「あの、霊夢さん。最近宴会多くないですか?」
頭上には東雲の空。足元には桜の花弁によるピンク色のカーペットが一様に敷かれたここ、博麗神社。
花見だなんだと呼び出しを食らった最初の数回から続いて三日おきに宴会をしてもうどれ程の日が経過したことだろうか。もはや見るべき花は地面に落ち徐々に葉をつけ始めている。
「ぁ〜…今ちょっと話しかけないで…あったま痛い…」
日が沈んでから夜が耽るまで飲み続け、翌日に空が白み始めるとガンガンと響く頭を起こす。霊夢がそんな生活を初めてもう何日、何週間だろうか。
「…」
(流石に多くないですかね? 三日に一回は呑んでるんですけど…)
(そりゃ多いじゃろうて。よくもまあ、お主も巫女の様に頭を痛めないものじゃな)
(昔からお酒だけは強いので)
実はこれも能力の一端だったりするのだが、畔は気付いていないようだ。
(これも異変なんですかね?)
明らかに尋常でない宴会。誰が企画してそれがどうやって広まっているかもわからない。いつの間にかこの神社へ人妖が集まり毎晩毎晩、百鬼夜行の如く騒ぎ倒す。
何かの、誰かの作為的な物だと考えるのも無理はないだろう。
(なんじゃお主、気付いとらんかったのか?)
(はい?)
(異変じゃぞ間違いなく。宴会の最中に妖霧が漂っとる。この不自然な宴会はそれに萃められたものじゃ)
分かっていたのならさっさと言えと思わなくはないが、ともあれ異変であるのならばそれはやはり巫女の出番の筈だ。
〇
「霊夢さん。これ異変ですよ」
頭上に浮かぶ太陽が漸くてっぺん高くまで登った頃になって霊夢さんは頭を起こした。
「…分かってるんだけどね。その……みんなお酒持ってきてくれるでしょ? タダ酒飲めるなら…って」
そう言って霊夢さんはお茶を啜る。
「ま、まぁ私もそろそろ動こうかなとは思ってたわっ!」
誤魔化すように言うが縁側で日の光を堪能する霊夢さんを見ていれば暫く解決に乗り出さないことは私にもわかった。
「そうですか。咲夜さんにでも聞いてみますね」
別に放って置いてもいいが、異変とわかった上で見て見ぬ振りと言うのも喉に引っかかる物がある。私がこんな事を思うのは酷く場違いな気がしてならないが、仕方ない。きっと二回も異変に首を突っ込んで感覚が麻痺しているのだろう。
私は咲夜さんに相談すべく神社を後にした。
〇
「あれぇ? お姉さま畔ちゃんどこにいるか知らない?」
頓狂な声を上げるのは紅い館に住まう吸血鬼姉妹の次女。最近、頻発する宴会に度々参加しているせいでお昼頃には起きて朝にならない内に眠りにつくという、吸血鬼にしては珍しいタイムスケジュールで生活を送っている。
そんな彼女がお昼ご飯、一般的な時間で言うのなら夕飯になるが、それをとるべく席に着いたのだが、何時も隣で食事する筈の居候河童の姿が見えない。
「私は見てないわよ? フランが一緒にいたんじゃなかったの?」
紅魔館の中で二人とも起きていたのなら大体は何時も同じ様に過ごすフランと畔。レミリアは今日もそうだと思っていた様だが違うらしい。
「んーん。起きた時にはもういなかったの」
「畔さんなら昨日にも宴会があったようでそれに参加しに出掛けましたよ」
レミリアの傍らに立つ咲夜が言う。
「えー? 長すぎじゃない?」
たしかにいつもの宴会ならば今日の早朝、遅くてもお昼には帰っているだろう。だが、まだ畔は帰ってきていない。
「まぁ畔だって用事の一つや二つあるでしょ。また明日帰って来た時にでも聞いてみたら?」
「…うん。そうしてみる」
釈然としないままそうする他無いフランだった。
翌日、紅魔館。
