幻想郷の最東端、そこには幻想郷を包む博麗大結界の心臓部である博麗神社がある。紅い空の真下、縁側にはお茶を啜る一人の少女。
「……」
面倒くさそうに空を見上げている紅白の巫女。彼女こそ博麗霊夢その人である。
「なぁ、霊夢。そろそろ動いた方がいいんじゃないか? この霧が出てからもう1日経つぞ」
箒を肩に置きながら霊夢に話しかける彼女、名を霧雨魔理沙という。魔法の森という幻想郷でもトップクラスに危険な場所に住まう人間である。
「……」
「なぁってば」
「うるさいわね。ちゃんと聞こえてるわよ」
「だったら…」
「わかってるって言ってるでしょ。でもこの霧のお陰で今、涼しくて快適なのよね」
「あのなぁ、霊夢はそれでもいいかも知らんがこれ結構深刻だと思うぞ。ほっとけば農作物とかにも影響が出るかもしれない。それにそもそも、人間に害が全くないとも思えない」
魔理沙からの説教じみた口喧しい言葉を振り払うかのように手をひらつかせる霊夢。
「わかってるわ。今日の夜にでも出るわよ」
「夜に出るって言ったってあてはあるのか?」
「んー。霧の湖の方」
「それはまたどうして?」
「勘」
「そんな適当で大丈夫なのか?」
「何とかなるわよ。それにしても何であんたがそんな張り切ってんのよ?」
「そりゃあスペルカードルールによる異変は初だろ?つまり私がやっと異変解決に一枚噛めるってことだ。これがテンション上がらないわけないだろ?」
「別にあんたは来なくてもいいわよ? 私の仕事だし」
「来るな、じゃないなら行くぜ。来るなって言われても行くだろうけどな」
反骨精神の端がチラリと顔を見せている。
「まぁ、勝手にしたらいいわ。だけど相手は妖怪よ。弾幕ごっこと言えど、怪我することも死ぬこともあるかもしれないわ」
「弾幕ごっこで戦ってくれるなら問題ないな。初心者にやられるほど下手なつもりはないぜ」
「まぁ、精々がんばんなさい。応援してるわ」
「どうせ無理だと思ってるな?」
魔理沙が努力を積んでも飄々とした霊夢は常に一歩先を歩いていく。それを少しコンプレックスに感じる魔理沙は何気ない霊夢の言葉も気にかかってしまう。
「いいえ? 魔理沙が頑張ってくれたら、私の仕事が減るからほんとに応援してるわ」
そんな魔理沙の思いなど、地に足のつかない巫女さんにはわからない様だ。
「…」
「寧ろ私より先に行って解決してくれてもいいのよ? その方が楽だし」
「お前なぁ、仮にも博麗の巫女何だから、もうちょっとしっかりしろよ…」
「いやよ。私はこれが普通なんだから」
「ああそうかい。まあ私も準備もあるし暫くは行かない。それこそ私も夜になるだろうな」
「……本当は魔理沙には来て欲しくないわ」
一呼吸してから滔々と語られたのは先程までとは逆の言葉だった。
「おいおい、急にどうした? 気持ち悪いぞ。さっきと言ってることが違うし」
「仮に相手が弾幕ごっこ関係なく襲いかかって来た時にどうしようもないじゃない。私が一緒にいる保証もないわ。いくら魔法を使えるからと言って…」
霊夢も魔理沙が心配なのだ。博麗の巫女という役職と彼女の性格から元々人間の友人の少ない霊夢。そんな彼女が親友と呼べる唯一の少女が霧雨魔理沙なのだ。
「お前は私の母ちゃんか。そもそも私が何処に住んでると思ってるんだ? 魔法の森の妖怪くらいなら消し飛ばせるくらいの力はある」
「でも」
「大丈夫だって。それに私だって馬鹿じゃない。それなりの対応策は用意しておく」
「…。まあ魔理沙が止まるとも思わないからせめて一緒に行きましょう」
「あぁ、いいぜ。じゃあまた夕方くらいにここに来る。先に行ったりするなよ?」
「わかってるわよ。待ってるわ」
「じゃあな」
そう言って箒に跨り空を飛んでいく魔理沙。
「嫌な予感がするのよね…」
一人呟く霊夢の頭上では赤い霧が静かに蠢いていた。
〇
