東方和河童   作:BNKN

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33 玉留め二つ

 

 霧深い竹林の中をサクサクと音を立てて歩く。

 もう慣れたものだ。半ば隠れる様にして此処に身を置いたのが一体いつのことだったか私自身覚えちゃいない。

 

「……」

 

 私は立ち止まり、天を仰ぐ。先程まで妖怪達を狂わさんと光を放っていた偽の月はそのなりを潜ませている。これでいい。私は月が嫌いなんだ。

 別に月に怨みがあるとかそういうんじゃあない。そうじゃないが、あれを見てると嫌でもあの馬鹿の顔が頭の端にチラつくのだ。

 あいつは私が何をしようとその余裕を崩すことは無い。ボコボコになるまで殴殺しようが燃やし尽くして焼殺しようが一呼吸もすれば腹の立つ笑顔をこちらへ向けてくる。今だって私が作り上げた仮想敵としてのあいつは何をしようが笑顔を絶やさない。

 父様も父様だ。あいつの何処が良かったんだか。都ではブイブイ言わせていたが全くもって理解し難い。あの笑顔を見るために命を落とした者がいるというのがもう有り得ない。

私達でもないのに命を軽んじ過ぎだろ。

第一、あれ宇宙人だぞ。

 私が言うのもどうかとは思うがもっと命を大事にしろ。

 

 いけない、いけない。どうもあいつが絡むと思考が良くない方向に向かってしまう。幾ら過去の記憶を漁ってもあるのは楽しくない過去ばっかりだ。いつまでも続くこれからを生きる為につまらない過去に構ってる暇はない。今日はあいつのせいでこんな生産性のない事を考えてしまった。

今度また殺してやろう。

 

 上を見上げていたお蔭で少し固まった首を一鳴らしして、止まっていた足を進めようとした時だ。

 

「?」

 

 どす黒い染みのような雲のせいで随分暗くなってしまっていた頭上の空がいやに明るい。不自然に思い、くるりと見渡して見れば地上から伸びた光の柱が天を衝き、どっぷりとした雲に穴を開けているではないか。

 一体全体あの柱は何なのか上から確認しようと思い、空に上がろうと身構えた時だった。

 

「おわっ!」

 

 遅れてやってきた突風と爆発音に思わず身を屈ませ、腕で顔を守る。

 

 やがて風が通り過ぎて舞い上がる竹の葉がまた地面に落ち着いた。

 

「…」

 

 明らかに弾幕ごっこなんてレベルではない。博麗の巫女がスペルカードルールを提唱して以来、見かけることの少なくなったその騒がしさに少し興味が湧いた。

 

 気分転換がてらに少し寄り道していくとするかね。

 

 私はぽっかり口を開けた雲の下へと向かった。

 

 ○

 

「いい加減っ落ちなさい!」

 

 極光。

 

 次第に薄れていく光の中からは片手に持つ長弓を盾に霊夢の攻撃に耐える永琳の姿がある。永琳はすぐ様、弓を構え直し光の矢をつがえる。思い切り引かれ、ギリギリと音を立てて張る弦が開放され、霊夢めがけて矢が放たれた。銀の矢は霊夢の目の上の皮膚数ミリと髪の毛数本を削り飛ばし闇の彼方へ消えていった。

 

「!」

 

 垂れてくる赤い滴を手首の内側で乱暴に拭う霊夢。

 

「あっぶな…」

 

「霊夢、少し落ち着きなさい」

 

 後退する霊夢を後ろから支えるのはスキマ妖怪である。

 

「うるさいわね。別に焦っちゃいないわよ」

 

「ならもう少し冷静になりなさい。霊夢の攻撃じゃ火力不足ってやつよ」

 

 ここまで永琳は数度被弾している。そのどれも霊夢のスペルカードであったり通常弾であるが、どれも有効打とは言えない結果に終わっている。現に今も永琳はピンピンしている。

 口で言うのは簡単だが、対妖怪のスペリシャリストたる霊夢の攻撃に耐え続けているという事が如何に異常な事か。

 

「……」

 

 力不足だと言われた霊夢は口を尖らせて不貞腐れる。

 

「というわけで藍、いくわよ」

 

「はい」

 

 前衛後衛交替である。八雲の二人が霊夢の前へ出た。

 

