東方和河童   作:BNKN

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32 合縁奇縁極まる花弁

 

 徐々に歩み始めた幻想郷の夜。地上にその顔を見せていた満月は相変わらず浮かんだままであるが、地上に降り注ぐその光線に次第に陰りが見え始めた。何処から湧いてきたのか重みを持った暗い黒い雲が月と地上の間に我が物顔で割り込んでくる。

 

 広大な迷いの竹林に、より深い闇が根をおろしていった。

 

 ○

 

 夜空に引かれる銀糸は流星のように真っ直ぐに駆け抜け、蜘蛛の巣の様な複雑に入り組んだ模様を描く。その中で踊る四人は銀の軌跡に足をかけることなく飛び回っていた。それぞれの生み出す黄色、紫色、紅白色、赤青色の軌跡がごちゃごちゃと絡み合い、一つの前衛芸術のような幾何学模様を作り上げた。

 

 永琳の長弓から繰り出される凄まじい速度の銀線。巫女は体を捻り躱し、お返しと言わんばかりに大量の針を放つ。スキマ妖怪とその式は共にその能力を使い、避けることなく固定砲台の様にひたすらに弾を吐き続ける。

 女性からすれば泣き言の一つでも呟きたくなる3対1という状況においても彼女はその凛とした表情を崩すことは無い。

 冷静に弾を見て、避けて、撃つ。その簡単なルーチンワークを極めて三人の攻撃をいなし、反撃するにまで及んでいる。

 

「…」

 

 だが、永琳にとって均衡は望むところでは無い。出来るのならやんごとない姫の元へ行くのが望ましい。死なぬのなら放っておいても問題ないと思うが彼女たちにも不死人なりの事情があるのだろう。

 そんな、少し焦りの汗を浮かべる女性がスペルカードを翳すのに時間はかからなかった。

 

『神符 「天人の系譜」』

 

 まばらに放たれるは小さな弾。勿論それだけには終わらない。折を見て放たれる永琳の矢が幾重にも別れ、網の目状にその軌道を残す。その動きは変則的であり、枝分かれが枝分かれを作り、細やかな部屋の中に霊夢たちを閉じ込める。

 

「もう一本」

 

 ただでさえ狭い、その空間内に霊夢たち三人それぞれを狙った銀のレーザーが走った。

 

『式神「十二神将の宴」』

 

『境界「永夜四重結界」』

 

『霊符「夢想妙珠」』

 

 天球儀の中に三つの花火が上がった。追い詰められた三人のボムである。

 普段ならば霊夢たちのボムは相手の弾を消すだけでは飽き足らず敵本体すらも吹き飛ばすものなのだが、今回はスペルこそ終わったが永琳には毛程も届いていない。押し留められたのだ、彼女の弾幕に。

 

「これだけやって相殺…」

 

 今までと一味違う敵との邂逅に霊夢の心は熱を帯びる。

 

「相殺は私の思うところじゃない。堕ちて欲しいのだけれど、悩んでる暇はないわね」

 

 誰も気付かない程一瞬の思案顔を浮かべるも、直ぐにその表情を戻す。正しく「付け入る隙がない」凛々しい表情の永琳の二枚目のスペル。

 

『蘇生「ライジングゲーム」』

 

 永琳の手元から出てきた、ゆらゆらと浮かぶ三つの使い魔は霊夢たちを追いかける。一定距離にだけ近づいたそれは小さく破裂して辺りに青い弾を配置した。

 

「もうっこんなのばっかりじゃない!」

 

 またもや檻の完成である。先程より幾らか余裕のある檻の中に閉じ込めて、押し潰す事を目的とした波の嵐が降りてくる。檻としての機能もそうだが配置された弾のせいで永琳の放つ弾幕が見えづらい。

 

「っ!」

 

 あの霊夢に苦悶の表情。赤い弾幕の壁を前にしてスペルカードを構えた時だった。

 

 霊夢たちを閉じ込めていた弾の檻が消えたのだ。ここぞとばかりに身を移し体制を整える霊夢。

 

「さあ、反撃――」

 

「してみなさいな」

 

