吸血鬼達を置いて前を行く幽々子達に追い縋る影が三つ。
「あんたらも来てたのね」
「あら霊夢、もう追い付いたのね」
「今日はよく色んな奴に会うわね」
「コソ泥とか吸血鬼とか?」
「後は亡霊とかね」
「ふふっそうね」
会話をしつつ閉め切られた襖が立ち並ぶ一本道を突き進んでいると凛とした声が霊夢たちを通せん坊する。
「ああもう、通しちゃ駄目だって言っておいたのに」
現れたのは暗闇に浮かぶ、青と赤が左右交互に配色された、なんとも目がチカチカとするような衣装の女性。女性の腰まで届くかという程の銀髪が淡い光を反射してキラキラと煌めいている。
「霊夢。あれが何を言っているかわかる?」
「あいつが親玉ってことでしょ?」
女性の手に持つ長弓から放たれる銀の放物線はその先端が幾つもの細い線に裂ける。その細い線はウネウネと曲がりくねって、霊夢たちを球状に囲い込みその動きを止める。その止まった銀のラインから生まれる新たな使い魔。それらからはゆっくりと大量の弾がばら蒔かれている。
「妖夢、目の前の永遠を斬りなさい」
「ええ勿論ですとも」
妖夢の振り抜いた白楼剣が使い魔の作り出した球に大きく裂け目を入れた。
銀の檻から這い出た妖夢たちは遠ざかる女性を追いかける。徐々にスピードを上げる女性に妖夢たちも合わせて速度を増す。
「待ちな――おえっ」
突然のブレーキ。妖夢の服を掴むのは桜髪の主人である。動きを止めた二人を置いて銀髪の女性と霊夢たちは先の闇へと消えていく。
「ごホッごホッ! な、何するんですか幽々子様!」
突然引かれた服で絞まった首を擦りながら文句を言う妖夢。
「あれじゃないわ」
「?」
「あっちじゃなくてこっちよ」
幽々子が目を配らせるその先は一枚だけ半開きになった襖。
「でもさっきの人はあっちに行きましたよ」
「目先の事ばかりに囚われるから半人前なのよ。いいから付いてらっしゃい」
有無を言わさぬ主人の言葉に斬られる半人前の剣士。これではどちらが剣術指南役か分かったものではない。
「……わかりましたよ」
進路を変えた二人の先に待つのは蛇か鬼か。はたまた龍か。
○
「良かった。ちゃんと…あら?ほかの二人は?」
「そう言えば途中から消えたわね」
女性がその足を止めたのは一本道の突き当たり。そこはより一層大きな空間が広がっており、そこに霊夢たちが足を踏み入れた瞬間その様相を変えた。
今までの暗闇とはまた種別を頒った壮大さを孕む暗闇。その中にポツポツと光が芽吹き満天の星空を作り上げる。宇宙空間さながらの美しさである。
「不味い…」
霊夢の言葉に初めて焦りを見せる女性。戻ろうとするも目の前には三人の壁。
「さて、観念して月を返しなさい」
「夜は動き始めた。時期、朝が来る。そうなれば月は返すわ」
「そうはいかない。私は朝が来る前に月を取り返しに来たの」
決め顔で幣を向ける霊夢の隣から苦い顔で口を挟む紫。
「私が言うまで気付いてもいなかったけどね」
「喧しい。結果的にちゃんとここまで来たからいいのよ」
「せっかちねぇ。でも私たちが今いる場所。何処だか分かるかしら?」
「??」
「ここは偽の月と地上の間。
さっきの永い廊下は、偽の月と地上を結ぶ偽物の通路。貴方達は偽満月が生み出した幻像に騙されてここまで来たのよ」
「へー。で?」
「戻る術があるのかしら?」
「そうねぇ。それは貴方を倒してから考えること。焦ることないわ。そうよね藍?」
「そうですね。…何で私に振ったんですか?」
「会話に交じれず寂しそうだったから」
「そこの狐がどうかは知らないけれど、私の術中にまんまと嵌る奴らがどうして私に敵うと思うのかしら。そこを退いてくれたらここから出してあげるわよ?」
「あんたが退いて欲しいなら退かないわ」
「じゃあ退いて欲しくない」
「仕方ないわね。そこまで言うなら退いてあげない」
「何よ初めから退く気なんてないんじゃない」
「当たり前よ。さあ、あんたをコテンパンにして月を返してもらうわ!」
「いいわ、そこまで言うなら無理にでもそこを退かすから」
女性の携える長弓が霊夢たちに向けられる。
「さあ、幻想郷の夜明けは目の前にある!」
○
襖を潜り脇道を進む幽々子と妖夢。
「見てください幽々子様! 外綺麗ですよ! 外っ!」
通路から垣間見える外の風景は明らかに地上の物ではない。何億光年と離れた場所から足を伸ばした星々の瞬きが何処までも続く暗闇を照らす。その中でも一等その輝きが強い物が一つ目の前に浮かんでいる。
「幽々子様っ幽々子様! 凄い満月ですよ!」
すっかりテンションが振り切っている様子の妖夢。自身の未熟を叩き直すためにここまでやって来たという事をちゃんと覚えているのだろうか?
