夜がやたらと長引いた異変。人里では夜が何時まで経っても終わらぬ事から永夜異変と呼ばれているらしいが、レミリアさんに言わせれば夜が明けない事ではなく満月を盗まれた事が異変であったらしい。らしいってのは私が完全に寝ている間に起こった事であったので全く知らなかったのだ。
いや、妖怪として月の異変に気付かないのもどうかとは思うが私にとって月はそんなもんだったらしい。
例えるのなら寝ている間に起きた震度3くらいの地震みたいな。気付かない時は気付かないもんだ。白忌さんはどうだったのか聞いてみたところ…
(お主が寝とるのに私が起きとるわけなかろう)
なんて言われてしまった。どうやらその辺のリンクは私次第らしい。
ともあれ、異変自体は無事終えたのでもう一安心である。月を盗む様な輩の異変に首を突っ込むなんてそのまま首がなくなってしまいかねない。いや、冗談ではなく。
なんでもその異変の首謀者たちは駆け込み診療所みたいなものをしているんだとか。病院として機能できるのだろうか。駆け込みとは言うがその道程が厳しすぎる。迷いの竹林なんて誰が迷わず進めるんだか。自慢じゃあないが私なら足を踏み入れて7分で迷う自信がある。何故7分なんて微妙な数字かと言えば一度やらかしているからだけれど今それは脇に置いておく。
病院なんてお世話になりたくないが、なってしまいそうな気がしてならない。一体いつまで私は異変に参加しなきゃいけないのか。
(さて、いつまでかかるかのぉ)
本当にこの人は他人事な言い方をしてくれるが、死んだらどうしてくれるんだ。既に一回死んでる前科持ちが言うんだから説得力が違うぞ。
(あれから死にそうになった事なんてないじゃろ? それにほら、前に巫女が言うとったじゃろ。『双方、死なない程度に暴れられる様にってのも兼ねてのルールよ』と)
死なない程度…殺さないとは言ってないあたり私には危険すぎる。魔理沙さんのボムで死ぬんだからきっと霊夢さんのボムなんて食らったら塵も残らないだろうな。
(…ほれ前あの花妖怪に御守りもらっとったじゃないか)
(勿論、今も持ってますよ)
幽香さんから貰った御守り代わりの花の種。肌身離さずと言われたのでその通り何時も合羽のポケットに大事に保管してある。効果は不明。不明だが幽香さんがくれたものなので何かしら意味があるのだろう。
(ピンチになったら駆けつけてきてくれるとかそんな奴じゃてきっと)
(そんな安直な…)
でも確かに幽香さんが駆け付けてくれるなら死ぬような事にはならないと思う。
(して、今お主は何処に向かっとるんじゃ)
(今話してた幽香さんの所ですよ)
今朝、採れたばかりの野菜たちをお裾分けしに行くのだ。
〇
小柄な体に不釣り合いに大きな袋を携えて、テクテク歩く河童。情けない事に数百メートル進む毎に足を止めて休憩を挟んでいるせいで進みが亀の如くノロマである。
「しまったなぁ。誰かに手伝って貰うべきだったかな」
未だ暑さの残る秋。畔の頬には薄らと汗の粒が見える。
思わず助っ人を秋の空にねだってみても勿論返ってくる言葉はない。畔の友人界隈で言うならそもそも風見幽香の所へ付いてこようとする者もいないだろう。
「はあ…」
畔が悩むことではないだろうが、それでも悩まずにはいられない。風見幽香という妖怪の本質について色々と誤解が多すぎることはもう言わなくていいだろう。風見幽香はちょくちょく博麗神社に行ったりしているので霊夢や魔理沙といったよく顔を合わす者達からは然程恐れられていないわけだが、神社より多く顔を見せている筈の人里での評判は以前話した通りである。簡単におさらいすれば、彼女が歩けば人の波が割れる。
妖怪ならばそれが然るべき姿なのかもしれないが、実際にそれを見てしまうとやはり気になるものがあるらしい。
(何とかなりませんかね?)
(んー。恐怖を克服するのは難しいことじゃからのお。徐々に風見幽香の事を正しく知る人物を増やすしかあるまい)
(中々誰も会おうともしないんですよ。怖がって)
(ほらお主の近くに風見幽香に引けを取らぬ程恐れられていて友達を欲しがってる女の子がいたはずじゃが?)
(ああっ成程!)