「巫女よりも貴方達の方が面倒だと思っていたのだけれど」

 

「あら、それは買いかぶり過ぎよ。純粋な弾幕ごっこなら霊夢の方が出来ると思うわよ?」

 

「なら何故貴方達が前に?」

 

「私たちは霊夢ほど気持ちのいい性格してないもの」

 

 疑問符を浮かべる永琳だったが直ぐにその意味を理解する。

 

「ああ、成程。そういう…」

 

 永琳の背後、右、左にそれぞれスキマ妖怪とその式が佇んでいる。

 

「さあ行くわよ」

 

『式輝「プリンセス天狐 -illusion-」』

 

『境符「波と粒の境界」』

 

 計八人の妖怪の全方位同時スペル展開。

 クルクルと回転ながら迫る九尾は永琳に近寄ると膨大な量の弾を撒き散らし、紫は猛烈な量の小さな小さな弾をばら撒きつつける。

 

「っ!」

 

 永琳からすれば最早わけがわからない量の弾幕である。何処を向いても視界いっぱいに広がる粒の嵐。その四分の三が幻覚ではあるがそれを見極める術もない。追い掛けてくる九尾のせいで体を一箇所に留めて落ち着く暇もない。

 

 無慈悲に体を刺す粒の痛みの中で永琳は手元にスペルカードを光らせた。

 

『「天網蜘網捕蝶の法」』

 

 弾幕嵐の中に銀の橋が架かる。その糸は次第に数を増していき、縦に横に斜めに伸びて紫と藍の弾幕を絡めとっていく。永琳を守るワイヤーの檻が完成してもなおその勢いは止まらない。尚、迫る四匹の九尾を絡めとり、弾を吐くスキマ妖怪すら捕まえる。

 

「こんなものっ!」

 

 足掻いても蜘蛛の巣にかかった蝶が自由になることはない。ただ、より絡まっていくばかりである。

 永琳が手を翳すだけで銀のワイヤーは蠢いて、糸にかかった妖怪を封殺する。

 

「はあっ…! はあっ…! やっと捕まえた」

 

 紫がいくつ幻覚を見せようがその全てを捕らえるのなら何のことは無いという事だ。

 

「後は巫女を――」

 

 永琳が振り返ると凄まじい勢いで回転しながら迫る金色の弾丸。

 

「!」

 

 永琳は咄嗟にワイヤーを束ねて縄を作り、それを更に編み込む様にして銀の格子を作り上げる。ギャリギャリと音を立てて、銀と金の火花を上げつつ、妖力でコーティングされた九尾の体毛と永琳の銀の格子が拮抗する。

 

「捕まえた筈なのにっ!」

 

「狐は化かすのが本業よ。知らなかった?」

 

 今度は永琳の頭上から声。スキマに腰掛けた紫が永琳を冷たい目で見下ろしている。

 

「40トンのプレゼントよ」

 

『廃線「ぶらり廃駅下車の旅」』

 

 一際大きく開いたスキマからボロボロの鉄塊が落ちる。自由落下するそれを避けようと永琳が動きだそうとした時にその体がガクンとつんのめる。

 

『神技「八方龍殺陣」』

 

「逃がさないわ」

 

 バチバチと音を立てて永琳を逃がすまいと博麗の巫女謹製の札がべったりと足に絡みつく。

 

「しまっ――」

 

「遅い」

 

 無防備となった永琳の体にガラスの割れた廃電がぶつかり、まさかその重量を押し返すことも出来ずそのまま下へ下へと落ちていく。永琳がその高度を下げる度に天球の中に入る罅がその溝を深めていき、やがて暗闇が割れた。

 

 永琳は砕け散る黒い天球の破片と欠け落ちた錆びた鉄屑と共に、耳を劈く轟音を上げて永遠亭の床へ突き刺さった。

 

 ○

 

「そろそろ結婚してあげてもいいかしら」

 

 今しがた四つ目のお題を突破した妖夢と幽々子に対しておちゃらけた風を見せるかぐや姫。遥か昔、狂ったように求婚していた男集が聞けば泣いて喜びそうなセリフである。

 

「誰がお前なんかと!」

 

 だが妖夢は別に同性愛の気があるわけでもない。まして輝夜に結婚を申し込んでるわけでもあるまい。

聞き流せば良い物を、輝夜のちょっとした冗談にも律儀に返す所はまだまだ半人前である。

 

