紫に促されて渋々動いたはいいものの、私は異変にすら気付いていなかったのだ。というか、月が偽物だと言われた今でもどの辺がおかしいのかわからない。そんな私が何処へ行けばいいのかなんてわかる訳もなく、結局いつもの様に親切な妖怪がいれば話を聞くという方法を取らざるをえなくなった。
「ほら、なんかあるでしょ。吐きなさい」
「つ、月を弄ってるやつなんて知らないわよ!」
私の手の中でもがくのは丁度、今しがた私に情報を提供しようと出てきてくれた、ボランティア精神溢れる夜雀。鳥目がどうのこうのと錯乱状態だったようなので弾幕ごっこで正気に戻してあげて今に至る。
「じゃあ別に月じゃなくても良いから何かおかしな事だとか気になった事とかないの?」
「そんなのなっ……ううん、そう言えばあれよ。人里。あれが消えてたわ」
「人里が消えた?」
「いつも通る道から見えるはずなんだけど何処にも無かったのよ。最初から何もありませんよ〜ってな具合に」
月なんかよりもそっちの方が一大事じゃないか。私は親切な夜雀に礼を言ってから丁寧に放り投げて人里へ進路を向ける。
「霊夢いつもあんなことしてるの?」
隣の紫が信じられないものを見たかのような目で尋ねてくる。
「あんな事も何も、私は話を聞いただけよ」
「……」
何故だか藍にも同じ様な目で見られた。
○
「さて、この辺りの筈なんだけど?」
霊夢たち三人は地面に降り立つ。先程の夜雀の言う通り人里らしい物は見られない。
「なによ別に消えてないじゃない」
霊夢には見えていない人里。どうやら紫にはその姿を見せているらしい。
「月とは関係なさそうね。霊夢、次行くわよ」
「ちょっと待ちなさい。人里なんて何処にあるのよ」
「見えないだけでちゃんとここにあるわ。この程度の術式なら――」
大した力を持っていない者でもできる。紫がそう続けようとした折、三人の前に姿を現した一人の女性。
「お前達か。こんな真夜中に人里を襲おうとする奴は」
そう言う女性は長い銀髪に所々薄青色のメッシュが入っており、弁と弁髪帽を組み合わせたような角張った見た目の奇妙な帽子を頭を乗せている。
名を上白沢慧音。普段は寺子屋で教鞭を振っているが、今宵、霊夢たちに向ける物は子供達に向けるそれとは違うらしい。
「違うけど場合によっては」
「お前達妖怪には人間を渡したりはしない! 今夜を無かったことにしてやるっ!」
わざわざ疑われる様な言い回しをする霊夢を隣のスキマが半目に睨むも、もう遅い。慧音はスペルカードを高らかに掲げている。
『産霊「ファーストピラミッド」』
慧音から放たれた使い魔たちがその名前の通り三角錐型に並んで慧音を中心に回り、大きな玉と小さな青い玉を落とし始める。徐々に視界を染める弾幕を見た霊夢が玉を避けようと足に力を込めた時だった。
『境符「四重結界」』
霊夢の隣で紫が生み出す、紫色の縁取りの四つの立方体。それらが知恵の輪の様に複雑に絡み合いクルクルと紫の掌の上で回る。やがて、それはスペル宣言と同時に爆発的に広がっていき、紫も霊夢も藍も透過して、その面に当たる全ての弾幕を書き消しても止まることなく、広がる勢いのままに使い魔ごと慧音を吹き飛ばした。
「霊夢、こんな所で油を売っている暇はないわ」
「だからといって里を消した妖怪を無視するわけにもいかんでしょ」
「私には見えてるから大丈夫よ」
「お、お前ら何もんだ」
飛ばされた先から戻ってきた慧音。今の一撃で既にボロボロである。
「素敵な巫女と胡散臭い妖怪」
「素敵な妖怪と怠惰な巫女」
同じタイミングで互いを指さし合う、怠惰な巫女と胡散臭い妖怪。どっちも似たようなものだと思う九尾の狐であった。
○
「というわけで人里とか人間をどうこうするつもりはないから解いてもいいわよ」
弾幕ごっこという雰囲気でなくなったこの場の全員。慧音によればこの夜のというか、月の異変に乗じて人里を襲いに来たのだと思ったのだとか。
博麗の巫女を見て、襲いに来たと思うのはどういうことなのだろうか。まぁ隣にスキマ妖怪と九尾がいれば、良からぬ空気を感じるのも無理ないとは思うが。