 意気込んだ霊夢の目の前にはまたもや使い魔。それは、やはり同じ様に破裂して再度霊夢を閉じ込めた。

 

『神霊「夢想封印 瞬」』

 

 いよいよ放たれた七色の瞬光が真っ直ぐに永琳に向かう。それに反応した永琳も直ぐに動き出し光弾から離れようとするも、弾はしつこく追尾する。

 

「逃げられやしないわよっ!」

 

「じゃあ逃げないわ」

 

 永琳は突如その動きを止めて大量の使い魔を出現させた。使い魔たちは直ぐに永琳から距離を取り空中で止まると永琳を追い掛けていた光弾はその標的を変えて使い魔へと突っ込んで行く。

 

「外れよ」

 

 小さく下を出す永琳。ぐぬぬと拳を震わせる霊夢の後ろから二つの影が飛び出す。

 

『式輝「狐狸妖怪レーザー」』

 

 藍の周りに浮かぶ人形の式神から青と赤の図太いレーザーが照射される。永琳はその素早いレーザー光線に使い魔を出すことが出来ずに体を逸らす事でギリギリに躱す。

 

「随分と単調な攻撃ね?」

 

「なら多用にしてあげるわ」

 

『境界「二重弾幕結界」』

 

 藍の横を飛ぶ紫の作り出す紫色のラインが立方体を作り上げる。その中にもう一つの立方体。そのまた更に中には永琳を閉じ込める。

 

「一体何が――っ!!」

 

 一見して真っ直ぐに狙ってくるだけだったレーザーは立体の一面に当たるとその姿を消し、全く別の面から永琳目掛けて照射された。入ったところから出てこないレーザーで、しかもスピードは素早い。やはり永琳にとっても厳しいらしく、徐々に服をかすり始めた。

 

「くっ!」

 

 苦し紛れに放たれた永琳の矢は面に当たると反射を繰り返すばかりで外へ出ることがない。

 

『「パスウェイジョンニードル」』

 

 もう被弾するのも時間の問題であったように思われる永琳に対し、霊夢の無慈悲な退魔針。二条のレーザー、自身の撃つ1本の矢、数え切れない程の針を前にして永琳もなす術なし。永琳は立体の中で起きた爆発の中に姿を消した。

 薄らと結界が消えていき、中に篭った煙が濛々と漏れ始める。

 

「ちょっと紫。さっきのあれ、私のじゃない!」

 

「教えてあげたのは私でしょ?」

 

「そうだけど……」

 

 本来、二重弾幕結界は霊夢のスペルカードである。霊夢はそれを使って永琳を追い詰めたのが自分ではなく紫だという事実が気に食わないらしい。

 

「折角そこそこ骨のある相手だと思ったのに、もう終わっちゃったじゃない!」

 

「霊夢も早く終えた方がいいでしょうに」

 

「お二人とも、まだですよ」

 

 ガミガミと噛み合う二人を他所に藍は煙の中心を睨みつける。

 

「は? どこからどう見ても」

 

 霊夢が疑る様な視線を煙に向けた途端、数十発の銀矢が雨のように降り注いだ。

 突然の攻撃に驚き、駆け出そうとする霊夢だったが、降ってくる矢の全てが空中で爆発し霊夢たちにまで届くことはなかった。

 

「流石、うちの藍は優秀ね」

 

 矢を止めたのは藍の人形式神。銀矢ではなく、役目を終えて、破れさった紙切れが降り注ぐ。

 

「ちょっと! 不意打ちなんて卑怯じゃない!」

 

「油断する方が悪いのよ」

 

 晴れてきた煙から姿を見せる少し傷を負い、服にも破れている箇所が目立つ永琳。

 

「まだ無事だったんだ。というかまともに当たってなかったのね」

 

「当たったけれど昔から体は丈夫なのよ。残念だったわね」

 

「楽しめそうで何よりだわ…はぁ」

 

 霊夢の溜め息一つを合図にしてまた四人は暗い天球儀の中を飛び回り始めた。

 

 ○

 

「やはり遊びなのだから少しルールを設けましょう」

 