妖夢の指さす月が浮かぶ天球の下には一人の少女。
「あれが本当の満月。あなた達は人間でも妖怪でもないみたいね。どうやってここまで迷い込んで来たのかしら」
少女の名は蓬莱山輝夜。かつて求婚に訪れた名だたる貴族達に対して「趣味じゃないから」という理由で無理難題を押し付け、遠回しにお断りをしたという経歴を持つ、少しお転婆なお姫様。
「妖夢。あの月の顔を見るのは忌まわしいことよ。今すぐ見るのをやめなさい」
「え、えぇ…そうなのですか?」
「本当の月は忌まわしいもの。地上人はその事を忘れて久しい。貴方は懐かしい人ね。いや、人だったものかしら?」
「まだまだ人のつもりだけど。でもね、この子はまだ半分人間なの。半分だけでもおかしくなったら困るわ」
「幽々子様、月を見ないであいつを見るのは不可能です!」
「心の目で見るのよ。その大きな半霊は何の為についているの?」
「心眼のためではないですよ」
漸く見つけて、追い詰めた異変の元凶を前に何処かコントのような会話をする二人に輝夜も思わず笑いを漏らす。
「ふふっ…楽しいわね。穢い人間でも妖怪でもない者か。見ていて気持ちいいくらい何も無いのね」
「幽々子様、大変です! 目を瞑ったら真っ暗です!」
「少し位、満月を見て狂った方がいいんじゃない?」
「見えなくても刀は物を斬れるでしょ?」
「で? 幽霊が何の用?」
「珠はね少しでも欠けるとその価値をなくすの。それは永遠に丸のままではいられないからよ。でもね、その傷が付いた珠も、また転がしているうちに珠に戻る。そういう事でしょ?」
「そうね、永遠とはそういう事。ワビの世界よ。――そうそうっ、私、実は永遠を操ることが出来るの」
「聞いてないし、どうでもいいわそんなこと。私はこの半人前を成長させたい。それだけ」
「よく言いますね」
「妖夢。いくら半人前と言ってもここまで来れば何をすべきかわかったでしょ?」
「勿論です! 取り敢えずあいつを斬ればいいんですね!」
スラリと抜き身の刀二振りを構える。その鋒の先には輝夜が笑みを浮かべている。
「永遠は傷が付いても永遠よ?」
「斬って確かめてみます」
「そうそう。それで正解よ。半人前の貴方にしては珍しく大正解」
「いいわ、そんなに戦いたいのならやりましょう。今までの何人もの人間が敗れ去っていった五つの難題。貴方達に幾つ解けるかしら?」
美しき天球儀の中に星のものではない輝きが満たされ始める。
今まさに永夜が解かれ始めた。
○
地面を覆い隠す竹葉が舞い上がる。
跳ねた土塊は何処にぶつかることも無くまた地面に落ちていく。
金属が空を斬る鋭い音と布の擦れる乾いた音が静謐な夜の水面に響き渡る。
「何となくこーゆーのは苦手なタイプかと思うたが存外やるじゃあないか」
淡蒼の細い糸が縦に、横に動くたび、宙に浮かぶ8つの小さな影が人影の周りを飛び回り、その手に持つ様々な獲物を振りかぶる。
鋭く尖った槍を突き出し、躱した先にはサーベルを突く人形。そのまた先には槌を頭へと振り下ろしてくる人形。
人影の逃げる方向を予め把握しているかのような戦略的制圧。こちらの文化で言うのなら詰将棋、彼女の名前に因んで上げるならチェスのプロブレムの様に最短ルートで
人影はそのすべてを紙一重にも避け切っている。
その体裁きは武術に長けた者からすれば、出鱈目で滅茶苦茶な動きである。だがそれ故にアリスも攻めきれない。ある種、プログラミングされたが如くのアリスの手では全く型にハマらず縦横無尽に自由に飛び回って避けられる方が苦手なのだ。
