東方和河童   作:BNKN

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34 未来に生きるリコリス・ラジアータ

 

「ちょっと!これ死んでるんじゃない?」

 

 砂煙湧き立つ永遠亭。霊夢の焦った声にスキマ妖怪は鉄屑を隙間の中に叩き込みながら答える。

 

「大丈夫よ。こいつらを相手にするならこれくらいしないとね」

 

 何処からそんな自信が出てくるのか、妙に訳知り顔である。

 

「なによ、何者か知ってるの?」

 

「それは彼女に直接聞いてみましょう」

 

 スキマ妖怪は霊夢の目を受けて、顎で煙の中を指す。

 

「嘘…」

 

 霊夢が驚くのも無理はない。煙の中から現れた永琳は死ぬどころか紫のスペルカードを食らう前よりも小綺麗な身形をして、霊夢たちに弓を向けていた。

 

「!」

 

 今度は不意打ちを食らうかとばかりに霊夢もまた博麗の札を構えて戦闘態勢に入る。

 

「そこまでよ」

 

 張り詰めた空気の中、紫の拍手一つが響き渡った。

 

「全員止まりなさい」

 

 彼女の背後には無数の亀裂が浮かび上がり、その中からは紫色の眼球がぎょろりと顔を覗かせている。

 

「あまり意味ないとは思うけど、動かないで」

 

 霊夢は知らぬ事だが、永琳は不死である。死なない者に銃口を向けることが一体どれ程抑止力となるのだろうか。

 案の定、動きを止めることなく銀の矢をつがえる永琳。

 

「貴方達は月から逃げてきたんでしょ?」

 

 脈絡のない紫の言葉に霊夢は首を傾げ、永琳はその動きを止める。

 

「何故貴方達が月を盗んだのかも大体分かったわ。それを踏まえてキチンと建設的な話をしましょう」

 

 一体いつそんな事を考える暇があったのか。妖怪の賢者たる紫の器用さに若干引き気味の霊夢であった。

 

「話は聞くから今は待ってくれない? 今は姫の下に――」

 

 銀の矢を光の粒へと変え、弓を下ろした永琳の言葉を先程までここにいなかった者の声が食い止める。

 

「あらら…永琳もやられたの? 月の罪人が揃いも揃ってこれだと今一、月人の凄味がわかないわね」

 

 声の主は何故か半霊を抱いた輝夜。

 因みに後ろに幽々子と並び立つ、残りの半人は居心地悪そうにモジモジしている。

 

「姫、ご無事でしたか」

 

「寧ろ、無事じゃなくなる場合があるのかしら。死にはしたけど元気も元気よ」

 

 片手でガッツポーズを見せる輝夜。流石、不死人だけあって、言っていることはおかしい。

 

「万が一があります」

 

「万に一はあるだろうけど不可説不可説転に一つともなれば、それはもう起こらないと同義よ」

 

 今でこそ輝夜の付き人という役に収まっているが、昔は――それこそ彼女達から見て昔は輝夜の教育係をしていた永琳。人間や一般的な妖怪から見れば気の遠くなる程の年月を共に暮らしてきた彼女達の関係は教育係と生徒という枠に収まらないのだろう。永琳からすればある種、親が子供に抱くそれと同じ様な感情を輝夜に抱いているかもしれない。

 そんな永琳からすれば、可能性が0でないだけで不安の種たり得るのだろう。

 

「はいはい。用事も済んだ様だし話を続けましょう?」

 

 何となくこの二人の言葉遊びが永遠に終わらない様に感じたスキマ妖怪が強引に会話を千切る。

 

「あら何か難しい話をするのね。それじゃ永琳よろしく」

 

「はぁ…」

 

 少々、甘やかし過ぎただろうかと片手で頭を抱える永琳であった。

 

 ○

 

「というわけで、月の連中がここへ来る事は元々不可能なの」

 

 紫が如何に幻想郷が安全かを得意気に語っている。

 曰く、さっきまで私たちと戦ってた永琳達は月を追われた存在で、ここに隠れ住んでいたと。しかし、ペットの兎のせいでそれが月のヤツらにバレたらしい。月からの追手が来ないように満月を盗むことで月とここの通路を遮断したのだとか。そして、紫によれば月と幻想郷は元より博麗大結界によって互いに遮断されているのだとか。

 永琳はそれに気付かず二重の密室を作り上げたと。

 

 つまりは永琳達が月を盗んだ行為は全くの無駄骨だったわけだ。

 