 さあいよいよ弾幕ごっこの始まり、という時に輝夜は手を打ってそんなことを言い始めた。

 

「?」

 

「貴方達にはこれから私のお題に挑戦してもらうわ。私は出題者であって敵じゃないのよ」

 

「つまり?」

 

「貴方達にはこれから私と戦うのではなく、私の出すお題と戦ってもらうわ。お題を踏破したら貴方達の勝ち、私の負けよ。ゲームみたいで簡単でしょ?」

 

「…いいわ。それでやりましょう」

 

 一瞬の間を挟んで幽々子は即答する。

 

「幽々子様、別に従う必要なんてないのでは?」

 

「訓練訓練、何事も経験よ。負けても勝っても良いのだから楽しんでいきましょう」

 

 所詮、この亡霊にとって異変はどうでもいいこと。仮にここで自分達が輝夜にボコボコにされたとしても、逆に輝夜をコテンパンにしたとしても異変解決は紫達がなんとかする。紫や霊夢に絶対の信頼を置いているのだ。別の言い方をするなら丸投げとも言う。

 

「じゃあ気を取り直して始めましょう」

 

 久方ぶりのお題挑戦者に輝夜も少なからず興奮しているらしい。声を聞いているだけでその昂揚が見て取れる。

 

『難題「龍の頸の玉 -五色の弾丸-」』

 

 輝夜のスペル。何が来るか分からぬ緊張感か、三人の間には張るような静けさが落ちる。

 

 ー……ゴ…ァ……

 

 妖夢の頬から一滴の汗が落ちていった時、遠くから何かの音が響いた。

 

「ひ!?」

 

 何処まで続いているか分からない空間の中、輝夜達が奪った本物の月から降りてくる物が一つ。それは半透明の長い体を魚のように揺らし、刺々しい鱗を持つ頭には大きな角。何者も引きちぎらんとするその大きな口には何十の牙がこちらを覗いている。

 

 

 

 ゴアアアアアアァァァっ!!

 

 

 

 その雷のごとく荒々しい鳴き声は大気を震わし、三人の髪を靡かせた。

 

「ゆ、ゆ、幽々子様っあれと戦うんですか!?」

 

「まあそうでしょうね」

 

「無理じゃないですかっ!?」

 

「やる前から諦めちゃだめでしょ。その刀は何の為に持ってるのよ」

 

 まだ何もしない内から引け腰の妖夢を叱る幽々子。 それを輝夜はニコニコと見つめている。

 

「そろそろ準備はいい?」

 

「あら、待っててくれたのね。『何時でもいいからさっさとかかって来いや、ドグサレが。』ってこの子が言ってるわ」

 

「言ってませんけど!?」

 

「そう。それじゃあ」

 

 哀れ。妖夢のツッコミなど完全に無視を決め込んだ輝夜が撫で付けると、龍はその体を蛇のようにくねらせて、凄まじい速度で妖夢たち向けて飛んできた。

 

 ○

 

「わあああああっ!!」

 

 情けない声を上げながら咄嗟に横に飛んで躱す。私のいた場所を龍が轟音をたてながら通り過ぎて行った。

 そして私の横にふわりと降りてくる幽々子様。

 

「ちょっと妖夢。逃げてちゃだめだって」

 

「そ、そんなこと言っても…」

 

 私は元々こういうのは苦手なのだ。霊魂とか亡霊とかは普段から見慣れているからいいのだけれど、いきなり驚かされたり、人型じゃない妖怪の類を見ると腰が引けるのだ。

 

 怖いの嫌い。

 

「はぁ、仕方ないわね。最初は私がやってあげるから貸しなさい」

 

 そう言うと幽々子様は私から楼観剣を取り上げる。

 

「ゆ、幽々子様どうするんですか?」

 

 幽々子様はいつもいつも「気分じゃないわ。ご飯にしましょう」と言って私の指南を受けることは無い。あっても「たまには運動もしなきゃね」と言って木刀を振り回すだけなのだ。だから私の楼観剣を使えるとは思えない。

 私の声に答えることなく幽々子様は龍に向かって飛んでいく。

 振り返り、往復してきた龍の突進を桜の花びらの様にひらりと躱し無防備なその脇腹?兎も角、龍の体の中腹へ楼観剣を振り下ろした。

 

