東方和河童   作:BNKN

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後ろの方の文がグロテスク過ぎると感じる方がいらっしゃるかも知れません。
ご注意ください




28 古き晧月前夜祭

 

 その日、幻想郷中の妖怪達は等しく空を見上げた。空に浮かぶは人の目から見れば腹を満たした盈月。なれどそれは妖怪達からすればそうではなかった。人では分からぬ程のほんの僅かな差。その分だけ欠けた彼女は人工的な光の少ない幻想郷の夜を独りで煌煌と照らす。その姿は瘴気渦巻く魔法の森であれ、花の散った冥界であれ、霧の湖にその影を移す赤い館であれ、何処にあるかも分からない幻想郷のスキマであれ変わらなかった。

 

 ○

 

 知性のない妖怪達が涎を垂らし闊歩する魔法の森の中の掘っ建て小屋。周りに兵装した人形達を浮かばせ歩く人形師はその小汚い扉の前で足を止める。そして指を動かし、魔力糸の先の人形達に戸を叩かせる。

 すると暫くして端に立てかけられた、霧雨魔法店と手書きで雑に書き殴られた看板がビリビリと揺れ始めた。中からガチャンガチャンと音を立てながら漸く顔を覗かせたのは金髪の少女。

 

「誰だ?」

 

 今から寝ようとしていたらしい、何時もの黒い帽子ではなく、紺色の空に幾つもの星の描かれたナイトキャップを被っている。

 

「アリスか。どうした?」

 

 喉の奥から湧き上がる欠伸を噛み殺し、目を擦る魔理沙。

 

「…ほんっとに癪なんだけど、魔理沙に手伝わせてあげる」

 

「はぁ? 何言ってんだ」

 

「詳しい事は道中で話すわ。取り敢えず行くから用意しなさい」

 

 魔法使いという種族は元々多くを語ることは無い。魔法とは知恵であり知恵とは情報なのだ。多く言葉を発すればその分、自らの手札を外へ晒すこととなる。また、迫害の歴史を経験したという意味で言うと、魔法使いであることを外に見せたくないとしているという見方も出来るだろう。故に魔法使いアリスは日常的に口数が多い方ではない。

 

 しかしこれはあんまりではないだろうか。微睡みを揺蕩う、うら若き乙女を無理矢理引き摺り上げて、理由もそこそこにさっさと着替えろと促す。迷惑なんてレベルじゃあない。

 そんな事は知らぬ存ぜぬとアリスはサッと手を振り、恐ろしいおめかしをした人形達にその手に持った槍やら盾やらで魔理沙をつんつんと押させる。

 

「痛い痛いっ。何なんだよ〜もう」

 

 促されるままに、いそいそと何時もの泥棒スタイル...もとい、いつもの白黒の洋服に着替える魔理沙であった。

 

 ○

 

「あら、妖夢なにしてるの?」

 

 枯れきった大樹をその庭に持つ白玉楼。地上から見て遥か上空にある冥界だが、天から見れば等しく下界。やはり地上と同じ様に月が上がっている。

 何時もならば台所で沢山の具材達を主の腹に叩き込むべく格闘中の妖夢は今日は縁側に毛氈を敷き、その上に綺麗に山盛りにされた白い団子を乗せた木の三方をごトリと置いている。

 

「折角綺麗な満月ですから、時期は違いますがお月見でもと」

 

 鼻歌交じりに準備を進める妖夢。普段こういった行事は大抵、幽々子から持ち出すのだが今回はそうではないらしい。

 

「お月見…お月見ねぇ」

 

「どうしました?」

 

 先に述べた様に普段ならば幽々子から言い出すイベントである。妖夢からすればきっと喜んでもらえるだろうと思っていたのだが、当の主の声音には翳りが見える。

 

「お月見は満月の時にするものじゃないかしら?」

 

「? いや、あのお月様見てくださいよ。綺麗な満月ですよ」

 

 何を言っているんだとばかりに月を指す妖夢に対して、幽々子は呆れ顔を見せる。

 

「はぁ、そんな事だから妖夢はまだまだ半人前なのよ」

 

 喜んでもらえるとばかり思っていた妖夢は叱られている風の言葉に戸惑いを隠せない。

 

「な、なにかまずかったでしょうか?」

 

 上擦った声で月と団子を行ったり来たりと、狼狽が見て取れる。

 

「あ、ああっ! 分かりました! お酒ですねっ!! いまから――」

 

「何もわかってないから止まりなさい」

 

 台所へ向かおうとする妖夢のおでこを扇子で小突く。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」

 

 そこそこ急いで駆け出した物だから結構頭に響いたらしい。妖夢はおでこを両手で抑えて蹲る。

 

「妖夢を一人前に近づけるべく、参加してみましょうか」

 

 痛みのせいか、主に喜んでもらえなかったせいか、目を潤ませる半人は主の言葉に首を横へ傾けた。

 