 私からすればこんな胡散臭い妖怪の言う事を初対面で信じるなんて有り得ないが、こんな時に嘘を並べる程、紫もふざけちゃいないはず。

 どうせ紫が上手く話をまとめるんだろう。多分、私の出る膜はない。

 というのも永琳は月の頭脳と言われる程、賢いらしい。月の平均的な知能を知らないから何とも言えないが、一つの星を代表するのならそれは相当賢いのだろう。頭が宜しいヤツらの会話っていうのは言葉が足らなくて私には良く分からん。やることもないから取り敢えず藍の尻尾でも弄っておこうかな。

 

「ねえねえ」

 

「何よ?」

 

 折角、久しぶりのモフモフを楽しんでいると言うのに横から入ってきた。名前何だっけ...ああ、思い出した輝夜だ。なんたら山輝夜。あの竹取物語のかぐや姫だそうだ。さっきの話でチラと聞いた。

 

「貴方、永琳を殺せたの?」

 

 失敬な。お互い死なぬ様にする為のスペルカードルールなのに死人が出るわけないでしょ。...今回は殺しちゃったっぽいけど、事故みたいなもんだからノーカン。

 

「私じゃないわ。私も手伝ったけど殺したのはあっち」

 

 紫を指しとく。どうせ此処で肯定したら「貴方、永琳を殺せるのね! 凄いじゃない! 気に入ったわ!」みたいになるんでしょうが。嫌よ、面倒臭い。これ以上、家を妖怪で溢れさせてなるもんですか。

 それに紫のスペルが止めになったんだから、あながち嘘でもない。

 

「ふーん…でも永琳と戦ったのに傷、殆どないのね」

 

 ああ、そう来るのか。

 

「私の事になると、何かと過保護になる永琳と戦ったのにねぇ」

 

 こうなると駄目っぽいなあ。

 

「貴方も結構やるのね。少し気に入ったわ」

 

今度からはわざと多めに被弾した方がいいかしら。

 

 ○

 

「さてと、それじゃあ私たちもそろそろ帰りましょうか」

 

 漸く話が終わったらしい妖怪の賢者と月の頭脳。私たちもという言葉から察せられるとは思うが、既に冥界在住のお二人はとうに帰っている。外に目を移せば、真っ暗闇であった夜は薄い藍色程にまで白んできているではないか。

 

「やっとね。それじゃあ」

 

 重くなる一方の瞼を無理やり押し上げている霊夢はそそくさと輝夜の元を離れていく。

 

「あら泊まっていってもいいのよ?」

 

「誰が」

 

「また神社の方にお邪魔するわ」

 

「来なくていい!」

 

 何やら一方的に好かれている霊夢。赤い館の吸血鬼といい、先に帰った亡霊姫といい、隣を笑顔で飛んでいるスキマ妖怪といい、何かと人外に好かれる体質でも持っているのだろうか。

 

「何笑ってんのよ?」

 

「いや、霊夢は色んな妖怪に好かれるなと思って」

 

「何でもいいけど神社には来ないで頂戴」

 

 やって来た長い通路を戻り飛んでいく三人。そんな三人の前に二つの影が浮かび上がる。

 

「も、もう、いやぁぁぁ…」

 

「いい加減飽きてきたわね」

 

 目からハイライトの消えた兎とその兎を取り押さえる吸血鬼。

 

「レミリア何してんのよ?」

 

「あら、霊夢。もう異変は終わり?」

 

 霊夢の声が聞こえると退屈そうな顔を引っ込めて振り向くレミリア。

 

「今から帰るとこよ。それは?」

 

「なに、ちょっとだけ私の遊びに付き合ってもらってたの」

 

「ふーん」

 

 生き物はちょっとの遊びであれ程まで悲しい目になるのだろうか。身なりは綺麗だが、その瞳の赤色は地獄の底に溜まった泥を混ぜ込んだ様に鈍く、皺一つなかったであろうその兎耳は使い終わったティッシュの様に皺くちゃになっている。

 

「霊夢が帰るのなら私たちも帰るわ」

 

「それは放っておいていいの?」

 

「知ったことじゃないけれど、どうにでもなるでしょ」

 

 こうして霊夢たち三人とレミリア、咲夜は優曇華を放置して永遠亭を去っていく。

 

 

 結局、優曇華は輝夜の能力で拡張していた永遠亭を元に戻した後で無事永琳によって発見された。

 

「し、師匠。月は?」

 

「返したわ。」

 

「そちらではなく」

 

「使者なら心配いらないわ」

 