「えっ!?」

 

 思わず声を上げてしまった。幽々子様の一連の動きが自然すぎるというのも驚いたのだがそこではなく、振り下ろされた楼観剣は龍を斬ることなく、刃は通り抜けてしまう。

 

 少し驚いた表情の幽々子様を置いて龍は駆け上がり、やがて上空で止まると口に光を蓄え始めた。

 

「幽々子様っ!」

 

 駆け出す私を幽々子様が睨んで止める。そして楼観剣を投げてよこした。

 丸腰の幽々子様へ放つ龍の咆哮。その口からは鮮やかなレーザーや弾幕が猛烈に放たれた。苛烈極まるその弾幕の中を幽々子様は必死に避け続けている。

 

「妖夢っ! あの龍を斬りなさい!」

 

「私が囮になっている間に本体を叩け。」そう言いたいのだろう。確かに私にさっきまでの恐怖はない。実態がないのならあれは龍でも何でもなく弾を吐き出すだけの見かけ倒しのギミックに過ぎない。だが実態がない故に先ほどの幽々子様の攻撃は通用しなかった。

 

「は、はいっ!」

 

 横から回り込んで弾を吐く龍の背中を取り、思い切り斬りつけて見るが、やはり斬ることは出来ない。何の手応えもなく刀は過ぎ去っていく。

 

「くうううっ!」

 

 何度斬りつけても結果は変わらない。

 

「妖夢っ! 難題なのに頭を使わなくてどうするの!」

 

 な、難題……。物理的攻撃が通じない龍を斬れという事だろうか。そそそそんなの無理だ。私には斬ることしか出来ない。

 

 ……そうだ。斬ることしか出来ないのならそうするしかないじゃないか。私がない頭を振り絞った所で何も分かりはしない。お祖父様は仰った。

「斬ればわかる」

 半人前でも一人前でもやる事は変わらない。分からないのなら、分かるまで斬ればいいのだ。

 

『彼岸剣「地獄極楽滅多斬り」』

 

 私は走る。二本の刀を手に添えて龍の体を一閃。当たらなければもう一度。下から上にジグザグと微塵切りに刻んでいく。

 

 まだ分からない。

 

 分からないけれど、いつか必ず捕まえる。

 

「はあああああっ!」

 

 右へ左へ走り回り、いよいよ天辺。龍の首元に刃を通した時だった。ガキンと音を立てて刃が引っかかる。

 

「おらあああああああっ!」

 

 やっと捕らえた、難題の答え。

 

 私は思い切り二振りの刀を振り抜いた。

 

 ○

 

 パキンと乾いた音を立てて落ちていく二つの欠片。

 その欠片は空中で光り、やがて細かい粒となって消えていった。

 それと同時に龍は攻撃をやめ、紙を燃やす様にして下から消えていった。

 

「答えを出すのが遅いわ妖夢」

 

 私が駆け寄るとそんなことを言ってくる幽々子様。

 

「分かってたなら教えて下さいよ」

 

 この人は普段からこうだ。何かと回りくどい所がある。

 

「それじゃあ妖夢の為にならないでしょ?」

 

 こうやって返されるのもいつもの事だ。

 

「もういいです。おかげで一つ分かりましたから」

 

「あら、何が分かったの?」

 

 やはりお祖父様の言ったことは正しかった。

 

「何事も斬れば分かる。」

 

 

 ○

 

竹葉の隙間から漏れる光量が減っていき、纏う外套がどんどん周りに馴染んでいく黒い影。

 

「八つ」

 

 人影の声は無情に、無感動に辺りに響き渡る。

 空中で叩き潰された最後の一体がバラバラと音を立てて地面へ落ちていく。

 

「そんな…」

 

「所詮人形か。やはり遊びにしかならんかったの」

 

 血塗れの手を乱暴に振る。飛んだ一滴がアリスの頬を叩いた。

 

「さて最後の人形はお主だけぞ」

 

