東方和河童   作:BNKN

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39 花と器とティーカップ

 

 四季豊かな幻想郷。

 季節によってその環境は大きく異なり、地を彩る花たちもまた、その季節に寄り添って色を変える。太陽の畑なんかに出向けば、色んな種類の花を拝めるかもしれない。

 

 春にはアネモネ、アヤメ、ハナミズキ。

 

 夏にはキキョウ、ヒマワリ、コチョウラン。

 

 秋にはダリア、コスモス、ヒガンバナ。

 

 冬にはスイセン、サザンカ、カンツバキ。

 

 勿論、太陽の畑に芽吹くのはこれらだけではない。他にも上げきれない程の花たちが、自らの時期に咲き誇るのだ。季節ごとに色を変える太陽の畑は、ある意味で一年の縮図と見ることも出来るかもしれない。

 

「…前は何時だったかしら」

 

 そんな太陽の畑とはいっても、それは季節に準じた変化しか成さない。本来、一度に四季全ての花たちが咲く事は有り得ないことなのだ。

 

「五十、いや六十?」

 

 だからこそ、今の様に幻想郷中に一年、四季折々の花が咲き乱れているこの状況は、確かに異変なのかもしれない。

 

 

 

 〇

 

 最近、花たちの様子がおかしい。

 何時もは話しかけると元気に応えてくれるのだが、最近はフワフワとしていて心此所に在らずといった体だ。オマケに、私が何かしているわけでもないのに季節違いの花が咲くのだ。これでは私の立つ瀬が無いような。

 

「少し調べましょうか」

 

 普段の異変ならば、私が出しゃばる事は無い。でも事が花に関するならば話は変わる。

 私はティーカップを机に置いて、お気に入りの日傘を手に持った。

 

 

 

 調査なんて大それた物じゃあないが、霧の湖、白玉楼、迷いの竹林、 大蝦蟇の池と、ちょっとした幻想郷ツアーをしてみて徐々に思い出した。

 六十年前にも今と同じように幻想郷に花が溢れかえったのだ。

 あの時は確か…花に幽霊が憑依――

 

「これは罪の輪廻なのです。ちょうど、六十年で一周の」

「いつの間にかこんな所まで来ていたのね」

 

 ふと周りを見渡せば、地面には彼岸花が赤いカーペットを作り上げている。考え事をしている内に無縁塚まで足を伸ばしていたらしい。

 聞こえた声に顔を上げると、一際大きな彼岸桜が満開になっている。旬という言葉は好きじゃないけれど、旬を過ぎた桜は一心不乱に咲き乱れ、辺に紫色の花吹雪を散らせていた。

 

 そんな彼岸桜の木の下に人影が一つ。

 

 ゴテゴテとした装飾の制服に身を包ませ、お馴染みの 悔悟棒を真っ直ぐと手に持つ一人の女。

 

「風見幽香ですね。貴女にも言わなければならない事が沢山あるのです」

「奇遇ね。私も言いたい事というか、聞きたいことがあるのよ、閻魔様」

 

 私をキッと睨むその人こそ、楽園の最高裁判長、四季映姫である。

 

 

 

 

「そう、貴女は長く生きすぎている」

 

 そんな言葉で、このありがたい話の幕が上がったのは一体いつの事であったか。太陽が天辺に届くより前に閻魔様と鉢合わせて、今や太陽は沈みきり、彼岸桜は月光を反射して美しく光っている。

 

「――故に、妖怪とは本来、生まれたその時から――」

 

 閻魔様も真面目なこと。

 態々、数少ない休日を此岸の妖怪や人間への説教に費やしているらしい。地獄送りにならぬよう、身を削って働くその生真面目さは尊敬に値するのだろう。ただ、残念ながらその生真面目さが説教相手に伝わる事は少ないとは思うが。

 

「であるから…こらっ!ちゃんと聞いているのですか? しっかりと聞いて己の身を振り返る事をしなければ地獄行きですよ!」

「聞いてます聞いてます」

 

 私だって始めの方はしっかりと聞いてた。だが、如何せん話が長すぎる。人間の集中力が大体五十分で一区切り、落ち着きのない妖怪ならもっと短くなる。流石の私も何時間もぶっ続けられると飽きてくるというものだ。既に私は閻魔様の口から出てくる音をひたすら受け流す作業に入ってしまっている。

 

「ほら、そうやって適当にあしらうっ! いいですか、私は貴女の事を思って――」

 

 悔悟棒を眼前に突きつけて叱ってくれる閻魔様。きっと、この御方は説教をするのが生き甲斐なのだろう。心なしかお肌がツヤツヤしているもの。

 