「あら、ウチの妖夢を貰ってくれるの? どうぞどうぞ」

 

「幽々子様っ!?」

 

 その主はと言うとノリノリで自分の従者をからかっている真っ最中である。

 

 何が言いたいかと言うと、妖夢にしても幽々子にしても軽口を叩ける程にはピンピンしているということだ。

 

 龍の顎の珠、光り輝く仏の御石の鉢、燃えない火鼠の皮衣、尽きない命を象徴する燕の子安貝と、いずれも妖夢の「斬る。とにかく斬る」という愚直な精神で無事踏破してきた。あながち、その馬鹿正直とも言える程真っ直ぐな信念も馬鹿にできないかもしれない。

 

「そ、そんなことはどうでもいいんですっ! さっさと次やりましょう次!」

 

 妖夢は何時までもからかってくる主を強引に振り切って輝夜へと向き直る。

 

「あらそう? お話というのも悪くないと思うのだけれど」

 

「私が良くないっ!」

 

「もう…せっかちね。そうね、じゃあやりましょう」

 

「来いっ!」

 

「でもその前に一つだけ。最後は私の唯一持ってる本物なのよ。だから壊されるのは困るわけ。だから最後は普通の弾幕ごっこにしましょう? 落ちたら負け、落としたら勝ちよ」

 

 此処まで輝夜が二人に披露してきたのは全て輝夜が創り出したレプリカだったのだ。物その物に宿る力を見るのなら、贋作では本物に届きはしないだろう。半人前の刀でも容易に突破できたのはそういうわけだ。

 

 何処から取り出したのか輝夜の手の中には一つの枝。その分かれた先には七色に光る鮮やかな珠が幾つも浮いている。そう、それは正しく蓬莱の玉の枝であり藤原不比等に課せられた難題で、突破すること叶わなかった代物。天竺にあるとされる珠のなる木の枝である。

結局、迫られた五人の誰とも結婚することのなかった輝夜。つまり誰も難題をクリア出来なかったわけだが、それなら何故輝夜は蓬莱の玉の枝を持っているのだろうか。

それは輝夜しか知らぬ事である。

 

「…落としたら勝ちねぇ」

 

「あら、なにか不満でも?」

 

 不満げな声を上げるのは訳知り顔の明るい亡霊。

 

「死んでも死なない様なやつをどうやって落とせばいいのかしら?」

 

「…私が蓬莱人だって貴方達に言ったかしら?」

 

「初めて貴方を見た時から違和感が凄くてね。試しにさっき殺してみようとしたら殺せなかったの。だから不死かなって」

 

「随分恐ろしいこと。私が死んだらどうしてくれるのよ?」

 

「もしかもの話なんて無意味よ。現に貴方は不死身でしょ?」

 

「そうね。まぁ心配しないでいいわ。一回死んだらそれで私の負けにしてあげるから」

 

 その不死性に物を言わせてしまえば輝夜を初めとする蓬莱人達に黒星が付くことは永久にないだろう。だからこそのルール付け。「負けにしてあげる」という言葉からも分かる通り、輝夜からしたら命に限りある者達へのハンデでしかないのだ。

 

「はあっ…ほんとに不死のヤツらは命を軽視し過ぎね」

 

「試しに、で人を殺そうとする様な奴に言われたくないわ」

 

「私はそういう存在だからいいの」

 

 本当に幽々子が無差別に人を死に誘いまくる存在なら今頃、閻魔様に大目玉を食らっていることだろう。大目玉で済むかどうかすら怪しい。

 

「さて、そこの子もそろそろ動きたそうにしてるから始めるわよ」

 

 頭のリボンをピコピコ揺らす妖夢を一目してから輝夜は続ける。

 

『神宝「蓬莱の玉の枝 -夢色の郷-」』

 

 ○

 

 輝夜がその神宝を一振りすれば列をなした弾の幕がゆっくりと降りていき二人の移動を制限する。

 

 もう一振りすれば枝先に光る弾を実らせた木々が生え揃い、枝を揺らして弾を落としていく。

 

 輝夜の振った珠の枝の残す光の残滓はやがて弾となり二人へ降り注ぐ。降り注いだ弾は幹や幕に当たると反射を繰り返してなくなることは無い。

 