「龍を頂くのは初めてだわ」

 

 くるりと体を回して呟かれた言葉は従者に届きはしなかった。

 

 ○

 

 トントントン。

 

 闇夜に響く乾いた拍子。手摺りを叩くのは長い爪の人差し指。

 

「フランは?」

 

 背後に控えるメイドに尋ねるのは妹の様子である。猫のように瞳孔が細長くなったその赤い瞳で見つめられるメイドはそれに臆する様子もない。

 

「パチュリー様が」

 

「そう」

 

 満月の光を浴びると人の姿を辞め、狼と成り果てる人狼などがいい例だろう。彼らの様に元より妖怪とは月の影響を受けやすい。況や吸血鬼など、他の妖怪より夜に近い存在は尚更である。

 幻想郷の吸血鬼姉妹も今夜の月の異変にかなりの影響を受けていた。吸血鬼としての本能が疼き、体を支配する。それは吸血衝動であったり破壊衝動であったり、どれもが他の生き物からすれば危険極まりないものばかりなのだ。

 レミリアはまだいい。幻想郷に来る前は紅魔館に来る妖怪や人間達にその力を振るったものだ。自身の持つ力というものをしっかりと把握している。

 だがフランは違う。レミリアの過剰な保護下に置かれた彼女はその力に身を慣らす機会が殆ど与えられなかった。そして今夜、身に湧き上がる物を抑え切れないフランは自らパチュリーに頼み込んだ。

 

「何でもいいから私を動けなくして」

 

 それは畔も含めてこの館の住人に迷惑をかけまいとしての判断なのだろう。吸血鬼としての力を存分に振るえば、以前のように紅魔館には大きな穴が開くことになるのは容易に想像できる。その意志を汲み取ったパチュリーは吸血鬼の弱点である流水を使い完全にフランを捕縛した。

 

「まったく…迷惑な事この上ないわ」

 

「以前のように私が」

 

「ああ。だが、私も行く。月を弄るなんて、なかなかどうして面白そうな奴らじゃあないか。吸血鬼に喧嘩を売るという事がどういう事か教えてやる」

 

 幻想郷に来て久方ぶりに見せるその顔には魅了が、紡がれる言葉には支配が込められていることが感じられた。

 

「絶対に逃がしはしない。咲夜、夜を止めろ」

 

「御意に」

 

 運命に干渉することも時に干渉することもぶっ飛んでいるが、吸血鬼のお嬢様は月に干渉している者達に相当ご立腹らしい。

 

咲夜の支配する夜の中で蠢く羽虫を指先に弾いた。

 

 ○

 

「……」

 

 神社から幻想郷を一望していた。取り立てて何か騒ぎが起こっている訳ではない。だが騒がしいのだ。夜風に靡く木々の擦れる音すらも耳につく。

 

「こんばんは、霊夢」

 

 だからそんな時に聞きたくもない声が聞こえたとしても、それはきっと何かの間違いなのだ。

 

「…」

 

「こんばんは、霊夢」

 

「…」

 

「こ、こんばんは、霊夢」

 

 随分としつこい。こいつが来る時は大概面倒事とセットでやってくるのだ。叶うならこのまま無視で通したいがここまでしつこいならば、それはやはり何かしら重要な案件があるのだろう。

十中八九、異変関係だろうが。

 

「はいはい。こんばんは」

 

「何で無視するのよ」

 

「失礼ね。無視じゃないわ、ただ聞きたくなかっただけ」

 

「それを無視するって言うのよ。よく覚えときなさい。それで傷付く人がいるという事を肝に命じなさい」

 

 随分と噛み付くな。少しやり過ぎたろうか。いや、何時も迷惑を被るのはこちらなのだから、これくらいの反撃をする権利は私にある筈だ。

 

「そんな事はどうでもいいわ。何の用?」

 

「どうでもいいって…んん"っ」

 

 わざとらしく咳払いする紫。やはりそれなりに深刻な話らしい。後ろに狐まで引きつれているし。

 

「霊夢、気付いてる?」

 

「何に?」

 

「あれよ」

 

 紫お気に入りの扇子で指すのは綺麗な満月。

 

「何よ。月が綺麗ねとでも言わせたいの?」

 

「違う違う。言ってくれてもいいけれどそうじゃないわ。やっぱり気付いてなかったのね。あれは本物の満月じゃないわ」

 

 私からすれば偽物だろうと本物だろうと構わないのだが、見た目が変わらないならいいんじゃないか?