「あっち」
「こっち」
これから何処へ行くつもりだ?という慧音の言葉を受けての巫女と妖怪の反応。それぞれ指す方向は綺麗に逆方向を向いている。ある意味気があう二人である。
「……昨今の異常な月の原因を作ったヤツなら、そっち」
「ほら言った通りじゃない」
「霊夢の指先と70度は違う向きね」
「あんたは110度違う」
急いでいる筈の二人は仲良く、足を止めていがみ合う。
結局二人は藍が早く行きましょう。と促す迄、ずっと油を売ったままであった。
○
慧音と分かれて程なく。
勇んで竹林に突入したはいいものの、いつまで経っても見える景色は竹ばかり。時折顔を見せる妖怪兎は霊夢たちを見てすぐに何処かへ消えていく。霊夢もいい加減飽いてきて、前を飛ぶ九尾の尻尾を弄っていた所、やけに聞きなれた声が耳に入ってきた。
「よお、霊夢。こんな時間に散歩か?」
横合いの暗闇から現れたのは地味な配色の魔法使いと鮮やかな色合いの魔法使い。
「あー?魔理沙と…………うん。散歩なわけないでしょ」
アリスを見たが直ぐに魔理沙に向き直り、見なかった振りをする。
「ちょっと。諦めないでもうちょっと頑張って思い出してよ」
「今は魔理沙と話してるから黙ってて」
「…」
可哀想なアリス。そこそこ記憶に残る出会い方をした筈なのにこの扱いである。魔理沙に肩を引かれて素直に下がっていく背中には哀愁が漂っている。
「でだ。本題だけど、散歩じゃないならこんな所で何してる?」
「異変を解決してる。」
「いやぁ、嘘はいけないなぁ霊夢。お前がそんな胡散臭い妖怪を連れて異変解決? もうちょっとマシな嘘つくんだな。ズバリ当ててやろうか。お前達がこの異変の犯人だなっ!」
ビシぃッ!! と効果音を背負って霊夢を指さす魔理沙。そんな魔理沙を嗜めるように後ろから人形が頭を叩く。
「そんなわけないでしょ。博麗の巫女にしてもスキマ妖怪にしても異変を収める側よ。ましてこんな危険な事をスキマ妖怪がするわけないでしょうが」
「そうそう。後ろの人形の言う通りよ。だから魔理沙は帰って寝てなさい。風邪ひかないようにね」
魔理沙はそう言って先へ進もうとする霊夢達を先回りして進路を塞ぐ。
「待て待て待て。ここを通りたければ私を倒すんだな」
「話聞いてた?」
「疑わしきは撃墜ってのが私のモットーだ。例外はないぜ」
「はぁ…」
大きな溜め息一つ。何が気に入らないかは知らないがこうなった魔理沙はなかなか折れないという事を長い付き合いの中で霊夢は知っている。
「紫、少しだけ時間もらっていい?」
「いいわよ。準備運動にもなるでしょうし。私は手伝わないけどね」
紫の許可を得て前へ踏み出す霊夢。
「魔理沙、霊夢達は犯人じゃないわ」
「分かってるぜ。でも寝ようとした所を折角起きてきたんだから私が解決したいだろ」
「一緒に行けばいいじゃない」
「前は一緒に行って、ザコ敵を押し付けられたからな」
「手伝わないわよ」
知らぬ間にザコ扱いされた妖夢はさておき、アリスは付き合ってなられないとばかりに空を仰ぐ。
アリスにしても紫にしても、急いでいるのではなかったのか。
アリスは異変解決に向かう霊夢達を見て満足した様だ。元より誰も動いていないから自分が行こうかと思い、立ち上がったアリス。しっかり解決してくれるのならばそれでよかった。やる気を見せる魔理沙と違い、もう既に白けた様子である。
一方、紫は紫で何時の間にか時の止まった夜を見て、少し余裕を感じている様だ。この停止が何時まで続くは解らないが、今取り敢えずは月が沈んでいくことは無い。それならば敵との戦闘前にモチベーションの下がりつつある霊夢の調子を取り戻させようと、そういうことらしい。
「よーしっ。じゃあやるぞ」
「のんびりしていられないらしいから、直ぐ終わらせるわよ」
その名の通り、御遊びとして弾幕ごっこを偶にする霊夢と魔理沙。その勝敗はマチマチだが、異変の中で戦うのは初めてである。僅かに昂揚した気持ちを押さえ込み二人は空へと飛び立った。
