踏み締めた足元の枝葉がパキリと音を立て、どこからやって来たのかわからない桜の飛沫がチラチラと視界の端に覗き見る。いつもの長靴をこれまた何時ものようにペタペタ鳴らして妖怪の山を登る畔。
人里の喧騒とはまた違った種類の賑やかさを見せる、幻想郷の空へ手を伸ばすお山。様々な種の草木が無秩序ながらに整頓されて生え揃い、その名前の通り数え切れない妖怪たちが此処で暮らす。
一歩踏み出し辺りを見渡せば見知った妖怪たちが笑顔を作り、また一歩進んで振り返ってみれば先と違う妖怪たちがこちらへ手を振る。天狗という縦の関係が強い、大きな組織が統治するものの、その元で息を根付かせる妖怪たちは皆が皆、互いに顔を知る仲で随分とフランクである。
そんな妖怪の山を登り、白狼天狗の拠点を超え、山を縦に貫き落ちる滝の脇に河童の集落がある。畔は目の端に入り込む胡瓜に気を惹かれつつも真っ直ぐ目的地に向かう。今住んでいる所が住んでいる所なだけに、過去に暮らしていた筈の集落をみて地味な所だと思う畔は紅い館の住人――その色を二つ名に冠する主の趣味に侵されているのだろうか。
それはさておき、畔が向かうのは河城にとり宅。理由なんてないが、強いて挙げるなら暇だったからだろうか。暇は神さえも殺す。妖怪としての頑強さなんてないくせに命の長さだけは一丁前の畔。長い年月生きてくれば暇な日だってでてくる。現代のように一人で時間を潰せる便利な電子端末があるわけでもない。
そうなって誰かを訪ねて見ようかと思い立ちここに至る。
「?」
にとりの家に着く前の小道から漏れる光と声に畔は足先の方向を変えて小道へと入っていく。少し進むと見えてきたの黄色いテープで作り上げられた壁。そのテープには河童以外立入禁止の文字が浮かんでいる。
いくらよく間違えられるとは言っても、しっかり河童の人間もどきはテープを掻き分け中へと進む。
「にとりちゃん?」
「ん? おおっ畔か! いい所にっ!」
嬉しそうな顔をして畔を迎え入れるにとり。
「実はねっ前々から作ってたのが漸く完成したんだっ!」
よほどその完成した物を誰かに見せたかったのだろう。挨拶もしないうちに矢継ぎ早に捲し立てるにとり。
「何作ってたの?」
畔も、にとりとの付き合いは長いので彼女がこうなってる時にどうして欲しいのかは手に取るようにわかる。それに、にとりの作る物はなかなかに意味不明で面白い。という訳でにとりの話に乗っかってみる畔。
「よく聞いてくれた! そんなに気になるなら教えちゃおう!」
そう言って手を腰にあてて胸を反らす彼女の姿はどことなく、集めた石をわかさぎ姫に見せる畔の姿と被る。やはり長年付き合っていると行動も似通ってくるのだろうか。
「あっでもちょっとだけ待って!」
そう言ってにとりは畔の肩を掴み回れ右させる。
背を向けて立っている畔の後ろではにとりがドタバタと賑やかな音をたてている。
「よ、よーしっ! いいよ! こっち向いて!」
息を切らしつつ汗を拭うにとり。彼女が手を向ける先には何やら赤い布の被せされた物が鎮座している。
「何してたの?」
「いやぁやっぱり雰囲気って大事だからさ。新作発表っぽい感じにしようかなって」
成程、この赤い布を探すのに時間が掛かっていたらしい。
「そんなことはいいんだって! じゃあ見せるよ! 」
そう言うと突然鳴り出すドラムロール。
何処から聞こえてくるんだと畔があたりを見渡せばにとりの口から発せられていた。息継ぎしつつも焦らすようにゆっくり布を引くにとり。
布を探すくらいならオーディオらしいカラクリでも持ってくれば良かったんじゃないかという気もする。
「ダラララララララっダラララララララーー」
漂うチープ臭。赤いベールに隠された物はわからないが、にとりの反応を見るにきっと凄いものなのだろう。だのにこの演出のせいで園児のお遊戯会を見に来たような錯覚を覚える。
「ーーーラララらっ、ジャンっ!」
にとりは最後に一つ大きく息を吸い込んで布を勢いよく引いた。
〇
「それ、服?」
にとりちゃんが散々引っ張って私に見せた物は、一見すると普段にとりちゃんが着ている洋服に見えた。
「ご名答。でもただの服じゃあないんだなこれが」
どこか気取ったような言い方に思わず笑ってしまう。
「フフッじゃあどんな凄い機能があるの?」
布で作ってるけど防水とかそんな感じだろうか。だとしたら貰いたい。便利そうだって言うのもあるし、にとりちゃんとお揃いというのもちょっと嬉しい。
「これは凄いよっ! 間違いなく今までの中で最高傑作だねっ!」
ここまで言われると防水程度ではなさそうだ。
今までにとりちゃんが作ってきたカラクリの数々。一分の一スケールのラジコン型ネッシー人形、遠い所にあるものをその場で取れるのびーるアーム、胡瓜を動力に誰でも空を飛べるプロペラetc...ぶっちゃけどれも使わないが、見たことないような構造をしていて凄い技術なのだという事はわかった。今回の服はそれらを超える物だという。ハードルが上がってしまうのも無理はない。
(白忌さんは何だと思います?)