「ねえ美鈴。畔ちゃん来なかった?」
わざわざ日傘をさして門番に尋ねるフランの様子を見るにどうやらまだ畔は帰ってきてないらしい。
「まだ見てませんね」
「そっかぁ…」
フランの顔が曇る。
「そのうちひょっこり――」
「うんっ!私神社に行って聞いてみる」
そんなフランを慰めようとした美鈴の言葉を最後まで聞き届けることなくフランは浮かび上がる。
「えっ!? ま、待ってください! そんな一人でなんて」
「私よりも畔ちゃんの方が危ないと思うよ。何て言ったって畔ちゃんだし」
それはまあそうだろう。あらゆる妖怪を屠る吸血鬼とあらゆる生き物に嬲られる河童ではどちらの方が危険に陥りやすいかは言うまでもない。だがそれでも美鈴としては一人でフランを外出させることには抵抗があった。
美鈴の静止を聞くことなく飛び去ろうとするフラン。
「……っわかりました! 私も一緒に行きますからっ!」
フランを止められないことがわかった美鈴。それならば自分もついていけばいいと思ったらしい。
だからと言って門番をサボっていい理由にはならないので後でメイド長から叱られるだろうが。
〇
博麗神社に降り立つ二人の妖怪。言うまでもなく美鈴とフランだ。
箒で落ちた桜を掃く霊夢へと歩いていく。
「あら? 今日、宴会はないわよ?」
「ええ知ってます。今日は別件ですよ」
「?」
不思議そうな顔をする霊夢の前に出るフラン。
「畔ちゃんどこに行ったのか知らない?」
神社に着いた時点でそこにいないことはわかった。
「畔? 畔なら昨日の昼には紅魔館に帰っていったわよ。咲夜に話をするから~って」
「…」
どうやら面倒なことになっていそうだ。
「なに、畔帰ってないの?」
「うん。ずっといないの…」
ずっととは言うがまだ二日しないくらいだ。フランからすれば二日も畔がいないことが不安でたまらないのだろうか。
傘の影で暗い上に、その影をより濃くするフランを見た霊夢はその黒髪をガシガシと乱暴に手で掻く。
「わかったわかった。私が異変解決がてら探しに行くからあんた達は待っときなさい。どうせ畔のことだからまた異変に首突っ込んでるんでしょ」
畔が聞けば否定したくても否定できない言葉。畔の名誉の為に言っておくが別に彼女も首を突っ込みたくて突っ込んでるんじゃあない。
「異変? 異変なんて起こってるの?」
「あんた達も一応被害者よ。ココ最近の宴会の多さが異変なの」
「…ふーん。変なの」
今までの異変の様に実害があるわけではない。今ひとつ目的のわからない異変であることは間違いない。
「探すって言うけど何処にいくの?」
「あっち」
聞かれて事もなげに幻想郷のお山を指さす霊夢。勿論言うまでもなく勘である。
「…私もついて行っていい?」
暫し黙った後そんなことを聞くフラン。隣で妹様っ!? とか声を上げる門番は無視である。
「いいけど面白いことなんてなにもないわよ?」
「畔ちゃんが心配なの」
「ふーん、いいわ。じゃあ行きましょうか」
憐れな門番は既に諦めを見せ黙りこくっている。少し目が虚ろなのは恐らくこの一連の事件が終わったあとのことを考えてのことだろう。門番をサボり、フランが異変に関わることを止められなかった。これだけで紅魔館のメイド長と過保護なフランの姉にきつく叱られることは明白だからだ。
〇
「んぅ…」
目を覚ませば冷えた岩の上に横になっていた。目を開けても日の光が私を襲うことはなかった。洞窟のような中に寝転がされているのだ。私が寝る前にしていた事を思い出せない。というか何時の間に寝ていたのかすらわからない。
(白忌さん?)
(……んぁ? 何じゃ? どこじゃ?)