 

「本物を隠した奴がいると?」

 

「そうよ」

 

「どうして妖怪やら亡霊やらは盗むものがそんな大仰なのよ」

 

「それを知るためにも行くわよ」

 

「何よあんたも来るの?」

 

 行きなさい。ではなく、行くわよ。普段手伝って欲しい時には来ないくせに呼んでいない時は首を突っ込むのか。

 

「盗まれた物が物だしね」

 

 妖怪にとって月がどれ程、重要か知らないが紫がその無駄にとても重い腰を上げる程には気にかけるべき物らしい。

 

「何か失礼なこと考えてない?」

 

「考えてないわ。それより早く行きましょ」

 

 これまた無駄に勘の働く紫を尻目に空へ舞い上がる。

 月の周りに輝く星の動きが遅いような気がする。何処かの吸血鬼との会話じゃあないが、今夜は永い夜になりそうだ。

 

 ○

 

 各地で月の微細な変化を汲み取り、それを解決すべく有力者たちが動き始める中、霧の湖の周りに広がる雑木林にも動く影が一つ。それは黒色の外套を頭からすっぽり被っておりその顔を見ることは出来ない。落ちた枝葉が反り返っている、獣道すらない林の中を裸足でひたすらに歩いていく。

 

「ふむ…慣れんがまぁいいか」

 

 ややぎこちない歩き方を見せるそれ。何か気になるのか手を開いたり閉じたりと忙しない。

 

「ん?」

 

 そんな人影を覆う程の大きさ、具体的な数値にするなら3m程の大きさの妖怪が一匹、人影の前に躍り出る。体は人間のような形状だがその頭は牛で、大きな角が二本横に伸びている。涎をボタボタと垂らし前屈みに人影を睨む所を見るに、あまり知性がある類では無いように思える。もしくは元は人格があったが、この月に影響されてこうなったか。

 

「ん"ん"っ! あーあー。こんばんは?」

 

 今にも襲いかからんばかりの妖怪を前にして何を考えているのか分からないが、人影は牛に向かって手を振る。

 すると牛は鳴き声と呼ぶには余りにも粗雑な大きな音を発しつつ、人影にその丸太のような腕を大きく振るった。

 

「何じゃい。こちとら挨拶しとるのに感じ悪いのう」

 

 ブオンと風を切る腕を身軽に交わす黒い影。

 

「まぁいいわ。それじゃ試運転と行こうかの」

 

 人影は両手の指をバキバキと慣らすと、素早く飛び跳ね、木を蹴り一息の内に牛の眼前まで迫る。そして思いっきりその細い腕を横に薙いだ。

 

「おろ?」

 

 空振り。見事な空振りであった。別に牛が避けたわけじゃない。ただ腕が届かなかった、それだけの空振り。

 そんな間抜けを目の前にして、今度は牛が目の前に浮かぶ人影を殴り飛ばし、地面に叩きつけた。

 

「がっ!」

 

 人影はゴロゴロと転がって牛から距離を取りゆっくり立ち上がる。

 

「…腕っちゅーか、体が小こすぎるの」

 

 そう言いつつ殴られた左腕を外套の上から摩る。

 

「だがまあ今ので大体分かった」

 

 呑気に伸びをする人影。それに向かって牛が雄叫びを上げながら凄まじいスピードで突っ込んでくる。

 

「お返しじゃ」

 

 牛の大きすぎる体を身軽に潜って、一蹴りでその背中を駆け上がり、バイクのハンドルの様にその角を両手で掴む。背中に人影を乗せた牛は頭を振り手を伸ばし引き摺り落とそうとするがしっかりと掴まれた角が開放されることは無い。

 

 よいしょっと人影は小さく声を出し腕を回した。

回しきったのだ。

 

「…角だけ折ろうと思ったんじゃが」

 

 牛の頭は目が下に、口が上に来るくらい回っていた。開いた口からはだらしなく舌が伸びて、涎と血の混じった液体を滴らせている。伸びきった首の皮膚は僅かに血液の球が浮かび上がっており、あと少しで千切れて飛んでしまいそうだ。

 

「まあよいか」

 

 そのまま角を持ち替えて、もう一回転。ブチブチと筋繊維が千切れる音が響いた後に、牛は力なく倒れた。

 人影の手には血がボタボタと断面から落ちる、取れたての首。影はその動かなくなった虚ろな右目に人差し指と中指を突き立て、グチグチと抉る。ドポぉと取り出した白い液体を絡めとり、ゆっくりと口に運んだ。

 

「うぇぇ。まっず。大した妖力も持っとらんし、使えんやつじゃ」

 

 そのまま手を振り、指についた液体を雑に散らした後、手の中にある首を藪の中へ投げ捨てた。チラと頭を失った体を見れば断面からビュッビュッと血を出している。

 

「うーん、まあお前らが片付けてくれるか」

 

 いつ集まっていたのか死体と影の周りには赤い瞳が十数個浮かんでいる。妖怪の死骸を食らって腹を満たす。そんなハイエナの様な妖怪達である。スタスタと立ち去っていく影には見向きもしない。

 

 背後で汚く食い破られる死体を一瞥もせずに影は去っていった。

 

「何処へ行こうかのぉ」

 

 そう呟く影の先には霧に包まれた大きな竹林がひっそりと聳えていた。

 

 

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