結局その日、にとりは寝ずに作業を続けた。妖怪であるにとりは一日寝なかったくらいでどうこうなる体力ではない。しかし、その日で徹夜1週間目になる。流石に眠たくなってきたにとりだった。
寝る前に畔に一言、と思い倉庫へ寄ってみたのだが、倉庫はもぬけの殻。どこにも畔の姿は見えない。律儀な畔にしては珍しく何も言わず出ていったのだろうか。そんな風に思っていたが、よく観察してみれば畔の長靴は置いてある。
「あれー? おーい畔? 隠れてんのー?」
返ってくる返事はない。
これが普通の河童ならにとりは放置していたかもしれない。妖怪の山で河童がどうにかなるなど考えられないからだ。しかし、畔はただの河童ではない。心配し過ぎるに越したことは無いという思いがにとりを動かした。
「…椛に聞いてみるか」
〇
「というわけで、畔を探して欲しい」
「あのねぇ私今日、非番なんだけど…」
今しがた、にとりに畔捜索を頼まれた白狼天狗の少女こそ山のテレグノシス、千里眼持ちの犬走椛だ。因みに彼女は昨日夜中に紹介任務が入っておりまともに寝ていない。
「連れないこと言うなよ。私と椛の中だろ?」
「親しき仲にも礼儀はある筈よ。ついでに仕事で疲れた友人を寝かしてあげる優しさも必要ね。」
「まあまあ、椛も畔は心配だろ?」
「まぁそりゃあ。」
「頼むよ畔のためにさ」
畔のためにと強調されてしまえば無視するわけにも行かない。実際、椛も畔が心配である。なんせ彼女は人間よりも弱々しい妖怪なのだ。
「はぁ…。わかったわよ」
そう言って椛が目を細めること暫く。
「妖怪の山の何処にも見当たらないわよ。もう出ていったんじゃない?」
「裸足で?」
「...」
「なーんか、嫌な予感がするなぁ」
「考えすぎじゃない?」
「畔に関しては考え過ぎた位でちょうどいい」
「あー、まあそうね。じゃあ手分けして探しょう」
「おし、まずはわかさぎ姫とかに聞いてみる」
湿った空気がべったりと肺に引っかかる。まとわりつく不快な空気がにとりをより不安に駆り立てた。
〇
(…見つかった!!)
噴き出す汗は止まらない。逃げ出したい足は動いてくれない。極度の緊張で呼吸すらままならない。
(こ、殺、殺される…。)
頬から滴る水滴は汗だろうか涙だろうか。腰が抜けて床に座り込むと同時にポトリと滴り落ちる。
「大丈夫?」
キィ…と耳障りな音を立てながら半開きだった扉が完全に開く。中からゆっくり出てきたのは畔と変わらないくらいに見える金髪の少女。ドアノブカバーのようにも見えるナイトキャップを被り、髪はサイドで一括り。肩胛骨のあたりから枯れ木枝が生え、そこから色鮮やかな宝石が計七色ぶら下がっており、少女が歩を進める度にシャランと音をたてている。彼女の姿を直視していなくてもその音から彼女が徐々に近付いてきていることがわかる。
(死んだ…。)
思えばここまで私が長生き出来た事も奇跡なんじゃないか。妖怪に生まれなかったらこんな事にはなっていなかったかもしれない。皆にお別れくらい言っときたかった。
恐怖からか思考がうまく働かなく、ぐちゃぐちゃと混沌とした内容が頭の中を這いずり回った。
「どうして泣いているの? 大丈夫?」
どうやら私は泣いているらしい。そりゃ泣きたくもなる。訳も分からないうちに一生が終わろうとしているのだ。何も出来ないのだからそれくらい許してくれてもいいだろう。
眼前に佇む少女が不意に畔に手を伸ばす。
いよいよか。せめて一瞬で終わらせて欲しいな。そう思い涙の溢れる目を強く結ぶ。しかし、構えていた畔の意識が消えることは無かった。恐る恐る目を開けると、少女は畔を撫でていた。
「私は何もしないよ? だから安心して?」
言葉を返すことが出来ないまま少しの間撫でられ、徐々に落ち着いてきた。
涙も汗も止まってきた。
「あ、あの…」
「もう落ち着いた?」
「あ、は、はい」
「じゃあ自己紹介しよっ! 名前もわからないんじゃ不便だもの!」
「は、はぁ…」
この少女が何を考えているかわからない。