 ゆっくり。ゆっくりと血の滴る手を向けながらアリスへ近づく人影。

 それに気圧される様にアリスは足を引き、半ば倒れ込むようにして腰を落とす。

 

 その赤い手がアリスの首に届く。そう思えるほどに近付いたその時だった。

 

「ア"ア"っ!!」

 

 その腕を三本の矢が貫いた。

 腕を大きく仰け反らせ苦悶の声を上げる人影。直ぐにその手を引っ込めて後退する。

 

「な、なんだと言うんじゃ」

 

 立ち上がり、服についた土をパンパンと叩いて落とすアリスに近寄っていくのは三体の真新しい人形。

 

「全部壊したはずじゃぞ…」

 

「一体いつ、手持ちの人形は八体だけなんて言ったのよ?」

 

「ああ…成程。初めから三体隠しとったのか。じゃが、三体増えたからと言って、そないに結果は変わらんぞ?」

 

 人影は乱暴に、刺さった矢を引き抜き霧の中へ投げ捨てる。

 

「かもね」

 

 自らの窮地を肯定しているというのに全く焦りの見えないアリスは空中に青色の魔法陣を作り出す。

 

「何をする気じゃ?」

 

 アリスはそれに答えることなく魔法陣に腕を突っ込む。冷めた表情で魔法陣から引き抜く腕の中には一冊の薄い冊子。薄茶色の羊皮紙の端に穴が開けられており、軽く糸を通してあるだけの粗雑な物だった。

 

「何じゃそれは」

 

「これは写本。ある魔道書を一部、私が書き写した物よ。本物には劣るけれど今回はこれで充分」

 

 フワリと宙へ浮く冊子は薄く金色に発光している。

 

「―Grimoire of Alice―

———————第2部-8章-19節-16項 『進軍(フェアリュクト)』」

 

 アリスの詠唱と同時に金の輝きはその強さを増し、パラパラと一人でに捲れて、あるページで止まる。そして一際強く輝くと、フワリと粉状に崩れていき大気へ飛散した。その金粉一つ一つは次第に形を変えて行く。

 

「なんと」

 

 アリスの後ろに浮かぶ大量の人形。その全てが今まさに形を変えた物だ。

 

「こんな事が……」

 

「奥の手という物は中々出てこないからこそ奥に隠す手と書くのよ。勉強になったわね」

 

「最初から全力でやらんかい…やられたみたいな演技までしおってからに、鬼が聞けば怒りの余り憤死しそうじゃの」

 

「あんな短絡的な生き物と同じ扱いしないでくれる?頭を使って策を駆使するのは当然のこと。弾幕はブレイン。常識よ」

 

 そう言って指を引くアリス。穴の空いた右腕を庇い立つ人影に人形の津波が押し寄せた

 幾ら身体的に優れていると言っても、その理不尽とも不条理とも言える程の数の暴力を前にすればなんと儚いものか。

 

 一つ壊せば二度斬られ、二つ叩けば三度突かれる。

 

「ぬぅううっ!」

 

 押し寄せる荒波の最中に小さな小さな櫟石。流されてしまうのは必然と言えるだろう。

 

「あああああっ!!」

 

 見に纏うその外套が破れ去り、その体が血に染まっていくのに然程時間はかからなかった。

 

 ○

 

「貴女、凄いわね」

 

 倒れる血塗れの体に語りかけるアリス。

 

「まさか全部壊しちゃうとは思わなかったわ」

 

 血溜りの下には大量の人形だった欠片達がつもりに積もって山を為している。

 そう、人影はその足りない手数だけで全てを壊しきったのだ。ただその代償に体に無数の傷を残すことになった。

 アリスはか細く呼吸を続けるそれを一目睨み、「放って置けば勝手に死ぬだろう」といったように身を翻す。

 

 山から少し離れた辺りでその足は止まる。

 振り返って見れば山の上に一人、膝で立つ人影。その血塗れの様子からは最早見た目を慮る事はできない。だがそれでも分かることがあった。

 

「何してるの?」

 

 人影は自らの右腕を食らっていた。ただ一心不乱にブチブチと痛々しい音を立てて剥き出した筋肉にその歯を突き立てていた。身体を走る痛みから気でも触れたかと人影を見つめるアリス。

