東方和河童   作:BNKN

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40 盲目の風嵐

 

「えっ、貴女河童なんですか!?」

 

「は、はいぃ…ごめんなさいぃぃ。命だけはお助けをぉぉぉ…」

 

 消え入りそうな声で涙ながらに後ずさる畔。畔の前では、緑髪に蛇と蛙の髪飾りを付け、巫女服を着ている少女が驚き仰け反っている。その服は霊夢と違い、青色が目立ち、どことなく霊夢の2Pカラーのようにも感じる。

 その少女の名は東風谷早苗。

 つい最近になって幻想郷に来たばかりの新・現人神である。

 

 

 

 〇

 

 妖怪の山が本格的に紅く色付き始めた霜月中旬。例年ならば紅葉狩りと称してその各地で宴会が開かれて大いに騒がしくなる筈が、今年はどうも違った種類の賑わいを見せていた。

 

「お山の上に神が来た」

 

 妖怪から妖怪へと口伝いに聞こえるのは聞き慣れない神社の名前。どうやら妖怪の山に新しく神社が出来たらしい。それも外からのお引越しで。

 

 当然、妖怪の山を管理監督する天狗たちからすればたまったものではない。一夜にして多くの土地を奪われた挙句、やって来たのはそれなりに力の強い神である。騒ぎにならない方がおかしいし、それを隠すことも出来る筈がない。かくして、妖怪の山は瞬く間に大騒ぎとなった。

 

 結局、この騒動は異変として扱われ、いつも通りの巫女さんによって取り敢えずは解決となった。

 

 そして、畔もまた何時ものように白忌に唆されて妖怪の山に出向こうとしたのだが、普段より増員された哨戒天狗に入山を許されなかった。何とかならないかと知恵を絞り、何時か友人のメカニカルな河童から貸し出された光学迷彩を使っての山への侵入を試みるも、タイミング悪く異変解決にやって来た人間二人に...正確には霊夢に見つかり無事撃墜。

 その際に光学迷彩は壊れてしまい、結局その一回しか使われることがないまま天寿を全うしたのだった。

 

 そして異変が解決され、漸く入山規制も無くなって、畔は光学迷彩について謝ろうとにとりに会いに向かったのだがそこで問題が起きた。

 

「に、にとりちゃん」

「おおっ畔じゃん。どしたのさ」

「実は…」

 

 

「ああ、壊れちゃったか。仕方ないよ」

 

 事情を説明した畔に、にとりは別段怒った様子もなく返す。ちょっとした小言の一つや二つを覚悟していた畔的には拍子抜けしてしまう程にあっけらかんとしていた。

 

「怒らないの?」

 

「まあ、可哀想だけど壊れる時は壊れるからね。それに、あの巫女の攻撃なら壊れてもおかしくない。てか私も同じようにして攻撃されたから知ってるよ」

 

 聞けばにとりも霊夢たちの前に光学迷彩を着用して出撃したところ、一瞬の内にバレて光学迷彩ごと撃墜されたらしい。恐るべき博麗の勘。

 

「そうだったんだ」

「そうだったの。そんな事よりどうだった?」

 

 突然、畔にズイと顔を寄せるにとり。その青色の瞳は何かを期待する様に輝いている。

 

「どうだったって?」

 

「もう、鈍いなぁ。使い心地に決まってるじゃん。ちょっとは透明になれる浪漫って物が分かったでしょ!?」

 

 そもそも、にとりが光学迷彩を貸出したのは畔がにとりの情熱を理解出来なかった事が発端である。あの時のにとりはきっと、使ってみれば良さを理解してくれる筈だと思ったに違いない。

 

「うーん。結局一回しか使ってないからさ。何とも言えないかなぁ……って」

 

 しかし、残念ながら畔は今回を除けば、光学迷彩を一度も使っていない。今回着用しようとした時も薄く降り積もった埃を払うところから始まっていたのである。そして、漸く使った今回ですら霊夢の勘なんて言う絶対感知レーダーに引っかかってしまったわけで。これで認識を改めろという方が無理な話である。

 

「は?」

「うん?」

「え、一回も使ってないの? ただの一回も?」

「う、うん」

 

 そんな畔の言葉でにこやかだったにとりの様子が変わった。

 

「わ、私あれからどれくらい貸してたっけ?」

 

「えーっと、分かんないけど結構長く…」

 

「そうだよねっ!私結構長いこと貸してたよねっ! てっきり気に入ったからずっと使ってるんだと思ってたのに!!」

 

 にとりは嬉しかっただろう。あそこまで興味がないと言っていた畔が遂に理解を示したのだ。自分の好きなことや物を理解してもらえる事ほど嬉しいことは無い。早く返して欲しいとも思っていないが、返されない期間が長くなればなるほど、にとりの喜びは大きくなっていった。

 

 だのに、畔は一度も使っていないと言う。期待してた分、ショックが大きいのだろう。

 

「ご、ごめん。いつ返せばいいのか分かんなくて」

「ちょ、ちょちょちょっと待って。じゃあ、まさか畔は透明マントの魅力が…?」

 

「…分からない……です」

 

