東方和河童   作:BNKN

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38 箱詰め写鏡

 

「あら、茶柱」

 

 広い広い幻想郷。何処にあるかも分からないスキマ妖怪の根城でその主人たる紫は縁側で日光を存分に浴びながら大きな欠伸を零す。膝の上で丸まる猫の背中を撫でながら式が入れた茶を喉に流し、用意された茶請けを口に詰める。 切り分けられた羊羹の最後の一つに爪楊枝を刺して口元に運ぼうとすると猫が身を起こし一声にゃあと鳴いた。

 

「何よ、食べたいの?」

 

 未だ人格を持たぬ筈の猫妖怪はまるで返事をする様にスキマ妖怪の膝をタシタシと叩く。暫し動きを止めるスキマ妖怪。迷う様に爪楊枝を動かして顎に手を添え、直ぐに羊羹を口に投げ入れた。

 

「ごめんなさいね。最後の一個は重みが違うのよ」

 

 そう言ってスキマ妖怪が猫を撫でようと手を伸ばすと毛を逆立てた猫がその手を引っかいた。

 

「いたっ! 何するのよっ居候の分際で!!」

 

捕まえようとする手を掻い潜り、適格に引っ掻いていく猫。ニャーニャーギャーギャーと喧しい一人と一匹の隣から床の軋む音が徐々に大きくなってくる。

 

「一体何をしてるんですか」

 

 呆れた声で主人の後ろに座る九尾の式。その手元には猫用に小さく切りそろえられた羊羹の盛られた皿があった。それを見つけた猫はスキマ妖怪とのキャットファイトをすぐ止めて九尾の元へと走っていく。

 

「ちょっと! 待ちなさい!」

 

 猫は後ろから追い縋るスキマ妖怪の声を無視して九尾の膝の上に行儀よく座った。そっと猫の前に皿を出して背中を撫でてやると猫は気持ちよさげに目を細めるのだった。

 

「まったく…現金な奴だわ。人格を持ったらどんな性格になるんだか」

 

 スキマ妖怪が赤く引っかき傷の付いた肌を撫でると傷は消えていき、元のきめ細やかな肌へと戻っていった。

 

「大体、いつの間にその猫は此処に来たのよ」

 

「さあ、気付いたらとしか。橙に付いて来たんじゃないですか?」

 

「はぁ…今度余計なのは連れてくるなって言っておかないと」

 

「いいじゃないですか。小さな猫の妖怪の一匹や二匹」

 

「悪いけど、主人に手を上げる様なペットは要らないわ」

 

 式を増やすつもりもないしねと続けるスキマ妖怪。

 

「私としては増やして欲しいんですがね」

 

「藍には橙がいるでしょ?」

 

「それでも手が足りないと言っているんですよ」

 

 撫でる手を止め疲れた溜め息をつくと、膝の上の猫が藍を気遣う様に一鳴きして頬を藍の手に擦る。

 

「ああっなるほどね」

 

「?」

 

 スキマ妖怪がポンと手を打った。

 

「猫の手も借りたいって言いたいのね」

 

「…ええ、まあそういう事です」

 

「ならその猫を貸して上げるから存分に働かせなさい」

 

「どうも」

 

 不満気な九尾と満足気なスキマ妖怪。対照的な表情を見せる二人は同時に茶を啜った。

 

「ああ、そうだ。そう言えば最近、畔はどう?」

 

 ふと思い出した様に…ふと思い出したのだろうが、スキマ妖怪がそろそろ経過を聞いておこうかと式に尋ねた。

 

「何もありませんよ、驚く程に。寧ろ何処を見たらいいのか分からなくなる位です」

 

 主人であるスキマ妖怪に命ぜられて藍が弱小河童を時折スキマから覗いていたわけだが、報告する様な事が何も無い。平凡そのものな生活振りであったのだ。

 

「ふーん」

 

「いや、ふーんって…」

 

 興味無さげな依頼主の反応にあんたが監視して報告しろと言ったんだろと突っ込みたくなったがぐっと我慢する藍。

 

「…この前、夜中に大声を上げたりはしてましたよ」

 

 だが、せめて何か気にかけさせないと自分がした折角の監視が無意味に終わってしまいそうで取り留めのない事だが一つだけ報告してみる。

 

「大声?」

 

「はい。悪い夢でも見たんじゃないですかね」

 

「そう、それだけ?」

 

「はい」

 

「わかったわ。ありがとう」

 

 少し引っ掛かりはしたが、然程気にならないらしい。それもそうだろう。一度、悪夢に魘されたからなんだという話である。こんな何も無い妖怪を何時までも監視する必要等有るのだろうかと藍は首を捻る。

 

「ああ、何も無いからってサボっちゃ駄目よ」

 

「……サボりませんよ。紫様じゃないんですから」

 

「随分な事言ってくれるじゃない」

 