 

 その余りにも痛ましい姿に同情したのかアリスは地面に突き刺さる、当たり損ねた矢を1本引き抜いて、人影へと近寄っていく。

 

「ちゃんと殺してあげる」

 

 人影の前に立ち、矢を掲げる。

 

 絶対に目の前のこれが反撃することは無いという慢心。或いは余裕。そういった物のせいだろうか。無防備な腹部に繰り出された貫き手にアリスは全く反応出来なかった。

 

「…ははは。あっはは。わ、私はまだ…まだ戦えるんじゃぁっ!!」

 

 その声は震えているが、どうしようもなくはっきりしていた。

 

 腹を貫かれたアリスは答えない。笑う人影のなされるがままである。

 高く笑い声を上げる人影。その声は徐々に収まっていく。

 

「っな、なんじゃこれは」

 

 自らの腕の感覚がおかしいのだ。腹を貫いている筈だと言うのに温かみが全くない。腸をはじめとした臓腑がぎっしり詰まっている筈なのに触れる物がない。引き抜いた腕にこびりつくのは自分の流した血ばかりだ。

 

「!!」

 

 腕とアリスを見比べる人影は突然その動きを止める。よく見てみればその身体に淡蒼の細い糸が絡み付いており、その先はアリスの指先から出ている様だ。

 

「な、なんじゃっ!?」

 

 きっちり縛られた中で藻掻くが自由にはなれない。それを前にして立つアリスが静かに笑う。

 

「き、貴様っ人形か!」

 

 向こう側を見通せる穴の空いたその腹部。その断面は乾いており、足元に広がる山と同じ物質の様だ。

 

「教えて上げたじゃない。弾幕はブレインだって。私がノコノコ近付くと思った?」

 

「くっ」

 

「魔法使いの力を嫌というほど見せてあげるとも言ったわね。どうだった? 楽しめたかしら」

 

「クソ喰らえじゃ」

 

「それはよかった。貴方には死んで貰うけど、折角だから弾幕ごっこに因んで最後は綺麗に逝かせて上げる」

 

 そう言ってアリスの形をした人形は淡く光り始める。

 

「魔法使いに喧嘩を売った事をあの世で後悔なさい」

 

 そう言い残すと辺りは夜とは思えない明かりに包まれた。その中心から伸びる七色の柱は天を突いて、空を漂う黒雲を吹き飛ばした。その中心にいて生き残ることは不可能だろうという程の爆発であった。

 

 次第に細くなっていったその鮮やかな柱の根本には竹の一本も生えておらず、熱の残る大きなクレーター上には何も残っていない。僅かに離れた場所に両腕を失くし、体が焦げ付いた塊が落ちているのみだった。

 

 ○

 

 迷いの竹林を揺らした爆心地から遠く離れた竹に凭れる一つの影。

 

「はあっ…やっと終わった……」

 

 大きく息を付くアリス。人影を人形の波の中に流した時に爆発人形と入れ替わっていた様だ。

実は今回アリスが見せた『進軍』の時点でほぼアリスの魔力はほぼ尽き果てていた。何だかんだアリスもギリギリだったのだ。

 汗を浮かべるアリスが地面に置いた手の指先からは一本の魔力糸が伸びている。

 

 その先からは徐々に声が聞こえてくる。

 

「お、おいっ! どうしたんだよ急に引っ張って...」

 

 暗闇から姿を見せたのは一体の人形に服を引っ張られ、連れてこられるこの暗闇によく馴染む保護色の元気な人間。

 

「アリス!? 大丈夫か?」

 

 漸く竹に凭れるアリスに気が付いた魔理沙は箒から降りその傍らに駆け寄る。

 

「別に怪我とかはないわ。でもそうね、少し疲れたから家まで送って欲しくて」

 

「ああっ! 勿論だぜ。任せな」

 

 言うが早いが、直ぐにアリスをおんぶして箒に乗り込む。

 

「直ぐ連れていってやるからな!」

 

 そう言った時には既に魔理沙の肩の上で寝息を立てる一人の人形の姿があった。

 

 

 

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