勢いよく立ち上がった畔。どうやら長めの休憩はもう終わったようだ。
〇
「私に紹介したい子がいる?」
「ええ、そうなんです」
「それはまた随分突然ね」
畔視点で途轍もなく長い道のりを乗り越え、たどり着いた太陽の畑。本来向日葵は夏に咲く物だが、太陽の畑では遅咲きの物も共生している為、こうして秋になっても黄色い絨毯が幻想郷の一角を占めている。
「えと…」
本人を目の前にして友達が少なそうなので紹介したいなんて言えないだろう。因みに言っておけば別に友人が少ないわけではない。ただ畔が知らないだけである。
「?」
「その…幽香さんって色々誤解されてるじゃないですか。それを払拭する為に色んな人に幽香さんの事を知ってもらいたいなと思って…」
「ふーん。誤解ねえ。妖怪なんてそんなもんじゃないかしら?」
「最悪人からは仕方ないですが、妖怪からも人と同じ様な目で見られてるじゃないですか」
「嘗められるよりは畏れられた方が良くないかしら」
「だからって友達が少なっ……その、えっと、静かすぎるのも寂しいじゃないですか」
この河童は色々とツメが甘い。少し話しただけでぼろが出るあたり、身体能力だけでなく頭も弱そうだ。
「まぁそうね。折角だから友達が少ない私は紹介をお願いしようかしら」
先程にも述べた通り幽香に友人が少ないというのは畔の思い込みである。と言うことはニヨニヨと意地悪な笑いを浮かべる彼女は畔をからかっているだけなのだろう。
「あ、いやえっと、そんなつもりじゃなくて…」
それに畔が気付くこともない。まあ気付かずに素直な反応を見せてくれるからこそ、弄る方からしてもからかい甲斐があるのだろう。
「冗談よ。また連れていらっしゃい。楽しみにしてるわ」
そう言うと花妖怪は畔の線の細い黒髪を優しく撫でた。
畔が分かり易く笑顔になったのは言うまでもない事だろう。
〇
その日の夕方。夕食の場で畔は切り出した。
「ねえねえ、フランちゃん」
「?」
皿に盛られたミートスパゲティをハムスターの様に頬に詰め込んだフランが首を傾げる。そんな彼女の口元に飛んだソースを拭き取りながら畔は続ける。
「会って欲しい人がいるの」
「!」
まだ子細を伝えぬ内からフランは目を見開き、口の中の物を勢いよく丸呑みにする。
「はああぁぁぁ」
後から水で流し込み、喉の通りをスッキリとさせたフラン。その口から零れたのは深いため息であった。
「どしたの?」
「実はね…ずっと待ってたんだよ?畔ちゃんがお友達を紹介してくれるの」
「そうなの?」
「よく畔ちゃん色んな人達と遊んでるみたいだけど、一人で行っちゃうじゃない」
「なら――」
言ってくれれば何時でも紹介したのに。そう続けようとした畔の言葉は白忌に止められる。
(畔よ。こ奴はろくに友達をもっとらんかったんじゃぞ? 中々距離感というのが掴めなかったんじゃて。仲のいい集団の中に部外者が入り込んでも空気を悪くするだけとでも考えていたんじゃろうよ)
「――ああ」
「だから嬉しくて、びっくりしちゃった」
畔はにっこり笑う彼女が近い存在になり過ぎたせいで彼女が如何に友人に飢えているか、対人関係に慣れていないかというのを頭からすっぽり抜かしていたのだ。
「ご、ごめん」
「いいよいいよ。それでどんな人なの?」
少々薄情だったと反省する畔を置いてフランの興味は既に紹介したい人へと移っている。
「えっと、凄い優しい人だよ。友達って感じじゃないけど優しくて恰好いいお姉さんみたいな」
「ふんふん。その人ってどんな妖怪?何処に住んでるの?」
鼻息荒らげて畔に迫るフラン。フランにとって見た目が同年代の知り合いは畔。今回はお姉さんということで友人のレパートリーが増えていく様で嬉しいのだろう。
「えっとね。お花の妖怪で、場所はすっごく綺麗な向日葵畑に――」
ガシャアン!