「生きている内に功徳を積み重ねていけばたとい妖怪であれ、地獄送りを回避する事は可能なのです。貴女も無駄に生を重ねるのではなく、意義のある時間を過ごしなさい。それが貴女の出来る善行です」

「…」

「私からは以上です」

 

 はぁ、やっと終わってくれたらしい。半分以上、ううん。八割がた聞いてなかったけれど、空が白み始めるより前に終わってくれて私は大満足である。

 

「さて、私は他にも話をしなければならない者達がいるのでこの辺で」

「待ちなさい」

 

 満足げな笑顔で立ち去ろうとする閻魔。ここで逃げられたら私が態々、喧しい話を聞いた意味がないではないか。閻魔には尋ねなければならない事があるのだ。

 

「何ですか」

「いえ、最初に言っていたでしょう。貴女に聞きたいことがあると」

 

 暫し、首を傾けて考える閻魔。そして、やや泳ぎ目で「ああ、そう言えばそうでしたね」なんて言ってくれる。説教に酔う奴なんて初めて見た。

 

「何でしょうか。手短にお願いします」

「ええ、凄く簡単な話よ」

 

 実は閻魔様との遭遇は私からすればありがたかったりする。それはもう長ったらしいお話なんかよりもずっと。

 

「私の知り合いに小さな河童がいるんだけれどね、その子の魂が何処にあるのかを教えて欲しいのよ」

「…それは水知不 畔の魂でしょうか」

「あら、話が早いのね。助かるわ」

「それは勿論。私も少し気にかけてますから」

 

 閻魔が気にかけるか…。分かっちゃいたが、それなりに面倒な事になっているらしい。

 

「それで?」

「…一応、今は水知不 畔の肉体に宿ったままです」

「一応っていうのは?」

「やや特異な状況にあるのです。一口には説明できません」

 

 白黒つけるのが得意な閻魔様の割に何とも歯切れの悪いものだ。だが、ここに至って私が引くことはない。

 

「長くなっても構わないわ。詳しく教えて」

「……いいでしょう」

 

 閻魔は深く息を吐いて静かに語り始めた。

 

 

 

 〇

 

「ねえ、畔ちゃん。幽香さんの所行かない?」

「んー…わ、私は止めとくよ。フランちゃんは行ってきていいよ?」

 

 そう言って畔ちゃんはトランプを置いて、顎を机の上に乗せた。

 

 幽香さんが畔ちゃんに探りを入れてからというもの、畔ちゃんは幽香さんの所へ行きたがらない。幽香さんによるとあの日、私が帰った後に畔ちゃんを問い詰めたところ、潜む妖怪が姿を表したらしい。表したと言っても見た目は変わらなかったらしいけれど。

 その妖怪が何なのかは未だ不明。何を考えているかも不明。不明まみれの中で私に与えられた役目は畔ちゃんの監視。そして、気になることは随時報告する。

報告、連絡、相談は基本なのだ。最近、本で読んだ。

 

「んーん。畔ちゃんが行かないなら私も残るよ」

「そう?」

「うん」

 

 幽香さんが話した感じでは、畔ちゃんはその妖怪のことを把握しているようだ。オマケにその妖怪は友好的とは思えないのだとか。その上で、畔ちゃんは私たちにその存在を隠そうとしているらしい。仲良くなって日が浅いとはいえ、何だか少し寂しいと思ったりはする。そんな思いも幽香さんや他の妖怪よりはマシなのだろうけれど。

 

「前にもあったんだよ。こんな風に花が一杯咲いたこと」

「そうなんだ」

 

 私は一度、畔ちゃんを失った。

 あの時は本気でそう思った。

 あの時の様な思いは、もうしたくない。

 

「ねえ、畔ちゃん」

「んー?」

 

 私の退屈な日々に色を付けてくれた畔ちゃん。

 必ず助けてあげるからね。

 

「何でもないっ!」

 

 

 

 〇

 

 花の異変…とも言えないのだが兎も角、花の異変から数日が経って、漸く花たちも落ち着きを取り戻した。何処か浮ついた空気はそのままに、人里も何時もの日常へと戻っていった。

 

 からっとした秋先の風は人々の間をすり抜ける。そんな幾重もの人に揉まれた乾風は、人里をぶらつく畔の髪を撫でる…ことは無かった。というのも、畔がいる場所が民家と民家の狭間、表通りから逸れた路地裏に座り込んでいるからで。

 

「〜♪」

 

 陽の当たらない陰鬱とした場所であるというのに畔の機嫌は上々。目を輝かせながら石を拾い上げては戻し、拾い上げては戻しを繰り返す姿を見ていると賽の河原を想起しない事も無いが、生憎と畔は親より先に死んでるわけでもあるまい。と言うか死んでない。

 