何となく釣られてテンションが上がってきた私は同居人にも話を振ってみる。
(んぁ? あぁ…わからんの。何じゃろうか)
どうやらこの同居人は興味無いらしい。声からしてやる気がない。そんな白忌さんの反応に少し拗ねた私はにとりちゃんに意識をもどす。
「それで? 一体どんな機能なの?」
「ふっふーん。口で言うよりも見てもらった方が早いと思うんだよね」
そう言って直ぐに服を脱ぎ出すにとりちゃん。にとりちゃんには危機感がないのだろうか。いくらテープで仕切られているとは言え屋外には変わりない。上空には太陽が顔を覗かせている。つまり上から見られれば隠すものはない。それに今は私しか見ているのがいないからいいものの、これが変態なら無事じゃあ済まない。いやぁ見ているのが私だけで良かった...うん、よかった。
「に、にとりちゃん。そんな格好ーー」
それでも一応は注意しとこう。
「一緒にお風呂にまで入った仲なのに何いってんのさ。今更着替えの一つや二つどうってことないよ」
私が言いたかったのは屋外で着替える事の問題性だったのだが…。まぁ誰もこんな所を覗きみるやつはいないだろうからいいか。にとりちゃんがそう言うのなら遠慮なく着替えシーンを見さしてもらおうかな。
(なんというかお主が変態くさいの)
この人は何て事を言うのだろうか。何もやましい目で見ているわけでもないのにそんな事を言われる筋合いはない筈だ。興味無いのなら黙っていてほしい。
「…や、やっぱり畔あっち向いてて」
「え?」
「なんか目が…うん」
にとりちゃんにまで言われてしまった。二人して私を何だと思っているんだと少しショックを受ける。ともあれ、嫌だと言われたなら見ない方がいいだろうか。再度にとりちゃんに背を向ける。
暫く布の擦れる音を聞きつつ待っていると漸くOKの声が聞こえる。
「よーしっ! もういいよ!」
振り向くと先ほどとなんら変わりないようにみえる服装のにとりちゃん。
「どこか変わった?」
「まだまだ。今から見せるのが凄いんだ」
そう言ってポケットから取り出したのは何かのスイッチ。
「よく見ててよ」
大きく腕を前に出して私に見せつけるようにスイッチを押すにとりちゃん。
すると静かに電子音が鳴り始め、突如凄まじい光を放つ。その眩しさに思わず目を逸らしてしまう。
時間だと2、3秒だろうか。電子音が止み、目を開いた。
「あれ?」
目を開けたのはいいが、肝心のにとりちゃんの姿が見えない。
(なんじゃ? あやつどこへ行ったのじゃ。)
何だかんだちょっとは気になったのか、私の中で不思議そうに声を上げる白忌さん。
「にとりちゃん?」
見渡せども、にとりちゃんらしき姿は見えない。だとしたらどこへ行ったのだろう。突然に消えたという事は凄い機能とやらの暴発でも起きて吹き飛んだのだろうか?