「えええええ〜何それっ。マジかーっ...え?これまじかぁ〜。マジだよなぁ…本気の顔してもんな〜っ畔なぁ。きっつい、きっついよ…これなあっ」

 

 チラチラと畔の顔を覗きながら長い溜め息を繰り返してオーバーに体を動かすにとり。

 

 …ショックが大きいのだろう。

 

 にとりはそのまま蹲って地面を弄りながら「マジかぁ」と呟き始めた。畔はオロオロと謝るばかりである。

 

「ご、ごめ――」

 

 畔が五度目の謝罪をしようとした瞬間であった。

 

「だーいじょうぶですかーっ!!」

 

 畔の頭上遥か上空から、いじけるにとり目掛けて色とりどりの弾幕が降り注いだのだ。

 

「ひゅい!?」

「にとりちゃん!?」

 

 哀れ、にとりは奇妙な声を上げながら遠くまで吹き飛ばされてしまった。しかし、畔もいつまでも驚いて固まっているわけにはいかない。直ぐに上を見れば、物凄いスピードで人が迫ってきていた。

 

 畔の反射神経では対応しきれない程のスピードの人間弾頭は地上約二メートル程で速度を落とし、ゆっくりと畔の前に着地した。

 

「大丈夫でしたか?私が来たからにはもう安心っ! 人間がこんな所にいては危険ですので直ぐに守矢神社に行きましょう! 守矢神社! ああ、安心して下さい。私は飛べるので…あー…えっと、飛べるようになったので直ぐに着きますよ。では行きましょうっ!」

 

「へ? えっ? え?」

 

 大丈夫だったかと聞くわりには答えを聞く気がないそれは一気に捲し立てると、しゃがんで頭を抱えていた畔の脇を持ち、そのまま凄い勢いで空へと旅立った。

 

 因みに、にとりは川を流れているのを仲間の河童に見つかって無事保護された。

 

 

 

「はい到着です!」

 

 後ろから抱っこしていた畔を畳の上にゆっくり下ろす。人間のお子様の様な扱いである。

 

「少々お待ち下さいね」

 

 そう言って彼女は奥へと消え、暫らくすると盆の上にお茶を入れて戻ってきた。

 

「私、最近こちらにお引越しさせて頂いた東風谷早苗といいます。未熟ながらここ、守矢神社に御座す二柱に仕える風祝をしています」

 

「は、はあ…えと、水知不 畔といいます」

 

 風祝が何なのかは分からない畔であったが、神に仕えてるとかその服装から巫女のようなものだと判断した。

 

「みずしらず…変わった名字ですね。ああ、それはいいか。そんな事よりですっ」

 

 何だか一人で会話している様な早苗の勢いに畔は押されっぱなしである。

 

「畔さんはここが何処か分かっているのですか!? 妖怪の山ですよ! 人間一人で、それも女の子一人でやって来るなんてとんでもない! いや、そりゃ守矢神社に来たい気持ちは十二分に理解出来ますが余りに無謀というものですよ! 」

 

「へ?」

 

「これからは気を付けて下さいね」

 

 何時もの。

 という事で畔は早苗に人間だと思われている様だ。彼女の中で、にとりは人間の女の子を襲う凶悪な河童と言ったところか。どうしたらそう見えるのかはトンと謎だが彼女にはそう見えたのだろう。

 

「それにしても、やはり妖怪と言えば退治ですよね。私こちらに来てから初めて妖怪とかを追っ払ったりしているんですが…これがもう楽しくて!」

 

「……」

 

 俯く畔に徐々に汗が出始める。

 

 きっと早苗は幻想郷に来て初めて弾幕だの飛行だの出来るようになったのだろう。彼女は外の世界ではまだまだ学生らしい年齢の様に見えるのでビームだの空中浮遊だのに憧れる気持ちがそれなりにあったのだろう。かと言って妖怪退治が癖になるかと言われれば、それは早苗がそういう人であったと言うしかないが。

 

 ともあれ、早苗は妖怪と言えば退治と返す程には妖怪即退治精神にあるらしい。にとりを吹き飛ばす辺りを鑑みれば、それなりに力を持っているのだろう。畔なんて目じゃないくらいには。

 

「ん? あれ、そう言えば私まだ人里とか行ってませんよね。どうやってここの存在を知ったのでしょうか」

 

「……」

 

 人差し指を顎に添えて首を傾げる早苗に、いよいよ畔の汗が多くなり始める。

 

「それに…どう頑張っても一人じゃ河童の集落まで来れませんよね」

 

「…」

 

「なーんか怪しいですねぇ」

 

 最早、畔には目を瞑って玉のような汗をかく事しか出来なかった。妖怪である事がバレるのを待つだけである。

 

「ふっふっふ…分かりましたよ」

 

 妙に芝居がかった台詞も今の畔には死刑宣告に等しい。ゴクリと生唾を飲み込む音が響いた。

 

「ズバリっ! 畔さんは霊夢さんや魔理沙さんのような異変を解決する方ですねっ!!」

 

「へ、…は、はい?」

 