「そうですか」

 

 外的損傷のない優曇華、レミリアによって幾度となく被弾させられ、それを無かったことにする。彼女はその連続のなかで精神的に多大なダメージを受けていた。そんな彼女にとって月の使者の心配がいらないというのは幾らか彼女を安心させる情報になった様だ。

 

 少し安らいだ顔で彼女は暫くの休息についた。

 

 ○

 

「お主は唯の人間ではあるまい?」

 

 おぶっている妙な女の子からそんな事を言われた。

 

「…ああ、よくわかったね」

 

「直に触れておるからかの。分かるんじゃ。お主の体には霊力が漲っておる。というより、霊力の塊みたいじゃ」

 

 まあ蓬莱人なんてやってはいるが、元々は人間だから霊力だろうな。

 

「分かるもんなのか」

 

「分かるもんじゃ」

 

「そうか」

 

「して、何者じゃ? 妖怪かの?」

 

 失礼な。ちょっと人間やめてるだけで、まだ妖怪じゃない。断じてない。

 

「違う違う。妖怪じゃないよ。人間でもないけど」

 

「じゃあ?」

 

「当ててみ」

 

 背中でウンウンと唸る女の子。可愛らしい見た目しているが人間じゃないだろう。あの異常な爆発の跡地で何故か全裸で寝そべる人間の幼子がいてたまるか。ついでに言うならこんな喋り方の人間の子供がいたら怖い。

 それにだ。私が人間ではないというのが分かっているのにここまで無防備なのだ。多分この子は妖怪だ。

 私はどちらかと言えば妖怪を退治する方だが、全てが全て敵ってわけでもない。話が通じるのなら私も似たようなものだ。

 

「むぅ、わからん。意地悪しないで教えておくれ」

 

「仕方ないなあ。片手だけ離すぞ」

 

 やっぱり教えるにしても驚かしたい。少々心臓には悪いが若そうだし大丈夫だろ。

 

「ほいっ」

 

 軽く手に火をつけて腕を炙る。痛いは痛いが、もう何百万回とやってきたからあまり苦痛じゃない。

 頃合を見て火を消し、焼けた皮膚が元に戻っていく所を見せてやる。

 

「分かったか?」

 

「妖怪じゃろ」

 

 まあそりゃそうか。死んでるところを見せたわけでもないし不死という発想は中々わかないか。

 

「違うってば。そうだなあ、例えば私は今のを体中どこでもできる」

 

「妖怪じゃな」

 

「…首を吹っ飛ばされても大丈夫」

 

「ちょっとしつこい妖怪じゃ」

 

「……体が粉々になろうと問題ない」

 

「体に意味を持たない妖怪じゃな」

 

 どうもこの子は何が何でも私を妖怪にしたいらしい。ってか最初に霊力って言ってたのに頑なに妖怪と言い張るのはわざとなのか?

 

「あ〜っもうわかったよ。不死なの! 不死! 私は死んでも死なない蓬莱人なんだよ!」

 

「ほう。不死…」

 

 なんか思ってたリアクションと違うな。もっと驚かれるもんかと思ってた。

 

「不死か。それはそれは何とも…」

 

「驚かないのか?」

 

「いや、驚いておるよ。ただ私はあまり感情を表に出さんタイプじゃて。期待したような反応が出来ずに申し訳ない」

 

「ふん。つまんないな」

 

「あっはっは。すまんの。謝罪ついでにお願いごとを一つ頼みたいんじゃが」

 

「何?」

 

「そろそろ歩けそうな気がするんじゃ。動ける体で家にお邪魔するわけにもいかん。出来れば竹林の外まで送ってくれんか?」

 

「それはいいけど、歩けそうならもう歩く?」

 

「いやぁまだ厳しそうじゃ〜。具体的に言うなら竹林の外に出るまでは厳しそうなんじゃ〜」

 

 こいつ…結構、いい性格してるな。

 

「はぁ……わかったよ。外までおぶってやるよ」

 

「おおっ! ありがたいのぉ!」

 

 どこが感情を表に出さないだ。めちゃめちゃ嬉しそうじゃねえか。

 こいつ――あれ? そう言えばまだ名前聞いてなかったな。

 

「なあなあ。聞き忘れてたんだけどさ、お前の名前、何ていうんだ?」

 

「あー…それがの。私にまだ名前はないんじゃ。生まれたばかりの妖怪での」

 

「ふーん。それなら名無しの全裸妖怪ってとこか」

 

「むっ、それは心外じゃ! 断固拒否する!」

 