「こっちこっち!」
「!?」
突然後ろからにとりちゃんの声がしてびっくりしてしまった。それはもう肩が跳ねるほどに。
「えっなになに? どこ?」
声は確かに聞こえたはずなのに以前姿を見せないにとりちゃん。何処に隠れていると言うのか。
「あっははは! いやぁやっぱり畔に見せて正解だったね。いいリアクションしてくれる」
にとりちゃんの愉快そうな声がそう響くと、やはり電子音をたてながら今度は光ることなくにとりちゃんがその姿を見せた。
「はいっ! ってことで今回開発したのは簡易洋服型光学迷彩です!」
「光学迷彩?」
聞き慣れない言葉だった。外の世界の言葉だろうか。
「そ、光学迷彩。平たくいえば透明マントってところかな。」
「透明マントっ?」
防水どころではなかったらしい。
〇
「縮退4光波混合やフォトリフラクティブ効果を用いると――――ある複素振幅の光が―――」
にとりが通販番組の司会よろしく光学迷彩の原理をペラペラと声高に話すが一つも理解出来ない畔。気持ちよさそうに話す友人の話を半ばで千切るのも悪いと思い終わるのを待つ。分からないなりに聞いていた畔だったが最後の一文だけは理解出来た。
「―――。つまり、このスイッチを押せば透明マントに早変わりってことさね」
成程つまり透明マントなのか。透明マントと言えば目まぐるしく発展を続ける現代、幻想郷の外の世界であっても未だ成長段階と言える技術分野になる。確かにそんな外の世界の技術の一歩先をいく技術ではあるのだがーーー
「……それって天狗とか鬼の人達が持ってる隠れ蓑でよくない?」
そう。確かに外の世界では透明になる技術の完成は難しい。それを部分的に可能な動植物なら確かに存在するが人間となると話は別であり、まだまだ夢や浪漫と言ったものが垣間見える学術分野である。
だがここは幻想郷。姿を見えなくする程度の事をする妖怪は無数にいるだろう。透明人間なんて都市伝説めいた妖怪が産まれ、幻想郷にいるかもしれない。
もとい、話を戻せば透明マントくらいでは幻想郷在住の畔は驚かないという事だ。
「なっ、なんて事を言うんだ! 畔には浪漫ってのがないの!?」
ワナワナと震わせて憤りを顕にする開発者。
浪漫、その説明は難しいが、現実にはあり得ないような 夢と幻想に彩られた雰囲気、魅力的で不思議なムード、などを持つ事柄のことを言うことが多い。外の世界のその筋の研究者からすれば、河童である畔は浪漫に満ち溢れていることだろうがにとりが言いたいのはそういう事ではない。
畔とて現実にありえない夢がないわけではない。むしろほかの妖怪よりはできないことも多く、その分憧れる幻想も多いことだろう。だが別段、透明になりたいと思ったことはない。
つまり此処でにとりの言っている、マシンで透明になるという浪漫は持ちえない。
「あ、あんまり思ったことないかな…」
そうは言っても喜ぶ友人の前でそれを真っ向から否定するのもどうかと思ったのだろう、彼女なりにオブラートに包んで伝える畔。
「なっ……」
信じられないといった顔のにとり。折角畔が用意したオブラートを引きちぎり、中にある本意だけを汲み取ってしまったらしい。
「か、隠れ蓑でいいとは言うけどさっ! あれは天狗とか鬼とかの妖力があるからこそ出来る技じゃん! これはそんなのいらないんだってば! だから畔でもなれるんだよっ!? 透明に!」
畔が透明になること事態にあまり興味が無いというところから目をそらして、自身の開発した作品の利点を述べていく。
畔は興味ないかもしれないが、人里あたりで売り出せば、バカ売れ間違いないだろう。それも八雲紫の検閲に引っかからなければの話だが。
いくらにとりが良いところを説明しても困ったように苦笑いを浮かべる畔。
「わ、分かった分かったよ! そんなに言うなら試してみたらいいって! そしたらきっと畔にもこれの良さが分かるからっ! うん。しょ、しょーがないなー持ってけ泥棒っ!」
半泣きである。流石にそんな表情をされては困る畔だ。
「分かった…わかったから泣かないで?」
「な、泣いてねーしっ! し、暫くお試しで貸して上げるからっまた感想聞かせてねっ!!」
殆ど悲鳴のように叫んで、一瞬の内に着替えて畔と目を合わすことなくその場から逃げ出すにとり。
後に残されたのはにとりの体温の残る光学迷彩と畔と何とも言えない雰囲気だけであった。
「…」
(これどうしましょう?)
(使えと言われたんじゃから使ってみればよかろ? 隠れん坊で無双できそうじゃぞ?)
やはり使い道のない透明マントだった。