 こうして楽しそうに石を物色している畔は周りが見えなくなっていくらしく、徐々にその鼻歌は大きくなり、人が近くを過ぎれば覗き見る程にまでなっている。

 

「…畔ちゃん?」

 

 だから、こうして後ろから話しかけられたとしても勿論それに気付くこともなく。

 

「ねえっ」

 

「うひぃっ!?」

 

 突然肩を叩かれるとそれはもう驚きのあまり、おかしな声を上げてしまうのも仕方ないことなのだ。

 

 

 

 

 

「石集め?」

「えっと、趣味なんです」

 

 不思議そうに目を細めながら、畔の前にティーカップを置くのは七色の人形遣い、アリス・マーガトロイド。畔はアリスと春雪異変の際に出会って以来、度々アリス宅にもやって来るようになっていた。ただ、畔が一人で魔法の森の胞子をどうこうすると言うのは些か厳しいものがあるので、出会うのは大概今回のように人里である。

 

「へえ、まあ他人(ひと)の趣味に口出しはしないけれど、あんまり怪しい行動はしない方がいいんじゃないかしら」

 

 確かに路地裏で歌いながら石の選定をするのはあんまりだろう。

 

「え、えへへ。周りがちょっとだけ見えなくなるんです」

「分からなくはないのだけどね」

「アリスさんもそんな事が?」

「趣味…とは違う気がするけど、集中して気付いたら一日二日経過してたなんて事はたまにあるわ」

「一日、二日…」

 

 畔の場合、日単位で石集めする事はあまり無い。飽きるとかではなく、単純に畔の体力が切れるからである。

 

「そんなに長い時間かけて何してるんですか?」

「魔法使いらしく魔法の研究よ」

 

 アリスが人差し指を引くと、小さな人形がフヨフヨと近付いてくる。赤子程の小さな手で支えるのは白いティーポット。人形である筈なのにやたらと表情豊かにニコニコしている。

 

「当面の目的は自律した人形の作成ね」

 

 アリスは人形からティーポットを受け取って畔のティーカップに注ぎ足す。

 

「自律ですか」

「そ。私の命令が無くても自分で考えて動ける人形」

 

 最早それは人形なのだろうか。生きている訳ではないが、物扱いするのも違う気がする。

 

「中に妖精とか入れたら出来そう?」

「それじゃ着ぐるみを着た妖精じゃない」

「駄目ですか」

「駄目駄目よ。仮に、同じ様な発想で人形の体という容器に魂を入れることを考えても、それは生命を作っているのであって人形ではないわ。私が目指すのは、あくまでも自律人形の完成であって、生命の創造ではないの」

 

 生命と完全自律の差異。あまり興味の無い畔からすればその二つに大きな違いは感じない。きっと、畔は独りでに考えて動くそれを目の当たりにして、生きている様だと表現するのだろう。

 

「そんなに変わらないように思います」

「全然違うわ。そうね…時間もある事だし少し説明しましょう。遡って見てみると、人形の始まりは災厄や穢れ、或いは呪詛の類を人の代わりにその身に宿す、人の代替物なの。ある種、模造生命とも言えるそれはどちらかと言えば生命の創造に近かった。けれどそれから時と共に――」

 

 やや興奮気味に人形について熱く語り出すアリス。普段、然程口数が多いと言えない彼女はこうして一度熱が篭ると中々冷めやらないらしい。それは畔もよく知っているところであるので、地雷を踏んだ瞬間に今日は帰るのが遅くなりそうだと腹を括ったのだった。

 

 

 

「――つまり、私が成そうとしている完全自律人形の製作は人形の本質を壊すことなく、人形から逸脱しなければならない、とても難しい事なのよ」

 

「……ええ、はい、そうですね」

 

「まあ、生命の創造に関しても興味が無いわけじゃないんだけれどね」

 

 そう言って締め括られたアリスの講義。楽しそうに火照ったアリスの顔とは対照的に畔の顔は疲れきっていて、何だか痩せたようにも見える。生気がないとも言う。

 

「話し過ぎちゃったかしら」

 

 そんな風に言ってアリスが畔を解放したのは畔が腹を括ってから実に、丸一日後の事であった。遅くなるどころか、一周回って日の高いうちに帰れる事になったせいで、畔の括った腹も無駄に終わったわけだが。

 ズルズルと足を引き摺って紅魔館へ帰る畔の頭の中では「集中して気が付いたら一日二日」というアリス言葉が行ったり来たりと忙しなく動き回っている。

 

 それから暫くの間、畔は人形を見たり、人形という言葉を聞くと蕁麻疹に襲われるという変わったアレルギー体質を手に入れたらしい。

 だがしかし、一月もすればそれも治まり、見事『喉元過ぎれば熱さを忘れる』を体現して見せた畔であった。

 

 

 

 

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