 おちょくってくれたお返しだ。子供じみた囁かな物だが受け取っとけ。

 

「じゃあまた名前を考えてから私の元へ来いよ。そしたら覚えてやる。それまでは名無しの全裸妖怪な」

 

「ぐぬううう」

 

 なんて馬鹿みたいな会話をしながら、もうすぐ白み始めるであろう空の下、竹林の中を進んでいった。

 

 ○

 

「合わないけど無いよりマシだろ」

 

 私の家で服をやったはいいが驚く程似合わない。そもそもサイズも違うから似合えと言うのが無理な話なわけだが。

 

「むう」

 

 もごもごと居心地悪そうな全裸妖怪。いや、今は一応服は着てるから唯の名無しか。

 

「そら、もう見えてきたぞ」

 

 漸く竹の隙間から外の景色が見えてきた。

 

「おお、ありがたい。」

 

 もういいかと思い、両手を離したのだが、体にひっついた名無しが落ちない。

 

「おい?」

 

 しっかりと体の前でクロスされた両足と首にかかる両腕でロックしており、体を揺すっても落ちない。降りる気がない。

 

「まだ出てないぞ。最後までよろしく頼む」

 

こいつは本当に…。

 やや飛ぶようにして雑に竹林の外に完全に出切った所で漸く開放された。

 

「はいっ到着」

 

「ありがとう。お主とのお喋りは楽しかったぞ。またいつか名前を考えたら、今回の礼も兼ねてお主に会いに来よう、必ずじゃ」

 

「ああ、楽しみにしてるよ。精々また全裸で寝っ転がる様な真似すんなよ」

 

「はっはっは。戯けめ、あんな事そうそう起こらんよ。――さてそろそろ行く。それじゃあの」

 

 そう言って名無しは大きく私に手を振ると、徐々に白み始めた、朝ぼらけの大空の下を途轍もないスピードで駆けていった。

 

「…何だよ。充分過ぎる位、元気じゃないか」

 

 口では不満げな事を言っているが、内心はそんなことない。

 あんな妙ちきりんな奴だけど、私にとっては久しぶりの出会いだ。そりゃ嬉しいさ。

 あいつがいつまた会いに来るかは分からんがその内、会えるだろう。

 

 何せ私は不死であいつは妖怪なんだから。

 

 ○

 

「ふぁ〜んんん〜っ」

 

 仮眠を終えて大きく伸びをする。月が戻って、妹様も落ち着いてから少し仮眠を取っていたのだがまだ咲夜さんもお嬢様も帰ってきていないらしい。帰ってきてたら真っ先に妹様の所へ来るはずだが、まだ来ていない。

 

 外を覗けばかなり白い。太陽ももう顔の先を見せていることだろう。

 私が仕事場たる門へ向かおうと歩いている時のことだった。

 

 見慣れない人影がさっと前の通路を横切った。

 

 今門を任せているのは妖精メイド数体。もしや滅多に来ない侵入者という奴だろうか。寝起きの頭を左右に振って追いかける。追いかけると言ったがそれほどの事でも無かった。というのも、直ぐに追いついてしまったのだ。驚愕の遅さである。

 

「!?」

 

 それ以上に驚いたことがもう一つ。

 私が今、肩を捕まえている人物。服を着ていないではないか。なんだ!? 変態か!?

 

「め、美鈴さん! 私ですよ私!」

 

 変態が振り返ると凄く見知った顔であった。

 

「ほ、畔さん? 何してるんですか!?」

 

 道理で遅い筈だ。変態の正体はあの畔さんだったのだ。

 

「え、えっとですねっ夜に汗かいちゃってですねっ! 湯浴びに行ったはいいのですが替えの服を忘れててっ! さ、寒いのでもう行って良いですか!?」

 

「え、あっ…ご、ごめんなさい」

 

 畔さんの捲し立てる勢いに気押されて直ぐに手を離したところ、直ぐに通路を走っていった。

 

「ほ、畔さんも結構抜けてる所あるんだなぁ」

 

 ○

 

 後に畔は何時もの合羽姿で美鈴の元へ向かい、「恥ずかしいから誰にも言わないで下さい」と頭を下げたのだが、これは彼女の名誉の為にもここだけの話に留めておく。

 

 偽の月は消え失せ、永夜が終わったのだ。非力な河童のちょっとした失敗談など些細な物だ。

 

 




不可説不可説転ってのは数の単位の一つです。
大きさは10の37218383881977644441306597687849648128乗らしいです。

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