○
私は今、霧の深い竹林を飛んでいる。私の横には咲夜…だけではない。以前、春雪異変の終わりに開かれた宴会で顔を合わせたことのある冥界の亡霊とその従者も連れ立っている。
どうしてこうなったのか。それは少し話を遡る。
咲夜に時を止めさせて、勢いよく紅魔館を出たのだが何処へ向かえばいいのかが分からなかった。寧ろ勢いだけで飛び出した感は否めない。幸いにも咲夜のお陰で時間なら吐いて捨てるほどあるのだから焦る必要はないが、幻想郷中を探すのかと考えると頭を抱えたくなる気持ちになるものだった。
そんな時に例の亡霊達を見つけた。ちょうどいいと話をしてみれば、亡霊も異変解決を目的としているではないか。おまけに何故か亡霊はどこへ迎えばいいか分かっている様であった。一緒に行きますか?という半人半霊の従者の願ってもない提案に乗っからせて貰ったというわけだ。
そんな理由で3.5人で竹林に入ったのだが、一向に着かない。本当にこいつは犯人の場所を分かっているのかと亡霊を横目に睨んでいると、やがて花火のような重みのある音と乾いた破裂音が聞こえてきた。弾幕ごっこ特有のそれである。警戒して目を凝らし、進んでみれば徐々に見えてくるその姿。
「霊夢と…あれは魔理沙?」
「みたいですね」
過去二度の異変で共に異変を解決してきた二人が今戦っている。もしやあの二人の内のどちらかが異変を起こしたというのだろうか。バッと亡霊を見れば首を左右に振っている。
「あのどちらも犯人じゃないわ。犯人はこの先。巻き込まれるのも面倒だから先に行っちゃいましょ?」
何だ違ったのか。霊夢が犯人で私がそれを解決なんて、少しドラマチックで漫画みたいじゃないかと一瞬考えたが、そんな事にはならないらしい。だが霊夢達より先に異変を解決してしまうというのも面白い。後で自慢してやろう。
私はコクリと頷いて先を行く亡霊達の後に続いた。
霊夢達の弾幕ごっこの音が遠ざかり、やがて聞こえなくなった辺りで見えてきた屋敷。
「あれが?」
「ええ」
そんなに大きくない和風の屋敷。門の前には一羽の人型兎が小さな妖怪兎を足元に集めて立っていた。
「もう来ちゃったか。ほらほら皆、先生に報告しに行って」
人型兎がそう言うと、足元にいた白い塊がモサモサと動き屋敷の中へと入って消えていった。ちょっと触ってみたいなんて考えを頭の隅にやって兎を睨む。
「聞く必要ないと思うけどさ。何しに来たの?」
「貴様が月を弄ったせいで迷惑を被っている。さっさと本物の月を返してもらおうか」
「お月様云々は私じゃないよ。私じゃないけどあんたらの邪魔はするね」
そう言うと兎は二色の弾の群れを生む。凄まじい量の交差弾だ。見切るだけで一苦労である。弾幕は苦手なんだよねー。なんて言っている割には随分とエグイ弾幕をしている。
「あれ?」
ふと気になって亡霊達の方を見れば、その姿はなかった。探してみると兎の出す弾を斬って、強引に突っ切っていく二人の人影。しまった先を越された。
「ああ、通しちゃった。うーん、でもまあいいか、鈴仙もいるし」
一瞬そちらに意識を割いた兎だったが直ぐにこちらを向き直る。私達を止めることだけに集中するらしい。
「咲夜、あいつら先行っちゃったわ。私達も急がないと」
「そうですね」
こんな所で足止めを食らって先に異変を解決されたのでは格好がつかない。それに、いつ霊夢達が来るかわかったものではない。亡霊たちがそうしたかのように私達もスペルカードで押し切らせてもらう。
『「スカーレットディスティニー」』
『幻符「殺人ドール」』
咲夜と二人でそれぞれ構えたスペルカード。今回は咲夜に合わせてナイフ地獄にしてやった。私の赤いナイフと咲夜の青いナイフが入り乱れもはや訳が分からない。弾幕と呼ぶにはあまりにお粗末過ぎる気がするがまあいいだろう。弾幕を斬るのがありならナイフの海でゴリ押しするのもありだ。
あの兎を仕留める事は出来なかった様だが、道を開けさせる事には成功した。私たちは誰もいなくなった門を我が物顔で通り過ぎていった。