「いや、私としたことがその可能性を全く考えてませんでした。そうですよねっ。何の力も無い女の子が一人で妖怪の山へ来るなんて考えられませんよね!」

 

 腕を組んでウンウンとドヤ顔を上下させる緑の巫女さん。一人で考えて、一人で会話して、一人で納得するその様子を見ていると一人で映画一本くらいなら撮ってしまいそうな勢いである。

 

 何にせよ畔にしてみれば早苗が勘違いしてくれた事は願ってもない事だ。妖怪だとバレない内に退散してしまうのが吉であろう。

 

「そ、そうです。そうなんですよ。さ、さっきも生意気な河童を懲らしめてやっていたところで――」

 

 心の中でにとりに謝りながら嘘っぱちを並べ、帰れる方向にに話を移そうとするが、そんな時に神社の障子が勢いよく左右に開いた。

 

「よお、早苗! 今日の宴会だけど…ん? なんで畔?」

 

「やはりお知り合いでしたか」

 

 立っていたのは花が咲いた様な笑顔の魔理沙。何ともタイミングの悪いもので、畔はいよいよ頭を抱えた。

 

 〇

 

 最悪である。

 まさかこのタイミングで知り合いが入ってくると思わなかった。

 

「やはり? まぁ知り合いだけどさ」

 

「ええ、そうでしょう。私の読み通りです」

 

 いや、待てよ。これはチャンスなんじゃないだろうか。私と魔理沙さんの付き合いはそこそこ長い。そして、魔理沙さんは私が無害である事をきっと分かってくれている。…きっと。

 

「読み通り? 何の話なんだ?」

 

「ええ、畔さんは魔理沙さんや霊夢さんのように異変を解決する方なのだろうという私の完璧な推理です」

 

 魔理沙さんに助けを求めれば何とかなる気がする。いや、案外いけるんじゃなかろうか。何だか自身が湧いてきた。

 

「異変? おいおい、畔に無茶いっちゃいけないぜ。そりゃ確かに手伝ってもらったこともあったが、基本的にそんな危ないことしないぜ」

 

「えっ、そうなんですか?」

 

 いや、やっぱり待てよ。さっき魔理沙さんは早苗さんを宴会に誘おうとしてたような気がする。となれば既に二人は結構仲がいいんじゃなかろうか。あの魔理沙さんの事だし十分に考えられる。そうなると魔理沙さんが私を守ってくれると断言出来るだろうか、いや断言は厳しくなるだろう。

 

「何、頓狂な声あげてんだ。畔から聞いてないのか?」

 

「ええ、何も」

 

 そ、そそそうなると私に出来ることは泣いて謝る位だろうか。い、命乞いすれば助けて貰えるかもしれない。それくらいは顔見知りだし…。

 

「畔は河童だけど妖怪としての力が全くないんだ。酒には強いみたいだが、それ以外は悲惨なもんだ。私も最初は妖精の類だと思ったからなぁ」

 

「か、河童?」

 

 さあ、腹を括れ水知不畔。

 命乞いなら私の得意科目だ。科目じゃないけど。

 

 早苗さんがこちらに首を向けた。

 

「か、河童?」

 

「は、はい」

 

 お互い声が震えている。

 ここまでは互角。

 

「えっ、貴女河童なんですか!?」

 

「は、はいぃ…ごめんなさいぃぃ。命だけはお助けをぉぉぉ…」

 

 つい腰が引けて逃げようとしてるみたいになってしまった。ただ、早苗さんも驚いて身を引いていたので痛み分といったところかな。

 

 

 早く帰りたい。

 

 

 〇

 

「早く言ってくださいよ。私が馬鹿みたいじゃないですか」

 

 一息ついて落ち着いた早苗は、座り直してお茶を一口。

 

「退治しないんですか?」

 

 魔理沙の後ろから涙目で早苗を覗き込む畔の声は未だに上擦ったままである。とても互角とは思えない。

 

「うーん。聞けば畔さんは人も襲えないようですし退治しなくてもいいかなと」

 

 早苗が妖怪を攻撃する基準は人を襲っているか否からしい。完全ににとりはやられ損である。

 

「そ、そうですか。よかったぁ」

 

「そんな事より今日の宴会の――」

 

 待ちきれないと言った様子の魔理沙。

 どうやら早苗たちの歓迎会を兼ねた宴会を開くらしい。予定では妖怪の山の妖怪たちを呼ぶだけであったが、成り行きで畔もお邪魔する事となった。

 

 夜中、白月光に晒される紅葉の下での酒盛りは大変盛り上がり、いつの間にか呼んでない妖怪たちもやって来て、ちょっとした百鬼夜行となった。別段それも珍しい話ではないが。

 他の妖怪たちが酒に呑まれて地面に敷いた御座に沈んでいく中、畔はまだまだ余裕のある表情を浮かべている。流石は鬼と飲み明かしただけはあるというものだ。そんな畔は手の中のお猪口が空になると同時にある事に気付いた。

 

「あれ、そう言えばにとりちゃんは?」

 

 

 

 

 

 後日、畔は自家製の胡瓜三十本でにとりからお許しをもらったそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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