 たったの二振りで弾幕の町を完成させてしまうその枝は紛れもなく本物であろう。

 輝夜は出来上がった町をひたすら上から見下ろすばかりであるのにその町の中ではあくせくと忙しなく二人が弾を避け続けている。

 

「その態度、腹が立つわ」

 

『死符「ギャストリドリーム』

 

 幽々子の死に誘う蝶が舞う。その蝶が止まった枝は枯れ、幕には穴があいていった。次々と命を殺していく蝶は弾幕の郷を死の平地へと変えていった。

 

「私を前にして死がどれほど無意味なことか」

 

 そう言って輝夜がもう一度、玉の枝を振れば瞬く間に命が芽吹く。

 斬り伏せられる量をとうに超えた弾幕を前に妖夢は避ける事だけを強いられている。絵に書いたような防戦一方である。

 

「哀れなものね。万物を殺す力を持っておきながら、貴方は私の出すもの一つも殺しきれやしない」

 

 幽々子が苦し紛れに放つ蝶は確かに木を、弾を殺していくが、死んだ端から蘇る。これでは不死を相手にしているのとそう変わらない。

 

「殺せるのならそれでいいわ」

 

 だというのに幽々子の顔に焦りはない。それどころか余裕すら見える。

 

『「西行寺無余涅槃」』

 

 木々の生える隙間を縫って下から湧き上がってくる一際大きな、死んだ桜の木。勿論、本物ではなく幽々子の弾幕である。桜は湧き上がる様な暗い声を上げると、その枝に付けた花弁を蝶に変えてあたり一面を殺し尽くす。

 

「殺し続ければいいだけの事よ。大した難題じゃあないわね」

 

 永遠に尽きない命を前にした幽々子が取ったのは至極簡単な方法であった。

 

 ひたすら殺す。

 

 木が生えようと、生えきる前に殺す。

 

 幕が再生しようと、再生しきる前に殺す

 

 なんともまぁ、主従そろって短絡的な方法である。

 

「さあ、最後の命令よ妖夢。生命を斬りなさい」

 

「勿論ですとも!」

 

 幽々子のスペルカードによって自由を得た妖夢は刀を構え、自身もスペルカードを掲げる。

 

『「待宵反射衛星斬」』

 

 神速の剣筋が残した斬撃はそのまま刃となり、輝夜が咄嗟に出した両手を吹き飛ばす。神宝を持ったままの右手首は暗闇へと落ちていき姿を消した。

 

「ふっ!」

 

 完全に無防備となった輝夜の首を銀の刃が横に駆け抜けた。

 

「お見事」

 

 微笑む輝夜の言葉と同時に天球が割れた。

 

 ○

 

 月も徐々に傾き始めた迷いの竹林。

 何処からともなく聞こえる虫の音に混じって奇妙な音が聞こえてくる。

 

 シュー…シュー…

 

 音の先を辿ってみれば一つの炭塊。

 それは音を立てて次第に色を取り戻していく。

白が目立つ肌色。その頭には小さな角が二つちょこんと生えており、やはり白の強い灰色の髪は肩口まで伸びている。

 

「…ん、ごホッごホッ…」

 

 やがて失くなった腕も生え揃う。

 

「あ"あ"っ……やられたわ。まさか全部使い切ることになろうとは…また暫くは待たにゃならんか」

 

 大の字に寝転がる白い影は目を擦りながら一人零す。

 

「おいっどうした!?」

 

 そんな彼女の元へまた一人近寄ってくる者がいた。

 

「ん? あぁ少々、妙な奴に絡まれてのう」

 

「…立てるか?」

 

「ふむ、少し厳しい」

 

「…うん。服をやるから今日は家に来るといい」

 

 やって来た少女が何かと親切なのはおそらく白い影が一糸纏わぬ、生まれたままの姿であるからだろう。素性は知れぬが一見するとまだまだ小柄な少女が裸なのである。おまけに立ち上がることも出来ないというではないか。彼女としても見過ごすというわけにも行かなかったのだろう。

 

 よいしょと言って白い影を軽々と担ぐ。

 

「いやぁ申し訳ないの。お主、名前は何というんじゃ?」

 

「私は藤原妹紅。妹紅でいいよ」

 

 白い影をおんぶした少女が笑いかけながらそう言った。

 

 

 





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