「私フランドールっていうのっ! フランって呼んで!」
「は、はい。えと、私は水知不畔と言います」
「私ね、お友達が全然いないの。だから畔ちゃんがお友達になってくれない?」
すぐには理解出来なかった。文字としては理解出来たが、それを文として理解出来なかった。最低でも殺されると思っていた相手に慰められ、あまつさえ友達になってくれと言われたのだ。
「…ダメ?」
私が暫く黙ってしまっているとフランが不安気な顔で尋ねてくる。はっと我に返った私は勢いのまま返してしまった。
「う、ううん。大丈夫…です」
顔を輝かせるフラン。
「じゃあっ敬語はなしね! お友達なんだからっ!」
「は…うん」
「うんうん。じゃあこっち来てお話しよっ! 畔ちゃん!」
フランに手を引かれ立ち上がる。半ば強引に畔を押すフラン。
「どうぞっ!」
フランが部屋の済に置かれた大きめのベッドに腰掛け自分の隣をボフボフと叩いている。未だフランを信用しきれない畔だったが、他にどうすることも出来ない。それにフランの気を損ねないよう気をつければなんとか殺されずに済む気がした。
おずおずとベッドに腰掛けた――――。
ここから吸血鬼であるフランが眠たくなるまで、大体朝の8〜10時程だろう。その時迄フランと話し続けた。
そこから得た情報は以下の通りだ。
曰くここは紅魔館という館で、フランの姉、咲夜というメイド、パチュリーという魔法使いとその使いの小悪魔、門番の美鈴、フラン、あとは妖精たちが住んでいるとのこと。
曰くフランは活動時間が夜に限られる。故に中々友達ができない上に過保護な姉が中々外に出してくれずそれに拍車をかけている。今回は絶対に外に出ないようにも言われているらしい。
そして最後に、紅魔館は幻想郷を攻めに来ているらしい。攻めている土地の妖怪と仲良くしても良いのかと聞くと、私には関係ないもん。と可愛らしい答えが返ってきた。他の住人には見つからない方が良さそうである。
ずっと喋って分かったことだが、フランは非常に穏やかな性格をしている。初めこそ警戒しっぱなしだった畔だったが、話していくうちに彼女が今のところ安全であることが分かった。思ってみれば力を持っているからと言って必ず好戦的で排他的かと言われればそんなことは無い。フランのように穏やかな妖怪がいてもなんらおかしいことではない。ただ一つ不思議なのは―――
(どうして突然家に現れた不審者に対してここまで無防備になれるんだろう?)
ベッドの上のフランの寝顔を見ながら思う。
私はフランを起こさない様にベッドから離れ通路へ出る。散らばった荷物を整理するためだ。いつまでもここに放ったらかしには出来ない。入れたのだから回収もするつもりだ。
ただ、問題は帰り方だ。フランの助けを借りれば帰れないことはないだろうが危険な気もする。かといって此処に長く留まって仕舞えば姫ちゃんやにとりちゃんに心配をかけてしまうだろう。もしかしたら既にかけてしまっているかもしれない。…間違いなくそうだろう。姫ちゃんとは今日話す約束をしているし、にとりちゃんは突然私がいなくなったことに気付くだろう。
「何とかして帰んないとなあ…」
〇
地面が揺れて目が覚める。どうやら整理している時に眠ってしまっていた様だ。脇に替えの合羽を抱えて通路の壁にもたれていた。
「…地震?」
地面が僅かに揺れている。小さく爆発音も聞こえる。しかもその爆発音、徐々にこちらへ近付いてきている。そして、大きな扉で何かが弾けるような音が数回続く。
「ひっ! ふ、フランちゃんを起こさないとっ!」
慌てて引き返そうとした矢先。大気を震わす爆音を響かせ扉が吹き飛んだ。
「全くこんなあからさまに隠れられちゃ退治のしがいがないぜ」
濛々と立ち込める煙の中から出てきたのは金髪なびかせる黒と白のエプロンの様な格好の少女。
「こっちはハズレっぽいなぁ。精々、裏ボスってとこか?」
箒を肩に置きながら歩いてきた少女と目が合ってしまった。