白忌さんの眠たそうな声から察するに彼女も意識を失っていたのだろう。
「おや…目、覚めたかい」
硬い地面の上に寝ていたせいか重い首をコキコキと鳴らしていると突然後ろから話しかけられた。びっくりして振り返ってみても誰もいない。あるのは宙に漂う濃い霧。
自然とそれから離れ、岩壁を背にする様に摺り足で移動する。
「ああっ。ごめんごめん。姿見せてなかったね」
霧の中からそう聞こえると、次第に霧が萃まっていき人の形へと変わっていった。
「はいっ! これで怖くないだろう?」
そう言って両の手をひらつかせる目の前の少女。
パッと見だとレミリアさんと同じくらいのサイズに見える。その栗色の髪を腰に届くほど伸ばし先で一括りして頭には大きな赤色のリボン。そして両手首、左足首には枷。その枷の鎖の先にはそれぞれ球や立方体や三角錐の重りらしいものがついている。彼女が手を振る度にジャラジャラとやかましく音をたてた。
そしてそんなアクセサリーよりも目立つ二つの捻れた角。青いリボンの巻かれたその二本は辺りを威嚇するように大きく左右に伸びている。
私からすれば姿の見える見えないは重要じゃない。友好的か否かが重要なのだ。いくら可愛らしい見た目をしていようと目の前の少女が無害である証拠にはならない。
寧ろ、霧から姿を現したあたりを見れば警戒は強くなる。事前に白忌さんに聞いた異変の内容にあった妖霧。
恐らく彼女が今回の異変の首魁なのだろう。
「…」
「あり? まだなんか警戒してる?」
私が警戒から口を開かないでいると少女は不思議そうに首を傾げる。いきなり訳の分からないところに連れてこられて警戒しないわけないだろう。
「ん〜。あっ! そうか名前聞いてないからかっ!」
いやいやいや、誘拐犯の名前を聞いて安心する被害者なんて―――
「私は伊吹萃香。鬼だよ」
「は?」
思わず声が出てしまった。
鬼? 鬼といえば手を翳した熱で家一軒丸焼きにし、咆哮一つで村を吹き飛ばし、拳を振るえば大地を割るという……あの鬼?
「え? 鬼ですか?」
「うん。そう、鬼」
にこやかに笑い、鬼を自称する少女。
「あれ、信じられないかい? 何なら今ここに天狗でも呼び出して見るかい? 旧い奴なら私のことも知っているだろうさ」
そう言って手に持った瓢箪を傾ける。
(おい、畔。しっかりせえ鬼じゃぞ、鬼。全く洒落にならん)
洒落にならない事なんて百も承知だ。 少しずつ理解を始めた私の足が震えてきている。きっと直ぐに失神せずに済んでいるのは私の脳みそが自然とブレーキをかけているのだろう。ああこんな事を考えている間にどんどん汗が溢れてきた。
「ん? おいおいすごい汗だぞ」
喧しい。鬼のあなたに言われなくてもわかってる。
ああ、やってしまった。私が鬼と認めてしまった。考えないようにしていたのに。
白忌さんが気をしっかり持てだの何だの言っているが声が遠くて頭が回らない。直ぐに視界が暗くなっていった。
〇
「おお、やっと起きた」
畔が再び目を覚ますと畔の目に映るのはやはり笑顔を浮かべる鬼の少女。
「まったく、いきなり倒れるから驚いたじゃないか」
どちらかといえばそれは畔のセリフだ。今現在地上にいない筈の妖怪、今妖怪の山を統治している天狗の更に上。そんな鬼が目の前にいるなど畔じゃなくても失神してしまいそうだ。
おまけにその名前。伊吹の名からは自然と酒呑童子が連想される。酒呑童子と言えば鬼の頭目である。ただの鬼でも十二分に畏怖の対象足り得るのにその頭目など推して知るべし。
「改めて名乗らせてもらうよ。伊吹萃香。これでも昔は妖怪の山の四天王なんて言われてたんだ」
にこやかに笑う萃香。
一周どころか二周三周して目を回す畔は機械的に言葉を返す。
「水知不畔です。河童です。よろしくお願いします」
よろしくしたいなんて微塵も思ってないはずだが、頭に残っている初対面の挨拶のテンプレートをそのまま読み上げる畔。
「ああ、知ってる。ココ最近ずっと見さしてもらったからね」
鬼のストーカーなんて恐ろしいこともあったものだ。
「先に謝っておくよ。済まなかったね、そんなつもりはなかったんだけど、無理やり連れてきたみたいな形になった」
「は、はぁ…」
「というのもね、畔が私の妖力にあてられあたみたいなんだ。私が近寄っただけで失神したんだよ。さっきみたくね」
どうやら失神は先で二度目だったらしい。
「はぁ」
気の抜けた畔の返事。返事というよりは空気の漏れる音と言った方がいいかもしれない。
「うん。それで私が畔を連れてきた理由なんだけど」
意識の薄い畔がゴクリと生唾を飲み込む。理由次第で自分の命運が如何様にも変わるのだ。一言も聞き逃すまいと耳を澄ます。
「畔とサシで呑んでみたかったんだ。畔はお酒強いみたいだからね」
「はい?」
漸く畔の声に生気が戻り始めた。