 藍の思いを知ってか知らずか釘を指すスキマ妖怪。図星…という訳では無いが心を垣間見られた様で居心地悪そうに話を逸らす式。スキマ妖怪の置いたコップの中。先に見られた茶柱はいつの間にか底に落ちていた

 

 〇

 

 ところ変わって幻想郷の花溜り。

 花びら吹き荒ぶそこには二人の影。

 

 一方は口を固く結び、目を尖らせ、お気に入りの日傘を突くようにして構える花妖怪、風見幽香。

 もう一方は黄色い合羽に身を包ませ、傘を向けられた河童、水知不畔。その額には薄らと汗の艶が見られる。

 

 花妖怪の体から立ち上る妖力は正に大妖怪のそれであり、その力の奔流が辺に熾烈な風を生み出している。とても畔のようなちっぽけな妖怪に向けるものではない。月とスッポンなんてよく言ったものだ。

 何故この二人がこんな事になっているかを説明するには少し時間を遡る。

 

 〇

 

 フランを紹介してからというもの、畔が幽香宅を訪れる頻度は上がっていた。今日もまたフランと二人で幽香宅にお邪魔していた訳だが、昼に来たのが良くなかったのかフランは眠くなったと言って畔より先に紅魔館に帰っていってしまった。別段二人きりになったからと言って気まずいなんてことも無くいつも通り、普段通り時間が過ぎていった。

 そろそろ戻ろうかと畔が家から出た時である。

 

「…見てるだけじゃ分からないか」

 

 花妖怪が呟いた。それこそ畔にも聞こえない程の小さな声で。飛べない、徐々に小さくなっていく背中に花妖怪は語りかける。

 

「ねえ」

 

「はい?」

 

 呼ばれた畔は振り向く。その顔は何時もの様に平和に間抜けだった。

 

「貴方…誰?」

 

 日が傾いた昼と夕の狭間。太陽の畑に乾いた砂の様な風が駆け抜けた錯覚が二人の頭にこびり付いた。

 

「や、やだなぁ。何言ってるんですかもう」

 

 その口振りは突然振られたボケにどうコメントを返せばいいかわからないと言った風。確かにさっきまで仲良くお話していた相手に誰?と聞かれて狼狽する気持ちはわかる。お巫山戯冗談だろうと思う気持ちはわかる。

 

「畔に言ってるんじゃないの。そこにいるんでしょ?」

 

 だが、この時の花妖怪は冗談と言うには雰囲気が、目が、口振りが真っ直ぐ過ぎた。

 

「…」

 

 沈黙もまた答えなり。思わず口を閉ざして目を逸らした畔の姿はすべて語ったようなものだった。

 

 〇

 

(目を逸らすな。ハッタリじゃ)

 

 気圧された私を白忌さんが叱咤する。慌てて目線を戻したが大丈夫だろうか。バレてないだろうか。

 

(ど、どうしましょう)

 

 まさか突然こんな話になるだなんて思ってなかった。というか何故、幽香さんはこんな事を聞こうと思ったのか。

 

(…知らぬ存ぜぬで通すのじゃ。動揺を悟られぬ様にの)

 

 随分と無茶を言ってくれる。私ほど顔に感情が表れる者はいない…自称だが。

 

「な、なな何のことですか?」

 

 あ、これ駄目だ。間違いなく嘘だとわかる。

 

「…どうして隠すの?」

 

「だから一体何の話で――」

 

「自覚がないのかとも思ったけど目をそらして直ぐ戻した辺り見るとそれもないわね。随分と仲良しなのね」

 

 完全にバレてるじゃないか。

 

(彼奴には何の証拠もない。それを一番分かっておるのは彼奴じゃ)

 

「…」

 

「あくまでも(だんま)り?それなら無理矢理にでも引き摺り出してやりましょうか」

 

 幽香さんは一度、首を折ってコキりと音を立てるとその体からそれはもう凄まじい量の妖力を立ち上らせ始めた。私は立ち尽くすしかなかった。膝が爆笑しているせいで動けなかったのだ。そんな事は有り得ないのに「ああ、これから殺されるんだろうな」なんて無意識に思ってしまうほどに幽香さんは甚大だった。瞬間、幽香さんが近くにいる事だけはわかった。いつの間に近寄られたのかなんて分からなかったけど幽香さんの移動で湧いた風が私の髪を揺らしたのだ。

 萃香さんの時の萃香さんが近寄った際の妖力だけで気を失ってしまったという前例がある私だ。今回も耐えきれなかったらしい。結局、私が意識を保っていられたのはここまでだった。

 

 〇

 

 花妖怪が振るった日傘はブオンと風切り音を立てて空を切った。

 

「一体何をするんですか、幽香さん」

 

 三歩程下がった位置に飛んだ畔は静かに口を開いた。

 

