕事の大変さというものを少しは考えて欲しい。おまけに今回はスペルカードルールに沿った戦闘をしろとも言われている。はっきり言って性に合わない。
そもそも、戦闘時に技名を高らかに宣言するだの、相手を攻撃する物に美しさを求めるだの理解できない。だが、主の命に背く理由にもいかず、渋々スペルカードを作り、なるべく誰もやって来ませんようにと考えていたのだが。
「あ、あの、あのぉ…」
合羽を着た小さな子供が私に話しかけてきた。目は青色をしており人間らしくないが、妖力を感じないことを考えると恐らく人間の子供だろう。
「なんでしょう?」
「あっ、いやあの…えっと、ですね…」
あ? このクソ暑い中でやりたくもない仕事を我慢してやっている時にこんな話し方の生き物を見ると本当に虫酸が走る。そのイライラが妖力となって思わず体から出てしまっていたようだ。
「ひっ。す、すみません!」
「謝罪なんてどうでもいいです。何のようですか? まさか野次馬ってことはないでしょう?」
「は、はい。あのえっと…」
たどたどしい言葉を我慢して聞いてみる。曰く、今紅魔館のあるここに家があったと。家は構わないからせめて荷物だけ回収したいとのことだった。
胡散臭いことこの上ない。人間の子供がこんな所に家を持つなどありえない。吐くならもっとマシな嘘を考えて貰いたいものだ。だが、それが嘘であるとすると本当の目的はなんだろうか。
考えられるのは2つ。
1つは博麗の巫女による偵察。巫女も人間だと聞いているので仲間がいるとするならそれはやはり人間だろう。
もう1つは理由はわからないが人里から出てしまったところを妖怪に襲われ逃げている内にここにたどり着いた。私は人型なのでもしかしたらと思い話しかけた。そんなところだろうか。
どっちにしても私の対応は変わらない。咲夜さんやお嬢様の判断を仰ぐ必要すらない。
「私が貴方のためにこの門を開くことはありません。如何なる事情があろうともここは通しません。どうぞお帰りください」
人里の子供が妖怪に食われようと私の知ったことではない。さっさと帰れと心の内に吐き捨てていると、子供は尚も食い下がってきた。
「ほんとに直ぐに終わりますので! め、迷惑はおかけしません!」
今ここで貴方に絡まれていること自体が私には迷惑なんだと言ってやりたかった。我慢する必要もないが、たかが人間如きにキレるのも違うなと思い我慢しよう。そうは言ってもイライラは抑えられない。
「これ以上しつこいようならばそれなりの対応をさせて頂きます」
「あ…すすすすいませんでしたああ!」
少し睨んで脅してやれば、すぐに子供は回れ右をして消えていった。きっとあの子は妖怪に食われてしまうだろう。後味はなんとも悪いが致し方ない。運がなかったのだ諦めろ。人間の子供がどうなろうが私の知ったことではない……。
「ああっもう! 気分悪いなぁっ!」
〇
畔は一直線にわかさぎ姫の元へ帰っていった。走ったり早歩きしたり落ち着きのない畔の目には涙が溜まっていた。門の前に立つ赤髪の女性に睨まれた時には生きた心地がしなかった。思えば最初から不機嫌なオーラが女性から滲み出ていた。
「私の能力、ああいうのにも効いたらいいのになぁ…」
何も出来ない畔であるが、実は自ら能力と言えるようなものはある。
名を「緩和する程度の能力」。解釈によっては、使い勝手が凄まじく広く感じるかもしれない。しかし、実際に畔が出来る事といえば、自身の周りの温度が暑すぎたり、寒すぎたりしないように調節する。足音がほぼ聞こえなくなる。これだけだ。
「ぶっちゃけ温度云々は畔が鈍いだけだし、足音も完全に聞こえなくなるんじゃなくてただ、聞こえづらいだけだから誰にでもできるわよね」
これはわかさぎ姫の言である。全く持ってその通り。だが、畔だって女の子だ。流行りに乗ってみたかった。
それに畔からして見れば、わかさぎ姫の「水中だと力が増す程度の能力」だって当たり前じゃないかと言いたくなる。人魚が陸より水中のほうが力を持つなど誰にでもわかる常識だ。
とまぁ、能力なんて言ったもん勝ちみたいな所があるのだから少し位誇張して言っても大丈夫だろう。なんて思っている畔である。
大袈裟に語るのは構わないが、できないものはできない。あの女性のイライラを緩和出来ればとは思うが、そんな能力は畔にはない。
自分の卑小さを噛み締めながら畔は涙を拭った。
〇
畔は大丈夫だろうか。既に私と分かれて一刻程経過している。畔は妖力が極端に少ないので、この辺の妖怪ならばないだろうが、初見だと人間だと思われることが多々ある。その場合襲われてしまうかもしれない。襲われたならば畔にはどうしようもない。そんな彼女が戻ってこないとなると良くないことも考えてしまう。
「こういう時は自分の体の不便さが嫌になるわ...。なんで、蛮奇ちゃんとか影狼ちゃんとか大事な時にはいないのかしら…」
いもしない友人たちの影を夢想する事しかできなかった。自分が行動を起こさないことを棚に上げて彼女たちを引き合いに出した時だ。
「姫ちゃああぁん! 怖かったよおおおおお!」
やっと不安の種が帰ってきた。
〇
畔はわかさぎ姫の姿を見た時、勢いよく駆け出した。わかさぎ姫に抱きついて彼女の着物で鼻をすすり、涙を拭くこと暫くして漸く落ち着いた畔はベトベトになった着物を開放する。
「それで、怪我はない? 大丈夫なの?」
「うんっ、うん。怖かったけど大丈夫」
「そう。なら良かったわ」
「心配してくれてありがとうね、姫ちゃん」
「いいわよ、心配するくらい誰にでもできる事だわ。それよりも荷物はやっぱり駄目だった?」
「うん…。頑張って聞いてみたんだけど、あんまりしつこいとそれなりの対応をするぞって言われて」
「駄目だったか。でも、そんなに回収しなきゃいけないものもあるの?」
「一個だけ」
「何よ?」
「ほら、この前拾ったって言ってた龍石」
「あぁ、なる程。それは確かに...」
龍石とは、その中に龍が棲んでいる石で湿気を出したり、龍の成長とともに大きくなったりと言った特徴がある非常にレアなアイテムであり、何処かの魔法使いなら喉から手が出るほど欲しがる代物である。
「まあ命あっての物種よ。それに龍石が孵ったとしてその龍をどうするつもりなのよ」
「ペットに出来たらかっこいいかなって…」
「まあ諦めなさい。死ぬよりはいいでしょ」
「うん…」
「それで?畔はどこで寝るつもりなの?」
「にとりちゃんの所に行ってみる。倉庫がある筈だから其処に泊めてもらおうと思って」
「そう。あてがあるならいいわ。今日は早く寝なさい、疲れたでしょうから。これからのことは明日から皆で考えましょ」
「う、うん! そうだね、そうする。ありがとう。じゃあまた明日ね!」
「ええ、また明日」
立ち去る畔の顔には笑顔。笑えるような状況ではないが、皆で考えようと言ってくれたわかさぎ姫の優しさが嬉しかったのだ。
これが落ち着いたら何かお礼をしなくちゃ。そう思いつつ畔は恩人河童の元へ向かった。