「あっはっは! よく考えとるものじゃ!」
そんなアリスを笑う人影は足を狙う人形の一振りを大きく飛んで躱し距離を取る。時間にして数十秒の内に繰り出されたアリスの百を超える手は人影の外套を掠めるだけに終わる。
「なんちゅうか、お主は頭で戦っている様じゃな」
「貴方は勘で避けてるの?」
「そんな何処ぞの巫女のような事はしとらん。しっかり見てから避けとるわ」
しれっと言っているが恐ろしい反射神経である。人間ならば目で追うことすらままならないであろうそれを見て、判断して、躱す。そこだけで十二分に異常である。
「あらそう。いいことを聞いたわ」
微笑みながらのアリスの言葉の直後、人影の真後ろ、霧の中から勢いよく矢が飛来する。それを人影は見ずに体を屈める事で躱した。
「見て避けるんじゃなかったの?」
「勘で避けないとは言ってないじゃろ?」
減らず口を叩いて強がってはいるが、やはり避けづらい事には変わらないだろう。近付けば苛烈な人形の猛攻、遠ざかれば遠隔からの矢だの弾幕だのが襲いかかる。おまけに視界の悪い竹薮の中での戦闘である。本来こういった視界の悪い場で遠隔武器は上手く機能しない筈なのだが、それは武器の使用者が相手の姿を視認出来ないという一点のみが原因なのだ。今回の場合、使用者に当たるアリスは人影の前に立ち、しっかりと視界にその姿を捉えている。結果的に霧はアリスにとって攻撃の射出源を隠すだけの物になっているというわけだ。
「むう、ほんとに知略戦かの」
場を押さえたのはアリス。人影にしてみれば不利な条件下で集団を一人で相手にする様なものだ。
「さあ、詰めていきましょうか。」
完全優位に立つアリスの言葉に人影はひっそりと舌なめずりをした。
○
妙だ…。
私は確かに攻めている。最良の手だけを選り抜いて敵の嫌がる事だけをしているはずだ。戦いとはそういう物だ。だというのに一向に相手に攻撃が当たらない。当たらない所か徐々にその動きの精度が増しているようにも思える。
「不思議か?」
頭に振り下ろされた斧を軽く捌いて、背中を狙う大剣を一瞥もせず飛んで交わし、余裕を見せる人影。
「何故攻撃が当たらんか分からんか?」
飛来する矢。人影は横に体を傾け、後ろから飛んでくるそれを手に掴んだ。
「!」
「適確過ぎるんじゃよ。最善手ばかり取るのなら予想も誘導も楽じゃ。まして躱すことなど訳ないというもんじゃ」
簡単に言ってくれるがそれを戦闘中に出来る者はそう多くないだろう。一重に異常な判断速度と反射神経を持っているからこそだ。
「攻められっぱなしというのも性にあわん。そろそろこちらから行くかの」
手に持つ矢をくるりと一回転させる人影は突然、目を見張る速度で私に迫る。私は咄嗟に一体の人形をその間に挟み込んだ。
「一つ」
人影は手に持つ矢でその人形の頭を貫き地面へ縫い付ける。その隙に再度距離を取るが、人形を破壊されたことに少しショックを覚える。
それを悟られまいと直ぐに、地面に矢を突き立てたままの格好の影に二体の人形で攻撃を仕掛ける。上段と下段に分けて横薙ぎに刀を振るう。体勢を立て直した影はその刀に手をあてがい、その血肉で勢いを殺す。初めて流れた人影の血。それが垂れ落ちる傷など無視して、掴んだ武器を思い切り地面に叩きつけた。
「三つ」
粉々になった武器と人形。瞬く間に私の人形が三体破壊されてしまった。
「なっ!?」
「さてさて、摘んでいこうかの」
私から見ることは出来なかったが、その声は確かに愉しそうに笑っていた。