「お前に『幽香さん』と呼ばれる覚えはないわ」

 

 傘を持ち直し、畔に向けなおす花妖怪。

 

「酷いなぁ。私と幽香さんの仲じゃありませんか」

 

「その胡散臭い畔の真似を止めなさい。不愉快よ」

 

「真似も何も私は私ですよ?」

 

 自分の顔を指差して惚けた声を上げる畔。

 

「畔が[避ける]なんて出来るわけないでしょう?」

 

 小馬鹿にするように幽香が笑うと畔も釣られるようにして口元を歪めた。

 

「いやはや…恐ろしいことをするものじゃ。当たったらどうするんじゃ」

 

 その曲がった口から出てくるのは畔の口調ではなかった。それは花妖怪さえも聞いたことのないものだった。

 

「畔に怪我をさせるようなヘマをするわけないじゃない。上手いこと出てきてくれたみたいで良かったわ、お間抜けさん?」

 

「…はあ」

 

「さて、早速質問しましょうか」

 

 二人が浮かべていた笑みを消すと桶いっぱいに溜めた水の様に緊張した空気が場を満たした。

 

「まず、そうね。お前は何?」

 

「畔を助け、常に畔を守る善良な妖怪じゃ」

 

「よくもまあペラペラと嘘を並べられるものね」

 

「事実にほかならないと言うことじゃよ」

 

「黙れ。白々しい嘘なんて聞きたくないわ」

 

「逆に聞くがまともに答えるとでも思っておるのか?」

 

「本当に善良な妖怪なら答えるでしょうね」

 

 スラスラと毒を吐き合う両者。飄々とした畔と言葉端から苛立ちが見て取れる幽香。畔は幽香の言葉にそれもそうかと手を打つ。

 

「まあ、善良かどうかはさておき、畔を助けたというのも守るというのも本当じゃよ」

 

「お前の名前は?」

 

「それは要らぬ情報じゃ」

 

「ならお前の目的は何? 何故、畔の中に?」

 

「アッハッハ。随分私にご執心の様じゃな。照れるの」

 

 左手で頭を掻く畔を見て幽香は大きく地面を蹴った。衝撃の走った地面に軽く罅が入る。

 

「状況を理解していないのかしら?お前は黙って私の質問に答えればいいの」

 

 更に妖力を滾らせて威嚇する幽香を前にして畔は笑った。

 

「くくっ…状況はきちんと理解しておるよ。お主が畔の体を傷付ける事なんて有り得ないということじゃろ? 何かとお主が場を支配している様に振舞っておるがそんな事もあるまい。お主は何もやりようがないのじゃからな」

 

 優しい優しい花妖怪さん? と続ける畔を前に当の妖怪は歯を鳴らす。

 

「じゃが何も教えないというのも可哀想じゃの」

 

「…」

 

「そう怖い顔をしないでくださいよ。綺麗な顔が台無しですよ?」

 

 幽香を煽るように畔は口調を真似る。黙るばかりで反応が返ってこない幽香を見て畔はつまらなさげに口を尖らせる。

 

「むぅ…まあいい。私の目的は畔と私を救済することじゃ」

 

「つまり?」

 

「人に教えを乞うばかりではお主もこの河童の様になってしまうぞ? 賢くて美しくて優しい幽香さん」

 

 話を逸らし、見通しを悪くする畔はゆっくりと振り返り、花妖怪に背中を見せた。

 

「っ待ちなさい!」

 

「私もそないに暇じゃないんじゃよ。それじゃあの」

 

「…」

 

 片手を振って、離れていくその影。

 

「畔は私の事を優しいだの周りが誤解してるだの言うけれどね、それは違うわ。私は自らのテリトリーを荒らす輩にはそれこそ容赦しないわ」

 

 突然話し始めた彼女に畔も足を止めた。

 

「それで?」

 

「畔には悪いけど、その子はもう私のテリトリーにいる。身内なのよ」

 

「おお、随分と独占欲が強いことで」

 

「ええ、そうよ。私は独占欲が強いの。だから畔の体を乗っ取っているお前が心底気に入らない」

 

「…」

 

「さっきも言ったわね。私はお前に一切の容赦をしない。絶対にお前だけを殺してやるわ。首をよく洗って待っていなさい」

 

「精々楽しみにしておく。畔の首をよく洗っといてやろうかの」

 

 最後に畔はそう言い残して、太陽の畑から走り去っていく。それを見届けた花妖怪は妖力を治めて空を仰いだ。

 

「全く…本当に手の掛かる子だわ」

 

 

 

 〇

 

(何か覚えていませんか?)

 

(いやぁ、畔が気を失ってしもうたからの。私にもさっぱりじゃ)

 

(そうですか…そうですよね……。どうしたらいいんでしょうか?)

 

(暫く花妖怪には近づかない方がいいかもわからんの)

 

(…)

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