「おっいたいた。悪いけどさ、私霊夢の方行きたいからちゃっちゃと終わらすぞ?」
「え?」
少女は手に八卦炉を持ち私に構える。徐々に光を放つそれを見て、やっと攻撃されようとしていることがわかった。
「じゃあな」
「ちょ、まっ…」
「畔ちゃんっ!!」
やはり先程の爆発で起きたのだろう。フランが急いだ様子で部屋から出てきた。だが、その時には私の体は少女の繰り出した七色の光に飲み込まれていた。
〇
時刻にして六時過ぎ。博麗神社に二つの人影。
「よしっ行くか!」
「ええ」
霊夢と魔理沙は短く言葉を交わすと凄まじいスピードで空を飛んだ。
赤い霧の妖気にあてられたのか、異変でテンションが上がっているのか、道中妖精たちの攻撃がいやに激しい。そんな弾幕の雨の中を二人はかわし泳いでいく。
「あんた何でさっきからギリギリで避けてるの?」
「私の考えたルール、グレイズだ。ギリギリで躱すとポイント高いぜ?」
「何のポイントよ。服ボロボロになるし私はしないわよ」
「いーよ。暇潰しに思いついただけだ」
悠長に話しながら飛んでいる二人の目の先に徐々に赤い館が見えてきた。
「あれだな」
「あれね」
館目指しスピードをあげようとした時に魔理沙が声を上げる。
「ん?おい霊夢! あんな所に白狼天狗がいるぞ」
「はぁ?なんでまた…」
「なーんか怪しいな。ついでに退治してきてやる。ウォーミングアップってとこだな」
「まぁいいけど私は先行ってるわよ」
「ああいいぜ」
ここで魔理沙は白狼天狗の元へ、霊夢は一直線に赤い館へ向かう。
「おいっ! そこのお前! 天狗のお前だ!」
「? なんだ人間。何か用か?」
「白狼天狗がこんなところで何してる?」
「友人を探している」
「もっとマシな嘘をつくんだな。素直に異変に関与していると言えば見逃して――見逃さないにしてもそれなりに対応は考えてやったのに」
「異変? 私は知らないぞ」
「犯人は決まってそう言うんだぜ。覚えときな」
半ば不意打ち気味で至近距離から発射された数発の星弾は全て着弾。完全に気を緩めていた椛はそのまま落ちていってしまう。
「あり、まさか本当に関係なかったのか? …まあいいか」
〇
(魔理沙が追いつく前に終わらせちゃいましょう。)
霊夢は静かに赤い館の門前に降り立つ。そこに立っているのは長い赤髪を風に靡かせ、チャイナドレスの様な服に身を包ませる女性。
「どうも。門番の紅美鈴といいます。貴方が博麗の巫女で間違いないですか?」
「ええ、そうよ。聞かないだろうけど一応言ってあげる。そこをどきなさい」
「すみません。私の仕事はここを守ることですので」
美鈴は困ったような笑顔を見せて霊夢の前に立ちはだかる。
「そう、ならいいわ。力づくでどかすから」
「先に一つだけよろしいですか?」
「なによ? 私急いでるんだけど…」
構える幣を少し傾けつつ、苛立たしげに聞き返す霊夢。
「貴女昨日、部下をよこしたりしました?」
美鈴が気にかけているのは昨日、追い返した人間の子供。
「は? 私に部下なんていないわ。必要ないもの」
「…そうですか」
「質問はおわり? なら始めるわよ」
言い切ると同時に展開される弾幕。霊夢は雰囲気から美鈴はそこそこできる相手だと予想していた。しかし、今美鈴から放たれる弾幕はそこそこ出来る相手の弾幕だとは思えなかった。妖精に毛の生えた程度の弾幕である。
「何よあんた。やるきないの?」
「…」
「まぁどうでもいいけど。さっきも言ったわね?私急いでるから――――」
そう言う霊夢の周りに七色に光る巨大な光弾。それはクルクルと回りながら美鈴の放つ弾幕の一切を巻き込みながら美鈴に迫る。
『霊符「夢想封印」』
それは轟音を上げながら美鈴を飲み込み、彼女ごと背後の門を文字通り吹き飛ばした。
「さてと、行きましょうか」
守るものがいなくなった赤い館を睨みつける彼女の目は鋭い針を連想させる鋭さを持っていた。