畔が向日葵畑と言った瞬間、大きな音が畔達の隣から上がる。
視線を向けるとスプーンとフォークを皿の上に取り落としたレミリアが心底驚いた顔で二人に目を向けている。
「ほ、畔。それって風見幽香って妖怪じゃない?」
「え、ええ。そうですよ」
「駄目よ! 駄目に決まってるわっ!」
レミリアが立ち上がった勢いでテーブルがガちゃんと音を立てる。
「「?」」
それを受けて二人は顔を見合わせ、共に首を捻る。
「風見幽香って言ったら人間だろうが妖怪だろうが際限なくぶち殺すっていう極悪非道な妖怪って聞いたわっ!私ならまだしも、そんな奴にフランを会わすなんて何考えてるのよ!」
噂に尾ヒレが付くのは最早避けられないことではあるが、ここまで根も葉もない物になってくると笑いさえ込み上げてくる。
「そんなの唯の噂ですよ。間に受けないでください」
「駄目ったら駄目よ! そんな凶暴な輩を近付けるなんて絶対許さないんだからっ!」
「凶暴なとこなんてないです。それはあくまでも噂で」
自身が慕っている相手をこうも一方通行に非難されれば畔とてむっとする。されどやはりレミリアとてフランの事を思っての事だと我慢する畔。
「火のないところに煙は立たないのよ! きっと畔も騙されてるんだわ」
「騙されてません。私の方がレミリアさんより、よく幽香さんを知ってます」
「そう装ってるだけよ! 今度から近づかない方がいいわ!」
全くもって聞き耳もたない。絶対譲るつもりはないとその目が訴えている。
「お姉様には関係――」
「そんな言い方ないんじゃないですか?」
「…畔ちゃん?」
いつも通り強情で過保護な姉に友人を作る機会を潰されんとしているフランも立ち上がって、上げた声は畔の聞き慣れない低い声に塗り潰された。
「何も知らないくせに極悪非道だの凶暴だの。何処から仕入れたかは知りませんが、全くのデマを鵜呑みにして、本当のことを知ろうともしない。そんな人が訳知り顔で幽香さんを悪く言わないで下さい。不愉快ですっ!」
畔は一息で言い切るとそのまま立ち上がり、部屋を出ていった。
畔の席のテーブルの上には半分も手をつけていないスパゲティが残ったままであった。
〇
門前に無意味に立ち続ける仕事も漸く日暮れと共に終を迎えようとしている。ここに来る前はさておき幻想郷に来て、なお門番なんてする意味あるのだろうか。異変を起こしているわけでもない。偶に来るのは客人や妖精ばかり。
ああ、いや一人だけコソ泥がいたな。
それ一人の為だけに私は用意されてるのか…。考えるだけ虚しくなってきた。
今日はもう上がろう。
身を翻して門のうちに入ると丁度外へ向かう影とすれ違った。
「あれ、畔さん今からお出掛けですか?」
「暫く帰りません。とフランちゃんに伝えといて下さい」
「へ? ああ、はい」
一瞬たりとも足を止めずにそのまま出ていってしまった。
明らかに様子がおかしかったな。妙にドスの効いた声に驚いて、深く聞かないままに答えてしまった。
部屋に入ってみれば動かない石像が二体。
「お嬢様?」
声をかけても今ひとつ反応が薄い。私が部屋に入った時に上げた「ひうっ!?」なんて声が無ければ本当に石像のように思えただろうに。
「妹様?」
「……初めて見た」
良かった。妹様まで反応が無ければ私には打つ手なしである。
「何がです?」
「畔ちゃんが怒ってるとこ」
ああ、やっぱり怒ってたのか。まあ反応を見るにお嬢様が何かやらかしたのだろう。
それにしても畔さんが怒って、しかも出ていくなんて結構な事だ。一体何をしたんだか。
「やっぱり怒ってたんですね。さっきすれ違った時に暫く帰らないと伝えておいてくれと言われまして」
「えぇ?」
おや、妹様に伝えたつもりだったのだが、どうやら石像の耳にも入ったらしい。
「で、出ていくなんて思わないじゃない…」
「お姉様、最っ低」
「わ、私はただフランをっ」
「私のせいにしないで。畔ちゃんの友達を馬鹿にしたのはお姉様」
成程。そりゃ怒る。
「あーあ。畔ちゃん出ていっちゃったし、することないし、友達の紹介もないし。」
妹様の独り言になっていないこれ見よがしな独り言が的確にお嬢様を突き刺している。一々律儀に「うっ」と呻き声を上げているのがその証拠だ。
「ご馳走様。私、部屋に戻るね」
お嬢様を一瞥もせずに妹様は出ていった。
「で、どうするんですか?」
「…な、何とかするわよ。ええ、何とかしてみせるわ」
はてさてどうなることやら。